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2007年01月の日記
| '06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 質疑応答と閉会のあいさつ |
( 2007.1.31,水 ) |
*写真は陸上自衛隊広報センターの外に展示されていたジープです。イラクで活躍したものと同じ型だという事です。(あおいのパパ撮影)
しおかぜの韻文字化レポート一覧表はこちらをご覧になってください。
↓ ↓ ↓
*撮影したビデオカメラより文字化しました。 (調査会より撮影許可を得ております)
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 北朝鮮帰国者へのメッセージ http://aoinomama13.seesaa.net/article/32205212.html
続き
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 大体今日これで収録のすべき事は一応終了となりました。で、時間ちょっとございます。もしこの場で何か「しおかぜ」ですとか拉致問題等でご質問のある方がございましたら、ちょっとお答えをする時間を取りたいと思います。もし何かございましたらどなたでも結構です。ご挙手いただければと思いますが、いかがですか?
【激励・男性1】 本日、こういう催しに私初めて参加させていただいたんですが、非常に感銘致しました。つきまして素人ではございますが、だんだん少しずつわかってきまして、私ども日本人としてぜひとも日本人の誇りとして皆さんのご要望に頑張りたく、応援したいと思いますので、よろしくお願い致します。本日はありがとうございました。(大拍手)
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 ありがとうございます。はい、他の方も結構です。この際せっかくの機会ですので、何かございましたらどなたでもどうぞ。
【質問・男性2】 こんにちは、拝見させていただきました。で、名称と言いますか、北朝鮮の国家犯罪なんですが、拉致を“拉致問題”と言っていますけども“拉致事件”ではないのでしょうか?何故事件と言わないのか?その辺をちょっといつも疑問に思っていますので、よろしくお願いします。
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 どちらも広く使う事はあるんですが、昔に比べて変わりましたのは、昔は“拉致疑惑”という言い方をしておりまして、政府が“認定”という言葉は今から4年前にできた言葉なんですが、その前ですね、9.17小泉訪朝の前に北朝鮮が拉致を認めていなかった時は、政府は「それはもう拉致と間違いない」と思っていても“拉致疑惑”と言っておりました。それが金正日が認めた事によって、“拉致問題”という事になったんですが、“拉致事件”という言い方がはたして本当にそれでいいのか?という問題がございます。
と言うのは、どうしても事件という言葉になりますと「個別の犯罪」というイメージが強くなりましてですね、例えば「横田めぐみさんが拉致をされた事件」とか、あるいは「田口八重子さんが拉致をされた事」と、個別にどうしても見てしまいがちなんですね。しかし実際にはこの事は、「何十年にも渡って日本人が拉致をされ続けている」「北朝鮮という国家の目標によってされ続けている」という事で考えますと、こうもっと大きな安全保障上の問題、もっとはっきり言えば戦争行為であると思います。
そうすると今度は事件というよりも、やはり“拉致問題”と言う方がですね、色んな意味での括りにはなる、という事です。個別に起きているのは事件なんですけれども、さらに大きな事が含まれている、と考えて“拉致問題”ととっていただければ、と思います。特に私どもが決めたわけではございませんので、通常そう言っている、という事ではあるんですが。
(一部省略させていただきます)
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 今、ご発言されました江森さんはこの地域で埼玉の四市で拉致問題の活動を活発にやっておられますので、もしご関心がありましたら、また集会等々この周辺で行う時にご案内をさせていただきますので、お顔は今見ていただいて特徴のあるお顔をしていらっしゃいますから(会場笑い)お分かりだと思いますので、ご住所・連絡先等をメモでお渡しいただければと思います。他にいかがですか?
【質問・男性3】 北朝鮮の中でこういった「しおかぜ」の放送というのは、・・と思うんですけども、実際北朝鮮の中でこういう短波放送を聴けるという方は、大体比率的には何人ぐらいの方ですか?
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 これは実際に調べてアンケートとか取るわけにはいきませんのでわかりませんが、一般的に言われていますのは「北朝鮮の中にある短波放送の聴けるラジオは20万台くらいだろう」と言われています。20万台というと、北朝鮮の国民の100人に1人って事になります。ただ北朝鮮の場合は、その聴いたものがすぐに口コミで伝わるという事がありますので、100人に1台であっても、どっかが聴いてくれればそこから広がって行くだろう、と思っております。
で、我々は単に自分たちの放送ではなくて、先ほど横田滋さんのお話の中にもありました自由北韓放送ですね、金聖民(キム・ソンミン)さんという方がやっておられますが、こういう方とも連携してやっておりますし、それからアメリカのラジオ・フリー・アジア(Radio Free Asia 自由アジア放送)とか、そういう各社とも連携を持ちましてやっております。お互いに協力し合いながら、少しでも聴いてもらえる機会が多くなるようにやっていこうと。
それからこれはラジオではございませんけれども、風船でですね、今、韓国の中で脱北者の方のNGOで「北朝鮮に風船でビラを送って飛ばしている」という事がございまして、この方も「我々の日本語のビラも作って一緒に飛ばさせていただこう」という事で、この間(12月10日)もその李(イ・ミンボク)さんという代表の方が日本に来られましたので、改めて打合せをしました。本当は年内にやりたかったんですが、時間が間に合わなくなりちょっと残念なんですが、年明けにまたソウルの方で挑戦を致しまして、こういうふうにして流していくと。ともかくもうできる事すべてやりたいと思います。
*李ミンボクさんが実際に風船に付けて北朝鮮に送っているビニールのビラです。(あおいのママ撮影)
NHKにもですね、「放送内容は別に今のままで結構ですので、ともかく聴こえるように何とかしてもらいたい。今の状態はなかなか聴きにくい状態、時間とか周波数が聴きにくい状態なので、ともかく聴いてもらえるように時間とか周波数を訂正してもらいたい」というような事をお願いする予定にしております。
すべての方法をとっていけば、最初に申しましたように北朝鮮の状況は大きく変わっておりますので、必ずみんなが様々な場所で、これは我々拉致の事だけではなくて、脱北者でも強制収容所でも様々な問題を取り組んでいくうちに、どっかで穴が開いて、そしてみんなまとめて解決ができる、と確信をしております。しかもその時期は遠くないと思っております。
私自身は去年から「今年平成18年の末までに拉致問題解決しなければ自分なりの責任を取る」という事を申し続けておりましたし、その事は今でも変えるつもりはもちろんございません。時期的にもうあとわずか2週間しか残っておりませんけれども、最後までやって、そしてもちろん自分自身のやる事は解決の時まで続けるつもりでおりますが、今年いっぱいで自分の公約を果たさなければ、やがてどこかでその責任を取らなければいけない、と思っております。
私自身がお会いした特定失踪者のご家族でも、もうすでに何人もの方が亡くなっておられますし、時間は本当に残されていないと思います。
守る会と難民救援基金の共催で行いました先日の国際会議(12月12日)の中で、韓国の大使館の元公使でありましたホン(洪ヒョン)さんがお話をされておりましたけれども、「1997年頃からの餓死は、そのちょっと前からも含めますと約300万の人がおそらく亡くなったであろう」というふうに言われております。北朝鮮の人は身長が小さいですけども、1.5メートルの身長としまして300万人というのは、長さにして4500キロ、東京とソウルの間を2往復する距離の方々が亡くなった、という事でございます。
ホンさんは「もちろん脱北者の問題も重要なんだけども、残されてそこで死んでいった人、これから死ぬかもしれない人の事も考えていただきたい」という事も訴えておられます。その点は本当に、その中に帰国者が、あるいは拉致被害者が入らないという事はもちろんこれから先も言えないわけでございまして、そういう意味でも時期的には切迫を致しております。
今回この場所をお借り致しましたのは、急な変更があったという事もございますけども、私自身もこの間「拉致被害者の救出に自衛隊を使うべきである」という事を申しておりまして、そしてそれを言っているからこそ、私自身も予備自衛官に志願をし、昨日まで訓練を受けてきたところでございます。
昨日はこの会場の準備の時には制服を着て来ておりました。今日着て来るとちょっと問題になるので着てきませんでしたけれども(会場笑い)、気持ちはいつもそういう気持ちでございます。「助けられるか、助けられないか、となった時にはやはり誰かがともかく行くしかない、助けに行くしかない」という事であろうと思います。
それが誰であろうとですね、私はやはり今の世代の者として、これまでこの国を造ってくれた私たちの祖先・先輩と、そしてこれからこの国に生まれてくる次の世代のために、絶対に「あの時代の人間がいいかげんだったから、この国はこんなになってしまったんだ」という事を言わせないようにしたい。我々中継ぎの世代として、その役目を立派に果たしていかなければいけないと思っております。
今日は本当に早朝からの会でございまして、遠方の方は大変朝早くから起きてお出でいただいたと思います。また、この東部方面総監部・広報センターの方々には本当にもうずっと、急に決まった会でありながら、こうやって大変大きな支援をしていただきました事、本当に感謝を致しております。お帰りの際、この広報センターの中はまだ見る所がございますので見ていただけるとですね、本来借りたのは「広報センターを見ていただくついでにこの集会に出ていただく」という事に一応なっておりますので(会場笑い)ぜひそちらもご覧をいただいて、できましたら自衛隊の・・もお願いしたいと思っている次第でございます。
ともかく来年にはこの「北朝鮮人権週間」というものをしなくて済むように、その覚悟で我々臨まなければいけないと思っております。今後ともご協力をお願い致しまして、本日この公開収録を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(大拍手)
*しおかぜ通信 http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html
終わり
*文字化に大変時間がかかってしまい申し訳ございません。最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。(*^^*)/~~
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 質疑応答と閉会のあいさつ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32667885.html
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| '06 12/10 映像とシンポで語る北朝鮮 李ミンボクさん(第2セッションにて) |
( 2007.1.30,火 ) |
*メモから作成した講演要旨ですので、間違いのある可能性もあります。どうぞご了承ください。通訳は、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・関東支部長の宋允復(ソン・ユンボク)さんです。
【第二セッション シンポジウムにて】
私は李ミンボクといいます。1990年に脱北し、95年に韓国に来て現在で11年になります。北朝鮮では科学院というところに勤めており、農業の専門家でした。
(風船プロジェクトの映像を流す)
風船についてお話します。私は北朝鮮の人たちに情報を届けるには風船が一番いいと思いました。実はラジオも考えたのですが、お金が非常にかかるのでできませんでした。この風船プロジェクトは韓国政府よりアップしていると思います。
大型風船に何万枚かのビラを運ばせます。(映像で説明)軍事境界線の北朝鮮まで1キロ地点でそれを飛ばします。こうするとレーダーにも引っかからないし、コストも低くでき、音もなく届くので非常に適切だと思います。
北朝鮮の人たちはとても頭は単純です。ラジオなどの複雑な放送だと頭が混乱するはずです。しかしこのようなビラなら複雑に考えないで済むのです。一般の人たちは山に登ります。それは健康のためでなく、食べるために山に登るのです。そして山にある草や木の実を食べて生きています。山の中を歩き回るので、誰の目も気にせずに、風船で飛んできたビラを読むことができるんです。
ビラの効果があるかどうか私たちは心配をしました。また自信もあまりなかったのですが、しばらくして思っていた以上の反応がありました。北朝鮮にいる人たちから「風船が平壌に届いて、それで金正日が怒っている」「ビラがたくさん落ちて来ています」という情報が入りました。
少ないビラから始めたこのプロジェクトですが、北朝鮮の人たちは反抗心理が強く、外部の情報を知りたがっています。この風船によって外部と接触でき、閉鎖的な国ですが、口コミは広がりました。これらは人々が求めているニュースだったので、例えば夫婦だと、「お互いに落ちているビラのニュースを読んで来る」と二人で約束し合い、それを夜こっそり布団の中で話したりしています。口コミは保衛部(日本の警察庁みたいな)にも取り締まることはできませんから。
そういうわけで、北朝鮮政府は「風船を飛ばす人間は要注意人物だ」と「これは韓国政府が支援する組織が行っている。けしからん!」と言っているそうです。まさか個人がやっているとは夢にも思っていないようなのです。そして北朝鮮は私に20万ドルの懸賞金を掛けて「このような人物は逮捕するように」と指名手配しています。私は「光栄だ!」と思っています。
ビニールのビラについてお話します。会場の皆さまにも実際にビラを見ていただきたいので回します。現在、ビニールのビラを使っておりますが、最初は紙を使いました。しかし風船で飛ばすには紙は重く、しかも切れやすく、雨や雪が降った場合には溶けてしまいます。その点、ビニールは残ります。10年以上も残ります。例えばビニールのビラに金親子の写真を載せれば人々は破る事もできません。しかし、ビニールのコストはどうしても紙よりかかってしまいます。
北朝鮮に住んでいる拉致被害者、戦争の時に残った日本人、そして日本人妻の皆さんは、日本での自由な暮らしを知っていますので、北朝鮮での暮らしが一般国民よりも非常に苦しい感覚が強いはずです。皆さんは絶望的な状況にあると思われます。その皆さんに風船で希望を与える事ができると考えています。蝶々の効果と思っています。ビニールのビラが蝶々のように飛んで行き、それが北京からニューヨークへと届くハリケーン効果になるはずです。
日本の蝶々が北朝鮮でハリケーンになると信じたいです。「あなたたちの事を忘れていない」と。人は希望を持ったら死ぬことはないのです。
終わり
*風船 飛んでゆけ http://aoinomama13.seesaa.net/article/29598445.html *「'06 12/10 映像とシンポで語る北朝鮮」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/2412170-1.html
*'06 12/10 映像とシンポで語る北朝鮮 李ミンボクさん(第2セッションにて) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32638352.html
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| 1/29 病院に行く |
( 2007.1.29,月 ) |
*写真は病院帰りに見つけたポンプ式の井戸です。初めて見ました。 あおいのママは1月29日(月)病院の予約日で、船橋の病院に行きました。前回(昨年11月27日)の検査・診療の後、30日に内視鏡検査をしたので、その結果とこれからの治療について担当医と話し合いました。
先生からは「最近悩みごとがありましたね?極度のストレスからです。繊細な人がなるんですよ!」と言われました。この私が繊細?こんなズボラな私が?そんなこと言われたのは初めてで驚いてしまいました。また「内臓機能が必要以上に頑張りすぎて、いつかくたびれてしまいますよ」と・・・。そう言われても、私に自覚がないのでどうしようもないのですが、根性なしの自分が何故?と不思議に思いました。
やはりそれだけ歳をとったという証拠で、若いつもりでいても体は確実に歳をとっているんですね。あの日から時が止まってしまっている私たちにとっては悲しいことです。早く本当の意味で元気になりたいと思いました。
*とりあえずもうしばらく様子をみてから判断する、ということになりました。
*1/29 病院に行く aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32630922.html
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| 1/14 TBS「報道特集」(2)北朝鮮に異変 蝕まれる独裁体制(ニセ札) |
( 2007.1.28,日 ) |
*1/14TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。
*1/14 TBS「報道特集」(1) 北朝鮮に異変 蝕まれる独裁体制(覚せい剤) http://aoinomama13.seesaa.net/article/32253989.html
続き
北朝鮮 ニセ札も大逆流!
