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2007年05月の日記
| 3/31 第16回藤沢市民集会 荒木和博さん |
( 2007.5.30,水 ) |
*写真はすべてあおいのママの撮影です。(左から荒木和博さん、横田拓也さん、惠谷治さん、加藤博さん)
*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。講演は約26分でした。
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 特定失踪者問題調査会の荒木です。大変遅れて参りました。実は今日は東京都との境、埼玉県朝霞市で、陸上自衛隊の“中央即応集団”という部隊の編成完結式というのがございまして、ご招待受けそちらに行って参りました。“中央即応集団”というのは、国際協力業務が今回自衛隊法の改正で本隊業務になり、それと各種のテロですとか緊急の事態に対応できるようにするための部隊でございます。
それでその部隊、一番トップの人は今回、陸上自衛隊始まって以来50年で初めて“司令官”という肩書きになっております。“方面総監”“師団長”“余団長”とか、あるいは“駐屯地の指令”という肩書きなんですが、“司令官”という肩書きをしている部隊というのは今回これが初めてでございまして、この司令官っていうのはどういうものかというと、大成軍の長という事でございます。この部隊は外に出すための部隊、基本的には。後は外国からの特殊部隊ですとか、それらが入った時のための部隊でございまして、つまりこれは北朝鮮に拉致被害者を救出しに行く時には、この中央即応集団が動きその中の隷下(れいか)部隊が動く、という事で私としては一歩進んだという感じが致しております。
すでにもう何人もの方がお話をされておりますので、おそらく私の話は重複するのではないかと思うのですが、今までやはり日本は常にやられっぱなしで参りました。専守防衛という、絶対にできるはずがない事を国の防衛の基本にしてやってきたおかげですべての事がおかしくなっていった、拉致問題はまさにその一つでございます。
皆さん、陸上自衛隊は今全部で約15万人弱です。この陸上自衛隊の総力を挙げて海岸線を守るとするとどれくらいの人数かわかりますか?色んな計算の仕方があるんですが、ある計算の仕方では「青森県一つでお終い」っていうふうに言われます。
この間、鹿児島県の南端にあります徳之島で集会がありまして、そちらに行って参りましたが、徳之島というのは周囲84キロの島です。行ってからふと単純計算をしてみましたけれども、84キロの島を周辺を例えば100メートル間隔で守ったとして840人要ります。これに交代要員とかを加えると、もし海岸を守ろうと思ったなら100メートルの間隔じゃ絶対できるはずはありません。もっと縮めなきゃいけないんですが、例えば100メートルで置いたとしても、おそらく後方支援まで入れたら数千人が必要であろうと。数千人の部隊を例えば九州より西を管轄している西部方面隊から抜き出して送るとですね、これで西部方面隊のほとんどの機能が停止します。こういう状態です。これはどういう事を意味しているのかと。つまり「日本という国は絶対に水際で守る事はできない」という事です。
佐世保の相浦(あいのうら)という所に“西部方面普通科連隊”という部隊がございます。これは白書にも書かれていましたのでご覧になった方もいるかもしれませんが、これは当初、島を守るための部隊で、どういうふうに守るのかというと来るのを防ぐんじゃないんですね。上陸した敵の部隊を後から逆上陸して全滅する、というのがこの部隊の作戦で、これ以上の立て方はできないんです、絶対に。守れませんから。入って来たからやると。つまり島におられる方というのは、もう最初から一定の犠牲を出した上でそれを回復する、という事で考えていたんだと思います。
別に島だけではなくて本土でもまったく同じでありまして、こういう事について我々はまったく知らされてもいなかったし、何かいかにも日米安保条約があって今の現状で大体守れる、というふうに思っていたと。日本人がたくさん拉致をされるはずはないから、されてもなかった事にしておこう、と何十年間もやってきてしまったのがこの国の現状でございます。
横田めぐみさんの事件でも、失踪してからもうしばらくした時には「これは北朝鮮による拉致だとわかっていたであろう」と複数の話がございます。おそらくそうであろうと思います。私も後からふと考えてみたのですが、昭和52年の11月15日にあれだけ、いなくなってから公開捜査に切り替えて、新潟県警が「県警始まって以来」と言えるほどの大規模な捜査をやって、それで何も出てこなかった、その時に誰か何かそういう事(拉致)を考えた人が間違いなくいるはずです。おそらく声を上げようとしたのではと思うんですが、結局その声はかき消されてしまったのか、あるいは最初から出さなかったのか、誰もわからないままにずっと日にちが経っていったと。
そして、めぐみさんを金正日政治軍事大学で見た安明進(アン・ミョンジン)さんが韓国へ亡命をして、その時点で話はしているわけです。知っていた情報を韓国の当時の国家安全企画部は、日本の政府に対して「こういう情報があるよ」と出している。「日本海の海岸で1970年代の後半に中学校1年生の女の子がバトミントンの練習の帰りにいなくなった」、これだけの情報があれば簡単に「横田めぐみ」という名前を割り出せるはずです。おそらく私はその時点で割り出していたんだろうというふうに思います。しかしそれでも動かなかったと。これがこの国の現実でございます。
(めぐみさんの弟さんの)拓也さんは、当然これはご家族の立場で、しかも今までの歴代政権にずっと裏切られ続けているわけですから、「安倍さんを支持する」という事はもちろん当然ですし、これは別に私とニュアンスは違っても方向性についてはまったく変わらないと思っているんですが、ご家族の立場と、やはりそうではないものはある程度立場を変えてやっておいた方がいいという部分もある、そういうふうに思っております。
*当日、会場内は参加者でいっぱいでした。テレビカメラの方は取材に来ていたNHKの方です。
さっき拓也さんから説明がありましたこの小さいパンフレット、これはこの間、六者協議の報告を井原外務相参事官がされた時に首相官邸で中山補佐官もおられて、その場でこれが配られました。で、このパンフ見て、あの確かにこういうパンフ、今まで政府は作った事ないです。だから「それはいいですよ」と言ったんですが、一番問題はこの最後のページにあります。小さくてわからないと思いますが、最後のページにどう書いてあるかというと「拉致問題について詳しくはこちらのホームページをご覧ください」と、官邸のホームページが書いてある。
それで「これいいんです」と「いいんだけども、ここまで書くのだったらせめて『これをもらった人で、拉致事件について何かご存知の事があったらぜひ情報を出してください』と一言書いてくださいよ」という話を中山補佐官に申し上げました。そしたら中山補佐官のお答えはですね、ちょっと躊躇されていたんですけども「その『情報を出してください』と書くべきか、書かないべきか、という事で議論があった」と言われていました。「議論があった上で書かない事にした」という事です。
どうして書かない事にしたか?と。これはもう簡単です。お役所だから、もし例えば情報が出てきた時にそれをどうしたらいいのかわからない。(会場から失笑)自分の責任でもし例えば大事な情報が来たと、しかしそれをどうする事もできないという事で、もう自分が責任取りたくないと。結局そういう事になってしまう。だからこれだけ。これは当然、膨大なお金で作っていると思います。お金を使ってここまで書いておいても、その最後のところがダメなんです。
調査会のニュースで前に書きましたが、政府がテレビコマーシャル、あのスポットをご覧になってわかるように、海岸に家族が立っていてその中からお子さんが一人いなくなる、というシチュエーションで書いています。で、「許されざる拉致」と出ている。あそこまでやるんだったらせめてあの後に「拉致問題について知っている方はここにかけてください、電話してください、メールを送ってください、手紙を送ってください」という事を一言書いておけばいい。何にも書かないでただ「許されざる拉致」と書いたって何の意味もありません。
それで、このために使っているお金は1億500万円で、その内500万円が制作費、あと1億円は広告代理店に払っているんです。その中の何十パーセントかを電通・博報堂が受け取ってポケットに入れて残りは下請けに出す。こういうやり方でやるんですよ。これね、我々の知っているちょっと誰とは言いにくいのですけども、政府の関係者でも「まったくその通りだ」と言ってきた人はいます。その人は非常に一生懸命やっている人で、「もし自分にそのお金の一部でも渡してくれて、中朝国境でもどこでも行かしてくれれば絶対情報を取ってきてやる!」と言っている人が政府の中にもいるんです。
だから今、やらなければいけない事というのは、もう「具体的にどうするか」という問題でございまして、それを「どうやっていくか」という事をもう考えていかなければいけないし、実行していかなければいけない、そういう時期であると私は思っております。
すでに報道で流れておりますが、私どもがやっております北朝鮮向けの短波放送しおかぜが、この(3月)26日から日本国内、茨城県のKDDI八俣送信所を使っての送信ができるようになりました。非常に強い電波でものすごく明瞭に聴こえます。これはもちろん場所によって指向性がありますから、日本国内どこでもきれいに聴こえるという事ではないんですが、ともかくソウルなんかの受信はものすごくきれいに聴こえています。
それに対してですね、北朝鮮側は29日から妨害電波を流し始めました。今まで周波数変えた後で妨害電波が流れるまで大体2週間くらい通常かかっていたのが、今回わずか4日でかけるようになったのは、それだけ向こうが気にしている証拠だと思っております。
今、私たちが朝に日本国内から流している放送は、特定失踪者・政府認定者・救う会認定者のお名前と失踪時期など、それからご家族からのメッセージ・お手紙等を読み上げる放送だけ。日本語だけです。それ以外の朝鮮語・英語・中国語のニュースとか読み上げは全部夜の放送でやっておりますので、もし北朝鮮が拉致は本当に解決済みならば、朝の放送に妨害電波をかける必要はまったくないわけですね。(拉致された人は)いないんですから、そういう人たちは。だったらですね、いくらこちらから放送を流そうと何でもないはずなのに、そこに大慌てで4日後から電波をかけてくるというのは一体どういう意味があるか、という事でございます。
総務省も今回の国内からの送信にはものすごく一生懸命にやってくれまして、29日に妨害電波が出て昨日(30日)早速この電波を世界で管理しています“国際電気通信連合”という所に、要はこれ北朝鮮も入っていますので、「北朝鮮から妨害電波が出ていると申告をしている」という事で、これから先向こうがどういうふうにしてくるかわかりませんが、こちらも様々な手を使ってやっていこうと思っています。
ただ現状でも、電波が出ているのは平壌周辺らしいのですが、「平壌以外の所ではかなりはっきり聴こえているはずだ」と言われておりまして、このモニターも今後もやっていきたいと思っております。聞こえてきた話では、夜の放送の朝鮮語の場合はニュースで私が話している部分がずいぶんあるんですけども、「平壌の中学生がこれを聴いていて当局が問題にしている」というような話がございました。
私の朝鮮語は非常に拙い朝鮮語ですので、昔風に言えば「日本の兵隊さん、出てきなさい!」とかそのような調子で聴こえているんだろうと思うんですが、まぁともかく、我々も「絶対に取り返す!」というメッセージを繰り返して流しておりますし、これ本当に情報戦で弾を撃っているつもりでやっているわけでございます。皆様方からのカンパをいただいて流している放送ですので、何とか一刻も早く効果をあげるようにしていきたいと思っております。
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) オープニング http://aoinomama13.seesaa.net/article/29947612.html
先ほど萩原(遼)さんのお話の中で最後にビラが出ましたけども、これも来月(4月)10日・11日、ソウルで私どものビラを送る作業を行う予定にしております。これは元々(北朝鮮難民救援基金の)加藤博さんの方からのご提案で、加藤さんがこのビラの事をやっておりますイ・ミンボクさんという韓国の脱北者でNGOの方から色々話を聞かれて、「じゃあ一緒にやってみないか?」という話でご相談を受けまして、難民基金は難民基金の方で今準備を進めておられます。私どもはちょっと一足先に来月からスタートさせ、やがては日本の中の各NGOで出来れば交代で行って、我々がいる時には他のNGOの分も含めてやると。みんなで交代でやればかなりの量が流せると思いますので、これを何とか実現をして軌道に乗せていきたい。
*バルーンプロジェクトご報告 荒木和博さんのブログより http://araki.way-nifty.com/araki/2007/04/post_78d8.html *バルーンプロジェクトご報告(続) http://araki.way-nifty.com/araki/2007/04/post_04f5.html *尾行 http://araki.way-nifty.com/araki/2007/04/post_4c99.html
それと合わせて、イ・ミンボクさんの“キリスト北韓人連合”という団体ですが、やはり韓国のNGOというのは、北系の人が非常に強かったり救助するのを反対する人が多かったりとか、あるいは政府も非常に非協力的というか、逆に言えば場合によっては敵対的ですので、こういう人たちにブレーキをかけてくる。で、我々も何とかこれをサポートしていきたい。資金面とか色んな面でサポートして参りたいと思っております。
そのイ・ミンボクさんの話では、「これまで14回ほど北朝鮮から韓国政府に対して抗議が来た」という事で、抗議がそれだけ来るのは、やはり「効果が間違いなくある」という事でございます。で、すでにイ・ミンボクさんたちが送ってくださっているビラの中には、我々の特定失踪者問題調査会の電話番号とか私書箱の番号をもう入れてくださっていまして、「日本人の拉致被害者の情報があったら出してください」とすでに書いていただいているんですが、さらにこれから先我々の方も逆に日本の方から「北朝鮮の人権問題に対しても関心を強く持っているんだ」と「日本と韓国はそういうふうにして分断する奴らがいても絶対に一緒にやっていくんだ」というようなメッセージを伝えていこうと思っている次第でございます。
*'06 12/10 映像とシンポで語る北朝鮮 李ミンボクさん http://aoinomama13.seesaa.net/article/35392196.html
韓国に先月行きました時にはちょうど六者協議の前で、「どうもアメリカの雰囲気がおかしい」という事で、韓国の人の中でも「ちょっと大丈夫なのかな」と保守系の方でも不安がありましたが、皆さん何て言ったかというと「やっぱり日本はすごい、揺らいでいない」「やはりこの拉致問題があって、決して北朝鮮に対して原則的な主張を変えていない」と。まぁ私は遠路、「大丈夫かいな?」と思うような事があるんですが、少なくとも韓国から見れば「日本はしっかりしている」というふうに見えるわけで、「そういう期待を我々も受けているんだな」と感じた次第でございます。
それでもう一つ言いたい事がございます。明日出る「諸君!」の連載の中でもちょっと書いたんですが、この間、ある所で講演がありました時に、終わってからの懇親会で私のところに近づいて来てこういう事を言った方がおられました。「もう北朝鮮への食糧支援は一切するべきではない」と。それで「それはそうですね」と言ったらば、その方がどうしてそう言ったかというと、「食糧支援をしないでみんな餓死させてしまえばいいんだ。そうしたらもう日本に刃向かえなくなる」と。
さらに言ったのは「爆弾を撒く。小さい爆弾ですぐに爆発しない人形みたいな可愛らしい形をしたやつを撒く。それを子どもがおもちゃと間違えて取って爆発させる。そうすれば子どもが手足を吹っ飛ばされる。やがて大きくなってから兵隊として使えなくなる」と。いや皆さんこれね、いや笑い事じゃないんです、本当に。あのちょっとゾッとしたんですけども。私はやがて日本の中でもこういう世論が起きてくると思います。
あの、どうしてかと言えば、それは今我々十分わかってないからなんです。これから先、拉致に関して北朝鮮という国がどんな事をやっていたかという事が必ずわかってきます。わかってきた時に、あの9.17で「5人生存8人死亡」と言われた時にみんなそれはもう「とんでもない話だ」という事になりましたよね。あれよりはるかに大きな怒りが日本国民の中に生まれるだろうと思います。その時にどういう事になるかというと、そのやっていた連中、金正日を始めとする一部の人間だけではなくて、2000万北朝鮮の国民のすべてに対して怒りがぶつかる可能性も決してないとは言えないと思います。それから萩原さんも苦労されておられる脱北帰国者の方々、この方々もすでに日本の国内でも結構トラブルが起きたりしています。
