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2007年11月の日記
| 4/22 国民大集会 荒木和博さん |
( 2007.11.26,月 ) |
*特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんの挨拶要旨レポートです。(約6分間)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。
【荒木和博さん 特定失踪者問題調査会代表】 ご紹介をいただきました荒木でございます。本日、多数の皆さまお出でいただきまして本当にありがとうございます。今日、入口のあたりで何人かの方から声をかけられまして、「この進行表見たらお前の名前が乗っかってるんで安心した」と言われました。大変色々とお騒がせを致しておりますことお詫びを申し上げます。(拍手)
私は2年前この集会で「平成18年の末までに拉致問題を解決する。そしてそれができなければ責任を取る」というふうに申し上げました。もちろん私一人の力で解決できるなんてことは思っておりませんでしたけれども、しかし「何とかそこにこぎつけたい」と申しまして、そして約束を致しました。約束を果たせなかったからには当然、責任をとらなければいけないというふうにも考えております。何かの機会を使ってですね、それを果たしたいと思います。
この間先々週、韓国に風船を飛ばしに行きまして、あの時あともうちょっと頑張れば韓国の警察に逮捕される手前までいっておりましたので、(会場笑い)逮捕されていればその責任の一部は果たせたかと思ったんですが、残念ながら私は小者でございまして、逮捕していただけませんでしたので、おめおめとここにまた立つことになった次第でございます。(拍手)
この問題は、先ほど安倍総理、そして塩崎官房長官、お出でいただきましてこの場でスピーチをされたと、今までもちろんなかったことでございますし、最初の頃と比べれば本当にこれだけ状況が進展したんだなあと、家族会の皆さん・救う会の皆さんのご尽力、そして全国の皆さんのご尽力がここに実ったんだ、ということは本当に感慨深く感じたわけでございます。
しかし、その上でここに各議連の先生方もお出でで、また、政府の関係者の方々もお出ででございますが、あえて申し上げておきますけれども、だからといって解決できるわけではないということでございます。安倍総理が歴代の総理の中で最もこの拉致問題に熱心にやってくださっていることは私も重々承知をしております。しかしその安倍政権の基盤というのは、これまで半世紀に渡って拉致問題を隠蔽し、そして隠して潰そうとしてきた勢力がその中に入った上に安倍政権は乗っかっている、(拍手)我々は忘れてはならないことだと思います。(拍手)総理・官房長官にはその勢力と本当に戦っていただかなければいけません。(拍手)
先般、長崎市の伊藤市長が射殺をされました。あれは拉致と何の関係もございませんけれども、しかし政治をやる者として考えればあれは一種の殉職でありまして、当然ありうることだと思ってやっていただかなければいけません。(拍手)その意味で、まさに一命を本当にですね、物理的生命を賭してやっていただかなければ解決ができない、というふうに思うわけでございます。
で、あまり詳しいことはちょっと申し上げられませんが、一言だけ申します。今日拉致被害者が生きているということは明日の生命を保障するものではございません。今日生きているということが明日の生命を保証するものではありません。我々は残された時間というのが本当にないんだと思ってやっていくしかございません。
私どもこの間の風船もそうですけれども、できることはともかくすべてやってまいりたい。そして韓国、日本の他のNGOの方々とも協力しながら、もう北朝鮮に入れられる限りの情報を入れて、そして取れる限りの情報を取って、可能であれば拉致被害者を引っ張り出して来るという作業をどうにかして何とか一刻も早く実現をしたいというふうに思っております。(拍手)
そしてそのためには政府はもう一歩前に進んでいかなければいけません。今日配られております政府が作っていただいた8ページのチラシをご覧になっても分かりますが、たしかにああやって作っていただいたというのは初めてですけれども、しかしあのチラシのどこにもですね、「拉致に関することを知っている方はここへ」という文言は存在していない。情報を一生懸命収集しているというのであれば、そこに一言でもそれを書いていただいて、一言でも一つでも多くの情報を収集すると、その努力をしていただかなければいけないというふうに私は思っています。(拍手)
私どもこの状況何とか変えていくために、5月ないし6月には我々として何らかの新しい方針を出して、この問題を動かして行くための努力をしてまいりたいと思っております。
もう一つ、最後にもう一つだけ申し上げます。先ほど総理も言及されましたけれども、渡辺秀子さんのお子さんの二人の問題が今出ておりまして、警察としては「拉致」と断定をしておりますが、政府の認定はできておりません。これは支援法に書いてあることが「日本国民」となっているからでございまして、拉致議連の先生方にはぜひこの支援法の改正をしていただきたいと思うと同時に、私どものリストの中には在日朝鮮人の方々の失踪者も入っております。で、在日朝鮮人は名前が分かんない人もはるかにおそらくいると思いますし、そして我々の460人のリストの中にない日本人の拉致被害者もいるはずでございます。
それらの人をすべて救い出すためには、北朝鮮との国交正常化ではなくて、北朝鮮の正常化を実現するしかございません。(拍手 会場から「そうだ、そうだー」)最終的には北朝鮮の体制を変えてしまうことであり、(拍手 会場から「その通り」)そして日本と北朝鮮の間の安全保障、主権侵害の問題であるという意味で言えば、そこに情報収集を頭に含めて軍の関与がどうしても必要であると私は思います。(拍手)ぜひ切に皆さま方のご支援をお願いをして、そして私のご挨拶を終わります。ありがとうございました。(大拍手)
*荒木和博さんのブログ http://araki.way-nifty.com/araki/
*4/22 国民大集会 荒木和博さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/70040497.html
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| '07 11/15 忘れるな11・15県民集会 曽我ひとみさん(拉致被害者) |
( 2007.11.25,日 ) |
*新津市民さんのアルバムより作成した要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いがある場合もございます。どうぞご了承ください。