【ナレーター】 北朝鮮社会を蝕む覚せい剤の大逆流。こうした中、北朝鮮が外貨を獲得していたもう一つのモノも逆流し始めています。それは―。
【ハンナラ党・金文珠(キム・ムンス)議員】 「これはニセ札です。北朝鮮製のニセ札です。映像を見てください。」
【ナレーター】 100ドルのニセ札を指し示しているのは、韓国の野党ハンナラ党の金文珠(キム・ムンス)議員。国会で訴えています。(2006年3月)
【ハンナラ党・金文珠(キム・ムンス)議員】 「肉眼で見てもわかりませんし、相当な専門家でなければ鑑定が不可能です。2001年から10倍以上に増えています。」
【ナレーター】 ここ数年間で大量に流通したニセ札。アメリカ財務省の報告書は「北朝鮮政府が製造したニセ札のうち、およそ5000万ドル、60億円相当を押収したものの、およそ2200万ドル26億4000万円相当が流通してしまった」としています。
北朝鮮の手で大量生産され、国外で使われていたニセ札。しかしこれを「北朝鮮国内でも使った」と証言する人物がいます。
【元朝鮮人民軍衛兵・趙哲(チョ・チョル)氏】 「私の軍部隊は地下にあり、上に国家保衛部の印刷所がありました。そこでニセ札を大量生産していました。」
【ナレーター】 朝鮮人民軍で衛兵をしていた脱北者・趙哲(チョ・チョル)氏。彼は「1980年代後半、平壌にある国家保衛部の印刷所で友人からニセ札を渡された」といいます。
【元朝鮮人民軍衛兵・趙哲(チョ・チョル)氏】 「ニセの円を7枚、ドルを10枚受け取り、北朝鮮の外貨ショップで使いました。本物と変わらないくらいだったのでしょう。友達に『お前はこの金を使っているのか?』と聞くと、『いくらでも都合をつけてやる』と言われました。」
【ナレーター】 「ニセ札を北朝鮮国内の外貨ショップで使った」という趙哲(チョ・チョル)氏。その後、北朝鮮で出土した陶磁器などを中国で売りさばく仕事をしていましたが、その際の「経費の支払いにもニセ札を使った」といいます。
【元朝鮮人民軍衛兵・趙哲(チョ・チョル)氏】 「ニセの円やドルとしてではなく本物として使うのです。ニセ物の金を売って本物の金を集めて帰って来るのです。」
【ナレーター】 当時(1980年代後半)ニセ札は外貨獲得の手段であり、たまに国内で使われる事はあっても「主要な使用先は国外だった」といいます。しかし―。
【アメリカ・ブッシュ大統領】 「我々は北朝鮮に『紙幣を偽造するな』と強く言っている。」
【ナレーター】 アメリカの金融制裁によって監視が厳しくなりました。そしてニセ札の流れも変わりました。「RENK」が北朝鮮住民に対して行った聞き取り調査では、ニセ札が国外でさばききれず、北朝鮮国内に逆流している実態が報告されています。
《「RENK」の報告書》 「国境で密輸業者が今年始め、覚せい剤取り引きで61万円を受け取ったが、その全部が偽造貨幣であった。今年に入ってからヤミ市場に大量のニセドルを持ち込み、安く換金しようという人がたくさん現れている。」 【ナレーター】 報告書によると「ニセ札は北朝鮮のヤミ市場で本物の6割の価格で取り引きされている」といいます。
*'06 3/5 TBS「報道特集」北朝鮮ニセ札疑惑(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/14414118.html *'06 12/10 TBS「報道特集」“新型”偽100ドル札(1)〜(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/32747619.html
独裁体制を蝕む覚せい剤
【ナレーター】 ニセ札と覚せい剤の大逆流。北朝鮮の独裁体制に与える影響は―。
去年暮れ(2006年12月)に開かれた6か国協議。「核の放棄」を求めるアメリカに対し、北朝鮮はあくまでも「金融制裁の解除」を要求。両者の溝は埋まりませんでした。アメリカの金融制裁以降、顕著になった覚せい剤やニセ札の大逆流。それは北朝鮮という独裁国家にどんな影響を与えるのでしょうか?
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「もう社会の根幹、もっと言えば独裁体制の根元が腐り始めている。しかし、悪影響があるという事がわかっていても、今の北朝鮮当局はそれを止めるつもりはないようですよね。行くところまでいくんじゃないかと。この(北朝鮮)社会はたとえ今独裁政権が倒れてもね、覚せい剤中毒のまん延で立ち直るのが難しくなるんじゃないかという危惧を抱きます。」
逆流した覚せい剤 北の独裁体制は・・・
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「不足する外貨を稼ぐために麻薬やニセ札といった違法なビジネスに手を染めてしまった北朝鮮ですが、金融制裁によってそうしたビジネスが海外で難しくなったら、今度は自国民にそれを売って流通させるといった、そういう状況におかれてしまったようです。
李英和(リ・ヨンファ)教授によりますと『党や軍の幹部の間では、覚せい剤が一種の強壮剤のように日常的に使われている』というんですね。まぁこれでは『タコが自分の足を食べているようなもので、緩慢な自殺行為だ』と語っています。
北朝鮮もついにここまできてしまったかという感じなんですが、こうした状況がさらに市民の間にまん延してしまいますと、仮に体制が崩壊したとしても、その後国の将来、再建する時に大きな禍根を残しかねません。清朝末期のあのアヘンに蝕まれてしまったあの状況とダブらせているのは私だけでしょうか。」
終わり
ディレクター 長谷川まり子さん 富岡裕一さん 吉田豊さん
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
*1/14 TBS「報道特集」(2) 北朝鮮に異変 蝕まれる独裁体制(ニセ札) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32283030.html
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| 1/14 TBS「報道特集」(1)北朝鮮に異変 蝕まれる独裁体制(覚せい剤) |
( 2007.1.27,土 ) |
*1/14TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。
「おばさん、火のつけ方がうまくないな」カメラがとらえた覚せい剤取り引きの現場。「北朝鮮のお金やな。金正日の肖像が入ってる」取り引きが行われたのは北朝鮮国内だった。北朝鮮に逆流し広がっていく覚せい剤汚染。鉄の独裁体制をも蝕んでいくのか?
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「続いての特集は北朝鮮です。アメリカを中心とした北朝鮮に対する金融制裁は、じわじわと言わばボディブローのように北朝鮮を締め付け、違法なビジネスに様々な深刻な影響を与えているようです。で、その激変の一つを示します映像を私たちは入手しました。一部、映像に見づらい箇所もありますけれども、どうぞご了承いただければと思います。」
北朝鮮で売買 白い固形物
【ナレーター】 北朝鮮咸鏡北道(ハムギョンホクドウ)の都市・清津(チョンジン)。市場では魚介類・果物・キムチなど、様々な物が売り買いされています。しかし中朝国境に近いこの街では、違法なある物の取り引きもされていました。私たちは民家の一室で行われたその映像を入手しました。
【女性】 「品物を・・・」
【ナレーター】 横じまが入り、時折乱れも生じる不完全な映像。これは去年、身元を明かさない条件で撮影されたものです。
布が敷かれた後に、ビニールに入った白い固形物が持ち込まれました。手に取ると角砂糖のようにも見えます。ここで映像はクリアーになります。
【男性】 「これはキレイだなぁ。キレイなんだけど・・・。」
【女性】 「キレイどころじゃないですよ。正直、これだけの品質はちょっとないですよ。」
【男性】 「そうかなぁ・・・。」
【女性】 「はっきり言いますけど、別に私の品物をあなたが買ってくれなくてもいいんですけどねぇ。」
【ナレーター】 この角砂糖のような物をめぐって取り引きをしているようです。これは何なのでしょうか?