去年、北朝鮮人権法ができる時に自民党と民主党が一番引っかかったのはこの難民の保護の問題です。「そんな事する必要があるのか?」という声がある、しかし自民党も民主党も一生懸命やって、その対策まで含めた法律を作ってくれたんですが、その法律ができた後に平沼議連会長の事務所に行ったらば、「いや実は山ほどメールとか着ているんだ。これはつまり『難民の保護なんかするな』という抗議のメールが山ほど着ているんだよ」と、ちょっと残念な顔をしておられたんですけれども、そういう事がやがて間違いなく出てきます。
帰国している拉致被害者に対してだって、週刊現代で書きましたけれども、蓮池薫さんが日本に帰国する前に日本に潜入して来て工作活動をしていたと、私は可能性はかなりあるんじゃないかと思っています。あの週刊現代に書いた方以外にも「見た」という話というのはございまして、それは十分にありえる話だと思います。
それで、これを書いた事に対して政府のある関係者の方から「そういう事を書くと、拉致被害者の方々が犯罪者みたいに受け取られるからやめた方がいいんじゃないか」と言われた事がございました。その時に私言ったのは「隠していたら後に明らかになった時もっととんでもない事になりますよ、『あいつはウソついていたじゃないか』と」。彼はもちろん、そういう(工作活動をしていたという)事があったとしても、やりたくてやっていたわけではなく、そうせざるを得なかったわけで、そういう人たちを守る事ができないこの国の状況がそうしているんである。しかしそれをいつまでも隠していたら、やがてその恨みは彼らの所に間違いなく回って来るであろうと思っております。そういう事に絶対しないためには、仔細を明らかにしていかなければいけない。
*『週刊現代』の「蓮池薫さんに拉致されかけた」証言を全面否定した政府への公開質問状('07 2/17週刊現代より) http://aoinomama13.seesaa.net/article/34461809.html *公開質問状に対する政府からの回答書に再び質す ('07 3/17週刊現代より) http://aoinomama13.seesaa.net/article/36155483.html
現在の安倍さんは、ともかく今までの歴代の総理大臣の中では一番一生懸命に拉致問題やってくれています。これはもう誰も否定できないと思います。ただし問題は、その安倍さんが乗っかっているこの国家権力というのは、今まで拉致を何十年もの間隠し続けてきた、その上に乗っかっているんだという事です。これだけは絶対に忘れちゃいけない。そこをもしフタを開けて手を突っ込んでくれなければ拉致問題の完全解決はないと思いますし、それをやるとなれば安倍さんは場合によったら政権を投げ出すとか、場合によったら命まで失うという事を覚悟してやっていただかなければいけない。しかしそれはもう政治家ですから、そういう事やって命を失うというのは当たり前の話で、軍人が戦争に行って戦死するのと同じ事ですから、そんな事はもう仕方がない。もう政治家を志した時点で諦めてもらうしかない。そういうような問題だという事でございます。
拉致被害者を救出するのに私は何回も「自衛隊を使え」と言っております。そしてそれがあるからこそ自分自身も予備自衛官になっているわけでございます。しかしもし具体的にどんなシチュエーションがあるかわかりませんが、助けに行くという事になればその時は戦死者が出る事を覚悟してやるしかない。場合によったら、一人の人を助けるために何人もの人が死ぬ、という事も覚悟しなければいけません。命が一番大事であればそんな事する必要はないわけですね。しかしそうじゃないんです。
これはもう私は心して行きますけれども、中越地震の時に、土砂崩れの中に巻き込まれて、車が挟まれてお母さんとお嬢さんが亡くなって男の子一人助け出した、あの時助けようとした人たちだって二次災害でいつ死ぬかわからなかったわけですね。もし本当に命が一番大事であれば、子どもを助けるために自分の命を差し出す必要は何もない。この間の東武線の踏み切りで自殺しかけた人を助けようとして亡くなったお巡りさんもそうですし、そういう殉職者っていうのは警察でも消防でもたくさんいるわけですけども、本当に命だけが大事なんであればそんな事する必要はまったくないわけであります。しかしやはり人間というのはそれじゃ済まないわけであって、それをあえてやっていかなければいけませんし、それをやらないと我々自身の安全も守る事はできないという事です。
最初に申しましたように、この国というのはものすごく長い海岸線があり広い領海があります。入って来るものを水際で止めるという事は絶対にできません。止めるためにはどうするかと。「日本から日本人を拉致していったらもうどんな事をしても取り返しに来る。何をされるかわからない。日本に被害を与えたら何倍にもしてお返しをされる」というぐらいの事にしておかなければ、この国の平和とか安全とか国民のそれこそ命、生命・財産というのは守る事できないんです。これから先は我々そういう意味でそういうものと戦っていく、という姿勢を持たなければいけない。それこそが我々自身を守り我々の家族を守り、そして次の世代に誇りある国を渡していく事になるのであろう、と思っております。
拉致問題はこれからまだまだ色んな事がわかって参ります。わかってくれば本当にまた今と状況が一変する。それは現実を見るのがおそらく非常に恐ろしい事であろうと思います。絶対に拉致問題というのはハッピーエンドはありません。横田めぐみさんが帰って来たと、その一人一人のハッピーエンドはあったとしても、全体にはハッピーエンドはない。そして北朝鮮の体制が崩壊した後で北朝鮮に行ってみて、そこで公開処刑をされた人とか、収容所の中でなぶり殺しにされてそのまま葬られてしまった人などの骨が出てくる、必ず。「我々一体今まで何をしていたんだ」という事に必ずなります。「何だかんだ偉そうな事言いながらあの体制を放っておいたんじゃないか」というように必ずなるんです。
それを覚悟して見なければ知らないうちに終わっていきます。でも我々がそれを見ていかなければいけないと思っている次第でございまして、この問題、非常にこれからまだ深刻な問題でございますけれども、私も最後までやるつもりで頑張りますので何卒よろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
終わり
*特定失踪者問題調査会 http://chosa-kai.jp/
*'07 2/11 四市協議会講演会 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/35180281.html *'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/31169506.html *'06 6/28 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟報告会 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/20075518.html *'06 5/28 第8回茨城県民集会in水戸 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/18914851.html *'05 12/22 国民大集会 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/11106893.html *'05 9/18 取手市民の集い 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/7509862.html *'05 4/24 第7回国民大集会 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3149918.html
*3/31 第16回藤沢市民集会 荒木和博さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/43315700.html
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| カゼをひきました |
( 2007.5.29,火 ) |
先週の21日、いつもの検査日で病院に行きました。その後、カゼをひいてしまい散々な状態でした。やっと元気が出てきましたが、まだ全快まで時間がかかりそうな気配・・・。なので、更新はしばらくボチボチにしていきますネ。
以前からレポートもたまってなかなかできず、いつも季節外れなものばかりになってしまっていますが、そんなサイトでも見にきてくださる方に本当に感謝しています。ありがとうございます。(^^)
あ〜、だるくて家事、特にごはんを作るのは面倒・・・。でも何故か無性にお菓子は作りたいのです。不思議。た〜くさん作ってお腹いっぱいになるまで一人で食べたい気分です。(今作って食べても、匂いも味もよくわからないのです・泣)
*カゼをひきました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/43262365.html
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| 青色ワンピース |
( 2007.5.19,土 ) |
私にはお気に入りの青色ワンピースがある。少しおめかししたい時用にと買ったものだけど、4年前、有楽町国際フォーラムの国民大集会で着て以来、まだ2回しか着ていない。
赤ちゃんが自分のお腹にいると本能で感じたあの日、初めてこの青色ワンピースを着た。喜びを運んできてくれた縁起のいいお洋服なのに、その後の我が子との別れを思うとなかなか着られなくなってしまった。それから2年経って、体調を崩して入院したことがあり、退院してから宝塚観劇に着て行った。早く元気になりたくて。とてもすばらしい演劇で心は幸せいっぱいになった。
先日3回目を着る機会があった。それはめぐみさん支援コンサートで、招待を受けこの青色ワンピースを着て参加した。何人かの方に会って声を掛け合った。拉致問題に関わって4年、それ以降に出会った人たちで、私のような一般サラリーマン家庭の主婦は普通だったらそうそう知り合えないのに、と思うと本当に複雑な気持ち・・・。それでもやはり出会いは大切にしたいと思う。気づいてくださった皆さん、ありがとう。ずっと手を振ってくれたKさんもありがとう。
同じ日、夫からとてもうれしい知らせがあった。心優しい人の思いやりを感じた。ありがとうAさん。やっぱりこの青色ワンピースは私たちに喜びを運んできてくれる。
どうかめぐみさんや多くの拉致された人たち、ご家族にも、早く喜びの幸せの日が来てほしいと心から祈った。
*コンサート会場には、横田さんご一家、増元さんご夫妻、飯塚繁雄さんとご家族、高野美幸さん、中山恭子さん(首相補佐官)、その他マスコミ・救う会関係者・祈りの会・あさがおの会・ボランティアの皆さんが大勢いらしていました。
*'07 2/19 NHKニュースウォッチ9 “めぐみさんに捧げる歌” http://aoinomama13.seesaa.net/article/34277001.html
*青色ワンピース aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42826723.html
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| 5/13 TBS「報道特集」韓国“親日派”追及の嵐 |
( 2007.5.18,金 ) |
*5/13TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。放送は約30分間でした。
「♪垣根の下の鳳仙花よ♪」韓国音楽の父とされる作曲家が―。歌謡皇帝とまで言われた歌手も―。問題視される日本統治下での行動。「当時は活動できないでしょ、親日(行為)をしないと・・・」。日本メディア初取材、1万枚の親日派人名カード。韓国を揺るがす親日派追及―。
土地没収も 韓国“親日派”追及
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「続いての特集です。自分のお祖父さんやお祖母さんが60年以上も前にやった事で今の自分の財産が取り上げられる、そんなむちゃくちゃな事が実は今お隣の韓国で起きようとしているんですね。かっての日本の支配に協力した人々、いわゆる“親日派”を追及する動きが盛んな韓国なんですが、先日はその親日派の孫たちの土地没収が発表されました。一体今、韓国はどうなっているのでしょうか?」
韓国“親日派”に追及の嵐
【ナレーター】 飛び交う怒号。(2006年11月 韓国ソウル)問題となっているのは韓国の歴史教科書です。「偏向した歴史を教えている」として保守派の学者たちが開いた集会に、かつての運動家たちが抗議しているのです。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の韓国では歴史をめぐる議論が激しくなっています。その象徴とも言える問題があります。
【盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領】(2004年8月) 「過去の歴史で争点となってきた問題を包括的に扱う真相究明特別委員会を、国会の中に作る事を提案します。」
【ナレーター】 日本統治下で日本の支配に協力した人々、いわゆる“親日派”の追及。その嵐が今韓国で吹き荒れているのです。
「♪私の愛よ♪」
慶尚南道(キョンサンナムド)晋州(チンジュ)で毎年開かれている歌謡祭。地元出身の歌手の名前が付けられ、彼のヒット曲も歌われています。「南仁樹(ナム・インス)」、日本統治下の1936年朝鮮半島でデビューし、戦後も国民的歌手として活躍。「歌謡皇帝」とまで呼ばれた人物です。
夕方になって盛り上がるステージ。しかし会場の入口には警察官の姿がありました。こんな運動が行われていたのです。
「親日派 南仁樹(ナム・インス)」「市民の血税で親日歌手の記念行事とは何事だ」(プラカードを持つ人々の映像)
南仁樹歌謡祭に反対する一団です。代表者はこう話します。
【南仁樹歌謡祭に反対する人】 「南仁樹(ナム・インス)氏の歌の中でも『血書志願』などの3曲は日帝時代、戦争に参加するように誘導した歌です。国民は親日の痕跡がある人を懐かしむ歌謡祭はなくさなければならない、と考えています。」
【ナレーター】 「♪半島の血脈 輝け血♪」
これが問題とされた歌『血書志願』です。
「♪この時を逃すまい 命をささげよう お国の兵隊になるのが 望みです♪」
太平洋戦争当時、日本は朝鮮半島からも志願兵を募っていました。これを奨励する歌を1943年に南仁樹(ナム・インス)が歌ったのです。
【南仁樹歌謡祭に反対する人】 「南仁樹(ナム・インス)氏は、大衆歌手としてその歌声で国民の心を震わせました。その影響は大きく、国民に与えた傷も大きいので、彼を親日派に区分し彼の歌を排除したいと考えています。」
【ナレーター】 晋州(チンジュ)は豊臣秀吉の朝鮮出兵の激戦地。その事も強調しながら反対派の人たちはチラシを配っています。しかし、それをつき返す人もいました。また、問い質す人も・・・。
【南仁樹歌謡祭に反対する人】 「歌謡祭の名前を変えてくれと言っているんです。」
【問い質す人】 「そんな事、ありえない!南仁樹(ナム・インス)氏にこんな話があるのは初めて聞いた!どういう事なんだ?」
【ナレーター】 1941年に作られた映画『志願兵』。朝鮮半島出身の若者が日本軍入隊を果たすという物語。『血書志願』と同じテーマです。
(VTR)
【映画の中の女性】 「試験て、何の試験?」
【映画の中の男性】 「僕は志願兵になるんです。」
【映画の中の女性】 「志願兵?」
【映画の中の男性】 「我等も軍人になれるのです。僕は帝国軍人になるんです。」 【ナレーター】 戦時中にはこうした映画がたくさん作られていました。この『志願兵』は“幻のフィルム”とされていましたが、現代史の見直しが進む中で発掘され、監督や俳優は南仁樹(ナム・インス)のように親日派と名指しされています。
しかし、南仁樹歌謡祭に来ていた人はこう話します。
【南仁樹歌謡祭に来た人1】 「おじいさんの世代で親日行為をしなかった人はいない。」
【南仁樹歌謡祭に来た人2】 「南仁樹(ナム・インス)氏は親日行為をしたくてしたのではないと思います。時代背景を考えても自分の意思ではなかったと思うので、彼を追及する事には賛成できません。」