*「忘れるな11・15県民集会」アルバムのご紹介 http://aoinomama13.seesaa.net/article/67076309.html
【拉致被害者 曽我ひとみさん】 皆さん、こんばんは。(会場から「こんばんは」)今日はこの雨の中、こんなにたくさんの人たちがこの集会に参加してくださいまして心より感謝しております。ありがとうございます。
私は今日のこの集会に参加させていただいて、本当にありがたく思っております。でも、今日の日のことを考えると、めぐみさんのお父さんやお母さんに会ってどんな言葉をかけていいのか、本当に顔を見るのがつらくてたまりません。30年前の今日のことを考えると、自分自身のことも重ね合い、本当にその場にいた人ではなくては本当に理解のできない、その日のことを考えると本当に心が重く、とても怖いことだと思います。
何も悪いことをしているわけではありません。本当に何も悪いことをしてないのに、ただ学校に行って、みんなと一緒に楽しく勉強していただけなのに、どうしてこんなことが起きてしまったのでしょうか。自分自身、考えれば考えるほど、分からなくなります。
私が日本に帰って来ることができたのも、横田さん始めとして日本中の人たちが、声を一つにして私たちを呼んでくれたからだと思います。でも、私たちがこの5年間日本で生活していて、楽しいとかうれしいとか、もちろん顔に出してはありました。しかし、めぐみさんを始め、まだ親のもとに帰って来られない人たちは、今、この時間も待っていると思います。その中に私も母もいます。もう高齢になり、本当に一日一日、ただ元気でいてくれればいい、それだけをいつも思っております。帰って来て、ゆっくり温泉に入れてあげたい。今、その思いしかありません。
この今日のつらい日を、この悲しみを、怒りを、これからもっともっと新しい力に変えて、国民の皆さま方と一緒に頑張っていきたいと思います。いつまでもいつまでも私たちのことを忘れずに、力になってください。よろしくお願いします。(大拍手)
*'07 11/15 忘れるな11・15県民集会 曽我ひとみさん(拉致被害者) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/69275764.html
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| 11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(2)日朝国交正常化交渉担当 宋日昊(ソン・イルホ)大使インタビュー |
( 2007.11.24,土 ) |
*11/11放送の「サンデープロジェクト」の一部を文字化テキストにしました。(番組は約1時間)数回に分けて掲載致します。非常に苦痛に感じる内容なので、なかなか思うように進みません。文字化終了までに時間はかかると思いますが、よろしかったらご覧になってください。
*11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(1)最高人民会議常任委員会 楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)副委員長インタビュー http://aoinomama13.seesaa.net/article/67533564.html
続き
【田原総一朗氏】VTR 「えー、ここが朝鮮の外務省です。これから日朝国交正常化大使のソン・イルホさんに会います。今回の取材の一番の中心がこのソン・イルホさんです。」
【田原総一朗氏】(北朝鮮外務省にて 10月31日) 「どうも失礼します。」
【通訳】 「初めまして。」 ソン大使が驚きの重大証言 進展は?米朝関係
【田原総一朗氏】VTR 「よろしくお願いします。アメリカが姿勢を変えました。おそらく今年中に朝鮮をテロ支援国家から解除、外すということ、日本ではたぶんそうなるだろうと見られています。アメリカがこんなに大きく態度が変わったのは、これどうとらえていらっしゃいますか?」
【日朝国交正常化交渉担当・宋日昊(ソン・イルホ)大使】 「私は朝米担当者ではありません。しかし明白なことは、我が国はミサイルを発射したし核実験を行いました。このような背景には結局アメリカの姿勢があります。アメリカは我が国を“悪の枢軸”と決め付けたのです。核で先制攻撃をするとも言いました。我々は生き抜かなければなりません。だから正当防衛をしたのです。
今、朝米関係は進展しつつあります。田原さんのおっしゃったように何故こうなったかということですが、ミサイル発射や核実験に関する我々の立場、そうしなければならなかった経緯についてアメリカが悟ったのではないでしょうか。それが原因ではないかと思います。」
【田原総一朗氏】 「日本の噂では、来年の春、相当早く『ライス長官が訪朝する』という噂も飛んでいます。で、おそらく、もしかするとブッシュ大統領が辞めるまで、来年いっぱいです、今、米朝国交正常化も進むんじゃないか?と。ものすごいスピードでアメリカがこの朝鮮に近寄って、何ででしょうねえ?」
【日朝国交正常化交渉担当・宋日昊(ソン・イルホ)大使】 「報道されているように、朝米関係に進展があるのは事実です。これは周辺諸国からも歓迎されています。」 *続きはこちらをご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(2)日朝国交正常化交渉担当 宋日昊(ソン・イルホ)大使インタビュー aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68878651.html
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| 11/13 フジテレビ「FNNスーパーニュース」直撃!“北”の後継候補 金正男氏の“謎行動” |
( 2007.11.23,金 ) |
*13日夕方の「スーパーニュース」独占スクープの続きを文字化しました。(約14分間)よろしかったらご覧になってください。
*11/13 フジテレビ「スーパーニュース」 独占スクープ!パリ訪問の狙い直撃!金正男氏は仏語で・・・ http://aoinomama13.seesaa.net/article/68593180.html
続き
FNN独占スクープ 金正男氏 パリで直撃
【ナレーター】 北朝鮮の後継候補・金正男(キム・ジョンナム)氏をパリで直撃、FNNのカメラに語ったこととは・・・。独占スクープです。
【アナウンサー・安藤優子さん】(スタジオにて) 「まずはFNNのスクープです。北朝鮮の金正日総書記の長男であります正男氏、その正男氏と見られる人物をフランスのパリでキャッチ、直撃取材を試みました。単独行動を繰り返すその狙いは一体何なのか?後継者問題とともに検証します。」
金正男氏 パリで直撃 “護衛”なく1人で行動?