【女性】 「でも品質は問題ないでしょ?このくらいだったら。」
【男性】 「そうだな。これくらいだと十分味はあるよ。」
【女性】 「味見もして」
【男性】 「じゃ、この道具で・・・」
【ナレーター】 「味見をしよう」と言う男女。次の瞬間、カメラが映し出したものは―。
【女性】 「やり方がわかってるみたいね」
【男性】 「わからなくてどうする。もうこれしか金儲けができないのに。」
大逆流!北朝鮮の覚せい剤
【ナレーター】 角砂糖のような物を焙る女と吸引機で煙りを吸う男。角砂糖のような物は、覚せい剤です。これは北朝鮮で行われた覚せい剤取り引きの現場映像なのです。
【女性】 「味はどうですか?」
【男性】 「雑味がないなぁ。これは何時間くらいしたら幻覚が起きてくるんだ?」
【女性】 「最近はねぇ、女たちでも大体3回やれば幻覚が起きるんだけど・・・」
【男性】 「品物はいいことはいいなぁ」
【女性】 「私たちは生産者ですからねぇ、基本が・・・」
【ナレーター】 その常習性から心身を蝕んでいく覚せい剤。北朝鮮でも禁止されていますが、この男女に罪を犯しているという緊張感は見てとれません。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「結構量が多いな。ハムンの製薬工場のか。レポート通りや・・・。」
【ナレーター】 「レポート通り」だと話すこの人物は、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授。北朝鮮の人権問題に取り組む民間団体「RENK」(レンク)の代表も務めています。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「最も印象に残ったのは(北朝鮮)国内でね、覚せい剤が大規模に流通している。本来海外に出ていく物が国内に大逆流している、という様子がはっきりと見てとれますよね。まぁ吸引器具がね、しっかりしたものがあると。(北朝鮮の)市場で平気で売られている、という話をよく聞きますけども、それを裏付けるような映像ですよね。」
【ナレーター】 「北朝鮮への覚せい剤大逆流を示す」という映像。
【男性】 「モノはいいよ。ハムン・・・、おばさんはハムンから来たって言ったよな?」
【女性】 「はい、ハムンから来ました」
【ナレーター】 北朝鮮の工業都市「ハムンから来た」と密売人の女は言います。ハムンにある工場は一大生産拠点とされます。かつて、麻薬生産に関わった脱北者はこう話します。
【麻薬生産に関わった脱北者】 「覚せい剤を生産する所は北朝鮮では4か所あります。ケソンの化学工場、ピョンソン、ピョンヤン、それからハムンにあるフンナム製薬工場で生産します。工場の一日の生産量は50キロだそうです。」
【ナレーター】 脱北者によると、「覚せい剤は4つの工場で大量に生産されている」といいます。李英和(リ・ヨンファ)教授が代表を務める「RENK」は、アメリカが北朝鮮に科した金融制裁の影響を調べるため、多くの北朝鮮住民から聞き取り調査を行いました。その結果、非常に深刻な事態が北朝鮮国内で進行している事がわかりました。
《調査報告書(覚せい剤関連)》 「“オルム”(氷)と呼ばれる覚せい剤が、とてつもない危険に成長している。」 【ナレーター】 「RENK」(レンク)による(2006年4月の)調査報告書。咸鏡北道(ハムギョンホクドウ)に住む覚せい剤密輸業者からの情報を中心に作成されたものです。覚せい剤の事を北朝鮮では氷という意味の“オルム”という言葉で呼んでいます。この報告書では“ヒロポン”という覚せい剤の俗称も使われています。
《調査報告書(覚せい剤関連)》 「覚せい剤は最近2年間、その流通量が飛躍的に増大した。外国への密輸出だけではなく、国内消費も急激に増大している。」 【ナレーター】 報告書は「北朝鮮で覚せい剤の所持や使用についての処分が軽くなり、罪であるとの認識が薄れたため、流通と消費が急激に増えた」としています。さらに―。
《「RENK」の報告書》 「(党や軍の)幹部たちと高所得者が、普通の嗜好品であるタバコや酒のように“オルム”(覚せい剤)を常用し始めている。大体、1人数キロの覚せい剤を保有しているのが現実であるという。朝鮮ではこれから“麻薬の時代”というすう勢により、“オルム経済”(覚せい剤の経済)が立ち上がろうとしている。」 【ナレーター】 北朝鮮が直面する“覚せい剤の経済”“麻薬の時代”の時代とは。
一昨年(2005年)5月の中朝国境。川を渡って来るのは麻薬密売人です。北朝鮮から取り引きにやって来たのです。
【記者】 「ご苦労さま」
【ナレーター】 新聞紙に包まれていた物はアヘン、麻薬でした。
【記者】 「この薬はどこから出てきたんですか?」
【北朝鮮の麻薬密売人】 「党の幹部が使うものだ」
【記者】 「まだ聞きたい事があるんだけど・・・」
【北朝鮮の麻薬密売人】 「早く、早く戻らないと・・・」
【ナレーター】 ステテコ姿のまま戻っていく麻薬密売人。彼は工作員などではなく、北朝鮮に住む一般の住民だとみられます。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「以前はね、(覚せい剤を)国家ぐるみで作って国家ぐるみで公務員に類する人たちが、あるいは工作員が(覚せい剤を)売っていたんですけどもね、日本での海上ルートが封鎖されて、そして外国で売る場合でも公務員が捕まったり、工作員が捕まると、『国家ぐるみだ』と言われるのを恐れて、したがって民間人が流通と販売を卸し、そして小売も含めて受け持っていると。まぁ『民営化した』ということですよね。」
【ナレーター】 攻撃を受けて沈没した工作船。(映像 2001年12月)以前は工作員によって密輸出されていた麻薬が、今は一般住民によって売られている、といいます。また、アメリカの金融制裁によって北朝鮮関連の口座が凍結、違法な手段での外貨獲得を防ぐため麻薬や偽札に対する監視も厳しくなりました。外貨不足に陥った北朝鮮。あてにしたのは自国民が懐(ふところ)に抱えている外貨だった、といいます。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「海外に売るだけじゃなくて、国内の国民にも(覚せい剤を)売って外貨を吸い上げようと、まぁ外貨稼ぎの苦肉の策と。しかし一種の禁じ手に近いですよね。結果、北朝鮮の中は覚せい剤の大乱用期に入っています。(覚せい剤は)国民的なヒット商品というふうに言い替えてもいいくらいですよね。」
【ナレーター】 北朝鮮国内で撮影された覚せい剤取り引き映像。それは覚せい剤大乱用期の現状を生々しく伝えていました。
【女性】 「これちょっと、あなたもちょっと味見をしてみてください」
【男性】 「粉もちょっとやってみるか」
【ナレーター】 覚せい剤の試飲を続ける密売人の男と女。男は覚せい剤の粉についても「味見したい」といいます。再び吸い始めました。
【男性】 「おばさん、火のつけ方がうまくないな、もう一回やってくれよ。とにかく味はいいよ。おばさんも一回やってみろよ。」
【女性】 「私もやるんですか?」
【男性】 「全然やってないから」
【ナレーター】 覚せい剤の試飲はおよそ20分間続き、その後、商談が始まりました。
【男性】 「これ、全部入れていくらだ?」
【女性】 「これですか?」
【ナレーター】 男は覚せい剤を再び袋に入れました。そして女は天びんで重量を測ります。覚せい剤は300グラムを超える量でした。
【男性】 「値段はどうするつもりだ?」
【女性】 「だから私は(1キロ)1万3,000ドルのつもりで来ました。」
【男性】 「おれの考えとしては(1キロ)1万ドルにして・・・」
【女性】 「いやいや、どうして他人の品物をそんなことできるんですか!これを1万ドルにするとしたら、もうどっかに売ってますよ!」
【ナレーター】 値切りたい男と譲らない女。交渉の末、300グラム3,300ドル、日本円にしておよそ20万円で決着しました。日本に入ってくる覚せい剤の末端価格は、1グラムおよそ6万円と言われています。となると、300グラムは1800万円に換算されます。北朝鮮国内で覚せい剤は(日本の)45分の1の価格で取り引きされていました。
交渉成立後、男は札束を取り出します。札束には金日成主席の肖像。北朝鮮の紙幣です。
【女性】 「数えてみますね。とにかくお金のやり取りですからねぇ。」
【男性】 「ああ、当然だよ」
【女性】 「数えてみないと・・・」
【ナレーター】 北朝鮮の金を数え始める女。取り引き成立です。覚せい剤は(男の)バックの中にしまいこまれました。そして取り引きを終えた男はそのまま部屋から出て行きました。
【女性】 「ご苦労さん、さようなら・・・」
【ナレーター】 覚せい剤取り引きの映像を見ていた関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「おっ、北朝鮮のお金や。金日成の肖像が入ってる。ふぅーん。北朝鮮のお金を払っているところを見ると、国内での取り引きやね、完全にね。使用先が国内という事になるね。」
【ナレーター】 北朝鮮の紙幣で行われた取り引き。「この覚せい剤が北朝鮮国内で流通していることを示している」といいます。そして「RENK」の調査報告書には、北朝鮮の社会が覚せい剤に蝕まれていく実態が詳細に記されていました。
《「RENK」の報告書》 「現在朝鮮では、上流層の友人訪問に“オルム接待”、覚せい剤で接待をするのが最上だという交際が広がっているという。」 【ナレーター】 報告書では「ストレスと肉体的苦痛、疲労の積み重なる北朝鮮の社会環境が、覚せい剤まん延の根底にあった」としています。さらに―。
《「RENK」の報告書》 「警察、秘密警察の従事者たちまでが“オルム”覚せい剤に接近し、没収などのかたちで私有し、あるいは使用している。」 【ナレーター】 「覚せい剤は党や軍の幹部、高所得者を中心にまん延し、最近では地方都市の中学生が使用したケースもあった」といいます。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「当然、(覚せい剤)中毒になって色んな問題が起きていますけれどもね、軍の幹部たちが必要になるというぐらいの中毒にかかる事も珍しくはない。その結果、北朝鮮の中で入院するわけにはいきません、ウワサが立ちますから。『あの軍幹部は覚せい剤中毒です』という事になってしまいますから。密かに中国の病院に行って治療を受ける軍幹部も多いですよね、最近。」
【ナレーター】 北朝鮮社会を蝕む覚せい剤の大逆流。こうした中、北朝鮮が外貨を獲得していたもう一つのモノも逆流し始めています。それは―。
(2)に続く
*1/14 TBS「報道特集」(1)北朝鮮に異変 蝕まれる独裁体制(覚せい剤) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32253989.html
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| '06 12/10 TBS「報道特集」(2)“新型”偽100ドル札 |
( 2007.1.26,金 ) |
*'06 12/10TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。
核実験直後の中朝国境地帯。そこで目にしたもの・・・。密貿易業者が北朝鮮から持ち出した100ドル札。「これはすごいですね」本物に迫るほどに進化した偽札があった。その驚くべき技術とは。潜入、中朝国境地帯。最も精巧な新型偽100ドル札を独占入手した。
*'06 12/10 TBS「報道特集」(1)“新型”偽100ドル札 http://aoinomama13.seesaa.net/article/32747619.html
続き
“北”から来た 奇妙なドル札
【記者】 「向こうに見えるのがですね、中朝国境の税関です。」
【ナレーター】 向った先は中朝国境の三合税関。中朝国境を成す川・豆満江(トゥマンガン)。その橋の中央から右が北朝鮮、左が中国だ。中国人の運び屋は偽ドル札を隠し持ち、「北朝鮮からこの橋を渡って税関をすり抜ける」という。
【記者】 「あっ、来た来た来た・・・」
【ナレーター】 税関から出て来た2人の男。2週間前に接触した中国人の運び屋と売人だ。「精巧な偽札が手に入る」(売人)と彼らから連絡があった。男たちは私たちの車に乗り込むと、「北朝鮮から持ち込んだ」というハンドバッグを自慢げに見せた。売人の男がナイフを取り出し、慣れた手つきでバッグの縫い目を切り裂く。その中身は100ドル札の束。その数25枚。「すべて北朝鮮製の偽100ドル札だ」という。入念にチェックする売人の男。偽札の質が気になるようだ。
【記者】 「どうですか?」
【売人】 「まぁまぁいいね」
【記者】 「これは本当に偽札なんですか?」
【売人】 「偽札だよ」
【記者】 「いくらで売るつもりですか?」
【売人】 「1枚400元〜500元ぐらいかな」
【ナレーター】 売人の男は、「偽ドル札を町の両替商に転売する」という。今回の男の儲けは、日本円でおよそ20万円以上になる。
私たちは試みに、最も普及している鑑定機の一つを使って真偽の判定を行った。機械を通過しなければ偽札、通過すれば本物である可能性が高い。
【記者】 「んっ?わぁっ?」
【ナレーター】 鑑定機を通過した1枚の100ドル札。
【記者】 「これをもう一回やってください、もう一回・・・。(100ドル札を鑑定機に通す)これ何で?偽札なんでしょ?」
【売人】 「偽札だよ」
【記者】 「これは本物じゃないんですか?これ?」
【売人】 「本当に偽札なんですよ」
鑑定機あざむくナゾの札
【ナレーター】 偽札なら鑑定機は通過しないはずだ。しかし、何度試しても1枚だけが鑑定機を通過する。一体、何故?
【記者】 「ああ、やっぱりこれだなぁ・・・。先ほどの『AB32586768L B2』」
【ナレーター】 この町では、違法な両替商が両替を求める外国人客を捕まえる光景が見られる。
【両替商】 「今はドルが安いよ」
【ナレーター】 偽ドル札を知り尽くした両替商に、鑑定機を通過した100ドル札を見てもらった。
【両替商】 「偽札かな・・・?」
【記者】 「わかりますか?」
【中国人通訳】 「迷っています」
【記者】 「(偽ドル札は)どうして北朝鮮で造られているの?」
【両替商】 「何とも言えない。同じ民族の恥だから何も言いたくない。」
【ナレーター】 鑑定機と両替商の判定は分かれた。はたして本物か?それとも偽札か?
判別可能か? “北のニセ札”
【ナレーター】 私たちはこの100ドル札の真偽のほどを、偽札鑑定の専門家に委ねることにした。偽札鑑定の第一人者で、あの“スーパーK”を世界で初めて発見したのが松村喜秀氏だ。その実績を買われ、通貨当局から偽札の鑑定を依頼されることも少なくないという。
【記者】 「これをちょっと見ていただけるでしょうか?」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「はい」
【ナレーター】 鑑定機を通過した100ドル札。はたして松村氏の判定は・・・。指に伝わるわずかな凹凸から印字の状態を見る。続いて紙幣の厚みはどうか?
【記者】 「紙の厚さはどうですか?」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「紙の厚さは本物と全く一緒です。すごいですね、これは・・・。ああ、印刷機械は非常に本物と似てるというか、本物に非常に近い印刷機械を使っています。」
【ナレーター】 今年3月('06 3/5放送)、「報道特集」が検証した北朝鮮から来たという偽の100ドル札。松村氏の鑑定によって、当時で最高レベルの“スーパーZ・改良型”であることが判明した。
*'06 3/5 TBS「報道特集」北朝鮮ニセ札疑惑(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/14414118.html
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】(前回の放送) 「今現在では一番最高レベルの偽(札)です。」
【ナレーター】 3週間にも及ぶ科学的鑑定で明らかになった偽造の証拠は2つ。まず数字の「1」の部分。本物の「1」の先端は丸みを帯びている。しかし当時私たちが入手した偽札の「1」の先端は直線的であることがわかった。
さらに「UNITED」の「N」の文字にも偽の証拠があった。本物は「N」の文字がにじみ、黒く塗りつぶされたように見える。偽物にはわずかな隙間が見てとれた。
今回入手した100ドル札。その「1」と「N」の部分ははたしてどうなっているのか?