【ナレーター】 親日派の追及はそもそもこの民間団体が推し進めてきたものでした。
【民族問題研究所の会見】(VTR 2005年8月) 「今日はまず名簿を皆さんにお示しします。」
【ナレーター】 民間団体“民族問題研究所”。親日派と名指しした3,090人もの名前を発表しました。
【民族問題研究所の会見】(VTR 2005年8月) 「日帝に貶められた民族のまま、統一もできず、親日派の清算もできず、何のために60年間生きてきたのか!今後も声援をお願いします。」(拍手が湧き起こる)
【ナレーター】 追及される親日派、その基準とは・・・?ソウルにある民族問題研究所の事務所。歴史学者を始めとするおよそ5,000人の会員で構成され、親日派名簿の作成などにあたっています。研究所の地下にある資料室には日本統治時代の膨大な資料がありました。研究室長の朴漢龍(パク・ハンニョン)氏が見せながら説明してくれました。
当時のスローガン(国民総武装大和一致して敵を撃滅せよ・勝つまで働け我等で援護)、戦時中の債権、軍国主義が色濃く出た雑誌。
【民族問題研究所・朴漢龍(パク・ハンニョン)研究室長】 「(雑誌を見せながら)大東亜戦争1周年と書かれています。これが大東亜共栄圏でしょ、ここからここまでが。この雑誌が何故親日雑誌なのか?絵だけが親日なのではなく、内容自体も国家の方針に沿っていたからです。」
【ナレーター】 当時の雑誌や楽譜などを見せて「親日だ」と指摘する朴漢龍(パク・ハンニョン)氏。この研究所で最も重要な資料を見せてくれました。親日派の人名が書かれたカード、「1万枚もある」と言います。
日韓併合条約が締結された時の首相・李完用(イ・ワニョン)。「日本の朝鮮統治に協力、売国行為をした」とされ、親日派の烙印を押されています。官僚や司法関係者、軍人、警察官、彼らの名前は親日的な活動の記録と共にカードに書き込まれています。民間人の名前もありました。
金基昶(キム・ギチャン)、韓国の国民的な画家です。1万ウォン札にある世宗(セジョン)大王の絵を描いた人物ですが、その一方で「親日的な絵を描いた」として追及されているのです。
こうした親日派のカードを作ったのはこの人物、1929年生まれの文学者・林鍾国(イム・ジョングク)です。
【林鍾国(イム・ジョングク)の肉声】 「きれいにした国を残さなくてはならないのに、親日行為の調査や反省もできなかった・・・。」
【ナレーター】 忠清南道(チュンチョンナムド)天安(チョナン)。ここに林鍾国(イム・ジョングク)は住んでいました。裏山の栗を売って生計を立てていたという林鍾国(イム・ジョングク)。研究を続ける中で、自分の父親の親日行為についても著書に書き記したといいます。
【林鍾国の妹・林慶華(イム・ギャンファ)氏】 「父は『私も親日行為をした。私の名前も親日派の名簿に入れろ』と言ったし、兄も父が親日行為をしたという事実をそのまま記録しました。『あるがままの事実を書かなければならない』というのが兄の考えでした。」
【ナレーター】 林鍾国(イム・ジョングク)は1989年に死亡。カードは民族問題研究所が引き継ぎ、親日派追及の基礎となりました。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権発足後、政府が設置した真相究明委員会は106人の親日派を特定、さらに・・・。
【韓国YTNニュース5月2日放送】 「財産調査委員会は、親日派の財産を国家に帰属させることを決めました。」
【ナレーター】 親日反民族行為者財産調査委員会が決めた親日派9人の子孫の土地没収。時価にして36億ウォン、日本円で4億5,000万円余りになります。激しさを増す親日派の追及。
「♪垣根の下の鳳仙花よ おまえの姿は悲しげだ♪」
朝鮮では最初の芸術歌曲と言われる名曲『鳳仙花』、これを作曲した「韓国音楽の父」も親日派だと名指しされています。作曲家・洪蘭坡(ホン・ナンパ)、今の東京芸術大学で学んでいましたが、1919年に独立運動が起きると帰国、翌年『鳳仙花』の原曲を作りました。
「♪よみがえることを願う♪」
この「よみがえることを願う」という歌詞は、民族の自立を暗に歌っているとされます。当時、『鳳仙花』を歌う事は禁じられたといいます。「民族の英雄」とも言われた洪蘭坡(ホン・ナンパ)。1937年、独立運動に関わったとされ投獄。拷問を受け、思想転向を認める論文を書かされます。このため、死後60年以上経った今、親日派として攻撃されているのです。
洪蘭坡(ホン・ナンパ)の故郷は京畿道(キョンギドウ)にあるこの村です。(華城・ファソン)
【村の少女1】 「(洪蘭坡)は親戚だと、親戚のおじいさんだと聞いています。そんな立派な人が親戚のおじいさんだという事を誇らしく思っています。」
【ナレーター】 多くの村人は「洪蘭坡(ホン・ナンパ)の親戚」だと言います。洪蘭坡(ホン・ナンパ)は村の誇りです。
「♪私が暮らしていた故郷は花咲く村♪」
この歌『故郷の春』も洪蘭坡(ホン・ナンパ)が作りました。韓国中で親しまれ、歌い継がれています。
【村の少女2】 「同じ洪氏だからというのもあるんですが、曲を書いて業績を残したので、いくら親日派と言われても尊敬する人です。親日がどうと言われても・・・。」
【ナレーター】 「♪垣根の下の鳳仙花よ おまえの姿は悲しげだ♪」
『鳳仙花』を歌うのは、韓国音楽協会の研究者・申道成(シン・ドソン)氏。「洪蘭坡(ホン・ナンパ)の研究に支障が出た」と言います。
【韓国音楽協会・申道成(シン・ドソン)氏】 「洪蘭坡(ホン・ナンパ)先生など音楽家の子孫たちはたくさんの資料を持っていますが、公開する事をとても怖がっています。下手をすると自分のお父さんやおじいさんも親日派にされるのでは、と思っているのです。」
【ナレーター】 洪蘭坡(ホン・ナンパ)の生家に音楽施設を造る計画も進んでいましたが、現在は中断したままです。また、近くの町・水原(スウォン)で開かれていた“洪蘭坡音楽祭”も名前が変わってしまいました。
【韓国音楽協会京畿道支会・呉賢奎(オ・ピョンギョ)会長】 「『故郷の春』は京畿道(キョンギドウ)の歌と言えるほど、以前は公務員や市民が集まるとみんな歌っていたんです。それなのに洪蘭坡(ホン・ナンパ)が親日派と言われた事でみんなが攻撃するんです。」
“親日派”追及と北朝鮮
【ナレーター】 「韓国音楽の父」にまで及ぶ親日派追及。これら一連の動きには「政治的な意図がある」とも指摘されています。
「♪大韓人は大韓として永遠なれ♪」(大韓民国国歌)
ソウルで開かれた反盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の集会。(2007年3月)国防の最前線で北朝鮮と対峙してきた元韓国軍人たちは、親日派追及についてこう言います。
【国民行動本部・徐貞甲(ソ・ジョンカブ)氏】 「過去に大韓民国をつくった勢力を親日派だと貶める、そのことにより盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は金正日に追従し言いなりになっている。これ以上我々国民は許してはならない。」
【ナレーター】 「親日派追及が北朝鮮を利する事になる」という指摘。理由があります。
韓国経済発展の基礎を築いた朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領。かつては満州国の将校だったという経歴もあり、政府の調査次第で今後親日派とされる可能性があります。その朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘が朴槿惠(パク・クネ)議員。野党ハンナラ党の有力な大統領候補で北朝鮮には厳しい姿勢を取り続けています。ジャーナリストの趙甲済(チョ・ガブチェ)氏はこう指摘します。
【ジャーナリスト・趙甲済(チョ・ガブチェ)氏】 「朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領が満州国の将校だった事に焦点をあて、朴政権のもとで成し遂げた韓国の近代化を否定する、その事によって間接的に娘の朴槿惠(パク・クネ)氏を攻撃する意図があると思います。」
【ナレーター】 一方、親日派名簿を作っている民族問題研究所の朴漢龍(パク・ハンニョン)研究室長はこう言います。
【民族問題研究所・朴漢龍(パク・ハンニョン)研究室長】 「親日派の清算は、特定の大統領候補を狙うとか韓日間で感情的になるという事ではありません。過去の間違った歴史を共に反省して、再び植民地支配と侵略戦争のない平和なアジア共同体を作るための出発点なのです。」
生存する“親日派”の告白
【ナレーター】 現在、親日派と名指しされる人の多くは亡くなり、生存している人も沈黙を守っています。私たちは親日派と名指しされた90代の男性に接触する事ができました。
【90代の“親日派”男性】 「親日派?やった人は銃剣の前ではやるしかない。たくさんの人がやったでしょう。もちろん食べるためにやった人もいるけど、そうでない人は無理矢理やらされた人たちです。名の知れた人は連行されていったんですよ。」
【ナレーター】 「銃剣の前では逆らえなかった」という親日派。当時の研究を続けているソウル大学・李栄薫(イ・ヨンフン)氏はこう言います。
【ソウル大学・李栄薫(イ・ヨンフン)教授】 「日帝植民地時代も大きく見れば外来の近代文明が入ったという過程だったし、その人たちを歴史的に否定したら現代の韓国文明も説明できません。」
【ナレーター】 一方、韓国政府の真相究明委員会・姜萬吉(カン・マンギル)委員長はこう言います。
【親日反民族行為真相究明委員会・姜萬吉(カン・マンギル)委員長】 「親日反民族行為真相究明作業は他の国に影響を及ぼすものではなく、他の国を恨むためのものでもありません。民族内部の徹底した自己反省のために行っている作業なのです。」
“親日派”追及 若い世代は
【ナレーター】 李教授(ソウル大学)、姜委員長(親日反民族行為真相究明委員会)、二人の著書は書店に並べられています。韓国を二分する親日派追及の議論。双方の本を読んだ若い世代はどう感じたのでしょうか?
【男子学生】 「大学の先生に薦められ両方読んだんですが、片方だけ読むとどちらかに影響されてしまいそうですからね・・・」
【女子学生】 「もう少し時間が経ち世代が変わらないと客観的に見られないかもしれない。今、親日派の話が色々出てくると感情的なものが先立ってしまい、客観的な判断は難しいと思います。」
なぜ今“親日派”追及か
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下で今行われています親日派追及の動き、私たち日本人にとって複雑な気持ちにさせられてしまうんですが、韓国の人たちの受け止め方も様々なようです。
これまでの過去の清算、歴史のけじめはつけたいけれど、それは一方では自分たちのこれまでの歴史も否定することになってやりきれない、という考え、あるいは個人名を挙げたり財産没収はやりすぎだ、さらには、今さら追及しても時間の無駄だ、といった冷めた見方もあるそうです。戦前の複雑な歴史や思いを知らない戦後生まれの盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領だから出来た、という見方もあるようですし、この追及運動、国民的に盛り上げて支持率を上げようとした、まぁ盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の思惑というのも逆に下がってしまっているので裏切られた、という事も言えるようですね。
ちなみに親日派の真相究明委員会は、今後もさらに第二弾・第三弾の個人名発表などをこれから行われる予定だという事です。」
(ディレクター 中島風さん 太田慎一さん 吉田豊さん)
終わり
*5/13 TBS「報道特集」韓国“親日派”追及の嵐 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42647392.html
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| 5/17 日本テレビ「モクスペ」女子高生行方不明事件(福山ちあきさん) |
( 2007.5.17,木 ) |
*5/17に日本テレビで放送された「モクスペ」衝撃リポート!世界の怪奇現象大追跡スペシャル番組内で、特定失踪者・福山ちあきさんが取り上げられていました。内容についてはそれぞれ色々な考え方があると思いますが、ご家族の必死な思い、そして失踪時の詳しい説明もありましたので、番組の一部分だけですが文字化しました。放送時間は約30分でした。(写真はテレビより撮影しましたので不鮮明です)
番組中、福山ちあきさんのお母さんはお嬢さんを思いずっと泣いていました。一日も早くちあきさんがご家族のもとにお帰りになりますよう、心より願っております。
*特定失踪者 福山ちあきさん 平成3(1991)年11月3日失踪 特定失踪者問題調査会失踪者リストより http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=153&mode=search3
忽然と姿を消した女子高生、その行方は―。アメリカ1の超能力者が緊急来日、女子高生は発見されるのか?衝撃リポート!世界の怪奇現象大追跡スペシャル―。
【アナウンサー】(スタジオにて) 「バイト帰りの女子高生が、友だちと別れた後、行方がわからなくなってしましました。福山ちあきさん、当時18歳の高校3年生。卒業後は就職も決まっていて、さらに結婚もする予定でした。そんな幸せな彼女に一体、何が起きたのでしょうか?」
驚異の超能力者キャサリン・レイ
【ナレーター】 驚異の超能力者キャサリン・レイ。キャサリン・レイの能力は一般に“透視”と呼ばれるものだ。捜し出そうとする人物の写真を頼りに、その人物の現在の居場所や、もし犯罪に巻き込まれているのなら、その一部始終を直感的に透視してしまうのだ。彼女はそのすばらしい能力を駆使してこれまで数々の難事件を解決へと導いてきた。そんな彼女が今回挑むのは―。
女子高生失踪事件
【ナレーター】 今から16年前の1991年、大阪市内の地下鉄で友人と別れたのを最後に一人の女子高校生が姿を消した。彼女の名前は福山ちあきさん。当時高校3年生で18歳だった。
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「とにかく、もう明るくて活発で・・・すごく正義感が強いですよね・・・」(声が詰まる)
再現VTR
【福山ちあきさん】 「ほな、行ってくるわ!」
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「いってらっしゃい!」 【ナレーター】 1991年11月3日、祝日にあたるこの日の朝、ちあきさんはいつも通りアルバイトに出かけた。彼女は子ども向けの戦隊ショーに出演するというアルバイトをしていた。
夕方には奈良県の遊園地でのイベントを終え、バイトの同僚で高校の同級生でもある友人と御堂筋線西中島南方駅から地下鉄に乗車した。午後6時40分頃、ちあきさんは動物園前駅で下車、この駅で堺筋線に乗り換え、2つ先の日本橋駅に向ったのではないか?と推測されている。その日「戦隊ショーで着るスパッツを買いたい」と友人に語っていたからだ。
しかし、この時友人が動物園前駅で下車したちあきさんの姿を見送ったのを最後に、ちあきさんの行方はわからなくなってしまったのだ。
夜遅くなっても、ちあきさんは帰って来なかった。しかし母は、ちあきさんがアルバイト後に恋人とデートをしているのだと思っていた。当時ちあきさんには、アルバイト先で知り合った2つ年上の恋人がいた。互いに親からは公認された仲で、ゆくゆくは結婚の約束をしていた。しかし、夜11時過ぎにその恋人から電話がかかってきた。
再現VTR
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「はい・・・」
【ちあきさんの恋人】 「あ、夜分すいません。ちあきちゃん、いてますか?」
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「あなたと一緒やったんのちゃうの?」
【ちあきさんの恋人】 「いや、一緒ちゃいますけど・・・」 【ナレーター】 恋人の話では、この日のイベントはちあきさんとは別々だったため、夜にちあきさんが電話をかけて来る事になっていた。約束の10時をとうに過ぎてもいっこうに連絡がなかったため、不審に思った彼がちあきさんの家に電話をした、と言うのだ。
母・はるみさんは、自宅に駆けつけた恋人と夜通しちあきさんの行方を捜した。地下鉄に一緒に乗った友人からも「動物園前駅で別れた」という情報以外は何も手がかりをつかむ事はできなかった。
ちあきさんの身に一体何が起きたのか?2つの可能性が考えられる。
可能性@ 家出
【ナレーター】 ちあきさんは家出したのだろうか?