【ナレーター】 スキンヘッドにサングラスをかけた一人の男性。これは今年の7月初旬、オーストリア国内のとあるレストランの前でFNNが独自にとらえた金正男氏の姿です。シャツの裾をズボンの中に入れ、ふっくらとしたお腹が目立っていました。
この目撃情報から4ヵ月後の今月初め、取材班はフランス・パリ市内にある高級ホテルに泊まっている金正男氏をキャッチしました。
【記者】VTR 「金正男氏がホテルから出て来ました。」 【ナレーター】 そこへホテルが手配したハイヤーの運転手が合流。一人でハイヤーに乗り込んだ正男氏。パリ市内を走ること数分、車から降りると護衛もなく一人で歩き出した正男氏。特に周囲を気にする様子もなく、建物の中へ消えて行きました。
凱旋門から程近い所にあるこの建物の一室には、実は歯のクリニックが―。インプラントや歯の矯正で知られる世界的な名医が開業しているというのです。
【報告・小泉陽一氏】(パリにて) 「この場所で車を降りた正男氏は、一人で足早にクリニックのあるこの建物の中へと入って行きました。正男氏の動きに無駄はなく、この場所を訪れることに慣れている、といった印象を持ちました。」
【ナレーター】 およそ1時間半後、治療を終えた正男氏を直撃取材しました。
金正男氏 パリで歯治療 流ちょうな仏語「留学で」
【ナレーター】 今月初め、FNNはフランスの首都・パリで歯科医院から出て来た金正男氏を直撃取材。これがその一部始終です。
*続きはこちらをご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *11/13 フジテレビ「FNNスーパーニュース」 直撃!“北”の後継候補 金正男氏の“謎行動” aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68817749.html
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| 沢口靖子も!? |
( 2007.11.22,木 ) |
あおいのママが新婚の頃、よく行っていた内科医院でのお話です。その頃、私たちは神奈川県川崎市に住んでいて、それぞれ東京・原宿にある会社(別々の)に勤める共働き夫婦でした。通勤時間は1時間弱で、私の会社はほとんど残業もなく定時に帰宅できるので、主婦業と両立するにはわりと楽な方だったと思います。
そんないい環境でもやはり毎日の疲れがたまるとダウンしてしまうことが何度かありました。そんな時は必ず近くの内科医院に行きました。そこの先生はとても親しみやすい先生で、きちんと診察をしてくれるし、薬の説明や心配なことがあってもちゃんと話を聞いてくれる、当たり前のことだけど当たり前のことをきちんと丁寧にしてくれる本当にいい先生でした。看護師さんたちも優しい方ばかりでした。
ある日、また具合が悪くなったのでその医院に行きました。いつものように尿検査やのどの吸引、簡易ベッドに横になりながらの点滴、そして診察、薬をもらって帰りました。体調崩しても仕事がなかなか休めないので、こうして点滴を打ってもらうとだいぶ良くなるし本当に助かります。またここの薬は私の体に合うようで、とっても良く早く効きました。これでもう無茶しなければ安心です。数日後には元気になる、はずでした。
しかしこの時はしつこいカゼだったのか、いつもだったらすぐ良くなるのになかなか良くなりませんでした。しかも何故か手に力が入らない上、ふるえるのです。これはおかしいと思い、あわててまた医院にすっ飛んで行きました。不安な気持ちのまま、混み合う待合室で名前を呼ばれるのをジッと待ちました。
やっと私の番がきて、診療室で先生は「どうかしましたか?」とにこやかに聞きました。「手がふるえるんです」と話すと、先生は私の手を握り、うれしそうに言いました。「大丈夫ですよ、すぐに治まります」と・・・。
そして机の引き出しを開け、「これを見て」と1枚の紙を見せてくれたのです。その紙には“沢口靖子”とサイン風の文字がありました。「えっ?沢口靖子・・・?」と驚くと、先生は「そう、沢口靖子。彼女もね、あなたと同じ薬を飲んで同じように手のふるえがあったんですよ。だから大丈夫!」と先生は自信満々に、自慢げに話します。私はとにかく芸能人のサインをいきなり見せられたことで驚いてしまい、「はぁ〜、そうなんですか」と妙に納得してまた薬をもらって帰りました。
家に戻って床に就き、よくよく考えてみると、結局手のふるえは何だったの?って疑問が湧いてきました。あれは薬の副作用だったってこと?沢口靖子が同じ症状だったからって説明になってないんじゃ?う〜ん・・・。
その夜、夫にその話をすると、「あれっ、知らなかったの?あの先生かなりミーハーなんだよ!」そして、「待合室に大相撲の某人気力士のサインとか写真とか飾ってあるじゃない」って言うのです。そ、そーいえばあったような気もするけど・・・。あの沢口靖子のサインをうれしそうに、待ってましたとばかりに見せてくれたあの姿を思い出し、おかしくって大笑いしてしまいました。
それから少し経って、先生のお言葉通り手のふるえは治まり元気になりました。その後もその医院には私たち時々お世話になりました。千葉県柏市に引っ越してからも何度か診察してもらったのですが、その度に先生は「千葉県からも来てくれるんだよ!」って大きな声で他の患者さんや看護師さんたちに聞こえるように自慢げに話していました。あの時も「沢口靖子も来た医院」って誰かに自慢したくてしょうがなかったのかも。(ちなみにこの辺りには劇団があったようで、俳優さん・女優さんが行き来していたようです)
本当にミーハーなお茶目な先生だったけど、あの医院はいつも待合室いっぱいで繁盛(って言っていいのかわかりませんが)していましたから、先生は名医?だったんだと思います。さすがに今では川崎市までは遠いので行かなくなりましたが、十数年前の忘れられない出来事です。
*沢口靖子も!? aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68375705.html
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| 11/13 フジテレビ「スーパーニュース」独占スクープ!パリ訪問の狙い直撃!金正男氏は仏語で・・・ |
( 2007.11.21,水 ) |
*13日のお昼に放送されたスクープニュースをより詳しくした夕方のニュースの文字化テキストです。(約24分間)よろしかったらご覧になってください。この後の「FNNスーパーニュース」でもさらに放送されていました。その文字化テキストも掲載致します。
*この日最初に放送されたお昼のニュースです。(約3分間) ↓ ↓ ↓ *11/13 フジテレビ「FNNスピーク」スクープ!金正男氏をパリで直撃 http://aoinomama13.seesaa.net/article/66287947.html
金正男氏パリで直撃! 流ちょうな仏語で・・・
【アナウンサー・安藤優子さん】(スタジオにて) 「流暢なフランス語で質問に答えたのは、FNNがスクープ直撃した北朝鮮の後継候補・金正男(キム・ジョンナム)氏その人です。笑みを浮かべて語るその様子に加え、FNNは今回、パリに滞在するその姿を様々な場面でキャッチしました。正男氏は何故パリに現れ、そこで何を語ったのか?FNNの独占スクープです。