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「100の『1』の耳のところの部分を今見ています。もしこれが偽(札)だったら、かなりの部分で直しております。角張っていたのが丸まっています。丸まってきたというのは、本物に近くなっています。」
【ナレーター】 前回入手した偽物は「1」の先端部分が本物に比べ直線的だったことから、偽と判定できた。しかし今回入手した100ドル札の「1」の先端は丸みを帯びている。本物とほとんど差はない。偽札を見分ける一つのポイントはクリアーしたように見える。残るは「N」の文字。
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「はぁー、すごいですね。この部分もつぶしています。」
【記者】 「そこは普通・・・?」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「(偽札は)隙間が空いています。」
【記者】 「今までの偽造紙幣はどうなっています?」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「そこはほんのわずかに隙間があるんですけども、これ(今回の)は隙間がなくなっています。」
【記者】 「ははぁ・・・」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「これはすごいですねぇ・・・」
【ナレーター】 偽札は「N」の文字の右上にわずかな隙間が見てとれた。本物には隙間がない。そして今回入手した100ドル札、「N」の隙間は本物同様に黒く塗りつぶされていた。
鑑定機を通過した100ドル札には、松村氏がこれまで指摘してきた偽の証拠さえなかった。これは本物ではないだろうか?真偽の判定は松村氏でさえ困難を極めた。
しかし2時間後、偽を決定づける違いがようやく見つかった。
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「この部分の先ほど鑑定した『1』の耳の部分なんですけれども、本来はこういうふうに下がってきて、(元の線は)ここなんですよ。ここなんですけど、これを無理矢理に塗りつぶしてここを丸くしています。これは今までになかった、彼らが修正をしてきた痕跡と言えます。」
【ナレーター】 偽造組織は、前回の偽札の「1」の先端部分を、赤いラインのように修正を試みた。これは今回入手した100ドル札。「1」の先端は本物同様に丸く修正されている。
しかし、偽造組織は致命的なミスを犯した。修正前の角ばった「1」の痕跡がかすかに残っていたのだ。
独占入手 “北”の最新ニセ札
【記者】 「(偽札が)改良されていくペース、スピードというのはどうですか?」
【偽造通貨鑑定専門家・松村喜秀氏】 「最近は非常に早くなったんです。前は約半年から1年かかったものが、今はまぁ極端に言えば数週間から1〜2ヶ月で、次々直ってきますんで、これは非常に驚異的なスピードだと思います。」
【ナレーター】 前回の検証から9ヶ月。鑑定機を通過した偽100ドル札は、本物との判別が困難なまでに進化していた。
今年9月(23日)、鳥取県境港に停泊していた北朝鮮籍の貨物船から押収された偽札は、従来の鑑定機では見抜けないほどの精巧な偽札だったことがわかっている。
次回の六ヵ国協議で北朝鮮は「偽ドル札造りは国家的な関与ではなく、国内の一部の勢力が関わった」と、初めて認める姿勢を見せているという。(アメリカ政府筋)
北朝鮮の偽ドル札製造。その実態が明らかになる日は来るのだろうか?
独占入手“北”のニセ札 脅威の進化
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「北朝鮮の外交官が背丈ほどもある大きなズタ袋を運んでいる、しかもその中身が偽札だという事になりますと、本当に異様な光景です。
これまでにどれだけの偽ドルが見つかっているんでしょうか?アメリカ財務省のこの10月の報告書によりますと、これまでにおよそ5,000万ドル、日本円にしておよそ60億円相当の偽ドルが押収されたとしているんですが、すでにおよそ20億円相当の偽札は一般に流通してしまっている、との事です。
こうした背景もありまして、アメリカは来年にも新しいデザインの100ドル紙幣を発行するという事で、その新札には高度な偽造防止技術が施されるそうです。一方、北朝鮮側もそれを見込んで、これまでに造った偽ドルを大量に放出するとも言われています。
また、鑑定の専門家の松村さんによりますと、北朝鮮側は数週間から1〜2ヶ月のスピードでどんどん偽札を進化させているので、仮に新しいドルが出たとしても、すぐに偽ドルが登場するだろうと指摘しています。」
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
*'06 12/10 TBS「報道特集」(2)“新型”偽100ドル札 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32815173.html
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| '06 12/10 TBS「報道特集」(1)“新型”偽100ドル札 |
( 2007.1.25,木 ) |
*'06 12/10TBS放送の「報道特集」の一部を文字化しました。
核実験直後の中朝国境地帯。そこで目にしたもの・・・。密貿易業者が北朝鮮から持ち出した100ドル札。「これはすごいですね」本物に迫るほどに進化した偽札があった。その驚くべき技術とは。潜入、中朝国境地帯。最も精巧な新型偽100ドル札を独占入手した。
脅威の最新偽札 独占入手
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて) 「続いての特集はこちらです。長らく中断していました六ヵ国協議、ようやく('06 12月)16日にも再開の見通しとなってきました。で、協議の再開に向けて北朝鮮が強く求めていますのが“金融制裁の解除”なんですが、まぁアメリカを中心として北朝鮮を金融制裁によって強く締め付けている背景には、『国家ぐるみで行っている』とされる北朝鮮の偽札の偽造問題があります。
私たちは今回、これまでになかった精巧な改良が加えられました新型の偽札を発見、そのしたたかなからくりを追いました。」
独占入手 最先端の偽札
【ナレーター】 闇に紛れた2つの影。「見つかったらやばい?やばい?」国境を越え、男たちはやって来た。「あっ!来た来た来た!!」北朝鮮と中国の国境地帯で密かに繰り返される偽札の取り引きをついにとらえた。「とっとと消え失せろ!」「何でダメなの?」「銃で撃たれるかもしれない!!」見え隠れする北朝鮮の影。「これは偽物よ!」中朝国境地帯、最先端の偽札を入手した。
“北”の偽札 ヤミ取引の現場
【ナレーター】 北朝鮮が核実験を実施した3日後('06 10月12日)、私たちは中国東北部の中朝国境地帯にいた。
【記者】 「中朝国境地帯の中国側の警備隊本部です。」
【ナレーター】 予想とは裏腹に、国境付近の警備隊本部や検問所も兵士の姿はほとんど見られなかった。町の様子はどうだろうか。(中国・図們)市場の中をのぞいて見る。カニだ。北朝鮮産の海産物が豊富に並んでいた。店主に北朝鮮の核実験の影響について尋ねた。
【記者】 「これ、こんなにいっぱい簡単に北朝鮮から輸入できるんですか?」
【店主】 「(北朝鮮からの輸入品は)簡単に手に入ります。」「政治的な問題はよくわからない。」
【ナレーター】 何事もなかったかのように平静を保つ町の人々。「核実験の影響はない」と言う。
【記者】 「この(川の)向こう側はもうすでに北朝鮮です。北朝鮮の村が見えてきました。」
【ナレーター】 国境の川、豆満江(トゥマンガン)のその先に北朝鮮の領土が広がる。向こう岸で、故金日成主席の肖像画が私たちを見据えていた。
「わが党(朝鮮労働党)が決心すれば我々(国民)はやる!」
強気のスローガンは、誰に向けたメッセージなのだろうか?
【記者】 「北朝鮮の国境警備兵ですね。こちらを見ています。」
【ナレーター】 国境付近の警戒にあたる北朝鮮兵士に遭遇した。兵士の傍らに射撃訓練用の人型の的。
【中国人通訳】 「何をしている?」
【ナレーター】 兵士に核実験について尋ねようと試みたが・・・。
【記者】 「エンジン、エンジン、オフ」
【北朝鮮兵士】 「そこから消え失せろ!」
【中国人通訳】 「(兵士が)怒っていますよ!」
【記者】 「何で?何でダメなの?」
【ナレーター】 中国人通訳は私たちの行動を制止した。
【中国人通訳】 「国境警備隊とこんな事をしたらまずい!」
【記者】 「まずいって何が?」
【中国人通訳】 「銃で撃たれるかもしれない!!」
【ナレーター】 「かつて撃たれた経験がある」、中国人通訳は真剣な眼差しで私たちにそう警告した。
中朝国境の都市・延吉。この町では「北朝鮮製の偽ドル札がヤミルートで売買されている」という。私たちは偽ドル札の実態を探るため、ある密貿易グループとの接触を試みた。
深夜0時過ぎ、指定された約束の場所へと向う。人影もまばらな裏通り、ナンバープレートに北朝鮮の地名が記されたトラックが止まっていた。そこに現れたのは密貿易を生業とする男たち。
【記者】 「ああーっと、この人かなぁ?」
【ナレーター】 画面左が北朝鮮と中国を行き来する中国人の運び屋。右の男は中国人の売人だ。
【記者】 「見つかったらまたやばい?やばい?撮らない方がいい?」
【ナレーター】 無言で私たちの車に乗り込んできた。運び屋の男が「北朝鮮から持ち込んだ」という小さな包みを売人に手渡した。「国境の川を渡って来た」というその包みは、ビニールで厳重に包装されていた。
その中身は、偽100ドル札が数枚。「北朝鮮製だ」という。売人の男は「偽100ドル札1枚を北朝鮮の軍関係者から日本円でおよそ3,000円で買い取り、これを中国で転売する事で利益を上げている」という。質の良い偽札ほど高く売れるらしい。
偽札を紙で強くこすりつけ、インクの質を確認する。
【売人】 「色がつけば本物に近い」
【ナレーター】 ところが・・・。
【売人】 「何だ、これは!こっちへ来て見てみろよ!」
【ナレーター】 紙幣が2つに剥がれた。表と裏で別々に印刷したものを貼り合わせた質の悪い偽札だった。
【売人】 「こんな偽札は見た事がない」
【ナレーター】 これでは売り物にならない。男は「北朝鮮側に騙された!」と愚痴をこぼした。
しかしこの後、私たちは未だかつて見たことのない精巧な偽ドル札と遭遇する事になる。
“北”の偽札 流通のナゾ
【ナレーター】 偽ドル札の初期型“スーパーK”が初めて見つかったのは、今から17年前のこと。以来アメリカは「北朝鮮が関与している疑いが強い」として捜査を続けてきた。その間にも偽ドル札は進化を重ね、現在は“スーパーZ”と呼ばれる精巧な偽ドル札が世界を震撼させている。
今年10月('06 10月)、アメリカ財務省は「これまで押収した偽ドル札はおよそ5,000万ドル、日本円で60億円相当に上る」と報告。さらに「精巧な偽ドル札は、北朝鮮の国家が関与して作られている」と断定した。
元警察庁幹部が、北朝鮮製偽ドル札の流通ルートについて、次のように指摘した。
【元警察庁幹部】 「北朝鮮国内で(偽札を)製造して、それを大量に持ち出すには『外交パウチ』という、その外交特権を使って運び出すのが一番安全ですよね。『外交パウチ』を開ける事は、相互条約に基づいてできない事になっていますから。ですから北朝鮮にしてみれば、その特権を隠れ蓑にして(偽札を)運び出そうと―。」
【ナレーター】 『外交パウチ』とは、国家の重要な文書などを封印した袋のこと。「北朝鮮の外交官自らが偽ドル札の密輸に関わっている」という。
【元警察庁幹部】 「私が得た情報ですと、北朝鮮の東南アジアの大使級の人間が、いわゆる日本流に言うズタ袋、あれを背負ってですね、その国と平壌を往復する。そんなに大きな袋に何が入っているのか?と。しかもやたらと大きいんです。その人の身長くらいあるような袋ですから。そういう方法で彼ら(外交官)が(偽札の)運びをやると。」
【ナレーター】 北朝鮮は国内で製造した偽ドル札を海外の金融機関に持ち込み、本物のドル札に交換する。いわゆる「マネーロンダリングで莫大な利益を上げている」という。こうして得られた資金が「北朝鮮の核やミサイル開発の資金源になっている」と言われている。
密貿易グループから再び連絡が入った。
(2)に続く
*'06 12/10 TBS「報道特集」(1)“新型”偽100ドル札 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32747619.html
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| '06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 北朝鮮帰国者へのメッセージ |
( 2007.1.24,水 ) |
*写真は参加したあおいのパパの撮影です。 *撮影したビデオカメラより文字化しました。 (調査会より撮影許可を得ております)
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 来場者全員参加収録(2) 「故郷」「七つの子」 http://aoinomama13.seesaa.net/article/30794397.html
続き
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 今、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」名誉代表の小川晴久先生が見えられましたので、みんな一言ずつメッセージをいただいておりますので、小川先生からは帰国者の方々に対するメッセージをちょっとこの場でお願いしたいと思います。すみませんがこちらにお願いします。
「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の代表と致しまして、この帰国者の問題をずーっと一生懸命に取り組んでこられました。特に今、強制収容所の問題を一生懸命にやっておられます。この間(12月)13日にも、姜哲煥(カン・チョルファン)さん、あの北朝鮮の収容所におられた姜哲煥さんなどを招きましての講演会等を開催されておられます。
ちょっと収容所の中ではさすがにラジオは聴けないと思いますが、北朝鮮の一般の地域におられる帰国者の方々に「ぜひ希望を持ってもらいたい」という事を込めまして、メッセージをお願い致します。
【小川晴久さん・北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表】 北朝鮮に40数年前に帰国された帰国者の皆さんとそのご家族の皆さん、私は今から13年前に作りました「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の現在名誉共同代表をしております小川と申します。