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「あの、就職も内定していましたし・・・。それ(家出)は絶対にないと思います。まず考えられないです。」
【ナレーター】 ちあきさんは失踪翌日もアルバイトがあり、そこで初めて主役を務める事になっていて大いに張り切っていた。そして何より結婚を待ち遠しく思っていた。ちあきさんには明るい将来が待っていたのだ。家庭内での問題もまったくなく、失踪当時の所持金は小銭入れに入れた2000〜3000円程度。その後、預金を下ろした形跡もない事から、家出したとは考えにくい。
可能性A 誘拐
【ナレーター】 ちあきさんは誘拐されたのか?友人と別れたちあきさんは、堺筋線に乗り換えて日本橋駅に向ったのだと推測されている。日本橋駅には、駅から大阪一の繁華街・難波(なんば)までおよそ800メートルに渡って続く“なんばウォーク”という地下アーケードがある。ちあきさんはよくそこに買い物に行っていたという。
彼女はそのアーケードで何者かにさらわれたのか?それとも動物園前駅あるいは日本橋駅の駅構内で、何らかのトラブルに巻き込まれたのだろうか?
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 「元気でいると信じないと・・・。絶対信じていますけども、正直言って頭の隅っこにはよぎりますね・・・」
【ナレーター】 1991年11月3日、福山ちあきさんは地下鉄の駅構内からどこへ消えてしまったのか?そして彼女は今、どこで何をしているのか?
消えた女子高生を捜せ! 驚異の超能力者
【ナレーター】 我々はちあきさんの情報を得るため、サンフランシスコに住むキャサリン・レイのもとへと向かった。早速キャサリンにちあきさんの写真を手渡し、透視が始まった。キャサリンは写真を頼りに、ちあきさんの失踪時の足取りや現在の居場所などを透視していく。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「彼女はとんでもない事に巻き込まれたと、最初からわかっていたんです。」
Psychic 1 当日の足取り
【ナレーター】 キャサリンは、ちあきさんが失踪した当日の彼女の足取りを透視していく。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「買い物はしていません。彼女は自宅とは違う方向へ行ったわ。そう、電車でね。目的はわからないけど。」
【ナレーター】 「ちあきさんは買い物をせずに何か別の目的である電車に乗った」と言う。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「赤っぽい色の電車に乗って、電車の終点、彼女は終着駅まで行ったようねぇ。」
【ナレーター】 ちあきさんは「どこからか赤い色の電車に乗ってその電車の終点まで移動した」と言う。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「駅で彼女は迷ったようねぇ。そして駅の出口で掲示板のようなものを探しているわ。一人の男が彼女に近づいて背後から『言うとおりにしないと命はないぞ!』と脅したの。」
【ナレーター】 ちあきさんが振り返ると、そこにはまったく見覚えのない10代後半の若者が立っていた。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「彼はナイフを見せ脅したの。」
【ナレーター】 身の危険を感じたちあきさんが男の言うとおりに歩き出すと、さらに2人の男がちあきさんを囲んだ。ちあきさんの前方には20代前半の男、そして一番後ろに30代後半のボスらしき金髪の男。「3人の男はちあきさんを連れて駅から数分歩いたのだ」と言う。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「まだ造りかけの壁が見えます。レンガかブロックのようなもので出来た建設中の壁です。彼女は建設現場に連れて行かれました。そこで男たちは彼女の暴力を振るったわ。」
【ナレーター】 男たちは金銭目当てでちあきさんを襲い暴力を振るった。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「3人は彼女を脅してどこかに連れ去ったのよ。」
【ナレーター】 これがキャサリンの透視したちあきさんの当日の足取りのすべてである。そしてこれがキャサリンの透視により描かれた犯人たちの顔だ。
ボス的存在の30代後半の男は金髪で眉毛に傷がある。
手下の2人は10代後半と20代前半と若く、髪の毛が長いのが特徴だ。
ちあきさんはどこにいるのか?キャサリンの透視はさらに続く。
Psychic 2 ちあきさんの行方
【ナレーター】 キャサリンは、ちあきさんの住む街の特徴を語り始めた。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「山が二つ並んであるわ。その真ん中に道が通っている。」
【ナレーター】 これがキャサリンがイメージした2つの山のイラストだ。「左側の山が少し高く、ちあきさんのいる街から2つの山が見える」と言う。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「電車は赤色です。近くに蒸気機関車があるわね。」
【ナレーター】 ちあきさんのいる街には「赤い電車が走る。蒸気機関車もある」と言う。そしてキャサリンはちあきさん捜索の最も重要な手がかりのある場所について語り始めた。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「公園がすごく大事です。公園には曲がりくねった道があります。」
【ナレーター】 ちあきさんのいる場所の側には「公園がありその中には曲がりくねった道がある」と言う。
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「特徴的な岩があります。3個重なっているのかそう見えるのか、とても特徴的な岩です。」
【ナレーター】 これが「公園にある」という岩だ。「3つの岩が積み重なっているような形状をしている」と言う。
ここでキャサリンの透視をまとめてみよう。ちあきさんがいる場所、つまりターゲット地点から2つの山が見える。その間を道が通っている。ちあきさん自身はその山から30キロ離れた街にいるのだと言う。その町では赤い電車が走っていて、その電車は終着駅に止まり、さらにそこには蒸気機関車が存在している、と言う。
ちあきさん本人、あるいはその手がかりに最も近いのが公園だ。その公園の中には曲がりくねった道、池、そして積み重なった岩。近くには団地があり、工場も見られる。
我々はこの情報をもとに、16年前忽然と姿を消した福山ちあきさんの消息を求めた。ちあきさんは今、どこにいるのか―。
(番組スタッフが透視のイメージ画をもとに各地を捜し回わるシーンは省略させていただきます。ただ、捜した地名のみ紹介致します。奈良県御所市→天理市)
【キャサリン・レイさん】(透視中) 「ちあきさんはそんなに遠くには行っていないわ。」
【ナレーター】 キャサリンは「ちあきさんは姿を消した大阪市天王寺区の地下鉄の駅から、それほど離れた場所に行っていない」と言う。
(省略 大阪府泉佐野市→堺市)
【ナレーター】 4月9日成田空港。キャサリン・レイが来日した。ちあきさんのイメージをさらに強く感じるためだ。日本でのセッションにはちあきさんの母・はるみさんも加わった。
【キャサリン・レイさん】 「泣かないでください。」(涙を流すお母さんに声をかける)
【ナレーター】 娘を思う母が見守る中、キャサリンの透視が始まった。16年前、地下鉄駅構内で忽然と姿を消した福山ちあきさんは今、どこにいるのか?東京のキャサリンと大阪にいる番組スタッフを電話で結び、キャサリンの指示通りに動いて行く。連動捜査が開始された。
(省略 大阪御堂筋線動物園前駅→大阪府平野市→ある公園)
【ナレーター】 翌日、キャサリンも大阪に到着。透視した場所を確認した。
【キャサリン・レイさん】 「そう、ここよ、ここ。間違いない。」
【ナレーター】 キャサリンは「この公園の近くにちあきさんの手がかりが必ずある」と言う。我々は団地を始め公園周辺の聞き込みを徹底的に行った。しかし、残念ながらちあきさんの手がかりなどを確認する事はできなかった。そして我々はこれまでの捜査結果を母・はるみさんに報告した。
【ちあきさんの母・福山はるみさん】 (涙を流し声をしぼりだすように)「絶対生きていますから。生きています・・・」
【ナレーター】 16年前、突然行方がわからなくなってしまった福山ちあきさんの捜索はこれからも続く―。
【アナウンサー】(スタジオにて) 「(超能力者の)彼女たちは、現在も解決の糸口さえ見つからない事件に取り組んでいます。現在彼女たちの能力は残念ながら科学で実証されているわけではありません。しかし、その科学で説明できる事柄はまだまだ限られているのです。いや、むしろこの世界には解明できていない謎が多数存在しているのです。・・・(省略)」
(番組注意書き:番組中に提示された情報は、超能力を持つとされる人物のイメージであり、警察の捜査を否定するものではありません。一刻も早い事件解決を願ってやみません。)
*福山ちあきさんに関する情報をお寄せください。Eメールかご覧の住所まで。 Eメール:kaiki5@ntv.co.jp 宛先:〒105-7444日本テレビ 「世界の怪奇現象大追跡スペシャル」
終わり
*5/17 日本テレビ「モクスペ」女子高生行方不明事件(福山ちあきさん) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42123951.html
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| 1/14 神奈川県民集会 野村旗守さん(ジャーナリスト) |
( 2007.5.16,水 ) |
*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポートの許可をいただいております)
【野村旗守さん・ジャーナリスト】 ・・チュチェ研という組織に関して話してくれと言われまして、それで今回、社会党あるいはチュチェ研といった組織がこの拉致問題にどういうふうに関わってきたのか?そういったもの等お話したいと思っています。
日本と北朝鮮の関係で、国交がない中で、1990年に自民党を中心とした自民党と社会党の金丸訪朝団が訪朝するまでは、ほとんど傍流のルートで交渉していたのですが、その金丸が訪朝するまでの間に3つの大きな山場がありました。その第一回目が1972年に美濃部東京都知事がまず訪朝し、その後、日朝議連というのができました。中心になったのが自民党の久野忠治という議員です。それから三番目として社会党と朝鮮労働党の関係。この3つの大きな山場があります。そして90年の金丸訪朝団という事で、日本と北朝鮮の関係が劇的に変化する90年代を迎える事になりました。
じゃあ北朝鮮と社会党はどういう関係にあったのか?という事ですが、こちらに来ていらっしゃる方は非常に拉致問題に関心のある方ばかりだと思いますので、もうほとんどの方が読まれたと思いますけれども、おそらくまだ読んでいない方も中にはいらっしゃるだろうし、結構前の話なのでもう忘れた方もいらっしゃると思います。2002年9月に第1回小泉訪朝があり、その後1ヶ月経って拉致被害者5人が帰って来た、その直後にですね、マスコミ各社に差出人のイニシャルがK.Oとだけ書いてある投書が届いたんですね。どういった投書か、最初から長くなりますけど全文読ませていただきます。ここでアルファベットになっているのは、編集部の方で「ちょっとそのまま出したらまずい」という配慮でアルファベットに置き換えたものです。
X党には旧Y党時代、朝鮮労働党との友党関係を分掌する共和国連絡部という党の、公式組織図や正史には表れない部署があった。私は青年期にそこで勤務していたが、所属していたのは人材提供班である。人員は主にY党の青年組織から、大学で朝鮮語を専攻した学生が選ばれた。
共和国連絡部は表向きZ党との緊密な連絡調整を業務としてきたが、最も神経を使った仕事は情報・資金・人材の3つの提供業務だった。このうち情報提供班は、日本政府の内部資料、自民党や日本共産党の党内情報をZ党に送達し、資金提供班は文字通りY党が集金した政治資金をZ党に送金するのを日常業務としていた。
これら2班については、人材班に所属していた私には詳細はわからないが、我々人材班が実行したのは、拉致対象者の選定作業だった。わかりやすく言えば、朝鮮民主主義人民共和国の工作員が拉致しやすい、または拉致しても差し支えない日本人を、定期的にZ党に報告する仕事だった。工作員も極秘かつ速やかに日本人を拉致するためには、我々の持つ正確な情報がどうしても必要だったのである。
当時はもちろん拉致と言う者は誰もいなかったし、むしろZ党への正当な協力(提供)業務の一環と信じていたから罪悪感はなかった。というのも、Y党本部から絶えず『いずれ金日成主席が朝鮮半島を統一して正当な社会主義国家を樹立する。この業務はそのとき神聖な協力活動として、日朝両国から高く評価されるのは疑う余地がない』と指導されてきたからである。
さて、対象者の選定は次の5つだった。“知り合いに代議士がいないこと”“知り合いに警察関係者がいないこと”“知り合いに外国人がいないこと”“地域の名士の関係者でないこと”“格闘技経験のないこと”、これらは総じて「提供5原則」と呼ばれ、各地の人材班はこれに基づいてあらゆる手段を尽くして適任者を探し、Z党へ報告したのである。
代議士・警察・外国人・名士を知り合いに持つ者を避けたのは、後々大きな騒動になるのを極力防止するためである。また格闘技経験者を除いたのは、できるだけ容易に誘拐できるように講じられた基準であり、選定にあたっては厳格を極めた。見るがいい、拉致被害者がいずれもこの5原則に合致した家庭であるのはその証左である。
1970年代に多忙を極めた人材班も、1986年には党本部のまったく一方的な命令で解散した。この時、解散理由に納得できなかった我々にT議員などは、盛んに『発展的解消』という言葉を連発して、強引に幕引きを行ったのである。
以上の事実を、私は終生秘密にして墓場まで持って行くつもりだったが、二度と日本の土を踏むことはあるまいと思っていた拉致被害者の帰国報道を見るたびに、非常に胸が痛む。同時に自分このまま永眠することなど決して許されないと、呵責や葛藤に苦しむ毎日が続く中で、少しでも救われたいと思い告発するものである。 日付けは11月15日になっています。ここで「発展的解消」と言ったT議員というのは、金丸信を北朝鮮に連れて行った社会党の田辺誠です。という事は当然ながら最初のX党というのは社民党、旧Y党というのは旧社会党の事ですね。で、Z党は朝鮮労働党という事になります。要するに社会党という70年代、80年代通じて長らく日本の野党第一党を続け、一時は政権まで奪取したその政党の中に北朝鮮に協力する部門があった、という事です。
