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2006年09月の日記
| シャワーコロンの香り |
( 2006.9.28,木 ) |
*写真はある日のウォーキングコース、日立台公園前です。Jリーグ柏レイソルのマスコット“レイくん”の銅像があります。後ろは交番です。
あおいのママとパパは最近ウォーキングをしています。パパは毎日仕事で歩き回っているけど、ママは運動不足の上、夏の間ふせりがちで筋肉が落ちてしまいました。お互いに健康のために意気込んで始めたのですが、その日にあった事、今思っていることを話したりしながら楽しくのんびりと歩いています。仲良しでしょう〜?
毎日コースを変えていますが、この季節どこを歩いても心地よい風と共に香って来るのが“キンモクセイの香り”です。とってもいい香りで私は昔から大好きでした。心が安らぎますよね。(パパは香りがキツイって言うけど・・・)
でもこの香りをかぐとある事を思い出します。それはシャワーコロンなのです。私が高校生の頃、手ごろな値段のシャワーコロンが流行りました。おしゃれに敏感な年頃の女の子だけのクラスだったから、そういう流行はすぐに広まります。体育の授業の後は教室中に色んな匂いが充満していました。レモンライムやフローラル、シトラスといった香りが人気だったと思います。
私も欲しくなって買いました。それはキンモクセイの香り。友だちは何故かその香りを誰も持っていなかったので、ちょっといい気分でした。ある日の体育の授業の後に私は教室の外廊下で「シュッシュッ」とたっぷりつけました。(教室の中じゃ匂いが混ざっちゃうからと思って)
しばらくして同じクラスの子たちが「ねぇ、トイレの臭いがしない?」と騒ぎ出しました。それでみんな廊下に出てきて「ホントだ!誰かトイレの臭いをつけているでしょ?誰っ?」。「えっ?トイレの臭い?どこに?」トイレは廊下の先の方にあったので、ここまで臭うなんてと私は驚きました。「ちょっと○○ちゃん、あんただよ、臭いのはっ!!」と友だちが私に言うのです。「何トイレの臭いをつけてんの?臭いじゃんっ!!」。
「キンモクセイの香りはトイレの香り」・・・ショックでした。好きな香りのシャワーコロンを選んだのに、それが「トイレの香り」とは・・・。それ以降、二度とこのシャワーコロンは学校に持って行くことはありませんでした。その後どう処分したのか覚えていないけど、感じやすい年頃だったので、みんなに「臭い」と言われ笑われたことがショックだったのは覚えています。(いじめじゃないですよ〜)そういえばクラスの子、誰もこのキンモクセイのシャワーコロンを買っていませんでした。私って変わっているのかなぁ、昔から・・・。
パパにこの話を歩きながらしたら笑いころげちゃいました。そんなにおかしいの〜?「やっぱり臭いって思う子もいるんだよ!ニオイ強烈だからサ!!」(笑)だって・・・。
そういえば人から聞いたのですが「キンモクセイアレルギー」という病気があるそうですね。そんなアレルギーがあるなんて知りませんでした。でも私もアレルギー体質で、草花によっては触れると突然湿疹がバァ〜って出ることありますから、そういう病気なんでしょうか。それとも花粉が飛び回るのが原因なのかしら。
月夜の晩にキンモクセイはとってもいい香りなのに、悲しいかな思い出すのは「トイレの香り」です・・・。(泣)
*シャワーコロンの香り aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24635460.html
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| お知らせ三つ |
( 2006.9.26,火 ) |
皆さん、いつも見に来てくださってありがとうございます。三つほどお知らせを致します。
(1)コメント・メールをくださっている皆さまへ いつも本当にありがとうございます。感謝しております。返事が遅くてすみません。皆さんからいただいたらとってもうれしいのに、あおいのママは返事が苦手。どうかお許しくださいね。そして気長にお待ちください。
(2)リンク追加のお知らせ 「かしわタウン情報」さんを追加しました。千葉県柏市の地域情報を毎日発信しています。こちらの個人のサイトの日記・ブログのページにaoi blogをリンクしてくださっています。説明文に「柏在住のあおいのママ・パパの日記。拉致問題の早期解決を応援」と、“拉致問題”と入れてくださっており、大変ありがたいことだと思っています。皆さん、ぜひ一度訪れてみてください。
*かしわタウン情報 http://kashiwa.info/
(3)「グローバルフェスタJAPAN2006」のお知らせ ★☆救いのカモメニュース★☆ No.72 参考情報 2006/09/25より 9月30日(土)と10月1日(日)に開催する「グローバルフェスタJAPAN2006」に何時もお世話になっている北朝鮮難民救援基金がブースを出します。救う会神奈川のメンバーも参加のお手伝いに入りますので、お時間がある方は是非ともご参加ください。
グローバルフェスタJAPAN2006に北朝鮮難民救援基金も参加します! お手伝いしてくださるボランティア大募集!