皆さんが1959年12月14日、新潟港から清津(チョンジン)に向けて第一陣の帰国船が出て以来1984年まで、25年に渡って9万3千人の方が日本から北朝鮮へ渡られ、その中には日本人妻も、5千人近い日本人妻の方たちも子どもたちと一緒に、愛する夫と一緒に北に渡られました。
日本人妻は、3年後の里帰りを約束し信じて渡ったんですけど、その約束も一切反故にされて未だに里帰りができません。数年前に一部、合わせて50名にも満たない人たちが3回に分けて里帰りできましたけど、その何倍もの人たちがまだ里帰りも果たせない、そういう中でこの40数年、ひもじさと寒さと、そしてまた差別を受けながら生活されてきた事と思います。
私はあの、1959年12月の段階ではまだ帰国運動に参加しておりませんでしたけれども、1960年代に大学生活を送りまして、北朝鮮を支持するようになっておりました。そういう意味では、帰国運動にも私なりに責任を感じております。
北に帰った人たちが帰ったその清津(チョンジン)に足を降ろした瞬間から、「しまった」と「帰って来るんではなかった」と後悔した人がたくさんいたそうですけども、もう後の祭りで、日本から送った人たち、北朝鮮に送った人たちは「いい事をした」と思っていたと思います。だけども、北朝鮮はその後どんどんどんどん悪くなりまして、1967年には主体(チュチェ)思想が出てきてですね、その主体(チュチェ)思想が出てくる頃に日本から帰った若い人たち、知識人たち、大学生たちが大量に強制収容所に送られた、という事が後でわかりました。
私たちは本当に恥ずかしい事だったんですが、今から13年前にその帰国者の家族から、「息子が収容所で殺された」話、「お兄さんが政治犯として射殺された」話、そういう話を初めて聞きまして、北朝鮮の山の中に恐ろしい強制収容所があるという事を知りました。そして日本から帰った帰国者たちがたくさんそこに入れられ、そこで死んでいった、たくさんの人が行方不明になっている、という事も知りました。それ以来、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」という名前を作って、今日まで支援運動をしてまいりました。
その人たちの中から、脱北してやっと日本にたどり着いている方たちが120名ほどにもなっている、と最近皆さんお聞きになっていると思いますが、いずれにしましてもまだ帰れない、日本に帰れないたくさんの帰国者たちがおられる。そういう事を私たちは忘れないで運動しております。
おそらく、北の中で日本に里帰りするとか、日本に帰るっていう希望をですね、今抱く事はできていないと思いますけども、私たちはその帰国者の方たちの状況を、できるだけ広く今後も訴えてまいりたいと思います。希望を捨てないで、その日がくるまで頑張っていただきたいと思います。
その中でも私たちは、日本の帰国者が大量に犠牲となった強制収容所の撤廃をですね、特にそれを中心に訴えておりますし、今後も訴えていきたいと思います。
日本から帰った帰国者たちは、日本で生まれた人たちが多いですから、自由な空気をいっぱい吸って帰ったわけです。北から脱出したある在日の帰国者に聞きますと、「日本から帰った帰国者たちは最初から監視の対象にあった」と聞きました。それは何故かといったら「自由の空気を北の社会に伝える大変危険な存在だという事で監視を受けた」と聞きました。
その事は私たち日本に住んでいる者にはわかりません。ですからこれは今、北で頑張っておられる皆さんに訴えるメッセージではありますけれども、自由が有り余っているこの日本社会の我々にも、「北朝鮮帰国者の人たちの事を忘れないで」というよりも、世代がもう変わってしまっていますから知らない人たちいっぱいいると思いますけど、これからも運動を続けて皆さんのために頑張りたいと思いますので、どうか希望を捨てないで頑張ってください。メッセージは以上です。(大拍手) 【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 ありがとうございました。今お話をメッセージをいただきましたのは「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の名誉代表であります小川晴久先生でした。「希望を捨てないでください」というのは、もちろん北朝鮮の拉致被害者もそうですし、そして帰国者、さらには北朝鮮の一般の人たちに対しても同じ言葉であろうと思います。「希望を捨てないでください」「我々が必ず助け出します」という意味では、どなたも同じ事であろうと私どもは考えています。ありがとうございました。
*北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 http://homepage1.nifty.com/northkorea/index.htm
(続く)
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 北朝鮮帰国者へのメッセージ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32205212.html
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| 1/14 神奈川県民集会 有本嘉代子さん |
( 2007.1.23,火 ) |
*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。
【拉致被害者有本恵子さんの母・嘉代子さん】 皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかりました有本でございます。本当にあの、先ほど三浦小太郎先生がおっしゃったように、1988年の9月6日に北海道から電話がありまして、「実はお宅より3年前に行方不明になりました息子から手紙がまいりまして、その中に『恵子さんと松木薫さんとご一緒に生活をしている。で、そのヨーロッパにいた私たちは事情あって、北朝鮮で3人が力を合わせて暮らしております』」というような内容でした。
先生がおっしゃったように、「助けてください」という気持ちで有本と共に、このままここで命を果てるような事があったら、1983年に恵子は行方不明になりまして、88年9月6日にその連絡がありましたので、その5年間というものは、私どもはもう外国で起こった事であるし、「帰る」という手紙が来たけど、何か事故に遭って亡くなってしまったんじゃないかな、という思いで家族たちは5年間、もう「諦めよう、諦めよう」として暮らしておりましたので、恵子の事は意識的に家族は言葉には出さなかったけれども、触れないようにして5年間暮らしてきました。
それで5年目にやっとその電話がありました時は、本当に私も「ああ、よかった、生きていた」という気持ちはありましたし、それとやはり北海道の方もかなり興奮して声もうわずっていらっしゃいました。そういう思いでそれを受け取ったんですけれども、「北朝鮮がどんな国であるか?」という事は、その時は認識しておりませんでした。本当に「ああ、無事でいてくれた」というその思いだけで一杯で、やはり運動して色々聞く間に「大変な国だな」とわかりましたんで、外務省の方に「これは伏せとく方がいいよ」と言われ、私たちは黙ってその一報を伏せておきました。
一番最初1988年、北海道の方が司法書士をしてらっしゃいますので、非常に政治の事も詳しかったもんですから「北朝鮮とパイプがあるのは社会党だけですから。近くに社会党の議員さんがいらっしゃったら、そこへ頼みに行かれるのがいいですよ」と「私も早速、今日は社会党の議員さんのところに行ってお願いしようと思っています」という事をお母様おっしゃいました。
それでたぶんその足で行かれたんだろうと思います。午後になりましたらね、「北海道の社会党です」言うて電話がかかってきたんです。「先ほど、石岡さんって方からお電話があったと思いますけれども、先ほど聞いた事は絶対に口外しないでください」っておっしゃったんです。
でも、私は警察には届けを出しておりましたのでね、外国で起こった事ですけれども。一応県警の方へは届けておりましたので、色んな問い合わせが来るんですね、「こちらちょっと聞いてください」「ちょっと来てください」って。そうですね、4回くらい行きましたかね。そうしましたら「身長はいくらですか?」「足はどのくらいのもん数測りますか?」とか「どういうものを好んで着られますか?」とかいう事を聞かれるんですね。その都度に「やはりこれはひょっとしたら、外国で事故があって亡くなられた人の照会違うかな?」と思いましたので、2回目ぐらいに行った時だと思うんですけども、「これひょっとしたら事故があって亡くなられた人の照会ですか?」って聞きましたら、「そうです」っておっしゃったものですから、「それでしたらもう結構ですので」って言った記憶があります。
それでまぁ結局そういうような感じで5年間暮らして、(北海道に届いた手紙で)初めて消息がわかりまして、土井たか子さんとこに行ったんですけどもね、土井さんとこは西宮ですから神戸から近いんです。だからすぐに行きましたけれども、秘書の方がいらして「お返事します」って言うたまま全然連絡なかったもんですから、主人がそれから色んなところであっちで聞きこっちで聞きするうちに、「やはり政権を執っているのは自民党だから、これは自民党にお願いせないかん」という事で、安倍先生のお父さんの晋太郎さんが幹事長をしてらっしゃる時だったと思います。その時に「次期総理はたぶん安倍さんだ」という噂が立っておりました。
「やはりこういう事をお話しするのはトップのところに行かないかん」という事で、竹下登さんの所を連絡しようとしたんですけど、議員会館の中に事務所がなかったもんですから、安倍先生の所へ行ったんですね。そうしましたら、その時の秘書の方がいらして「じゃあ私が」と、「一度来てですか?手紙を持って来てですか?」って言われますので、手紙を持って行きまして、本当に半日がかりで警察庁それと外務省と回ってくださったんですけどもね、警察庁にまいりました時はやはり1時間くらいはとって、向こう(ヨーロッパ)でいなくなった時の経緯をずっとお話したんです。それをみなお一人の人がひかえて書いておりました。
それからおっしゃるのには「これは国内で起こった事ではないので警察ではちょっと対応しかねる」という事で、外務省へ連れて行ってくださいました。で、外務省は一言、もうあの時分の対応は今もはっきりと覚えておりますけども、ここに外務省の方がいらしたら申し訳ないんですけど、本当に冷たかったですね。もう「国交がないです」のその一言です。「それだったら仕方がないでしょう」とかも言われましてね、後は赤十字しか行く所がないんだけども、それに行ってたら今日中に帰れないから、「一度帰られてまた改めて来られますか?」言われたのでまた改めて、1ヶ月も経っていなかったと思います。最初に行ったのはたぶん9月の末頃じゃないかなと思うんですけど、二度目は10月に入って行ったと思うんですね。それでそこでお話して、今度は二人で同じようなコースを回ったんですね。その時に外務省が言われるのには「これは非常に難しい国ですので、もしこの事が明らかになった場合はお嬢さんに被害がある場合がありますので、やはりこれは黙っておかれる方がいいですよ」と言われたので、私どもも黙っていました。
もうその時点では「北朝鮮って大変な国だな」という事がわかりましたんでね、それで黙っておりまして、1990年の末に、いっぺんにこうマスコミの方が押し寄せて来られたんですね。「どこで聞いて来られたんですか?」って聞いたら、その時おっしゃらなかったんですけれども、後で警察と外務省から聞いてわかったんですけども、1990年に第一回目の訪朝で、金丸信さんが田辺誠さんと一緒に北朝鮮に行かれたんです。後に「金の延べ棒が出てきた」とか、そういうような事を聞きましたけれども、やはりきちっとした交渉をしなかったんです。
その前に私の選挙区で出ていらっしゃる議員さんにお願いして「何とか行かれるまでに金丸さんに会わせてください」って主人がお願いに上がったんですけれども、それも叶いませんでして、結局北朝鮮に行って何も言わずに、ただあの時海部さんだったと思うんです、総理が。海部さんの親書だけを持って行かれて「戦前戦後の補償をします」いう約束をして帰って来られたんです。
そういう経緯で、結局この問題は本当にきちっとした行動をなされなかったいうのも、やはりどこからか、報道関係の人にも「圧力をかけたらいかん」と言ってますけども、圧力がかかったのか、政治家の方・外務省・マスコミ、全部これをこぞって隠蔽したために、こんなに長い事かかったと思っております。
それで、特定失踪者の(ご家族の)方もこの会場に来ておられますけども、この人たちも本当に大変な思いをしていらっしゃると思います。わからなかったんだったんだろうと思います。家族が突然消えてしまうんですからね。国内でも本当にいなくなるはずがない人が突然消えてしまっているから、ご両親にしてもごきょうだいにしても「どうなったのか?」本当に全然わからないまま今までこられたと思います。
私の場合もやっと横田めぐみさんの事を、西村眞悟議員が国会の予算委員会の時に言うてくださって、初めて横田めぐみさんの事が明らかになって、これで初めてちょっと動いたんですね。それまでにも私は早い時期にね、震災のあった年ですから1995年に、お一人だけ一生懸命にこの問題に取り組んでいたマスコミの方があるんです。その方は同じ業者の方に「こういう問題がある」言う事を聞かれてね、直接私のところへ来てくださったんです。その時にここにいらっしゃる高沢さんも二度目にはその方と一緒に来てくださいました。
色々その関係のお話も聞いたんですけどもね、その時には「よど号の人が拉致した」いう事はまぁ聞いておりませんし、それは思ってもおりませんでしたけれども、皆さんもご存知の通り、総理が北朝鮮に行かれた年の2002年の3月12日によど号犯妻の赤木恵美子っていう人が日本に帰って来て、八尾恵さんが裁判の場で証言者として出られたんですよね。その場で拉致を認めて、「私は恵子さんを北朝鮮の工作員の手に渡して北朝鮮へ送り込んだ」いう事を法廷の場で言ってくださったんです。
だから今ここにいてらっしゃる特定失踪者家族の方も本当に不安だろうと思いますけれども、私どもも1997年3月に家族会を結成しました。それで一緒に動き出したんです。めぐみさんの場合はすぐに拉致と認めました。でも私どもだけは全然認めてなかったんです。だけどその1997年に家族会ができて、2002年の3月12日にあの方(八尾恵さん)が法廷で証言されて、その前日に、どういうわけなのかその前日に政府が初めて「拉致である」という事を認定したんです。だから、どういうわけでそうなったのか?私もやはりあの事が、実際に裁判で証言なさったからだと思いますけれども、それで明らかになって、初めて「拉致家族である」という事が認定されたんです。