ただ「これは果たして本物なのか?」「一体、誰が出したんだ?」という事ですが、大体本人の特定もできて、K.Oという人物は「ほとんどあいつだ」と、社会党関係者に聞くと「大体もうあれしかいない」とわかっているのですが、「本人が書いたものじゃない、誰かがその本人を落とし入れるために書いたものだろう」とも言われています。ただ何にしろ、差出人もわからない、そういう事で結局うやむやになってしまった、まぁ事件と言えば事件ですね。
特にこの社会党の関わり、それからチュチェ研という組織ですけれども、拉致問題に関しても相当の事がわかってきております。例えば北朝鮮の在日組織である朝鮮総連というのがありますけども、これなんかも内部告発等によってかなりその実態がわかってきました。それから、北朝鮮を支配している金正日が手足として使っているのは朝鮮労働党という党組織ですよね。この党組織がすべてであとはもうどうでもいい、人民はどうでもいいわけであって、この党を使って国を動かすというわけです。この党の長く延びている末端のフラクションが日本に居座って、そのフラクションというのは朝鮮総連の中にある学習組という組織ですが、この組織を使って色々と対日というか在日というか日本の中での工作を行っていた、という現実があります。
それとは別に、学習組の別動隊としてチュチェ研という組織がありますが、これは公安関係者の中の一部では非常に注目されていた組織ですけれども、結局実態はわからないという事です。公安の内部でも一時はチュチェ研を解明する組織があったらしいのですが、何て言いますか、田辺議員の「発展的解消」でちょっとわからなくなってしまい、結局「危険性はないだろう」という事で、一時棚上げにされたそうです。
ただこの投書によって、やっぱりこのチュチェ研がかなり日本の中で対日工作の重要な役割を行っていたんじゃないかと思われます。その重要な役割というのは、例えばさっきも三浦さんの話に出てきました作家の小田実とか、あるいは美濃部知事とか、そういった議会・社会党工作といったところです。
チュチェ研という組織が見つからないのは、彼らが表立って拉致だとかそういった荒っぽい行動をしないという事もあります。チュチェ研が何をやっていたかというと思想工作ですね。彼らがやっていた中で一番重要なのは思想工作。日本には思想・信仰の自由は憲法で保障されていますから、どんな思想を持とうとどんな信仰を持とうとそれは自由であって、それほど実際は咎めることはできません。そういった中でこのチュチェ研がどこに浸透していったのでしょう?まず大きいのが*アカデミズムの世界ですよね。学所の中では相当このチュチェ研に侵されてしまった人たちがいます。
*アカデミズム【academism】 1、大学などでの、理論を重視し、学問・芸術の純粋性・正統性を守ろうとする立場。ジャーナリズムに対比して用いられることがある。2、学問・芸術の、保守的、形式主義的傾向。官学風。
この“チュチェ”というのは、北朝鮮の国を治める根本原理と言われている主体思想です。この主体思想というのを説明すると長くなりますから説明はしませんが、とにかく金日成・金正日親子が国の中を上手く治めるために都合のいい思想という事だけ言っておきます。この思想を日本に広める組織というのが、まずこのアカデミズムの学所の中の世界にできました。それからもう一つは教育界。非常に最も強力に浸透したのが教育界であります。その中でどういう系列で入っていったかというと、日教組の組織ですね。日教組の組織を使って、これが深く深く学校の生徒の間にまで浸透していったという事実があって、これを裏付ける証拠もあります。
北朝鮮の平壌に行くと“主体思想塔”という、何か訳のわからないコンクリートでできた石の高い塔があります。で、上に火が燃えているような赤い提灯みたいなのがついていてですね、何か非常に不気味な塔なんですけど。その塔は一体、何を意味するのかまったくわかりませんが、とにかく高い塔があって、それが主体思想のシンボルらしいんですね。そこの下に、主体思想塔を建てるために寄付してくれた団体、あるいは個人の名前が、アーチみたいな形をしたプレートにたくさん刻まれています。
ほとんど朝鮮語なので普通の日本人にはわからないのですけど、時々その中に日本語のプレートがちょこちょこあるんです。それを見るとですね、例えば群馬県教職員チュチェ思想研究会とか、神奈川県チュチェ思想研究会・神奈川県教育委員会チュチェ思想研究会とか、そういったような名前があります。あるいは何とか市議、横浜市議。チュチェ思想研究会があったかどうかはちょっと覚えていませんけれども、そういった各地の日教組支部のチュチェ研組織が相当寄付をしてその塔を建てたという事がわかります。雑誌「世界」にも確か編集長か何か名前もあったような気がしましたけれども。
そんなような事でだいぶ朝鮮労働党に献金をしていて、そのチュチェ思想・主体思想塔という何のためにあるのか、我々から見るとまったくわからない塔が建っていて、その建造物を建てるのに日本の教職員団体が一生懸命支援をしたという、これは紛れもない証拠もありますから紛れもない事実で、色んな所で写真なんかも撮られているので、もしかしたら目にした事ある方もいらっしゃるかと思いますが。
そういう思想が、教員・教師という媒介を通じて70年代・80年代、一部の学校の生徒にまで染み渡っていたという許しがたい事実があります。しかしさすがにですね、いかに教育界・日教組が北朝鮮に汚染されていたとはいえ、日本の生徒も馬鹿じゃないので、それを受け入れて向こうにかぶれちゃう生徒はそうはいなかったでしょうが、今から思えばそれは大変喜ばしい事であったんですけどね。ただ先生の中にはかぶれてちょっといっちゃった人たちも若干いました。
そういう中で、先ほど読んだあの投書ですね、社会党関係者の間を回って取材すると「あの投書はかなり正確だよ」という事を一応言うんですよね。私、今ちょっと書いてある本の関係で、社会党と北朝鮮の関係を取材し直しているんですけども、社会党OBの話を聞くと「あの投書、あれ自体の内容はかなりと言うか、非常に正確。これ、K.Oという人が書いたとは思えないけれども、とにかくそのごく近くにいた人が書いたものに違いない」と言うんですね。
共和国連絡部という北朝鮮の手先となった社会党の中の機関で、K.Oのそばにいた人が社会党の中に入り込み、社会党の中にある共和国連絡部という組織を操っていたという。で、その共和国連絡部に一体誰が指示を与えていたのか?これは「朝鮮総連」と言われているんですが、どうもこれは朝鮮総連ではなくて「チュチェ研という組織ではないか?」というふうに最近では見られています。
このチュチェ研という組織ですけども、日本に広めたのは尾上健一という人で、この方は非常に謎に包まれた人物ですがまだ日本に暮らしています。東京にいて出版社の経営をしたり、そういった事をしながらチュチェ研という組織を束ねています。かなりお金持ちで、だいぶいい生活をしているようなんですけども、ただその生活実態については謎に包まれていて、これから本当に我々がやっていかなきゃならない仕事でもありますが、ちょっとまだ切りきりでなかなか進んでいないのですが。チュチェ研の実態をもうちょっと明らかにしていきたいと、今現在私の方で思っているところです。
この尾上という人物ですけども、元々学生運動をやっていて、新左翼のつながりで中核派という組織に所属していたんですが、そこを辞めて、非常に働きが良いというので北朝鮮の方にスカウトされた、という事です。一時期、その中核派の方から送り回されていた、という話も聞こえています。それでこの人ですね、よど号の妻たちが何人か戻って来た時に、経営する出版社を警視庁の公安部がガサ入れした事があって、その時に金庫の中から朝鮮労働党から贈られた勲章が山のように出てきたそうなんです。おそらく日本人でこれだけ勲章をもらった人間は他にいないだろう、と言われているぐらい出てきたと。そうなると、そのチュチェ研のから指示を得て社会党の中で動いていたグループですね、このグループは同じようなムジナだろうと思われます。
それで、その思想工作以外に何かをやっていたか?と。ここから先はちょっと想像の世界になってしまいますけども、おそらく考えられるのは、彼らが仕事としてやっていたのはあれですね、拉致被害者の選定。この拉致というのも周到に仕組まれてきた犯罪で、なかなか発覚しなかったっていうのは、先ほど有本さんおっしゃられたように、もちろん日本のマスコミが報じなかったとか外務省が動かなかったというそういう事もありますけれども、なかなかこう具体的な証拠がつかめなかったからという事もあります。というのは、最初から証拠がつかまれないように周到に用意された犯罪だったから、という事が言えると思うんですけれども、見つかりにくい人物を捕らえてさらって行ったと。最初から「この人だったら怪しまれないだろう」というような人たちをさらって行ったから。
おそらくですね、今あの拉致被害者として浮上している方々のケース、有本恵子さんですとか横田めぐみさんですとか蓮池さんですとかそういった方たちは、どちらかというと目立つ存在、発覚しやすい存在だったから発覚してきたと。まだ特定失踪者300人とか400人とか、あるいは500人以上とも言われていますけど、この人たちの名前がなかなか出てこないのは、この人たちはハッキリ言って表に出づらい人たちだからです。
例えばこれは、シン・ガンスという実行犯が捕まったものだから名前が出てきましたけど原敕晁さん、この方は孤児院で育って両親もいない、親戚もいない。あるいは小住建蔵さんという山谷にいた身寄りのない人。そういった人たちがまだ無数にいるはずなんですよね。この人たちがなかなか出てこないのは、先に「こいつだったらさらって行ってもわからないだろう」という人たちを中心にさらって行ったからです。
今、名前が出ている有本さんたちはわかりやすい人たちだから見つかっただけであって、おそらく他のわかりにくい人たちっていうのはまだ無数にいて、最初からわかりにくい人たちを拉致してきた。そのわかりにくい人たちを拉致するのが可能だったのは、それを調査する組織があったからじゃないかと思います。
このチュチェ研っていう組織が主に入り込んだのはどこか?官公労(日本官公庁労働組合協議会の略称)という、最近力下りましたけれども日教組もそう。あるいは国労(国鉄労働組合)というような旧国鉄の中にあった組織。あるいは自治労(全日本自治団体労働組合)というそういった団体です。例えば、日教組の学校の先生が家庭訪問をすると、その家庭の事情がよくわかるんですよね。あるいは市の職員。普通我々一般の人間が目にしないような個人情報を、自治体の職員だからといって見る事ができる。そういったところにいる人たちが情報を洩らす。「ここは母子家庭で、今お母さんも子どもを放ったらかして毎日パチンコばっかりやっている」みたいな。あるいは「この家は非常にお父さんとお母さんの仲が悪い」というような感じで。そんな事があって非常にわかりにくい人たちが拉致されて、それでなかなか浮上してこない、っていう事があると思います。
このチュチェ研という組織の解明が、まだ日本の公安の方も進んでいるとは言えません。もう過去の犯罪でなかなか出てこないのですけども、我々マスコミにいる側も、ちょっと微力ながら調査に力を尽くしたいと思っている昨今ですけども。すみません、時間なので終わらせていただきます。(大拍手)
終わり
*1/14 神奈川県民集会 野村旗守さん(ジャーナリスト) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42534496.html
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| 「教育」が危ない (週刊新潮 '07 3/8号より) |
( 2007.5.15,火 ) |
*週刊新潮3/8号よりジャーナリスト・櫻井よしこさんの記事の一部「日本を卑下し、他国を賞賛」「尊敬するのは金日成」(P52〜53)をテキストにしました。
【週刊新潮 '07 3/8号より】ジャーナリスト・櫻井よしこ
今も学校を徘徊する「日教組支配」
かつてヨーロッパを徘徊した“共産主義”の亡霊。そして今、日本の教育界を亡霊のような「日教組」が徘徊している。ピーク時から加入者は半減したが、自国を卑下し、特定の国を賞賛する「偏向教育」は未だ健在だ。ジャーナリスト・櫻井よしこ氏がレポートする「教育の危機」。第2回は、今も学校を徘徊する「日教組支配」の呆れた実態を暴く。
日本を卑下し、他国を賞賛
国歌を教えない教師たちの日本に対する冷たい視線は、朝鮮半島や中国に想いを注ぐ“民族教育”と背中合わせである。05年まで鎌倉市議を4期16年務めた伊藤玲子氏が語る。
「七里ガ浜小学校では1年を通して毎日一時限目の授業の前に10分間、韓国語で韓国の劇を練習させていました。国際化教育ならまず自国文化をしっかり身につけさせることが重要ですが、日本の子供の韓国人化教育のようになっているのです。また平和教育の名の下に反戦教育を施された子供たちが、『お祖父ちゃんは人殺しをした。日本なんて大嫌い』『中国の人は随分我慢したと思う。本当に可哀想』等と感想文を書いてきました」
伊藤氏の指摘に、同校校長は、事実の確認は出来ないが、現在はそのような教育はしていないと明言する。今は、ハングルではなく、声に出して読みたい日本語の冊子で学ばせていると、校長は繰り返した。
それにしても、日本を貶め、他国を賞賛する奇妙な民族教育は想像以上に根深い。大阪府八尾市の三宅博市議が語る。
「04年10月16日、八尾市の大正中学校の文化祭でのことです。2年生のクラスが『戦争と平和』という展示をしました。馬上の昭和天皇とヒトラーの写真が並んでいました。『上海の“慰安所”の前に立つ日本軍兵士と従軍慰安婦』とキャプションのついた写真も、『強制連行された朝鮮人』『南京大虐殺』の写真も並べていました。歴史事実と異なる偏向した写真や説明の数々が、恰も真実のように展示されていました。このクラスの担任は勿論、組合員でした」
同中学校では憲法記念日の前に9枚のプリントが社会科の授業で配られた。三宅氏は言う。
「そのなかに何故か、『朝鮮と日本の歴史』というプリントが添付され、『日本の朝鮮侵略』『中国大陸侵略』などと共に『皇民化』とは『朝鮮民族の誇りや文化、伝統を根こそぎ破壊する民族抹殺政策』などとも書かれているのです。そのあとのプリントでは、自分の名前までハングルで書かせていました。この教師は『プリントは家に持って帰ったらあかんで』と生徒に言ったそうです。このことはプリントを入手した父兄が私のところに持ってきて、はじめてわかったのです」
こうした告発に、大正中学校の校長は、「何も話せない」としながらも、「地域の特性というものがある。三宅議員の言うことだけが真実ではない」と弁明した。