こんばんは。11月13日火曜日のスーパーニュースです。北朝鮮という閉ざされた国の後継者候補、その素顔とそして謎の行動の一端がまたしても明らかになりました。これまで密入国した日本で、これはその時の写真ですね(成田 2001年5月)、そして親密な関係にある中国の北京で(2007年2月)、さらにはオーストリア(2007年7月)という遠くヨーロッパの地でも目撃をされてきました。この金正男氏と見られる人物、今回現れたのは多くの観光客も行きかうフランスの首都・パリでした。
さて、今回の直撃取材では、フランス語も自在に操るその高い語学力と、そしてフランスを訪れている目的の一つが歯の治療にあったことも分かりました。」
*続きはこちらをご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *11/13 フジテレビ「スーパーニュース」独占スクープ! パリ訪問の狙い直撃!金正男氏は仏語で・・・ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68593180.html *11/13 フジテレビ「FNNスーパーニュース」 直撃!“北”の後継候補 金正男氏の“謎行動” aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68817749.html
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| '07 11/15 忘れるな11・15県民集会 篠田昭新潟市長挨拶 |
( 2007.11.20,火 ) |
*新津市民さんのアルバムより作成した要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いがある場合もございます。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
*「忘れるな11・15県民集会」アルバムのご紹介 http://aoinomama13.seesaa.net/article/67076309.html
【篠田昭新潟市長】 今年も残念ながら横田めぐみさんの姿がここにないままに11月15日を迎えることになってしまった、これは本当に残念ですし、81万市民、そして県民、国民、本当につらい思いをしていると思います。そして何よりも横田めぐみさんのご両親の滋さんと早紀江さん、30年という歳月を考えると、私たちが想像することができないほどの本当につらさ、悲しさ、これを今まで背負って歩いてこられたんだろうなぁというふうに思い、今日お会いしてもなかなかおかけする言葉が見当たらない、というような状況でございます。
今、知事からもお話があったように、六カ国協議で米朝が急接近をしている、というような状況であります。また核の無能力化、これは私は強く求めていきたいわけでございますけども、どうもそれもちょっと本当の無能力化なんだろうか?ということがかなり疑わざるを得ない、そんな状況で交渉が進んでいるような気がして心配でございます。
またもう一つのテロ支援国家、こういうことをして、これも何か解除されることが前提条件のようなかたちで動いている、ということで、本当にこれも何かまぁ腹立たしいと言うか怒りと口惜しさと相まっている、というような状況なんですけれども。
そういう状況を私どもはやっぱり日本政府の方にですね、この拉致問題・拉致事件、これを我々は強く解決を早期に求めていくんだということを、やっぱり私どもとしてできることはこういうかたちで声を集めてですね、我々は絶対拉致事件これを忘れないし、早期解決を図って声を上げ続けていくんだということを示さない限り、やはり六カ国協議の中で日本が一番アメリカと今まで同調してきたわけですし、これからもやはりアメリカに対して強いことを言っていかなければならない立場だと思います。
そういうことを今日の11.15集会で私は、本当に中山参議院議員からお出でをいただいているんですが大変ありがたいことだと思います。新潟の気持ち、それをまた中山先生に・・していただいて、福田総理が訪米なさると、おそらく六カ国協議についての色々なお話もあると思いますので、そこの場に新潟の思いを少しでも届けたい。そのためには我々残念ながら直接届けられませんので、中山先生にぜひお願いをしたい、というような気持で一杯でございます。
私ども一人一人できることは本当に限られており、まぁそれがまた口惜しい思いになるわけですけども、絶対に諦めないと、ともかく声を上げ続ける。新潟市、新潟県民、ジェンキンスさん、そして今日(曽我ひとみさんに)お出でをいただいてる、残念ながら行方が未だに分からない曽我ミヨシさん、そして大澤孝司さん、中村三奈子さん、まだまだ大勢の北朝鮮に拉致された方がいるわけですから、そういう方を全員取り戻すまで我々は・・ということをこれからも訴え続けていくことしかないと思います。
そういう面で、今日大勢の方がお集りいただいた、ということは大変ありがたいことだと思います。我々一人一人の声は小さくてもこの思いがまとまって、一刻も早く横田めぐみさんの日本に戻って来る姿、そして拉致事件全体の解決、これが実現するということを信じてまた頑張っていきたいと思います。本当に本日はありがとうございました。(大拍手)
*'07 11/15 忘れるな11・15県民集会 篠田昭新潟市長挨拶 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68270794.html
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| '07 11/15 忘れるな11・15県民集会 泉田裕彦新潟県知事挨拶 |
( 2007.11.19,月 ) |
*新津市民さんのアルバムより作成した要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いがある場合もございます。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
*「忘れるな11・15県民集会」アルバムのご紹介 http://aoinomama13.seesaa.net/article/67076309.html
【泉田裕彦新潟県知事】 本日は大変大勢の方々にお越しをいただきまして、主催者の一人として心より感謝を申し上げます。あの日から30年が経過をしてしまいました。正直、今日あの横田ご夫妻とお会いするのに、どういうお言葉をおかけしたらいいのか、迷ってこの会場に参りました。
突然我が子が目の前から消えてしまう、こんなことが本当に起きていいのか。とても人事とは思えない。率直な私の気持ちであります。どうしてもこう北朝鮮・・してしまうかもしれませんけれども、私の娘も中学2年、ちょうどめぐみさんが拉致された同じ年頃でございます。この子がいなくなったらどうなるんだろう。本当にこんなことがこの新潟で、すぐそこの海で起きてしまった。また、取り返すために本当に高い壁が、地理的にはすぐ隣にあるにもかかわらず・・、そういったことを感じております。