もうそれからは皆さんがご存知の通りの運動が始まって、署名活動とか色々。2002年以降は本当に報道の方もきっちりしてくださいますので、それ以降に皆さんがわかるようになってくださったんです。だからそれまでは皆さんもそんなにこの拉致問題ご存知なかったと思うんです。総理が北朝鮮に行かれて、5人の人が10月15日に帰って来て初めて「ああ、拉致はあったんだな」とみな関心を持ってくださって。翌年の5月に東京の有楽町国際フォーラムで全国大会がありました。それまでは大体、日比谷の公会堂だったら2000人ぐらいですかね、それが初めて6000人入る所で、「そんなに人が来てくださるかな?」って救う会の方も心配しもって、でも開いてくださって、その6000人入る所に1万人以上の方が来てくださったんです、全国から。
その時私たちもこの演台に上がりまして、緞帳がパッと上がった時に、あの時の感激は今でも忘れる事ができません。本当に「こんなに大勢の方が関心を持って来てくださった」と思って、「日本人はやはり日本人だ、すばらしいな」と思いました。(拍手)
私は大正生まれですから、教育が違いますね、今の方と。だから「日本人はすばらしい」「日本人はこんなに立派な事がある」いう事を学校でずっと教えていただきますし、家では親たちが言っていましたから。「私は日本人に生まれてよかった」といつも思っていましたけど、あの時「ああ、やはり日本人はすばらしい。これを忘れずにいてくださった」いう事と、若者たちがたくさん拉致されて、本当に自由を奪われて、長い間大変な目に遭っていますけれども、「この子たちがこの日本の国を目覚めさせてくれた」と思いました。本当にあの時の感激は今でも忘れる事ができません。
それ以降は本当に皆さんが一生懸命に私たちに協力してくださって、行く先々で声をかけてくださるんです。今、こちらでも2〜3人の方が声をかけてくださいました。「頑張って下さいよ」「体に気いつけて、きっと帰って来られますから気をつけて頑張ってくださいね」って声をかけてくださいます。これが何よりの私たちの心の支えになっております。
だから今ここにいらっしゃる特定失踪者家族の方も、やっと安倍政権になられて、安倍さんは本当ね、お目にかかった事なかったんです、ずっと。でもお父さんの時に私たちが寄せていただいて、その時からこの拉致問題という事は秘書をしながらずっと見てらしたんですね。だから一番に自分が総理になられた時に、教育問題、これは大変大事な事です、これと拉致問題は最優先課題という事にしてくださったんですから、「きっと安倍政権の時に私たちの子どもたちは帰って来れる」と希望を持って、きっと皆さん、国が認めている人だけ助けるという事は絶対しないと思います。
「すべての人を返しなさい」いう事はきっちり言ってくださると思いますので、どうぞ皆さん、その安倍政権を支えてください。今ね、本当にマスコミがね、もう色んな方が安倍先生の足を引っ張ろう引っ張ろうとしていますので、本当に私は不安な気持ちで見てますけども、きっと解決してくださると信じております。
皆さんと一緒になって、この日本の国民が連れて行かれているんですから、皆さんと力を合わせて助けてやりたいと思いますので、どうぞご協力くださいますようよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*'06 2/26 TBS「報道特集」安倍晋三氏“拉致にかける思い” http://aoinomama13.seesaa.net/article/14203249.html *'05 12/22 国民大集会 有本恵子さんへお母さんのメッセージ http://aoinomama13.seesaa.net/article/11130947.html
*1/14 神奈川県民集会 有本嘉代子さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/32018679.html
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| 川合健二さん 失踪の概略 |
( 2007.1.22,月 ) |
1月14日の神奈川県民集会の際、特定失踪者「高野清文さん」の妹さんの美幸さんからいただいた「川合健二さん」の資料です。この資料は昨年12月16日、日米同時集会の一つ、甲府市で開催された集会で配布されたものだという事です。(美幸さんはその集会で登壇されました)その時の「山本美保さんの家族を支援する会」作成の資料をご紹介致します。
昭和54年(1979年)旧竜王町より失踪 川合健二さん 失踪の概略
川合健二さん、昭和22年生まれ。三重県久居市出身。昭和54年4月4日。当時32歳。奥様と二人の子供がおり、千代田生命甲府支店韮崎営業所長として竜王町(現甲斐市)の社宅に住んでいた時に失踪。健二さん失踪後、残されたご家族は三重県にある健二さんの実家に住んでいる。
夜間、八田村(現南アルプス市)の県道で交通事故を起こし怪我(軽傷)を負った相手を自ら病院に運び、治療の合間に「免許証を取りに行ってくる」と言って10時頃車で病院を後にしたのを最後に行方不明となった。
失踪当時は事故を苦にした自殺と、奥さまや関係者は考えた。しかし、その時乗って出掛けた濃紺色のカローラが発見されていない事が不思議に感じられた。テレビに出演したり「たずね人」のポスターを全国の警察に2万枚貼ってもらい、情報収集をしたが何の手がかりも掴めなかった。
拉致の可能性に思い至ったのは平成14年の拉致被害者5名の帰国がきっかけであった。
失踪する昭和54年以前に、3回ほど「ヤマちゃん」と呼ばれていた人が竜王の社宅に来た事がある。3回目は「金を貸せ!」と夜押入ってきた。健二さんが留守で奥様が対応し、凄い恐怖を感じながら5000円渡して帰ってもらった。帰りながら玄関の植木鉢を蹴飛ばし割って出て行った。帰ってきた健二さんにその事を話すと「ヤマちゃんは朝鮮人なんだ」と言っていた。
数百人もの日本人が拉致され北朝鮮におる可能性がある事を知り、「もしかしたらヤマちゃんは土台人(工作員の在日協力者)で、主人が事故後にヤマちゃんに相談して、しばらく身を隠せ・・・と勧められ、そのまま拉致されたのでは・・・」と奥様は思うようになった。
「主人が日本国内にいてくれたら嬉しい。北朝鮮にいるなら救出したい!」と三重県で健二さんの帰りを待っている。
川合 健二 ・身長 167cm ・体重 55s(当時)
山梨県には昭和54年4月4日失踪の川合健二さん以外、同じく昭和54年6月4日失踪のAさん(名前非公開)、昭和59年6月4日に失踪した山本美保さんが特定失踪者リストに載っている。
美保さんとAさんは、年は違っても6月4日と同じ失踪日である。3人とも4日という日はいずれも同じである。単なる偶然とは思えず、日本海の海岸から出港する日に合わせるため、必然的に同じ日になってしまうのかもしれない・・・と何らかの意味を想定してしまう・・・。
山本美保さんの家族を支援する会 *川合健二(かわいけんじ)さん 昭和54(1979)年4月4日失踪 特定失踪者問題調査会公開リストより http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=103&mode=search3 *山本美保さんの家族を支援する会 http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/
*川合健二さん 失踪の概略 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31947428.html
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| 熊本で映画「めぐみ」と写真展 |
( 2007.1.21,日 ) |
あおいのママとパパの自宅に、救う会熊本のKさんから新聞記事のコピーと写真が送られてきました。Kさんには2004年参議院選挙の際、増元さんの事務所で大変お世話になった方で、その後も集会等で何度かお会いする機会があり、お付き合いさせていただいています。
お手紙によりますと、昨年12月18日〜22日まで熊本県八千代市役所で写真展(救う会熊本・八千代市・市教育委員会後援)があり、めぐみさんを始め、拉致被害者の方々、特定失踪者の方々の写真、そして救う会熊本の活動を含む活動や集会の写真、稲川和男さんの「命を奪うな 自由を返せ」のビデオダイジェスト等の放映など、多くの方がご覧になってくださったとの事です。市長さんも拉致被害者ご家族の平野フミ子さんのお話を聞いて、これからも新八千代市議会で協力をしてくださるそうです。
*写真はKさんが送ってくださった八千代市役所での写真展の様子です。(昨年12月18日〜22日)
また、今年1月6日から映画「めぐみ―引き裂かれた家族の30年」が熊本市新市街の「Denkikan」で上映されており(26日までの予定)、ロビーで小規模の写真展、そして映画をご覧になった皆さんに、横田滋さんと早紀江さんにメッセージを書いていただいて、それを救う会熊本を通してお届けするという企画をなさったという事です。(詳しくは下記の新聞記事をお読みください)
*写真はKさんが送ってくださった「Denkikan」でマスコミから取材を受ける拉致被害者「増元るみ子さん」のお姉さんの平野フミ子さんです。
私たちも地方にはなかなか行く事ができません。近場の集会や街頭活動にできる範囲でしか参加しておりませんが、地方で頑張っている皆さんの活動等をこうしてお知らせくださると、私たちだけでなく、地道に支援されている皆さんの励みにもなると思っています。
Kさん、わざわざ送ってくださって本当にありがとうございました。またどこかでお会いできるといいですね。
映画通し拉致問題に関心を 6日からDenkikan 熊本で初「めぐみ」上映 写真展やメッセージボードも
北朝鮮による横田めぐみさん拉致事件をテーマにしたドキュメンタリー映画「めぐみ―引き裂かれた家族の30年」が六日から、熊本市新市街のDenkikanで上映される。同映画は十一月下旬から全国で一般公開されており、熊本では初めて。
「めぐみ」は、米国在住のカナダ人ジャーナリスト夫婦が、めぐみさん=失踪当時(一三)=の両親に密着し、報道資料や関係者の証言をもとに、家族の苦悩や拉致問題解決に奔走する姿を描いている。二〇〇六年ダラス・アジアン映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど四つの賞に輝いた。
同館は上映期間中(約三週間)、「北朝鮮に拉致された日本人を救出する熊本の会」(救う会熊本)の協力で、ロビーに拉致被害者の写真(約四十点)を展示。「めぐみ」にも映像を提供し、拉致被害者家族の姿を撮り続ける稲川和男氏のドキュメンタリービデオ(約二十分)も流す。
また、観客のメッセージを張るボードも用意。集まったメッセージは救う会熊本を通じ、めぐみさんの両親に届ける。
同館の田中保支配人(五七)は「拉致は現実に起こった現在進行形の問題。ニュース報道では見られないめぐみさんの肉声や両親の素顔も出てくる。上映を通して、少しでも多くの人に拉致問題への関心を持ってもらえれば」と話している。(魚住有佳)
熊本日日新聞 2007年1月6日朝刊
「めぐみさん」拉致事件描く映画 熊本でも上映始まる ロビーでパネル展も開催
横田めぐみさんの拉致事件を描いたドキュメンタリー映画「めぐみ―引き裂かれた家族の30年」の上映が6日、熊本市新市街の映画館「Denkikan」で始まった。同館ロビーでは、これを機に北朝鮮による拉致問題への関心を高めてもらおうとパネル展やビデオ上映なども実施されている。上映は26日までの予定。
「めぐみ」は、北朝鮮に拉致された娘を取り戻そうと闘う横田滋、早紀江さん夫妻ら家族の姿をドキュメンタリータッチで描いている。
ロビーのパネル展ではめぐみさんの写真や家族の証言などが並び、横田夫妻に当てたメッセージカードなども用意されている。
この日は1回目の上映から大勢の人が来場、幕あいを利用してパネルを見たり、メッセージを書いたりしていた。また、同じ拉致被害者増元るみ子さんの姉で八代市在住の平野フミ子さん(56)も訪れ「ごく普通の一般の人が拉致で人生を大きく変えられた。映画と写真展で問題をより身近に感じてほしい」と訴えた。【伊藤奈々恵】
毎日新聞 2007年1月7日朝刊
拉致描いた映画「めぐみ」熊本で反響 写真も展示 上映延長を検討
北朝鮮による横田めぐみさんの拉致問題を描いた映画「めぐみ―引き裂かれた家族の30年」が、熊本市新市街の映画館「Denkikan」で上映され、話題を集めている。
「めぐみ」は、30年前に娘めぐみさん(当時13歳)を北朝鮮に拉致された横田滋さん、早紀江さん夫妻の深い悲しみや奮闘する姿を描いたドキュメンタリーで、カナダ人のジャーナリスト夫妻が「家族の愛と勇気を伝えたい」との思いで制作した。
放映時間は90分で、テレビでめぐみさんの情報提供を求める横田夫妻の姿や日本政府と北朝鮮の交渉などの一連の流れが、拉致被害者家族の思いとともにまとめられている。
熊本市月出、会社員奥村大吾さん(31)は「拉致問題の詳しい流れを知ることができた。常に国民が強い関心と信念を持ち、取り組むべき深い問題だと改めて感じた」と話していた。
同館ロビーでは、被害者の写真など約50点が展示され、横田夫妻へのメッセージなども用意されている。同館では反響が大きいとして26日までの上映期間の延長を検討している。
読売新聞 2007年1月9日朝刊 *熊本で映画「めぐみ」と写真展 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31868139.html
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| 1/14 神奈川県民集会 村尾健兒さん |
( 2007.1.20,土 ) |
*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。
【司会者】 続きまして、特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さんにお話をしていただきます。村尾さんはただ今調査会が北朝鮮向けに放送しております「しおかぜ」の実務面を担当されております。それではよろしくお願いします。(拍手)
【特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さん】 こんにちは。今ご紹介いただいた通り、私が短波放送「しおかぜ」をやっております村尾と申します。「しおかぜ」も今年で2回目の正月を迎えるという事になってしまいました。あまりこういう放送は長くやっていてもいいという事ではないと思います。それでもですね、ここまで我々がこの放送をやれてきたという事は、ここにお集まりの皆さんを始め、全国の皆さんからのご支援があったからでございます。