この種の偏向教育の指導は圧倒的に日教組の教師たちによるのではないか。だが、日教組広報担当者は反論する。
「私たちは、国旗・国歌の強制に反対しているのであって、各国に国旗・国歌があることを否定しているのではありません。韓国や北朝鮮を賛美したことは一度もありません。お互いの文化や歴史を知ることが重要だと考えているだけです」
日教組の彼らは、そもそもどんな価値観に固執しているのか。高崎経済大学教授の八木秀次氏が指摘した。「日教組の本質は昭和27年の『教師の倫理綱領』に現れています。綱領には、教師は科学的真理に立って行動する、とあります。科学的真理とはとりも直さず、マルクス・レーニン主義のことです」
なぜ破綻したマルクス・レーニン主義に、彼らは未だに呪縛されるのか。それは社会主義は理論的で肯定されやすく、資本主義の価値は経験的にしか理解されにくいからだと武蔵野大学教授の杉原誠四郎氏はいう。
「社会主義者が資本主義者に対して貧富の差が出るからけしからんといえば、理屈として成り立つのです。しかし、資本主義の優位が明確になっても、日教組は資本主義体制を崩壊させる路線を続けました。また社会主義国は資本主義国よりも愛国心を強調しています。にもかかわらず、日教組は愛国心を否定し、政府の力を殺ぎ、体制を破壊しようとした。その路線の異常性が今の学校の荒廃に現れています」
尊敬するのは金日成
日教組の異質性を、拉致問題を例にして語るのは前出の伊藤玲子氏だ。
「97年には北朝鮮による拉致疑惑が明らかになり、家族会が結成されました。しかし日教組は翌98年に川上祐司委員長自ら北朝鮮に行き、100万円をカンパ、日教組と『朝鮮教育文化職業同盟』などとの交流を深めると確約したのです。その日教組に日本の子供が教育されている。日教組支配を断ち切らなくては日本の教育はよくなりません」
八木教授も強調する。
「日教組元委員長の槙枝元文氏は『金日成主義研究』02年2月号に一文を寄せました。氏は世界の中で尊敬できる人間は誰かと聞かれれば『真っ先に』金日成の名を挙げるとして、『朝鮮人民が心から敬愛し、父と仰ぐにふさわしい人物であることを確信したから』と書いています。さらに金日成と金正日が二重写しになって『何の疑念もなく金正日総書記のことを信頼出来るようになりました』とも書いています」
これは拉致問題が明らかになっていた段階での一文である。八木氏は日教組に「日本教職員チュチェ思想研究会」が健在であることも指摘し、彼らが組織率低下で力を落としていると考えるのは間違いだと警鐘を鳴らす。
「文科省の統計でも、日教組と全教を合わせれば公立校教職員の40%近くが組合員です。残りは殆どがノンポリですから、組合員は第一勢力です。加えて組合員は明確な目的意識の下で政治闘争を行い、必ず職員会議でも発言します。声は大きく喧嘩腰です。こうして彼らは職員会議も学校現場も支配する。校長も教育委員会も彼らの協力なしには、その地位に就くことさえ難しい状況があります」
村山内閣当時の地方分権で文科省は教育委員会に対する監督権限を失い、日教組の支配はさらに強化され今日に至る。だが、いま、教育基本法の改正で「法に則って行われる介入は教育への不当な介入ではない」とされた。日教組が文科省などの指導に従わないことこそが教育への不当な介入だとされたのだ。日教組はこれを逆手にとって「法律」以外の政令や省令、通達は含まれないと主張し始めたと、八木氏は警告する。
学習指導要領は法律ではないため、国や郷土を愛する態度を学習指導要領に反映されても、日教組が現場で骨抜きにする可能性があるのだ。真の教育再生はこの日教組と闘い抜き、彼らの壁を打ち破ることなしには到底達成出来ないのだ。
終わり
*「教育」が危ない (週刊新潮 '07 3/8号より) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42401355.html
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| カチンの人たち |
( 2007.5.14,月 ) |
*写真は'06 12/10「映像とシンポで語る北朝鮮」でのカチンの皆さんです。マイクでお話されているのは「在日カチン女性協会」のマリップ・センブさんです。(すべてあおいのママの撮影)
あおいのママとパパは、昨年の北朝鮮人権侵害問題啓発週間('06 12月10日〜16日)に、「映像とシンポで語る北朝鮮」の集会と「北朝鮮人権大使サミット」に参加しました。
その際、ビルマのカチン民族の皆さんが集会で人身売買の状況を訴えていました。娘さんが騙されて被害に遭い、未だに行方不明だと涙ながらに語っていたお母さんもいました。皆さんは民族衣装を身にまとって伝統舞踊を披露したり、手作りの品や小冊子等を販売して支援を求めていました。
10日の集会終了後、私たちと友人のSさんは、たまたま帰りにカチンの皆さんと少しお話する機会がありました。当日登壇された日本語が上手な「在日カチン女性協会」のマリップ・センブさんが通訳してくださったので、私たちはカチン州という地域や、若い女性がこのような拉致とも言える被害を受けていることを初めて知ったと話しました。そして「負けないで頑張ってくださいね、応援しています」と励ましの言葉をかけました。(それしか私たちにはできないので・・・)皆さんは「ありがとうございます」とおっしゃって、私たちの姿が見えなくなるまでずっと礼をしながら手を振りながら見送ってくれました。
2日後、12日のシンポジウムにも皆さんは参加していまして、その時にマリップ・センブさんから写真撮影やサイトへの掲載の許可をいただきました。(説明文は小冊子の一部を引用)だいぶ日は経ってしまいましたが、ご紹介致します。
*'06 12/10「映像とシンポで語る北朝鮮」で伝統舞踊を披露するカチンの皆さん。席にいる男性もカチンの方です。
*'06 12/12「北朝鮮人権大使サミット」会場ロビーで快く撮影に応じてくれました。(他の参加者と一緒にポーズ)
*販売されていたブローチとストラップです。
中国―ビルマ国境で起きているカチン民族女性の人身売買(Driven Away)
ビルマのカチン民族が住む地域で警戒すべき現象が深刻化しています。政府の失策が原因で貧困が悪化し、多くの若者が仕事を求めて地元地域を離れているのです。その結果、若い女性や少女が足跡を残さずに消えています。彼女たちは、中国人男性の妻として中国へ売られたり、騙されてビルマや中国の性産業で働かされているのです。地元カチン地区の研究者は2004年5月から8月にかけてインタビューを実施しました。この報告書はその結果をまとめたものです。
【年齢層】 報告書のために実施されたインタビューによると、被害女性が最も多いのは14歳から20歳の年齢層です。およそ3分の2の被害者がこの年齢層に属しています。4分の1は18歳未満でした。21歳以上で被害にあった女性たちのほとんども20代前半という若さです。
【人身売買の終着点】 中国人の妻として売られる 中国との国境沿いや中国へ売られた56件のケースのうち、半数のケースでは彼女たちが売買された目的は不明です。その理由は被害者の消息が不明であったり、売買成立の前に逃げ出したり助け出されたりしたからです。残りの半数のケースでは、ほとんどの被害者は中国人の妻として売られました。
何件かのケースは1992年まで遡って起きており、中国での花嫁不足は最近始まった問題ではないとわかります。この現象は近年増加傾向にあり、2003年には過去最大の件数に上りました。
妻となる女性を連れてきた引取り人に支払われる額は5,000元(625米ドル)から15,000元(1,875米ドル)までと幅があるようです。あるケースでは、中国人男性は彼の「妻」に彼女を買うため50,000元(6,250米ドル)支払ったと主張しました。
中国人の妻として売られたあとに逃げ出してきた女性たちは、彼女たちが経験してきたことの詳細をあまり語りません。それでも、夫たちは妻が逃げ出さないように行動を厳しく管理していたことは明らかです。
「私を買った男はいつも私を家の中に閉じ込めました。私は外へ連れ出してもらおうと、彼を喜ばせるために何でもしました。」(ケース10)
妻となった女性たちがどのくらいの家事をやらされていたのかはわかりませんが、子供を産むように期待されていたことは明白です。妻となってすぐの数ヶ月の間に逃げようとしなかった女性たちは、その期間に夫の子を産んでいます。
中国人男性の家族も嫁を「買う」ことに共謀しています。引取人から女性たちを引き受けにくるのは男性の母親たちであることもあります。しかし、あるケースでは女性が息子と強制的に結婚させられたと知った母親が彼女を家に帰すのに協力した例もあります。
「3日後、彼らは結婚式についての話をしました。私はとても怖かったですが、何も言うことができず神に祈っていました。もし神が存在するなら私を助けてほしいと思いました。そうすると中国人女性が私はどうしたいのかを聞きました。私はここに働きにきたわけではなく旅行にきただけで帰りたいといいました。彼女は私が売られたと知って私に同情しました。彼女は息子に私を家へ返すように言い、私の叔母が彼女から受け取った5,000元についても返還を要求しませんでした。私は本当に嬉しくて神に何度も感謝しました。」(ケース2)
このことは、多くの中国人家族が息子のために花嫁を「注文」はしていても、花嫁候補として来た女性が売られたのではなく中国人の妻になりたくて来たと思っている可能性を示しています。
 *'06 12/12「北朝鮮人権大使サミット」でカチンの皆さんのために守る会代表の三浦小太郎さんが書いてくれた訴えです。「日本政府はビルマ軍事政権への支援をやめよ!」(会場ロビーで撮影)
カチン民族の歴史的政治背景
カチン民族は複数の少数部族で構成され、主にビルマの北東部に居住し、さらには中国やインドの一部地域にも居住しています。ビルマに住むカチン民族の数はおよそ100万〜150万人と見られています。伝統的に丘陵地帯に住む人々は焼畑耕作で生計をたて、かつては村や氏族単位での支配体制が敷かれていました。イギリス領ビルマ時代(1886年〜1948年)には、ほとんどのカチン民族居住地域が「辺境地域」として統治され、この時期にカチン民族の間にキリスト教が広まりました。
1948年のビルマ独立に伴ってビルマ北端部34,379平方マイルの山岳地帯がカチン州と制定されました。カチン民族はシャン州にも居住しています。
独立後、多くのカチン民族はビルマ中央政府による差別的政策に不満を募らせていきました。この不満は1961年のカチン民族武力抵抗運動を引き起こし、後に最も大きな民族抵抗運動の一つとされるカチン独立機構(Kachin Independence Organisation[KIO])へと発展しました。
十数年にわたる武力紛争が続き、高地に住んでいた多くのカチン民族が平地へと追いやられました。今日ではカチン州総人口の80%以上が平地地方に住んでいます。
KIOはビルマ軍事政府と1994年休戦合意を結び、一定地域において独自の行政権と軍備を持つ権利を認められました。ビルマ共産党の一部から派生し、カチン州と中国の国境地帯北東部で活動する新民主軍[カチン](the New Democratic Army[ Kachin][NDA-K])と1991年にKIOから分離しシャン州北部で活動するカチン防衛軍(KDA)も、それぞれ軍事政権との間で休戦協定を結びました。
残念ながら休戦合意は長期にわたる民族紛争を引き起こした根本的要因である政治問題の解決はもたらしませんでした。ビルマの他地域と同じように、カチン州の人々も軍事独裁政権の下で民主主義的権利である「自らの政府を選ぶ権利」を否定されています。
軍事政府は休戦合意を利用してカチン州での軍隊を増強させました。ビルマ軍の数は1994年から3倍にも膨れ上がり、50を超えるビルマ軍歩兵部隊がカチン州に駐在しています。ビルマ軍は特にKIOの軍事基地近辺で展開し、軍隊増強によって地元住民への負担も重くなる一方です。住民は軍人による土地の押収、強奪、強制労働や多くの人権侵害に直面しています。
カチンコミュニティーでの社会的・文化的性差(ジェンダー)
伝統的なカチン民族社会は男性社会であり、男性がコミュニティの政治的・宗教的な面で権力を握っていました。今日でもカチン民族コミュニティの長や宗教指導者はすべて男性です。
カチン民族の女性は結婚して、掃除・料理・育児といった家事全般をこなして夫に仕えることが求められます。多くのカチン民族の家族は昔のような自耕自給農家としてではなく、都市部や低地地方の村へと移住して生活しています。この事実によって女性は二重の負担を背負っているのです。家計のため男性も女性も外で働く必要がある上、女性はすべての家事もこなさなければなりません。
さらに、内戦によって多くの女性が大黒柱を失いました。男性の薬物依存やアルコール依存も深刻化しています。これらは女性が一家の唯一の稼ぎ手として負担を背負ってしまっている2つの要因です。
「家族の世話役」というカチン民族女性たちの伝統は、少女たちにも娘として両親や兄弟姉妹を支えなければいけないという強い意識を生んでいます。家計が苦しいとき、彼女たちは出稼ぎをしてでも家族を支えるため収入を得る義務があると強く感じます。そして少女たちは人身売買の危険に晒されていくのです。
カチン民族の女性達は結婚前には純潔であることが求められており、婚前交渉はコミュニティー全体を貶める行為だと考えられています。もし禁忌を犯したカップルが捕まった場合、女性のほうがより重い責任を問われるのが一般的で、コミュニティーを「浄化」して悪運を防ぐ儀式も行われます。それゆえ、人身売買の被害にあった女性や少女たちはその置かれた状況に関わらずコミュニティーに戻ったあとに彼女たち自身のモラルを問われることになってしまっているのです。
発行:在日カチン女性協会(KWAj) 東京都江東区塩浜2-12-13 第2大橋ビル401 Tel&Fax:03-5606-3963 Email:kwajapan@yahoo.com *カチンの人たち aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/42014963.html
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| 1/14 神奈川県民集会 三浦小太郎さん(人権活動家) |
( 2007.5.13,日 ) |
*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポートの許可をいただいております)
【司会者】 続きまして、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局長である三浦小太郎さんにお話をしていただきます。三浦さんは評論家としても「月刊諸君」等に論文を多数発表されておられます。それではよろしくお願い致します。(拍手)