先ほど星野先生からもお話がございました六者協議の枠組みの中で米朝接近が行われている、このことをどう読み取るかと、また後ほど伊豆見先生からお話をお聞きできると思っております。私はあの前向きにとらえたいという気持ちを持っております。核問題がかたちの上で進展していくということになると、やはり次にスポットが当たるのは拉致問題ということが考えられるわけです。話し合いをして、そして国際関係を正常化をしていくという中で、何とかこの拉致問題を解決できないものかと、話し合いの取っ掛りを作る機会が巡ってきたというふうにとらえることができないのか、そういった思いを持っております。
今までの経緯を見ていますと、・・プラスにはならない。しかし何とか話し合いで一日も早く皆さんに帰って来て欲しい。ぜひ政府の皆さんにも、失われた家族の時間を取り戻す力をいただければというふうに思っております。正直言って私自身直接交渉したいっていうふうに誘惑に駆られる時もあります。ただ外交はやっぱり一元的にやらないとおかしなことになるんです。今やはり・・できることは、この拉致という問題を決して風化させることなく皆さんの関心をつなぎ留めていく、こういうことが解決への糸口につながっていくんだと私は確信を致しております。
本日は横田さんご夫妻の他に、今も席にお座りですけども、行方がわからなくなっている曽我ミヨシさん、曽我ひとみさんもいらっしゃいます。大澤さん、中村さんもいらしておられます。失われた家族の時間を取り戻すためにぜひ皆さん、お力を貸していただければと思います。
風化をさせないと、そしてまた家族を思い続ける気持ち、これが必ず拉致被害者を取り戻すと私は信じております。本日は大変ありがとうございました。(大拍手)
*「忘れるな11・15県民集会」アルバム http://www.photohighway.co.jp/tp/15_f.asp?key=2044239&un=53702&m=0&pa=&Type=15
*'07 11/15 忘れるな11・15県民集会 泉田裕彦新潟県知事挨拶 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68079479.html
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| 11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(1)最高人民会議常任委員会 楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)副委員長インタビュー |
( 2007.11.18,日 ) |
*11/11放送の「サンデープロジェクト」の一部を文字化テキストにしました。(番組は約1時間)数回に分けて掲載致します。個人的に苦痛に感じる内容でしたので、文字化終了までに多少時間がかかると思います。中途半端ですがよろしかったらご覧になってください。
幻の連立構想が出たあの党首会談(10月30日)。その時、田原はここにいた。3年ぶりに訪れた北朝鮮。あの大物高官(日朝国交正常化交渉担当 ソン・イルホ大使)にも田原はいつもの調子で―。
(田原)「再調査の行動をしてみる用意はある?」 (ソン)「条件が整ったら。」 (田原)「はい、もう1回!覚悟はある?」 (ソン)「あります。」
そして拉致問題で重大証言を得た。日本は今、“圧力”の安倍外交から“対話”の福田外交へ。拉致は、そして核はどうなる?4人が緊急集結。今後の日朝関係がここから見える―。
スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言
【アナウンサー・寺崎貴司さん】(スタジオにて) 「続いてですね、田原さんが北朝鮮でスクープ取材をしました。暗礁に乗り上げている拉致問題や核の問題について北朝鮮の高官2人に直撃、ソン・イルホ大使からは拉致問題で重大証言も飛び出しました。」
動くか!日朝関係 「圧力」か「対話」か徹底討論
【アナウンサー・寺崎貴司さん】 「そしてスタジオでは、正念場を迎えている対北朝鮮外交をどうするべきか、生激論致します。」
【アナウンサー・小川彩佳さん】 「ゲストは自民党前副総裁の山崎拓さん。そして拉致議連会長代行の中川昭一さんがこの後、生出演。拉致被害者家族の蓮池透さん。解説は静岡県立大学教授の伊豆見元さんです。よろしくお願い致します。」
【田原総一朗氏】 「党の重大発言になって、初発言ですよ。あの、ソン・イルホって日朝国交正常化大使ね、彼が初めて『調査します』とこう言った。今まで1回も言ってない。まぁ、どういう経緯か聞いて・・・。」
【アナウンサー・寺崎貴司さん】 「これは後ほどご覧いただくことになります。」
(中略)
【アナウンサー・寺崎貴司さん】(スタジオにて) 「さあ、続いては田原さんが平壌に乗り込み、北朝鮮の高官2人に直撃です。」
【アナウンサー・小川彩佳さん】 「拉致問題に関して重大証言も飛び出しました。」
*続きはブログでご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(1)最高人民会議常任委員会 楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)副委員長インタビュー aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/67533564.html *11/11 テレビ朝日「サンデープロジェクト」スクープ!北朝鮮高官直撃 拉致問題で重大証言(2)日朝国交正常化交渉担当 宋日昊(ソン・イルホ)大使インタビュー aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/68878651.html
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| 「忘れるな11・15県民集会」アルバムのご紹介 |
( 2007.11.17,土 ) |
昨日、いつも新潟で支援活動をされているHN新津市民さんから、県民集会アルバムの連絡をいただきましたのでご紹介致します。横田めぐみさんが拉致されて30年の11月15日、新潟市民芸術文化会館で行われた県民集会に、いつものようにカメラを背負って駆けつけ、こうして遠くて参加できない皆さんにも雰囲気が伝わるようにまとめてくださいました。ぜひご覧になってください。新潟県警が街頭で配布したチラシの写真も入っています。
*「忘れるな11・15県民集会」アルバム http://www.photohighway.co.jp/tp/15_f.asp?key=2044239&un=53702&m=0&pa=&Type=15
新津市民さんは私たちの友人です。掲示板で知り合い何度かお会いしたのですが、文章と同じでとっても優しい方で、ずっと娘のことでも支えてくださって、そして新潟で催しなどに参加された時など必ずアルバムにして連絡をくださいます。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
新津市民さん、15日はお疲れさまでした。いつもありがとうございます。時間はかかると思いますが、また少しだけ講演要旨のお手伝いさせていただきますネ!