放送開始する前からお金があって始めた放送ではありません。「何としてでも拉致被害者の皆さんにご家族のメッセージを伝えたい。日本は皆さんを救出する事を考えている。今そういう運動が起こっているという事を伝えたい」という、「そういう放送をしよう」と始めました。現在そのご家族の方々のメッセージ、こちらにいらっしゃる有本さんや斉藤さん、特定失踪者のご家族からお手紙をいただいたりしている番組、それから我々(調査会)のポスターに出ている方々のお名前の読み上げ、そういうような番組の放送をしております。
その中でですね、やっぱりあのご家族の方々に直接お話をうかがって「何か被害者の方々、ご本人たちにメッセージをないか」とインタビューさせていただいておりますが、やはり先ほどから皆さんがお話されているように、それまでに非常に苦しい思いをされていて、なかなか人から相手にしてもらえなかったり、そういう気持ちをどこにぶつけていいのかわからない、という思いをされている方がたくさんいらっしゃいました。その思いを直接ぶつける方も非常に多く、「やっとこういう機会ができた」と大変喜んでいるご家族もいらっしゃいます。
しかし半面ですね、「どうやってその気持ちを伝えたらいいのだろうか。今さら家族がもしこの放送を聴いていたとしたら、今まで捜せなかった事を許してくれるだろうか」と非常に強い思いを持たれているご家族もいらっしゃいます。そういうご家族の方たちの思いを、この放送は乗せてやっているのでございます。
そういった中で、やはり北朝鮮というのは非常に卑劣な妨害電波というものをかけてきています。その一つの要因として、当初始めた「ご家族の思いを伝えたい、日本政府は国民は拉致を忘れていない、今、救出しようとして頑張っている」との放送の他に、「外部の情報を中に入れていかなくてはいけない」という「しおかぜ」には大きな役割があります。昨年の4月からニュース番組、日本語と英語と朝鮮語を使って国内で起こっている拉致救出運動や、拉致関連のニュース、アメリカなどの世界の情勢の動き、12カ国に及ぶと言われているその拉致被害者の方々の情報をニュースにして毎週更新して流しています。
日本語のニュースは当然、日本人の拉致をされた方に向けての放送です。朝鮮語については朝鮮語のわかる、当然向こうの幹部ですとか、そういう人たちにもメッセージを送るという考えです。さらに英語の放送をしているというのは、これはもう「全世界にこの問題を訴えていかなければいけない。全世界の人たちにこの放送を知ってもらいたい」という思いがありまして放送をしています。
現在、実際に北朝鮮の内部から拉致被害者の方が直接「しおかぜを聴きました」というのは残念ながらまだありません。しかしながら脱北された方々に話を聞くと、ジェンキンスさんの本の中にも出てくるように、彼らが情報を収集するために「短波ラジオを聴いていたよ」と、実際にそれはわかっている話です。
それ以外に全世界の方々、これは20カ国以上に及ぶ世界の方々から「こういう問題があるとは知らなかった」というメッセージがたくさん届いています。ヨーロッパですと、イギリス・フランス・ドイツ・北欧、それからアメリカ西海岸・東海岸、オーストラリア、ニュージーランド、南米ではアルゼンチン、そしてアジア諸国では中国、それからタイ・ベトナム、韓国の中でもたくさんそういうふうな話をいただいております。
さらに、これは国内でも聴く事が可能です。日本の中でも皆さんから非常に多く応援していただいています。私たちのところには受信報告というのが届きますが、その中には全国各地から「頑張ってください」「早くこの放送が終わるように祈っております」というようなメッセージもたくさんいただいております。これも本当に皆さんたちのご支援があって成り立っています。
北朝鮮は妨害電波を仕掛けてきておりますが、やっと日本の政府も、「しおかぜ」の放送にこのような妨害電波のようなものが出るという事で、「やはり公的にやらなくてはいけない」という認識になっていただいたんだと思います。昨年から先ほど有本さんのお父さんがお話した通り、「命令放送」というのがまず最初にありました。一つ皆さん、誤解していただきたくない事なんですが、「命令放送」という事で、一部「しおかぜが政府のもとでやっている」という解釈をした方、非常に多くいらっしゃいました。
これはですね、まったく別の話で、本当に誤解をしていただきたくないと思います。この事によって我々のもとに集まっていたカンパが激減しました。本当に皆さん、単純な誤解だと思うんですが、「政府がやるんであればもうカンパはいいだろう」という意識が多少あったんではないかな、と我々は思っておりますが、その時は政府がNHKに対して「もっと拉致問題を取り上げなさい」という内容で、同時に「しおかぜの支援」という噂が流れたんですが、その時はNHKに対しての「命令放送」についての事だったのです。
しかしながらですね、昨年末には補正予算もの、そして来年度予算案というものが政府の中で考えられて、「一部しおかぜに支援をする」と発表されています。で、今年度の補正予算で一部、そして来年度の予算の中で一部「しおかぜ」に政府から支援と言いますか、政府は「支援という言い方はしたくない」とおっしゃっておりましたが、一部政府から後援があるという事になりました。
しかしこれもですね、全額という事では一切ありません。我々の放送は今現在、1ヶ月60万円の放送配信費用が必要となっております。これを年間やっているわけなんですが、契約は1年契約です。ざっと放送配信費用プラス放送制作費、その他の経費を計算しますと、1500万円程度は放送だけにかかってしまいます。で、(政府の支援は)そのほんの一部です。これはまだ正式に決まったわけではございませんので、正確に政府からいくら出るのかという事は知らされてはおりませんが、まったくほんの一部だけの政府の提供、というようなかたちになっています。
さらに政府は、自ら制作したラジオ番組もやろうという動きも出ています。こういうような動きがやっと政府の中でも出てきたんですね。我々の放送を始め、韓国がやっている自由北韓放送、米国がやっているFEN(Far East Network極東放送)、ボイス・オブ・アメリカ (The Voice of America 略:VOA)やラジオ・フリー・アジア(Radio Free Asia 自由アジア放送)というように、外部の情報を北朝鮮にたくさん入れる必要があるわけです。こういう事によって、東ドイツが崩壊したような外部の情報によって内部から動きを出す、政権を倒すためにはそういうような動きというのが非常に重要になってきます。
我々の放送も、政府が言っているようなバック(一部後援)もありますし、民間の力をできるだけ使って、皆さんの力でこの放送をやっていかなければならないと思いますし、民間には民間にしかできない事もあると思います。そのような状況で放送は続けていきたいと思っています。
それで、我々はずっとこれをやってきてですね、自分たちの手の届かないところで色んな話が起きてしまって、非常に困惑した事がたくさんあります。でも一つだけ皆さんにわかっていただきたいのは、この放送というのは本当に「皆さんたちの放送」だという事です。昨年の人権週間(12月10日〜16日)に公開収録をさせていただきました。その中で、日本人妻の方や脱北帰国者の方のメッセージもいただきました。新たにこういう拉致問題というのは大きな人権問題というふうに解釈をして、放送ももう少しそういうものまで拡大してやっていきたいと思っています。
公開収録の中で集まった皆さんにジングル?と言ってID?ですね、「しおかぜ」という名前で皆さんに「こちらしおかぜです」というメッセージもいただき、その会場に集まった皆さんに「故郷」と「七つの子」という童謡をみんなで一緒に歌っていただきました。その放送は今年の正月、年末から正月にかけての人権週間の特番の中で北朝鮮に向けて放送を流しています。
これは皆さん、本当はお金の支援、先ほど(会場受付に)入ってくる時に、しおかぜのグッズが販売していましたが、そういうような支援グッズのお買い上げも大変非常にありがたいのです。それで実際放送が運営されています。
皆さんの声、皆さんの思い、それも非常に強い支援になっています。たぶん北で「しおかぜ」を聴かれている方は、「こんなにたくさんの人たちが応援してくれる」というメッセージに絶対つながっていく、と思います。ですので、「これは他人事ではない。みんなの力で救出するんだ。救出しよう」という思いを伝えていく、これは非常に大事な役割を果たしていると思います。
というわけで、「政府の支援もあり、しおかぜはもういいんじゃないか?」という誤解は皆さんにしていただきたくないので、今後とも皆さんの力があってこの放送は成り立っていく、という認識を持っていただいて、一つ応援をお願いしたいと思います。ありがとうございました。(大拍手)
*特定失踪者問題調査会 http://chosa-kai.jp/ *しおかぜ通信 http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html *「'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき)」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/2439255-1.html
*1/14 神奈川県民集会 村尾健兒さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31752218.html
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| 1/18 NHK ニュースウオッチ9 “一日も早く日本の地を” |
( 2007.1.19,金 ) |
*1/18 NHK ニュースウオッチ9(午後9時から放送)の一部を文字化しました。
【アナウンサー】 ・・拉致被害者の家族らが開いた集会が今夜(18日)東京で開かれました。兄の孟さんは「妹が一日も早く無事に日本の地が踏めるようご支援をお願いします」と訴えました。
(東京 港区 午後6時半)
【拉致被害者松本京子さんの兄・孟さん】 「(京子は)本当に普通の、母親の言う事をよく聞いて、休みの日には母親の畑の手伝いをしたり、家の掃除をしたり、そういった本当にどこにもあふれているようなごく当たり前の娘だった、という事です。」
【ナレーター】 昭和52年10月に、鳥取県米子市の自宅を出たまま行方がわからなくなった松本京子さん。(去年11月)拉致被害者として認定され、松本さんの家族は拉致被害者の家族会に入会して活動を始めています。
【拉致被害者松本京子さんの兄・孟さん】 「母は必死で捜しました。海岸沿いを『京子、京子』と叫びながら、来る日も来る日も捜し回りました。捜しても捜しても何の手がかりもなく、月日も流れていきまして、母親は京子の事を口にしなくなりましたし、親子としてその事に触れる事なく二十数年間こうやって暮らしてまいりました。妹も30年間北朝鮮にとめおかれまして、本当に不自由な生活をしていると思いますので、一日も早く無事に日本の土が踏めますように、皆さんの力を借りて何とか取り返したいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。」(大拍手)
【拉致被害者家族会代表・横田滋さん】 「(拉致被害者に)認定するかしないかの違いは、やはりかなり大きいのでね・・・。『この人もいるはずだから返せ』っていうような具体的な交渉に乗せるためには、ぜひ認定を早く進めていただきたいと思います。」
*昨年12月16日に、特定失踪者問題調査会が北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」の公開収録を行いました。その時に松本孟さんが参加され、妹の京子さんに呼びかけています。その時の様子はこちらをご覧になってください。
↓ ↓ ↓
*1/18 NHK ニュースウオッチ9 “一日も早く日本の地を” aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31664156.html
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| 1/14 神奈川県民集会 萩原遼さん |
( 2007.1.18,木 ) |
*講演要旨です。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。
【司会者】 本日、私どもの集会の会場に、北朝鮮問題に長年取り組んでこられたジャーナリストの萩原遼さんが駆けつけてくださいましたので、簡単にご挨拶をいただきます。(拍手)
【ジャーナリスト・萩原遼さん】 あの、どうも私は今日勝手にまいりまして。それは私ども(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)の作りました「脱北帰国者」という本があります。これを宣伝させていただきたいという事で、主催者にご無理申しましてどうもすみませんでした。3分いただきましたので、3分以内できっちり終わるつもりです。
それで先ほどから、私ども守る会最高幹部の一人であります三浦小太郎さんが「拉致は本当に恥ずかしい。日本人が日本人を拉致して、しかも外国の手先に、またその手先として利用する。そんな恥ずかしい事をいつまで私たち日本人は続けているのか」、私もその通りだと思います。
と言いますのは、私が1972年に赤旗の平壌特派員で(北朝鮮に)行きまして、その前年に起きた事件なんですね。71年の3月30日に、あの“よど号事件”が起きております。で、「よど号の連中と社会党が組んで様々な画策をしていた」という事は、先ほど野村(旗守)さんからのお話で、私も本当に昨日の事のように思うんですが、「そういう陰謀があった」と私は愚かにも何も知らずにのこのこと平壌の街を歩いていた事が、そして「ある在日朝鮮人の帰国者の家を消息を捜してくれ」という在日の方の要請である家を訪ね、私はたまたま朝鮮語ができましたので勝手に街を歩く事ができまして、それがスパイ行為となったのですが、しかし野村さんのお話から「そういう問題以上にもっと恐ろしい事があの時期にすでに張り巡らされていて、私のわずか一年で追放という事になったんだなぁ」という事を、今日野村さんのお話から大変改めてわかりました。ありがとうございました。
そこで今日ですね、私は「3分以内で」という事でまいりましたのは、あれから数えて40年になるんですが、40年の今日「どうも先が見えない、先が見えない」と皆さんから「色々解説してくれ」と言われましたのですが、今私どもはですね、「かなり明るい展望が生まれた」という事を申し上げたいと思います。