毎年秋に行なわれるNGOと政府機関が共に開催する日本最大の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2006」に、今年は北朝鮮難民救援基金も参加します。昨年は200団体が参加し、今年もほぼ同数の参加が見込まれています。
当日、基金のブースで資料配布や展示品の簡単な説明などを手伝ってくれるボランティアの方を募集します。興味のある方は、北朝鮮難民救援基金事務所までご連絡ください。
皆様のご協力をいただけますよう、何卒よろしくお願いいたします。
日時: 9月30日(土)&10月1日(日)1日だけでも結構です。 9:30〜18:00の間でご都合のいい時間。短時間でも結構です。 場所: 日比谷公園(東京都千代田区) 交通: 東京メトロ丸の内線・千代田線 「霞ヶ関駅」 下車徒歩2分 都営地下鉄 「内幸町駅」 下車徒歩2分 東京メトロ日比谷線 「日比谷」 下車徒歩2分 JR・東京メトロ 「有楽町駅 (JR)(東京メトロ)」 下車徒歩6分
http://www.asahi-net.or.jp/~fe6h-ktu/news0609.htm より転載 *4/16 神奈川県民集会 加藤博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/17858365.html *6/4 ノルウェーベルゲン国際会議報告会 野口孝行さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/23710404.html
*お知らせ三つ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24510298.html
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| 9/25 FNN「スーパーニュース」“北”の極秘内部文書 謎の映画禁止令 |
( 2006.9.25,月 ) |
*9/25FNN放送の「スーパーニュース」を文字化しました。
《「人民は見てはならぬ」御曹司は“OK”でも・・・ 独占!極秘文書》
【ナレーター】 「見てはならない出版宣伝物」そう書かれた北朝鮮の内部文書。関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授が代表を務める市民団体RENK(レンク)が入手。A4サイズの紙にハングルの活字が印刷されています。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「朝鮮労働党の最上層部で作られたもの。『一般党員用に学習させる』という内容なんですね。」
【ナレーター】 今年の7月に出されたというこの内部文書では、北朝鮮の人々が楽しむ様々な娯楽が禁止されていました。その一つは―。
「南朝鮮及び資本主義国家の録音・録画物・出版宣伝物・・・」
日本や韓国・アメリカなど、資本主義国の映像や音楽に触れることを禁止しています。
FNNは今年5月、金正日総書記の二男・金正哲(キム・ジョンチョル)氏が恋人と見られる女性と一緒にエリック・クラプトンのライブをドイツまで観に行ったことを伝えていますが、こうした行為ももちろん禁止。
*9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(1)独裁国家の孤立と暴走 http://aoinomama13.seesaa.net/article/23591855.html
さらに内部文書では、北朝鮮が制作したある映画を見ることも禁止していました。
「わが国で放映が禁止された映画“プルガサリ”」
《エ?この怪獣映画も?将軍様プロデュース 「見てはならぬ!」》
【ナレーター】 朝鮮半島で生まれた伝説の怪獣“プルガサリ”。鉄を食べて巨大化したこの怪獣が、高麗王朝の圧政に苦しむ人たちと共に悪者を退治する、という映画です。
*プルガサリ Wikipediaより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%82%B5%E3%83%AA
実はこの作品、「金総書記が直々にプロデュースした」と言われていますが、北朝鮮当局はこの映画さえも見ることを禁止したのです。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「北朝鮮で作ったものがダメだと明記しているもの、何て言うのはもう前代未聞ですよね。『将軍様が作った映画ですけれど、これを禁止したいのですが・・・』というふうに言って(当局が金総書記から)まぁ、同意を得ているんでしょうけどもね。どうでしょう?金正日総書記は内心面白くないと思いますね。」
【ナレーター】 さらに内部文書は、朝鮮半島で広く歌われる唱歌も禁止していました。
「わが国の音楽。私たちの願いは統一。」
《“統一の歌”もNG!「軍部独走」の兆候か》
【南北首脳会談の映像】2000年6月 「私たち民族の統一」
【ナレーター】 初の南北首脳会談が催された昼食会でも、金大中(キム・デジュン)前大統領や南北の高官が手をつなぎながら合唱していました。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「『統一ムードというか平和ムードも禁止したい』というような意図が見えますし、『“対決ムード”にしたい』という、そういう意図もありますよね。」
【ナレーター】 韓国・ソウル市民にこのことを聞いてみると―。
「当然禁止になったのは残念ですね」 「北朝鮮の人々とは分かり合えませんね」 「たいした支援してないし(北朝鮮も)最初から(仲良くする)つもりなかった」
日本やアメリカのものだけではなく、韓国や北朝鮮のものまで次々に禁止。北朝鮮で今、一体何が起きているのでしょうか・・・?この内部文書が出された7月と言えば、“テポドン2号”を含め北朝鮮は7発のミサイルを立て続けに発射しました。この事と何か関連があるのでしょうか?