*横田めぐみさんの母・早紀江さんです。
*拉致被害者曽我ひとみさんです。
*特定失踪者大澤孝司さん、中村美奈子さんのご家族も登壇しました。写真は兄・大澤昭一さんです。
*会場の写真展の様子です。 *「忘れるな11・15県民集会」アルバムのご紹介 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/67076309.html
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| 11/16 テレビ朝日「スーパーモーニング」“時効殺人男”の仰天言い訳 石川千佳子さん |
( 2007.11.16,金 ) |
*今朝(16日)の番組で、特定失踪者に名を連ねていた石川千佳子さんの事件について放送していました。非常に腹の立つ納得がいかない言い訳を犯人はしていました。その番組を文字化しましたのでよろしかったらご覧になってください。(約18分間)この事件は北朝鮮側が「失踪者は日本にいたではないか」とよく例に出しています。真実が闇の中に消えることなく、そして法が人のためにあると信じたいと思います。
スクープ“時効殺人男”の仰天言い訳
【リポーター・高村智庸さん】(スタジオにて) 「東京足立区で起きた女性教師殺人事件で、犯人の男は時効が成立してから自首しました。この時効を逃げ切った男は事件について身勝手な言い訳をしています。その言い訳を独占入手しました。」
「被害者の霊が謝った」“時効殺人男”驚愕“手記”
【ナレーター】 体調不良を理由に一度も裁判所に出廷しなかった男。殺人を犯しながらも時効によって罪を逃れ、今も悠々自適に犬の散歩などを楽しみながら山間の町で暮らす―。
【記者】VTR(今月5日) 「裁判の件で・・・」
【時効殺人男(70代)】 「お断りします!」
【時効殺人男(70代)】VTR(去年10月) 「テレビ朝日には何もしゃべる必要はない!」
【記者】 「どうしてですか?」
【時効殺人男(70代)】 「どうして?何でしゃべらなければならないんだ、じゃあ?」
【記者】 「被害者の遺族に対してまだ謝罪がないということなんですが。」
【時効殺人男(70代)】 「そんなことはあんた方の知ったことじゃないよ!そんなことは俺の勝手だっ!」 【ナレーター】 体調不良どころか、我々に石を投げつけて大声を張り上げるほど。
【記者】 「謝罪っていうのは?」
【千佳子さんの弟・石川憲さん】 「いやぁ丸っきり、ありませんよ!」
【記者】 「何にも?」
【千佳子さんの弟・石川憲さん】 「何にもありませんよ!」
【千佳子さんの弟・石川雅敏さん】 「だから犯人はもう本当、極悪非道って言葉がもうそのまま当てはまりますよ。」
【ナレーター】 さらに男は妙な言い分を書き連ねた文書を作り、あたかも被害者側に非があったかのように事件を語り出したのだ。
*続きはブログをご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *11/16 テレビ朝日「スーパーモーニング」“時効殺人男”の仰天言い訳 石川千佳子さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/66959010.html
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| 横田早紀江さん30年前の手記(1977年12月24日 毎日新聞新潟版) |
( 2007.11.15,木 ) |
*写真は今朝の毎日新聞朝刊の記事です。 中学1年生だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて今日でもう30年になります。本日の毎日新聞朝刊に、「早紀江さんが30年前 本紙に寄せた手記(全文)」が掲載されていました。それをテキストにしてご紹介致します。めぐみさんが一日も早く家族一緒に過ごせますよう祈らずにはいられません。
【毎日新聞 平成19年(2007年)11月15日より】
めぐみさんが行方不明となって約1カ月が過ぎた77年12月24日。母早紀江さんの手記が毎日新聞新潟版に掲載された。早紀江さんは当時41歳。今のめぐみさんより2歳若い。入社3年目の関博至記者(56)=現・東京本社=が「わずかな手がかりでも」と依頼した。早紀江さんは「めぐみの目に触れる機会があればと書いた」と振り返る。全文は次の通り(掲載時のまま)。【五十嵐和大】
早紀江さんが30年前 本紙に寄せた手記(全文) あなたを呼びながら、必死で捜しました
めぐみちゃん!
今、どうしていますか。元気にしているのでしょうか。そしてどこに?あの夕方から、ぷっつりと姿を消してしまっためぐみちゃん。あなたを呼びながら、夜の海辺や、近くの暗がりを必死で捜しましたよ。夕方の海岸を、一人で泣きながら、ママはどこまでも歩きつゞけました。警察の沢山の方々も、あれからずっと一生懸命あなたを捜して下さっています。
学校の帰りのあの暗い道で、家まで後少しのあの場所で、一体、何が起きたのか・・・だれにもわかりません。本当に私達のめぐみがいなくなってしまったと、信じられないのです。
もう、1カ月は過ぎてしまったと言うのに、何の連絡もないと言う悲しさや辛さが、家中に霧の様にひろがっています。
「めぐみは、元気にしているよ」と、一言でいい。連絡して。そして、とにかく、元気で帰って来て下さい。世間の目を気にしないで「たゞ今っ」といつもの様に元気な声で玄関に入って来て下さい。帰って来た後の事は、皆で考えて、一番良い方法をとりましょう。何も心配しなくていゝのです。大切な十三歳を、さわやかに、はつらつと生きて欲しいと思います。
この寒空の下、どこで何を食べているのかしら。暖かい衣類はあるのかしら。ヒザの痛みはどうですか。心臓の方は大丈夫ですか。家中の皆がそして先生、友人、知人の皆があなたの帰りを待っていますよ。
クリスマスやお正月を一家そろって迎える事が出来たらどんなにうれしい事でしょう。弟達への今年のクリスマスプレゼントは「めぐみちゃんを返してもらう事」です。
どこかに居るあなたに手紙が出せたならどんなにいいかと思っていましたら、新聞社の方が、こんなうれしい機会を与えて下さいました。あなたの目にふれゝばいゝと思います。もっと早く、お家の中で手紙で話し合いをしていれば良かったと、今、悔んでいます。長い人生にはいろんな事があります。へこたれない強い根情を持っているめぐみちゃんの事。どこにいてもだれといても、何があっても、あの優しい笑顔を忘れないでね。
どなたか、めぐみを見かけた方がございましたら、どんな事でも結構ですからお知らせ下さいます様お願い致します。
*横田早紀江さん30年前の手記(1977年12月24日 毎日新聞新潟版) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/66646551.html
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| 11/13 フジテレビ「FNNスピーク」スクープ!金正男氏をパリで直撃 |
( 2007.11.14,水 ) |