【三浦小太郎さん・人権活動家】 まずこのよど号事件について、「これは他の拉致とは違う一面がある」と救う会神奈川の会長からお言葉がありましたけれども、これはハッキリ言ってですね、日本人が日本人をさらったという、この戦後日本にとって誠に恥ずべき事件です。もちろん北朝鮮が横田めぐみさんその他の方々を金正日政権がさらった事は憎むべき国家犯罪ですけれども、日本人を同じ日本人を彼らの言いなりになって拉致したというのは最も私たちにとって恥ずべき戦後の歴史です。これは私たちが忘れてはならないことですね。
同時にこの問題にはもう一つ重要なポイントがありまして、日本人が日本人をさらった以上、本当は他の拉致事件よりも早く解決ができなければいけない事なんです。
そして三つ目に、これは私たちが忘れるという事が許されない事ですが、この事件はこのさらわれた3人の方々が本当に勇気と、それから知恵を振り絞って、北朝鮮から日本に最も早い段階で自分たちの力で、もちろんポーランドの人の力を借りたかもしれませんけれども、自分たちの行動でこの拉致事件を自らがご家族に伝え日本国に救援を求めたという、この最も危険な所にある人たちが行動を起して日本国がそれに応えられなかったという事件なんです。今のところはまだ応えられていないんです。この三つのポイントというのは、よど号において絶対に忘れてはいけないんです。
私は具体的な「こうすれば助けだせる」という事が頭に浮かんでいない人間なので、こういう場に果たして来て良かったのかどうか、それすらも迷っているんですけれども。
おそらくヨーロッパでさらわれた人たちは、この3人だけでは絶対にないんです。これはかなりの証拠が、状況証拠的にはあるはずです。調査会だけではなくて私は警察はかなり掴んでいると思う。しかしその実行犯が、現実の実行犯がですよ、すでに日本にいるわけです。
もちろんこの国は法治国家ですから、法律に従ってしか逮捕したり捜査したりはできないんですけども。私の幼稚な考えかもしれませんが、現実にいる魚本民子氏その他のですね、拉致実行犯の人たちは、本来ならば裁判の場や、もしくは国会の喚問の場に立たされなくてはならない人たちです。私は八尾恵さんに関して、私は一応この方は罪を自白されたので「さん」という言葉をつけます。この方が、私は果たしてどのようにこの起訴について考えたらいいのか、今でも自分の中でも結論は出ませんけれどもね。
今、よど号犯は「有本さんの拉致は自分たちは知らなかった」と言っているわけなんです。そして「北朝鮮の工作員が拉致したんでしょう」という言い方をしている。北朝鮮の方は有本さんたちはよど号犯がさらったという事は、キム・ユーチョルと共にさらったという事は当然知っているわけですから、私は日朝交渉の場でこの事はもっと強く押し出されるべきだと思います。彼らの発言の色々な矛盾点に対して、私はまだ日本の外交はそれに対する追及と捜査が足りないのではないか、日本国内に今いる実行犯に対する追及も足りないのではないかと思います。
これは意見の違う方もいると思いますが、帰って来られた被害者の方にですね、「もっと向こうの事を語って欲しい」っていうのは確かに一つの言い方です。しかし、被害者が語る前に加害者が徹底的に調べられ、加害者から情報を引き出されなくてはいけない。そして私たちが今すぐ金正日の独裁体制を倒すとか、そういう力がここにいる私たちにあるわけではないかもしれない。ただ、この金正日独裁体制を結果的に支持している日本の中の勢力を倒す事は、私たちの力でできなくちゃいけない。
これから少しだけその話をさせていただきたいと思います。お聞き苦しいかと思いますが。これまで北朝鮮を支持してきた人、あるいは現在日朝国交回復交渉を拉致被害者の救出よりもやや重視する傾向の人たちの論理構造というのを、ちょっとだけ説明させてもらいたいと思います。
作家で小田実(おだまこと)という方がいらっしゃいます。この方が70年代に北朝鮮に行き、よど号犯にも会っています。私はその時の本は未だに持っておりますけれども、そこで小田さんはよど号犯の方々について「彼らは非常に反省し、また、北朝鮮で政治的に成長している」と。何が成長したのか?わかりませんけれども、そういうふうに書いておられる。
そして小田さんがそこで北に対してまったく間違った事を書いている事は、まぁそれは人間だから間違いだとしましょう、彼はそこでですね、「北朝鮮は何故すばらしいか」と。「一つには食糧を自給しているから」と。してないよ!っていう話なんですけれども。
もう一つ、これは間違いだとしましょう。二つ目、非常に彼が褒めているのは、「北朝鮮は非同盟だ」と。「アメリカにもソ連にも属していない」、こう言うんですね。間違ったというより彼はそこにほれ込んでしまったわけです。まだ和田(春樹)という人が例えばお金をもらってきただとか、そういう単純なことならばまだわかりやすいんです。この人は「北朝鮮はアメリカにもソ連にも中国にもそれぞれ従わずに、非同盟の国々でまとまろうとしている、これが世界の新しい動きだ!」っていうふうに小田さんは、まぁ褒め称える。
もう一つ、それから少し時代が後になります。よど号についてはもう皆さんも多くの本で学ばれたでしょうからここでは申しませんが、実はよど号とかなり接近し対話してきた中にはですね、左翼ばかりじゃないんです。日本の、まぁ私にも耳に痛い話なんですけども、日本の一部のニューライト・新右翼のグループ、ここも非常によど号に接近しています。もちろんそこにはある種のパフォーマンスもあったでしょう。マスコミにちょっとウケたいというのもあったかもしれない。しかし彼らがそこで言ったのは、彼らが言っているのは民族主義なんです。彼らは左翼から民主党の主義に変わって、民族の渦中にいるような。もうひとつは彼らは「反米愛国だ」と。これで一部のまぁニューライトの方々はかなりそこに惹かれていった。
そしてまた少し時代がさがります。これはちょっと半分笑い話ですが、オウム真理教という新興団体が宗教団体がありまして、今でもあるにはあるんでしょうけど彼らの中で、もう皆さんお忘れでしょうけど1995年のサリン事件の直後です、○○さんと言ったかな、当時東京大学の方だったオウム信者の方がですね、若手の批評家の浅羽通明(あさばみちあき)さんという人と対談して、そこで浅羽さんが「そんなのあなたは色々と言うけれども、今の日本の大衆の多くは今の日本の経済体制を一応支持しているんだから、それを無理矢理オウムの理想に変えるというのは無理でしょう!」という意味のことを言ったのに対して、「いや例えば、金日成将軍が平壌にやって来てですね、一気に体制が変わって思想が国民の中で変わる事があるんですよ」と、そういう例を出す必要はまったくないわけです。何でわざわざ金日成の例を出したのかな?と。まぁそれは理由があるんでしょうけれども。
彼らは、そしてそのオウムの思想の中の極めて強烈な部分というのは、もう今彼らはそんな事信じてないかもしれませんが、徹底した反米思想、政治的には。非常に幼稚なものですけれどもね、徹底した反米思想です。
最後に、田中均さん始め日朝国交正常化に向けて日朝交渉をやろうとした方々。ただの利権目当ての人とかね、そういう人はまぁ良いとは言えませんが・・・、もしかしたら昨日(北朝鮮から)帰って来た人(山崎拓氏)もそうかもしれませんけれども。ただの利権目当ての人もいるでしょうが、いるでしょうけどもね、かなり例えば田中さんの書いている物を読むと、やっぱり「アメリカべったりの日本、アメリカだけの日本じゃなくて、もう少しアジアに軸足を移したい」と。アジア諸国、要するにこれは中国。中国・韓国なんですけども、「こちらの東アジアに軸足を移してあげたい、アメリカからの自立した外交がしたい」と。
こういう人たちがそれなりの考えを持ってですね、朝鮮問題を自分たちなりにアメリカ主導ではなく解決しようと試みたと、それが田中均さんたちの外交です。ですから姜尚中(カン・サンジュ)さんて方がいて、ご存知の方もいると思いますが、この人今でも田中さんの事は非常に評価しています。「優れた外交官僚を政治が潰した」というふうに言っていますけれども。あの人にとってはそうかもしれませんけど、拉致被害者にとってはまったく逆でですね、あの流れが進んでいたら大変な事になっていました。
このすべてに共通してある、新興宗教・右翼・外務官僚・左翼・啓蒙文化人、全部に共通してあるのがですね、非常に単純なかたちでの反米思想なんです。そしてそこから北朝鮮のような国を欠点を見ないで「とにかくアメリカ帝国主義に抵抗しているんだからちょっと甘く見よう」、そういう意識が生まれてくるんです。
私はアメリカの政治の全部が良いとはまったく思わない。しかし私たちがですね、この別世界の歴史を見る時、やはりその国が小さな国かどうかとか、これまでの日本との関係がどうかというより、最も重要なのは、やはり今その国に民主主義が根付いているか、根付きつつあるか、これが友好関係を作れるかどうかの最も重要な事なんです。(拍手)
そして民主主義というのはですね、まぁこういう事言うと今名前を挙げた人だいたいみんな言うんですよ、「民主主義というのは、まぁそれはアメリカの一方的な価値観であって・・・」。ハッキリ言ってですね、「アジア人に民主主義ができない」なんて言うのはそれは人種差別じゃないですか?そして明らかにそのアジアで民主主義が成功する、という例を世界に示したのが明治以降の私たちの先祖じゃないですか?
明治時代の日本の日本国憲法というのは、戦後非常に歪められた評価をされましたけど、当時の世界では極めて精神的な民主憲法だと、そういったものを実現してこれたのが私たちの先祖の歴史です。そしてやはり先駆者というのは後継者に対して、後継者と言うのは悪い意味じゃない、色んな歴史の偶然があるから、そういった国に対して良き価値を伝えていくという任務があるはずなんです。
私たちがこのアメリカに対して色々と批判をするのはいい。ただ世界に民主主義を広げていこうという基本的な考えにおいてはアメリカの思想は間違っていない。ただあまりにも行動に単純な行き過ぎがある。アジアではアジアなりのやり方がある。しかしそのアメリカの行動の単純さを批判する事から単純な反米主義にいって、北朝鮮や中国のようなですね、独裁政権までも肯定してしまうようなそういう流れが私はこの北朝鮮問題のかなり思想的な根本にあるような気がします。
そして私たちは「この北朝鮮の独裁政権を倒せることができれば」という事ではなくて、もう倒さなければ拉致被害者全員を助け出すのは難しいかもしれない。もちろん地道な努力をしていかなくちゃいけませんけれども、やはり基本的には「もうあの政権は打倒対象だ」という知識を日本国政府が持ち、あの政権に協力し犯罪を行ってきたこの日本の中の個人や組織を克明に捜査し、場合によっては潰していく。
「これが今大事だ」という意識を国民と政府が持つ事が取りあえずの、取りあえず、北朝鮮から勇気を持って1988年に私たちに「助けてください!日本国なら助けてくれるでしょう!!」と信じて手紙を送ってきた人たちに対しての、遅すぎる事ではありますがスタートになると思います。ありがとうございました。(大拍手)
【司会者】 ありがとうございました。
*北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 http://homepage1.nifty.com/northkorea/index.htm
*1/14 神奈川県民集会 三浦小太郎さん(人権活動家) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/41663264.html
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| 拉致問題に関する最近の動き(2006年7月〜) |
( 2007.5.12,土 ) |
昨年12月に千葉市で行われた講演会での「北朝鮮当局による日本人拉致問題の解決に向けて」という資料の一部です。
*'06 12/17 拉致問題に関する講演会に参加しました http://aoinomama13.seesaa.net/article/29907850.html *拉致問題に関する過去の主な動き(2002年9月〜2006年6月) http://aoinomama13.seesaa.net/article/41365747.html
拉致問題に関する最近の動き(2006年7月〜)
7月5日 北朝鮮がミサイル発射、政府より経済制裁を含む対応策を発表 6日 拉致問題特命チーム(専門幹事会)第26回会合 日モルディブ外相会談(於:東京) 15〜17日 G8首脳会合(於:サンクトペテルブルク) 16日 北朝鮮のミサイル発射に関する国連安保理決議1695号の採択 17日 サンクトペテルブルクサミット2006において、北朝鮮に対し、拉致問題の早急な解決を含め、国際社会の他の安全保障及び人道上の懸念に対応するよう求める議長総括を採択 18日 ご家族とマッカートニー英貿易担当国務大臣との会談 27日 ASEAN+3外相会合(於:クアラルンプール) 日韓外相会談(於:クアラルンプール) 日中外相会談(於:クアラルンプール) 28日 北朝鮮問題に関する10ヵ国外相会談(於:クアラルンプール) ARF(於:クアラルンプール) 8月2日 日豪外相会談(於:東京) 8日 日韓外相会談(於:東京) 11日 日モンゴル首脳会談(於:ウランバートル) 28日 日カザフスタン首脳会談(於:アスタナ) 29日 日ウズベキスタン首脳会談(於:タシケント) 9月8日 日フィンランド首脳会談(於:ヘルシンキ) 10日 ASEAN(於:ヘルシンキ) 26日 安倍内閣発足 29日 拉致問題対策本部の設置 安倍総理が拉致被害者ご家族等と面会 10月8日 日中首脳会談(於:北京) 9日 日韓首脳会談(於:ソウル) 10日 中山拉致問題担当補佐官が拉致被害者ご家族等と面会 13日 北朝鮮による核実験実施発表に係る我が国の当面の対応を決定 15日 北朝鮮による核実験実施発表に係る国連安保理決議1718号(北朝鮮が国際社会の他の安全保障及び人道上の懸念に対応することの重要性を強調)の採択 16日 拉致問題対策本部第1回会合 18日 塩崎官房長官とライス米国務長官の会談(於:東京) 日米外相会談(於:東京) 19日 ライス米国務長官による安倍総理への表敬(於:東京) 日ベトナム首脳会談(於:東京) 20日 日韓外相会談(於:ソウル) 11月5日 日韓外相会談(於:東京) 6日 潘基文(バン・キムン)韓国外交通商部長官による安倍総理表敬(於:東京) 7日 拉致問題対策本部関係省庁対策会議第1回会合 9日 拉致被害者ご家族等による中山拉致問題担当補佐官への訪米結果報告 塩崎官房長官が特定失踪者ご家族等と面会 20日 拉致被害者支援法に基づき、1名を拉致被害者に認定
*拉致問題に関する最近の動き(2006年7月〜) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/41504110.html