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「要するに『軍国主義をこれから強めていこう』という表れだと思いますね。軍部の独走状態が始まったということでしょう。当然ですね、六者協議に出てきて核ミサイルを放棄するというような動きにはならないし、ましてや拉致問題の前進も当面見込めないと、不吉なよくない状況になっていますよね・・・。」
終わり
*9/25 FNN「スーパーニュース」“北”の極秘内部文書 謎の映画禁止令 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24438838.html
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| 5/28 第8回茨城県民集会in水戸 横田早紀江さん |
( 2006.9.23,土 ) |
*5/28 水戸と日比谷 簡単なご報告 http://aoinomama13.seesaa.net/article/18586748.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
皆さま、こんにちは。今日は本当にたくさんの方がお集まりくださいましてありがとうございます。私たちはもう10年も前になりますが、安明進さんから「めぐみが北朝鮮で生きている」ということを初めて知らされて、本当に20年間何にもわかならなかった子どもの消息が、突然「北朝鮮という国にいる」ということがわかったんです。
それから本当に「ああ、よく生きていたなぁ」「これで2〜3年の内に会える」と思っていたことがこんなに長くかかって、そして全国の皆さま方のたくさんの署名をいただきまして、初めのうちは誰もチラシすら受け取ってくださらなくて、その当時は「本当ですか?」・・でしたけども、その方々からも今はもう500万名以上の署名を官邸に提出することができました。
そして皆さんの温かい浄財を家族会の活動のために全国津々浦々から、一人一人が心を込めて「頑張ってください」と協議会の方に振り込んでいただきましたおかげで、今回のような訪米・訪韓、そして以前に行きましたジュネーブの国連への要請とか、そして前にも二度、・・に行きましたけど、そのような大変な費用、宿泊代を、私たち普通の庶民ですからとってもそんなことができるわけがないんですが、本当に皆さま方の温かいお心の中で支えられて今日までくることができました。本当に心から感謝致します。(拍手)
普通の主婦でしかない、このような人前でお話するのがとても苦手な者が、こんな大変な人生を歩むことになったことすら不思議なんですが、この度訪米をしまして、その中で米国の議会の方での公聴会の証言ということで、家族からということで、初めてそのような証言をさせていただく機会を与えていただきました。
本当にもうどんな事になるのか?と思っておりましたけど、西岡先生とか島田先生とか、先ほどの荒木先生とか、本当にたくさんの方がこの10年間以上・以後、こんなに心を砕いて一つ一つ小さく計画を立ててくださり、知恵を働かせてくださり、私たちにできないような事をこうして実現させてくださったことを本当にありがたく思っております。
そして公聴会に行く前の日は“国防総省”という所にまいりまして、そちらの方で皆さまよくご存知のラムズフェルド長官がちょうどイラクにいらして、そこからすぐには帰れないということがわかりました時に、イングランド副長官という方がサッと来てくださって、そしてローレンス副次官とか、それからよくテレビに出演されている六者会議に出ていらっしゃるヒル国務次官補とか、そういう有名な方が来てくださいました。
そして私たちの話を一人一人一生懸命に聞いてくださいまして、いつもアメリカでは感じますが、その時だけとは思えないほど一人一人の気持ちが「遠い所をも訴えに来たんだ」と本当にしっかりと受け止めてくださって、「本当にこれはもう大変な問題だ!」「許せない!!」と「絶対にアメリカはこの拉致問題を忘れることはありません。必ずどんなところでも拉致問題をきちっと表に出して忘れませんよ!!」という強い言葉をいただきまして、本当にありがたく思いました。
そしていよいよ27日の公聴会の時間がきまして、本当にドキドキしていましたけれども、それも非常に長い文章を書いていましたので、全部言いたいと思って。「一人5分しかないのでそんなには無理ですよ」ということで、先生方が徹夜で直してくださったり、通訳もスーザンさんという方がしてくださって、そして何か掛け合いをしながら何度か練習を致しました。
スーザンさんは前の時の訪米の際にも通訳をしてくださった方で、私の心を強くよく存じてくださって、ただ通訳するだけではなくて、「めぐみが船に乗せられて、『お母さん助けて!お母さん助けて!!』と言いながら壁をかきむしって、爪がはがれそうになって血だらけでした」というお話をした時に、本当に女性でいらっしゃいますから私の気持ちと同じように「ヘルプマザー!マザー!!」って、本当に上手に感動的に話してくださったということで、とても良かったと思っています。