*13日のお昼のニュースの一部を文字化しました。(約3分間)よろしかったらご覧になってください。
【アナウンサー・島田彩夏さん】 「こんにちは。11月13日火曜日のスピークです。」
【アナウンサー・奥寺健さん】 「北朝鮮のあの後継者候補を再びカメラがキャッチ、スクープ映像です。北朝鮮の金正日総書記の長男で後継者候補の一人、金正男(キム・ジョンナム)氏と見られる男性を、今月上旬、フランスのパリでFNNが単独で直撃取材しました。正男氏はタクシーなどを使って一人で行動、パリの街にも非常に慣れている様子で、直撃取材に対しては流暢なフランス語で答えました。」
金正男氏をパリで直撃 流暢なフランス語で・・・
【記者】VTR 「何故そんなにフランス語が上手なのですか?」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「私がヨーロッパで勉強したことはよく知られているでしょう。」
【記者】 「パリに友達が?」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「(車を)ここに止めてください。」
【記者】 「ここに友達がいるんですか?」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「友人のことを話すのは失礼です。」 【報告・小泉陽一氏】(パリにて) 「パリにおよそ1週間滞在した正男氏は、FNNの取材に対し、時おり笑みを浮かべながら流暢なフランス語で答えました。この日午後、宿泊中の高級ホテル前でリムジンに乗り込んだ金正男氏は、シャンゼリゼ通りにほど近い建物を訪れました。およそ1時間半後に建物から出て来た正男氏に、今回のパリ訪問の目的を尋ねました。」
【記者】VTR 「パリではいつも何を?」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「私は歯医者に来たので、申し訳ないが今はあまり上手く話せない。」 【報告・小泉陽一氏】(パリにて) 「正男氏は数日後にも再び同じ歯科医を訪れて1時間ほど治療を受けたものと見られますが、この時は記者の質問には答えませんでした。」
【記者】VTR 「金正男さん、こんばんは。」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「こんばんは。」
【記者】 「一言、拉致問題について一言お願いします。拉致問題についてどう思いますか?」
【金正男(キム・ジョンナム)氏】 「・・・・・」 【報告・小泉陽一氏】(パリにて) 「正男氏は今回のパリ訪問の他にも、今年7月上旬にはヨーロッパの別の都市で正男氏と見られる男性の姿をFNNのカメラがとらえており、ヨーロッパ方面を度々訪れているものと見られます。」
【アナウンサー・島田彩夏さん】 「はい。ただ今ご覧いただいた映像は今月上旬にパリで撮影したものです。FNNでは9ヶ月前の今年2月にも中国の北京で正男氏を単独直撃しています。その時の映像と比べてみますと、アゴの辺りが少しスッキリしたように見えます。正男氏はこの時は流暢な英語でFNNの質問に答えていて、今回はさらにフランス語も自由に操れることが明らかになったかたちです。」
終わり
*11/13 フジテレビ「FNNスピーク」スクープ!金正男氏をパリで直撃 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/66287947.html
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| 宝くじが当たった!! |
( 2007.11.13,火 ) |
あおいのママは9日、気分がだいぶ良くなったので柏駅前へお買い物に行きました。銀行にも行くついでに、すっかり忘れていた今年のサマージャンボ宝くじを換金しようと、購入した20枚を持っていきました。どうせ当たりくじは2枚の600円だろうけど、それでもお菓子代にはなるしね〜って軽い気持ちで宝くじ売り場の窓口に渡しました。
しばらくして、窓口の方が「おめでとうございます。3枚当たりました!」と言うので明細書を見てみると、な〜んとっ!一万円が1枚当たっているではありませんか!!「もしかして当選を知りませんでしたか?」と言われ、「はいっ、ありがとうございます!」とあまりのうれしさで声がうわずってしまいました。わぁ〜ん、すっごくうれしい〜!!
たしかこの宝くじは、販売最終日近くに駆け込みで買ったものでした。大きな額は当たるわけないけど、でも買わなけりゃ当たる確率もないわけだし。この柏の売り場は年中3億円が出てるし、2002年のグリーンジャンボでも一万円当たったことあったし。やっぱ買っておこうと20枚だけ買ったんです。
9日はあおいちゃんの月命日。意識して9日に宝くじ換金したわけじゃないけど、やっぱりあの子のおかげかなぁ?ありがとね、あおいちゃん。
その日の夜、帰宅したパパに知らせたらもう大喜び!そのうち何かおいしいものでも食べに行こうねっ!!
*PS.連絡くださった皆さん、ありがとうございました。ゆっくりやっていきます。
*宝くじが当たった!! aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/66253343.html
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| 11/5 病院に行く |
( 2007.11.6,火 ) |
*病院の入口にマリーゴールドがキレイに咲いていました。ちょうど救急車が止まるあたりです。帰りに気がついて撮影しました。たくさん元気をもらいました。
あおいのママは昨日5日(月)に船橋の病院に行きました。前回の9月の検査結果が思わしくなかったので、今回は検査が増えて1日がかりでした。
検査が終了してしばらくした時、突然気分が悪くなりました。すぐに長椅子に座って休んだのですが、呼吸困難になって気を失ってしまったようです。鯉が口をパクパクするような感じでした。気がつくと私は長椅子に寝ていて傍には看護師さんがいました。「ゆっくり呼吸してください」と何度もおっしゃっていたのですが、頭が朦朧としている上、苦しくてなかなかその通りにすることができませんでした。
しばらくして落ち着いた頃、検査室の方に内科から車椅子でお迎えが来ました。歩こうとしても立ち上がれませんでした。内科で緊急処置してもらって何とかなりましたが、血圧があんなに低くなったのにもびっくりしてしました。でもとりあえず大事にならなくてよかったです。診察の後、一人で家に帰ることもできました。
病院の中で私はもうすべて諦めた方がいいかもしれないと考えていました。もう無理かもしれない。だけど赤ちゃんを抱いたママさんを見ていたら、わずかでも可能性がある限りはやはり諦めてはいけないと思い直しました。もう一度我が子を抱きたい。
今こんな調子ですので、数日間aoi blogの更新をお休み致します。aoinomama blogはできるようであればなるべく更新したいと思っています。病気のことを書くと心配してくださる方が何人かいらっしゃいますが、ゆっくりすればまた元気になりますので、あまり心配しないでくださいネ!