それはですね、皆さん、夕べ(13日に)僕は知ったんですが、「埼玉県である電線泥棒があった」と今日の新聞にも載っているんではないでしょうか?頻々として起きております。夕べは埼玉県のある市で56万円相当の電線が盗まれた。その前は仙台で、その前は九州のどっかで。それからもう一つは東北のある神社のですね、屋根を銅板で葺いてある、その銅板を屋根ごとひっぱ返して持っていった7人組のグループがいたとかね、頻々として起きております。
この理由は皆さんもご承知のように、中国における経済発展がもう急速に進んでいる事の一つの表れ、だから中国が日本に来て窃盗して行ったというわけではありませんが。もう銅の値段が1トンが30万円だったのが、わずか一年で150万円になる。そうなるとですね、電線泥棒が起こる原因はそこにあるわけなんですね。
となりましたら、これが電線泥棒が一体どういう事になるのか?と言いますと、「日本からの電線も欲しい」その中国が、目の前にある北朝鮮の地下資源の宝庫に目をつけないわけがないと。北朝鮮はね、地下資源の宝庫なんです。これは韓国の概算では183兆円の地下資源がある。しかもその中にはタングステンが世界1位というんですね。で、モリブデンは世界で4位。このタングステンなんかは、あのレッカー弾丸?をですね、戦車を貫くような非常に硬い大砲の弾を造るには欠かせないんです、タングステンは。そういう物が川を一つ隔てた北朝鮮にある事に目をつけた中国がですね、今、北朝鮮を事実上の植民地資源供給国、属国としております。
そうなるとですね、まず電気を、そのために電気を生産しなければならない。しかし北朝鮮は電気がない。道路もない。鉄道もガタガタ。こういう中で、とにかくインフラ整備のお金が欲しい。そのお金をどっから取ってくるのか?日本から北朝鮮に国交正常化すれば1兆ないし6兆円の、向こうは6兆円要求、日本は1兆円、これだけの巨額のお金が入ってくる。それに目をつけた中国が実は北朝鮮に対して圧力をかけて「早く国交正常化をしろ」と、あるいは日本に対してもそういう事を言うてきてるという状況が生まれました。これはまったく新しい状況です。
それからもう一つはですね、私が「金正日 隠された戦争」という本を書きまして、これの宣伝に来たわけではありません。これを英語版を作って、私はどうしてもアメリカの政府関係者に読んでほしいために英語版を英訳しましてね、去年の7月1ヶ月間これを拡げました、英語で。ライス国務長官と非常に親しい人と政府関係者と会いまして、「必ずライス長官に渡す」と言ってくれました。
彼女の発言を見ていると、どうやら私の本を読んでくれたふしがあるんです。それはですね、去年の11月にブッシュ大統領がハノイでエーペック(APECアジア太平洋経済協力会議)の時に、ハノイで胡錦濤 (こきんとう)中国主席と会談をしました。その時にですね、ブッシュ大統領が驚くべき提案をしているんです。それは私のこの本(「金正日 隠された戦争」)に沿った提案をしているという、・・そういう状況にあります。詳しくは「正論」の2月号に書いております。12月号と2月号にその2回で連続で書いておりますので、それを見ていただくとしまして。
私が最も申し上げたい事は、日朝国交正常化になる事態・条件をアメリカが作り始めたという事、という事は金正日外しがまず条件だという事なんですね。金正日をどうやって外すかが、その秘策がこの(本の)中にあるんですが、もう一つの秘策はこの「脱北帰国者」。これは日本から向こうに渡って、またUターンして帰って来た在日朝鮮人と日本人妻、(時計を見て)すみませんねぇ、もうちょっと。日本人妻が、もうすでに日本で百数十人ですね、三浦さんの推計では今年中に確実に二百人を突破するという事になりましてね、その方々を出せば出すほど、日本が引っ張れば引っ張るほど、これは中国に対する圧力になります。
中国に対する圧力というのは、中国も金正日を切りたくてしょうがない。しかしあの男が暴走するかもしれない。で、暴走しない秘策がですね、私はこれだと思います。引っ張り出せば。出せば出すほど中国が困る。困った中国が北朝鮮の金正日外しにやっきになる・・。(テープ交換のため中断)
この方々を日本に呼び寄せれば、つまり元々日本にいた人ですから、帰って来ればですね、拉致の強力な援護になります。何故か?一例あげます。これで終わりますので。
ある人から驚くべき情報をもたらされました、拉致について。余りにも事が重大なので、これは皆さんにも隠してごめんなさい。私どもの(守る会)代表の山田文明さんと私と・・の三人で処理しまして、まだ表には出しておりませんが、安倍総理にだけはそれを伝えました。驚くべき情報です。これは有本さんご夫妻、松木さん、皆さん方にも強力な援護になりますので、ぜひとも皆さん方のご支援をお願い致します。どうもありがとうございました。(大拍手)
【司会者】 ありがとうございました。
*金正日 隠された戦争 http://www.amazon.co.jp/%E9%87%91%E6%AD%A3%E6%97%A5-%E9%9A%A0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E2%80%95%E9%87%91%E6%97%A5%E6%88%90%E3%81%AE%E6%AD%BB%E3%81%A8%E5%A4%A7%E9%87%8F%E9%A4%93%E6%AD%BB%E3%81%AE%E8%AC%8E%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E8%90%A9%E5%8E%9F-%E9%81%BC/dp/4167260077/sr=8-1/qid=1169115309/ref=sr_1_1/249-0460525-0794760?ie=UTF8&s=books *北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 http://homepage1.nifty.com/northkorea/index.htm
*1/14 神奈川県民集会 萩原遼さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31649951.html
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| 1/17 NNN News リアルタイム 独占スクープ「山崎・蓮池会談」 |
( 2007.1.17,水 ) |
*1/17 NNN News リアルタイムニュース(午後4時53分から放送)の一部を文字化しました。個人的には内容に少し驚きましたが、こういう意見もあるという事で掲載致します。
【アナウンサー・女性】スタジオにて 「さて、拉致被害者家族の蓮池透さんが今日夕方、自民党の山崎前副総裁と会談、その様子を日本テレビのカメラがとらえました。」
【アナウンサー・男性】スタジオにて 「独断で北朝鮮を訪問し、批判が集まる山崎氏との間で、一体何が話し合われたのでしょうか?」
独占スクープ 山崎・蓮池会談 それぞれの思惑
【ナレーター】 拉致被害者「蓮池薫さん」の兄・透さん。つい先ほど、向かった先は東京都内のホテル。(今日17日 午後4時40分)自民党の山崎拓前副総裁が待つ部屋だった。(注・平沢勝栄氏もいました)
【山崎拓氏】VTR(今月13日) 「圧力一辺倒では、事態の改善ができないと―。」
【ナレーター】 先週、独断で北朝鮮を訪れた山崎氏。目に見える成果はなく、政府からは「“二元外交”だ」との批判が出ている。だが、蓮池さんは「山崎氏の動きを評価している」という。何故なのか?
実は山崎氏、3年前にも北朝鮮の高官と極秘会談を行っていた。
【北朝鮮外務省・宋日・(ソン・イルホ)副局長】VTR(2004年4月) 「捕まえろ!撮るな!許可を取らないとダメだよ!」(テレビカメラに向って)
【ナレーター】 この極秘会談の後、二回目の日朝首脳会談が実現。(2004年5月)拉致被害者の子どもが帰国、という成果を上げていた。そのため蓮池さんは、膠着状態が続く中、対話の道を探る山崎氏の動きに関心を寄せているのだ。「場合によっては、自らが北朝鮮を訪れてもいい」と周囲に洩らしているという。
“拉致問題”と言えば安倍総理の十八番(おはこ)。拉致被害者やその家族からは強い信頼を寄せられていたはずだった。だが、政権を握ってからは、経済制裁など圧力一辺倒で進展はなく、自民党内からは「対話も必要では」との批判も出ていた。
【拉致被害者家族・蓮池透さん】 「私は、圧力をかけつつその窓口を開けて向こうが擦り寄って来るのを待っている、というのは、ちょっともどかしいと思うんですよ。だから日本から北朝鮮の窓をこじ開けに行かなきゃいけない、と思うんですよね。だからそういう意味では、その一端を(訪朝した)山崎さんが立場になって(担って)いるのかな、という気もしますね。」
【自民党前副総裁・山崎拓氏】(今日17日 午後5時50分) 「(蓮池さんは)今回の私の訪朝に対しまして、『対話の努力の一環として評価する』というお話がございましたので―。」
【ナレーター】 拉致被害者家族からも上がった対話を求める声。安倍総理の圧力路線が揺らぐ可能性も出てきている。
“北”への圧力路線 政府与党内にひずみ
【アナウンサー・女性】スタジオにて 「安倍総理の北朝鮮への圧力路線ですが、ここにきて政府与党内にひずみが出てきたようです。総理官邸から伝えてもらいます。」
【日本テレビ記者】 「はい。拉致問題をめぐりましては、交渉すら実現せず進展が期待できないという現状の中で、『政府与党内からは対話路線を模索するべきだ』という意見が出始めています。」
【自民党・舛添参院政審会長】VTR 「対話と圧力という事ですから、これをどう組み合わせるか・・・。向こう(北朝鮮)も言いたい事を言うでしょう。こっち(日本)も言いたい事いいますよと、その中から共通点・妥協点を見い出していくと。このプロセスがすっかり止まっている―。」
【日本テレビ記者】 「政府与党内からは、核問題をめぐってアメリカと北朝鮮との対話が進む中、日本の拉致問題が蚊帳の外に置かれる事を懸念する意見が出ています。外務省も表では山崎氏の訪朝を批判していますが、ある幹部は『対話の糸口だけでも見つけて来てほしいという気持ちはあった』と本音を語っています。」
【塩崎官房長官】VTR 「対話のために圧力で、という事でありますから、やみくもに対話だけ始めればいいという事ではない―。」
【日本テレビ記者】 「これまで家族会は安倍総理の圧力路線を支持し、拉致問題に関わる多くの議員が『表立って対話の必要性をアピールできなかった』と述べています。まさに、政権の後ろ盾だった家族会からさえ対話を求める声が出た事は、安倍総理の今後の外交路線にも影響を与える事になりそうです。以上、中継でした。」
【アナウンサー・女性】スタジオにて 「まぁ、始め、蓮池透さんの山崎氏の訪朝評価を聞いた時は驚いたんですけどもね、でも『何らかの進展を』と願う被害者家族等の切なる思いがそこにはあります。」
終わり
*'04 1/12 茨城県民集会INみと 蓮池透さん(1)〜(4) http://aoinomama13.seesaa.net/article/11259785.html
*1/17 NNN News リアルタイム 独占スクープ「山崎・蓮池会談」 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31580883.html
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| 1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ |
( 2007.1.14,日 ) |
*写真は拉致被害者「有本恵子さん」のお母さんの有本嘉代子さんの訴えです。 あおいのママとパパは1月14日、横浜市で開催された神奈川県民集会にボランティアスタッフとして参加しました。当日は百数十人の皆さんが会場の情文ホールに足を運んでくださいまして、本当に感謝申し上げます。また、報道関係者も20人以上の方が取材に来てくれて、大変注目の集会となりました。詳しいレポートは後ほど書きたいと思っています。しばらくお待ちください。
集会の様子を救う会神奈川の許可を得てビデオ撮影しました。文字化レポートもご紹介したいと考えていますが、今回はよど号関係の集会という事で、主催者・講演者等、関係者に迷惑がかからないよう、少し慎重にしたいと思います。オフレコの部分もあるかと思われますので、事務局と相談をしながら文字化レポートを作成致します。
また、映像・音声アップ等、こちらも控えさせていただきます。
時間が多少かかるかもしれませんが、できる範囲で文字化したいと考えておりますので、どうぞよろしくお願い致します。
*拉致被害者「松木薫さん」のお姉さんの斉藤文代さんの訴えです。 *1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html
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| '06 12/16 横浜駅前街頭活動 |
( 2007.1.11,木 ) |
*写真はすべてあおいのママの撮影です。横浜市議会議員の工藤さんの携帯電話にワシントンから連絡が入りました。報道の方はテレビ朝日です。
あおいのママは12月16日、拉致救出・日米同時集会の一環としての横浜駅前街頭活動に参加しました。(パパは「しおかぜ」公開収録に参加しました)特定失踪者「大澤孝司さん」のお兄さんの茂樹さん、「寺島佐津子さん」のお母さん、横浜市会議員工藤裕一郎さんらと共に、救う会神奈川のスタッフ・ボランティア合わせて計10人で行いました。寺島さんのお母さんは初めての街頭活動ご参加です。(テレビ朝日・読売新聞・神奈川新聞が取材に来ていました。下記に記事のテキストがあります。)
*横浜街頭活動としおかぜの韻(ひびき) http://aoinomama13.seesaa.net/article/29777159.html
今回私たちは、年明け1月14日の横浜市で開催される神奈川県民集会の告知チラシ1500枚の配布、特定失踪者「高野清文さん」の妹さん・美幸さん作成の資料150枚配布をしましたが、西口はとても人通りも多く、チラシも皆さんに快く受け取っていただきました。
マイクで訴える大澤さんや工藤さんたちのお話をずっと聞いていてくださった方がいました。声をかけましたら、涙をハンカチで拭きながら「もう胸が詰まります」とおっしゃっていました。「集会に行きます」「関心ありますよ」とおっしゃってチラシをわざわざ取りに来てくださる方々もいました。
スタッフに「どうぞこれを活動資金に使ってください」と1万円をカンパしてくださった方がいました。お名前も何も言わずに去ってしまったそうです。また、私に近づきそっと手を差し出す方がいました。その方の手のひらには数十円の小銭がしっかりと握られ、私の手にそっと渡してくださいました。それは本当に温かいお金でした。皆さんの心はありがたく頂戴しました。活用させていただきます。
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