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| 拉致問題に関する過去の主な動き(2002年9月〜2006年6月) |
( 2007.5.11,金 ) |
昨年12月17日に千葉市で行われた講演会で、内閣官房拉致問題対策本部事務局総合調整室長の河内隆さんが、「北朝鮮当局による日本人拉致問題の解決に向けて」という資料をもとにお話をされました。その資料の一部をテキストにしてご紹介します。
講演会のレポートはこちらをご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *'06 12/17 拉致問題に関する講演会に参加しました http://aoinomama13.seesaa.net/article/29907850.html
*赤字は「日朝間のやりとり」、黒字は「日本政府の取り組み」、青字は「備考(国際的な動き、国内の動き等)」です。
2002年9月17日 日朝首脳会談、「日朝平壌宣言」に合意 9月20日 日朝国交正常化交渉に関する関係閣僚会議、及び拉致問題に関する専門幹事会の設置 9月26日 第1回専門幹事会 9月27日 第1回閣僚会議 10月4日 第2回専門幹事会 10月9日 第2回閣僚会議 第3回専門幹事会 10月15日 5名の拉致被害者が帰国 10月24日 第4回専門幹事会 10月29日〜30日 日朝国交正常化交渉第12回本会議(クアラルンプール) 11月5日 内閣官房拉致被害者・家族支援室の発足 11月8日 国連人権委員会・強制的失踪作業部会への申し立て 11月26日 第5回専門幹事会 12月4日 拉致被害者支援法成立 同日 国連総会において「強制的失踪決議」採択
*赤字は「日朝間のやりとり」、黒字は「日本政府の取り組み」、青字は「備考(国際的な動き、国内の動き等)」です。
2003年1月1日 支援法施行 内閣府支援室発足 1月6日 支援法に基づき15名認定 4月16日 国連人権委員会「北朝鮮人権状況決議」採択 5月7日 国民大集会 5月23日 日米首脳会談 6月1〜3日 エビアンサミット 6月16日 第6回専門幹事会 7月8日 国連人権委員会・強制的失踪作業部会へ曽我ミヨシさんの件を申し立て 7月31日 第7回専門幹事会 8月27〜29日 第1回六者会合(北京) 9月19日 第8回専門幹事会 10月2日 第9回専門幹事会 11月18日 第10回専門幹事会 12月10日 緊急国民大集会
*赤字は「日朝間のやりとり」、黒字は「日本政府の取り組み」、青字は「備考(国際的な動き、国内の動き等)」です。
2004年2月6日 第11回専門幹事会 2月9日 改正外為法成立 2月11〜14日 日朝ハイレベル協議(平壌) 2月25〜28日 第2回六者会合(北京) 3月10日 第12回専門幹事会 4月15日 国連人権委員会「北朝鮮の人権状況決議」採択 4月30日 国民大集会 5月4〜5日 日朝政府間非公式協議(平壌) 5月22日 小泉総理再訪朝。日朝首脳会談・家族5名が帰国 5月26日 第13回専門幹事会 6月8〜10日 シーアイランドサミット 6月14日 特定船舶入港禁止特別措置法成立 6月23〜26日 第3回六者会合(北京) 7月1日 日朝外相会談(ジャカルタ) 7月6日 第14回専門幹事会 7月18日 曽我さんの家族、帰国 8月9日 第15回専門幹事会 8月11〜12日 第1回日朝実務者協議(平壌) 9月25〜27日 第2回日朝実務者協議(北京) 10月8日 第16回専門幹事会 10月18日 米国「北朝鮮人権法」成立 11月9〜14日 第3回日朝実務者協議(平壌) ・北朝鮮側から横田めぐみさんの「遺骨」とされるものが提供 12月8日 DNA鑑定の結果、横田めぐみさんのDNAとは異なるものが検出された旨発表 12月24日 再調査結果は日本政府として全く受け入れることができない旨官房長官より発表 12月28日 第17回専門幹事会
*赤字は「日朝間のやりとり」、黒字は「日本政府の取り組み」、青字は「備考(国際的な動き、国内の動き等)」です。
2005年1月26日 北朝鮮が遺骨の鑑定結果に反論する備忘録を日本側に伝達 2月10日 日本が備忘録に対する反論文書を公表し、北朝鮮に伝達 2月24日 北朝鮮による再反論、遺骨返還要求 3月1日 改正油賠法施行 3月18日 被害者・家族の永住意思表明 4月1日 拉致問題連絡・調整室に改組 4月13日 北朝鮮による再反論(FAX送付) 4月14日 国連人権委員会「北朝鮮の人権状況決議」採択 4月24日 国民大集会 4月27日 田中実さんを被害者認定 6月14〜22日 曽我さん一家訪米 7月6〜8日 グレンイーグルス・サミット 7月26日〜8月7日 第4回六者会合第一次会合(北京) 9月13〜19日 第4回六者会合第二次会合(北京) 10月27日 ウィテット報告者による勧告 11月3〜4日 日朝政府間協議(北京) 11月9〜11日 第5回六者会合第一次会合 11月17日 国連総会第三委員会において「北朝鮮人権状況決議」採択 12月6日 第18回専門幹事会 斎賀人権担当大使の任命 同日 国連総会本会議において「北朝鮮人権状況決議」を採択 12月22日 国民大集会 12月24〜25日 日朝政府間協議(北京)
*赤字は「日朝間のやりとり」、黒字は「日本政府の取り組み」、青字は「備考(国際的な動き、国内の動き等)」です。
2006年1月27日 第19回専門幹事会 2月4〜8日 日朝包括並行協議(北京) 2月16日 第20回拉致問題特命チーム 2月23日 地村家、蓮池家拉致事案に関し、辛光洙、チェ・スンチョル両容疑者に対する逮捕状発付 3月2日 第21回拉致問題特命チーム 3月13日 第22回拉致問題特命チーム 3月15日 国連総会において「人権理事会」設立決議採択 3月24日 第23回拉致問題特命チーム 4月11日 DNA検査により横田めぐみさんの夫が韓国人拉致被害者キム・ヨンナム氏である可能性が高いことが判明 4月19日 第24回拉致問題特命チーム 4月22〜30日 御家族等による米国訪問(ブッシュ大統領と面会) 4月24日 原敕晁さん拉致事案に関し、辛光洙、金吉旭両容疑者に対する逮捕状発付 5月8〜12日 御家族等によるノルウェー訪問 5月15〜17日 御家族等による韓国訪問 5月19日 第25回拉致問題特命チーム 5月28日 国民大集会 5月28〜31日 横田めぐみさんの夫とされるキム・ヨンナム氏家族が来日 6月6日 拉致問題に関する各国大使との意見交換会 6月16日 北朝鮮人権法成立 6月28日 キム・ヨンナム氏と韓国の御家族が北朝鮮で再会
*拉致問題に関する過去の主な動き(2002年9月〜2006年6月) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/41365747.html
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| 無農薬野菜をいただきました |
( 2007.5.10,木 ) |
昨年12月、あおいのママの自宅に、特定失踪者ご家族のAさんから新鮮な無農薬野菜が届きました。いつも気を使ってくださって本当にありがとうございます。以前にもたくさん送っていただいたことがあったのですが、今回も丹精込めて育てた野菜を畑で収穫し、土のついたまま箱に詰めて送ってくれました。(ほうれん草・チンゲン菜・大根と葉・タア菜・さつまいも)
早速、私の下手な料理でいただきましたが、素材がいいのでどう料理してもすっごくおいしくできるのです。本音を言うと、ダメな主婦をさらけ出すようで恥ずかしいのですが、料理の一部を撮影しましたので今回も紹介致します。また、今年の3月にAさんのお宅にお邪魔した際、私たちを畑に連れて行ってくださいまして、現場を見せていただいてさらに感激しました。後ほど、その時にいただいた野菜を紹介したいと思っています。
*「ほうれん草としらすの煮びたし」です。ゆでたほうれん草と湯通ししたしらす干を、だし汁としょうゆで味付けしました。残りのほうれん草はみそ汁の具にしていただきました。
*「チンゲン菜と白身魚のクリーム煮」です。クリームシチューをベースに、ゆでたチンゲン菜と魚の切り身、人参・玉ねぎを加え、味を調えました。
*「つくねと大根の煮物」です。大根を切って米のとぎ汁で下ゆでし、調味料を入れた汁で鶏肉で作ったつくねと大根、人参を煮込みます。色どりにいんげんを加えました。
*私たちの大好物「大根の菜っぱのふりかけ」です。日頃から大根より菜っぱを見て買っているくらい好きです。栄養価もバツグン!とても立派な菜っぱでした。細かく刻んでベーコンと一緒にごま油で色鮮やかになるまで炒め、その中に白ゴマとかつぶしを入れ、最後にしょうゆをジュッとかけてできあがり。ごはんにとても合います。
*「タア菜の野菜炒め」です。私はタア菜(中国野菜)の料理をしたことがなかったので、Aさんに調理法を聞きましたら、豚肉と炒めるとおいしいと教えていただきました。それで、きのこ類やもやし・玉ねぎ・入り卵を加えて炒め、塩・こしょう・しょうゆで味付けしました。シャキッとした歯ごたえのタア菜、とってもおいしかったです。
*さつまいもは「スィートポテト」にしました。ふかしたお芋を裏ごしして、その中にバター・生クリーム・砂糖等を加え、アルミカップに入れて卵黄をぬり、オーブンで焼きました。たくさん作ったので、友人にもおすそ分けしました。手はかかるけど、おいしいお菓子ですよね。二人でパクパク食べてしまいました。
日頃ものぐさな私ですが、Aさんの愛情こもった野菜が届くと料理をするのがとても楽しくなります。パパも喜んでいます。Aさん、本当においしい野菜をたくさんありがとうございました。(^^)
*無農薬野菜をいただきました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/41328638.html
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| 4/29 TBS「報道特集」潜入!北朝鮮軍事パレード |
( 2007.5.9,水 ) |
*4/29TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。放送は約25分間でした。
外国のカメラが締め出された朝鮮人民軍による軍事パレード。「おー、見える、見える」一人の日本人ジャーナリストが潜入した。そこで目にしたもの―。「こちらは核持っているから・・・」ナゾの男性が購入を迫る怪しげな箱の正体とは―。「あの、1億でも買う人もいるかもわからない・・・」一糸乱れぬマスゲームと驚異の空中サーカスを目撃。独占映像、北朝鮮軍事パレードとアリラン祭に潜入―。
金総書記・ミサイル・・・ 潜入!祭典のピョンヤン
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「さて、続いてはこちらです。先週の水曜日(4/25)ですが、北朝鮮は朝鮮人民軍創建75周年を記念する軍事パレードを実施しました。で、北朝鮮の労働新聞もこのように全紙面を使って軍事力を誇示しているわけなんですが、このパレード、外国のメディアが取材・撮影することは一切許されていませんで、送られて来たのは北朝鮮側が配信した映像だけでした。しかし、この軍事パレードに一人の日本人が潜入をして撮影をしていました。その独占映像です。」
潜入!軍事祭典のピョンヤン
【記者】 「あっ、ここ、金日成広場ですか?」
【案内人】 「はい、(金日成)広場です。」
【記者】 「あー、すごいなぁ・・・。」
【ナレーター】 平壌(ピョンヤン)の中心部。(4月14日)街は祝賀ムードに沸いていた。
【記者】 「何でこんなに大勢いるの?」
【案内人】 「これから(午後)7時半からあれあるじゃないですか、ダンスパーティー。」
【記者】 「はいはい。練習が終わったところですか・・・。こんなに大勢いるんだ。」
【ナレーター】 朝鮮人民軍創建75周年を記念する軍事パレードとアリラン祭の準備がすでに始まっていた。今回の軍事パレードは外国のメディアの撮影は許されていない。しかし、一人の日本人が軍事パレードに潜入、その撮影に成功した。報道写真家・片野田斉(かたのだ ひとし)氏。彼は今回で三度目の訪朝となる。
【記者】 「いつも2人で何をしゃべっているの?」
【案内人】 「ナイショ!」
【ナレーター】 平壌滞在中は常に3人の北朝鮮のガイドに監視され、自由行動は一切許されなかったという。
【記者】 「たぶん、私の悪口を言っているんじゃないの?」
【案内人】 「あははは・・・、あー、バレちゃった。」
【ナレーター】 さらに、彼らが移動に使用していた車は最新型の日本車。ボディには何故か“UNDP”(国連開発計画)の文字。道中、北朝鮮の実状を物語る光景を度々目撃した。例えば、丸裸にされた山々。その理由とは―。
北朝鮮の古都・開城(ケソン)。(4月14日)そこでカメラがとらえたもの、大量の薪(まき)を背負う人々の姿だ。するとガイドは―。
【案内人】 「カメラ回さないでください。」
【記者】 「あれ、薪(たきぎ)なの?」
【案内人】 「・・・」
【ナレーター】 延々と線路の上を歩く人々の姿。深刻な国内事情が見てとれる。移動中の車内で北朝鮮のガイドは―。
【記者】 「食料事情はどうなんですか?」
【案内人】 「だんだん良くなりますよ。」
【記者】 「だんだんと言うことは、まだ厳しい?」
【案内人】 「厳しくはない。去年は豊作でした、稲とかね、お米が・・・。」
【記者】 「エネルギーは?」
【案内人】 「エネルギー事情は昔よりは良くなったんですけど、まだまだね・・・。だから今、水力発電所は主に、水がなかったら困るわけでしょ・・・。」
【記者】 「水は絶対大事ですよ。」
【案内人】 「だから、夏ならばいいけど、今の時期は(水不足で)ちょっと困るというか、そういう感じですよ・・・。」
【ナレーター】 開城(ケソン)のライフラインの一部は停止しているという。川で洗い物をする女性たちをよく見かけた。
一方、ここ金日成主席の生誕95周年を祝うアリラン祭。(4月15日)北朝鮮のパワーや統制力をアピールする。観客数およそ1万人・出演者数延べ10万人の世界最大規模の芸術公演だ。開始直前、カメラに気づいた会場係がガイドに詰め寄った。
【会場係の女性】 「撮影はダメです。」
【案内人】 「ビデオカメラは?写真は?」
【会場係の女性】 「写真もビデオも絶対にダメです。」
【ナレーター】 一部のメディア以外は、撮影は一切許されていない。恐る恐るカメラを回し続けた。一糸乱れぬマスゲームと高度な曲芸の数々。しかし、驚くのはまだ早かった・・・。
驚異!北朝鮮空中サーカス
【ナレーター】 世界一と称される北朝鮮の空中サーカス。よく見ると彼らは命綱を付けていない。世界のサーカスに詳しい専門家に、空中サーカスの映像を見てもらった。
【記者】 「どうなんですか?」
【NPO法人・国際サ | |