*11/5 病院に行く aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/64792783.html
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| 有本さんが外務省に提出した請願書('95年3月10日) |
( 2007.11.2,金 ) |
*2006年1月7日の藤沢市民集会(救う会神奈川主催)にて配布されたRENKの資料より一部を抜粋してご紹介致します。拉致被害者・有本恵子さんのご両親が1995年3月、外務省(河野洋平外務大臣宛)に提出した請願書の内容と、次の日の神戸新聞の記事です。家族会ができる前から、ご家族は娘さんたちを助けるため必死な思いでありとあらゆる活動をされてきました。
請願書 私の娘、恵子は去る1983年イギリスに留学中、帰国する間際に何者かに誘われ北朝鮮に入国、以来、今日に至るまで家族の元に戻ることが出来ないままになっております。娘は、帰国予定の日を連絡をしてきた後、連絡が途絶えてしまいました。私達家族は心配し、八方手を尽くしましたが何の手掛かりもなく憂えていました。
ところが、88年になって突然ポーランドの消印で、私の娘を含む三人連名の手紙が北海道の石岡様宅に届きました。それによって初めて娘達が北朝鮮に居ることが分かりました。
外交のない国のことですので、私達独自で連絡を取るすべもなく弁護士の先生とも相談をして、91年1月に貴省に請願書を提出致しました。
当時は、日朝国交交渉が続いておりいちるの望みを託していたわけですが、金丸自民党副総裁の失脚後、交渉自体が止まっていると聞いております。
失踪以来、11年余りを超え、私達親も老齢となりました。三人の家族のなかには、子供の帰国を待たずに亡くなった者もいます。
娘達が故国へそして家族の元へ戻ることができる時が一刻も早く来ますよう貴省のお力をお貸しいただくことを心から念じております。
河野洋平外務大臣殿
有本明弘
「北朝鮮にいる娘捜して」 神戸の両親が国に訴え 【神戸新聞 1995年3月11日より】
一九八〇年から八三年にかけ欧州で相次いで消息を絶ち、現在、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にいるとみられる日本人男女三人のうち、一人の家族が十日午後、東京都内で記者会見し「日本政府として、北朝鮮から(三人が)帰国できるよう力を貸してほしい」と訴えた。
元外国語大生の三女(三五)が行方不明になっている神戸市長田区の鉄工所経営、有本明弘さん(六六)夫妻。会見の前に外務省を訪れた有本さんは、河野外相あての請願書を出した。
有本さんによると、三女は八二年四月にロンドンにある語学学校に留学。八三年八月に「帰国する」と家族に連絡があったが、帰国予定日になって「仕事が見つかったので遅れる」との電報が届いた。
その後デンマークのコペンハーゲンから「信用のおける人に仕事を紹介してもらったので安心して」「仕事は貿易関係。日本に帰るのはもう少し遅くなりそう」などと書かれた手紙が届いたが、同年十月を最後に連絡が途絶えたという。
有本さんは「社会党は(日本の政党で)北朝鮮と一番話がしやすいはず。社会党内閣ができたのだから、なんとかこの問題を円満に解決して」と話している。
*有本さんが外務省に提出した請願書('95年3月10日) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/66839089.html
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| 3/31 第16回藤沢市民集会 三野由美子さん(藤沢市議会議員) |
( 2007.11.1,木 ) |
*写真はあおいのママの撮影です。(左から横田拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん、北朝鮮難民救援基金理事長・加藤博さん、藤沢市議会議員・三野由美子さん)
*三野さんの挨拶要旨レポートです。(約5分間)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者より掲載許可をいただいております)
【三野由美子さん・藤沢市議会議員】 こんにちは。藤沢市議会議員の三野由美子と申します。ちょっと花粉症が喉にきてしまいお聞き苦しいかと思います。私は拉致問題について、まだ1期目なんですけれども、この4年間「何か地方議員の立場でできることはないだろうか」とずっと考えてまいりました。もちろんこういった集会に参加させていただいたり、本などで勉強させていただいたり、あとボランティアというかたちでそれはもちろんあると思うんですけれども、皆さまに信託をいただいた公職地方議員という立場で何かできることはないかと考えてまいりましたが、なかなかその答えが見つからないまま、まもなく1期目を終わろうとしております。
ところが数ヶ月前にあるきっかけがございまして、「ああ、こういったことをしなければならない」と確信したことがございました。それはある初対面の方とお話をしておりました時に、雑談の中で拉致問題がどちらからともなく出てまいりました。で、その人は「まぁ拉致は問題なんだけれども、拉致した側にもそれなりに理由があるんだろう」と言うんですね。「何かあるのだろう。日本も悪いことばかりしていたから・・・」と言ってですね、私はちょっととんでもないと思いまして、「あの、あなたは横田めぐみさん始め被害者のご家族の方のお話を聞いたり、ご本を読んだりされたことはありますか?」と聞いたところ「それはない」ということだったのですが。
「ないにしても、家族が突然さらわれて何十年も助けに行くこともできないという人にもし直接あった時に、『ああ、お気の毒だけど、それはある側にも理由があったから仕方ないよね』なんて直接言えますか?」って聞いたら、ハッとなさって、「ああ・・・」と黙ってしまわれて、最後別れる時には「済みませんでした」と「僕も勉強します」っておっしゃってくださったんですけれども。
長年、日本のマスコミを始め日本の中の空気に、この方は悪気はなかったんでしょうが、何となくこのような空気が知らず知らずのうちに蔓延してしまっていたということが、今、家族の方々がこんなにも長い間苦しまなければならないことの原因なのではないか、と私はその時思いました。
その後、それに先駆けてたまたま櫻井よしこさんから私たち地方議員に対するメッセージをいただきまして、その中に「これから私たちが何をしなければならないか」という答えがある、とやっと確信することができました。櫻井先生のお言葉を直接引用させていただきます。これは“地方から誇りある国づくりを”ということで、地方議員が30人弱集まって原稿を持ち寄って出した本なんですけれども、その中で「地方議員の人たちに期待すること」ということで、櫻井よしこさんがメッセージをくださっています。
まずは「日本が直面している諸問題の根底には、歴史の勉強をしていないことがある」と語られた後、最後に「地方議員に期待することは、韓国に比べて歴史をまったく知らないという、自分の国の歴史を知らないということがある」知らないという日本の現状ですね。それに対して「大事な国民教育というものを力を合わせてやっていくような国にして欲しい」ということ、「国会議員の皆さんも頑張っていらっしゃいますが、国会議員よりもっと国民に近いところで政治に携わっている地方議員の皆さま方には日々の活動の中で、日々のスピーチの中で、日本国の足跡・歴史、私たちの先輩たち・祖先たちがどのような思いでこの国を築いてきたのか、ということを語り、次の世代に伝えていって欲しい。もしそれができなければ未来永劫この国はまともな国になることはないと思っております。」
櫻井よしこさん、このように述べられております。私はこれ拉致問題も同じで、おそらく根底にある問題なのではないかと考えました。
まもなく私も市民の皆さんからの審判をいただくわけですけれども、皆さまそれぞれのお住まいの場所で地方議員をお選びになると思うのですが、ぜひその時には、この国の問題を解決する、拉致問題を解決することを始め様々な問題の根底にある私たちの国がどのような国であるかということ、しっかりと認識していこうという気概を持った人を選んでいただきたい、と思います。
私もそのような仲間を増やしていって、拉致の問題のように、被害者の方々・家族の方々がこんなに長く苦しまなくてもいいはずなのに、余りにも長い時間、こんなにも多くの方が苦しまなければならなかったこのような間違いを、これから正していかなければならないと考えます。
ちょっと取り留めのない話になってしまいましたが、皆さんもぜひそういった目で地方議員を選んでいっていただきたいと思います。藤沢市議会議員の三野由美子でした。ありがとうございました。(大拍手)
*三野由美子藤沢市議会議員の公式ウェブサイト http://y-mino.net/index.html
*3/31 第16回藤沢市民集会 三野由美子さん(藤沢市議会議員) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/64448659.html
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