そして委員長であったスミスさんとか、私が持って行ったブルーリボンをすぐにつけて壇上に座ってくださって、真剣にこうやって考えてくださり、「キム・へギョンちゃんと、子どもと会うことはできないんですか?」っていうことで、「会う気持ちがありますか」という質問をなさいました。
私たちは本当に今すぐにでもこの国から出してあげたいと思っていますけれども、そのような事に色んな事を仕掛けてくる国が北朝鮮である、ということをよくわかっていますから、めぐみを含めて多くの方が「もう死亡したんですよ」ということで、今言っている通りのことになってしまってはもう拉致問題、本当にこれで終わりになる、ということも考えた時に、これは非常に恐ろしい決断だと思いますから、私たちは絶対にめぐみがどんな状態でいるのかとはっきりと証明されるまでは、絶対にへギョンちゃんに会うことはしないということで、一生懸命堪えて過ごしてまいりました。
*横田早紀江さんの証言 救う会全国協議会ニュース(2006.04.27)より http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200604/20060427.htm
そして(4月)28日、いよいよ公聴会の時にそれが終わりまして、夕方にホテルに帰ってきますと、「明日ブッシュさんにお会いできるようです」と連絡が入りました。もしかしたら会えるかなぁ?と思っていたんですが、「本当にそんなことがあるんですか?」と「本当ですよ」ということで、そして拓也という息子がおりますが、一緒に行ってくれましたけども、「その子とお母さんと二人がブッシュさんに会えます」ということでした。
そして前に中国で亡命された方で、ハンミちゃんというかわいい女の子と親御さんがこう引きずりまわされて門を出されたことを(報道等で)覚えていらっしゃると思いますが、ご一家一緒に三人、それからちょっと名前忘れちゃったんですけど、北朝鮮向けの放送をやってらっしゃる方がいらして(金聖民氏・自由北朝鮮放送代表)、そこでブッシュさんにお話することができました。
そして「本当にお忙しい時間を取っていただいて、私たちのためにお会いしていただいてありがとうございます」とまず握手をしましたら、ブッシュさんが「私は人権という問題と自由と命という問題に関しては、忙しくて会えないというようなそんな事はない」とはっきりと「私はどんなことがあっても時間も作ってあげます」という表現で、すぐ即座に話をしてくださいました。
その時は本当に、前に小泉さんにお会いした時、皆さんたくさんの所からお歳を召した方々がわざわざ面会に首相官邸に会いにきてくださった時も、「11時50分から12時までです」っていうことで、「こんなに短い時間で何が話せるのかしら。どうして時間をこんなに短くされたんだろう?」とみんな不思議がっていたんですが、そういうところが思い出されたんです。そして本当にそういうことは「心があればどんなことでも聞いてあげましょう」「私たちの国の問題なんだ」と、特にそういう思いが募るのが私は本当だと思いました。
そして座って私は申しました。「本当に悪というものがあって、どうにもならない悪というものがあって、その悪と戦うのがもう大変で、ものすごい忍耐と苦しみと悲しさと絶望がつきまといますけれども、私たちはたくさんの苦しむ人たちを、娘を含めて全部、どうしても取り戻したいとこうやって頑張ってきました。だからどうかこれからも力を貸してしてください」と申しました。
「その通りだ」と言うことで、そしてはっきりとみんなの前で北朝鮮に向かってメッセージを出されまして、そうしたら「北朝鮮の国に言いたいのは、本当にこのお母さんは何にも欲しがらない。ただ娘をもとに戻して抱きしめたいだけなんだ!この親子は抱きしめさせるべきなんだ!!」ということをはっきりとそのような口調でおっしゃってくださいましたし、そして「北朝鮮が世界から尊敬される国になりたいのならば、本当に拉致問題をしっかり解決するべきだし、このような事を犯罪として指導しているという事は許せない!!」という事をはっきりとみんなの前でおっしゃってくださいました。
そして皆さんもご覧になっていると思いますが、拓也がめぐみの白いブラウスを着た悲しい写真が北朝鮮から出されて来たものを、ちょっとこのくらいの大きさにして、4人で写した家族で楽しそうに歩いている写真の2枚を持って行って、ブッシュさんのお部屋まで持って来まして、「これが北朝鮮から出された写真です。姉はこんなに悲しい顔を(日本では)したことがないんです!!」と言って息子が写真を出しましたら、ブッシュさんは(息子と)よく似ていたからでしょうか、「うーん・・・」と言ってすぐわかってくださって、すぐそれを受け取られて、「この子は今、体としてはこの部屋にはいないけれども、この子の心を私たちと一緒にここに置きましょう」とそういう言葉で言ってくださって、その写真を自分の所のテーブルに置いてくださいました。
そしてさっきの女の子が泣き叫んでいる写真も持って来ていらっしゃったので「それも貸しなさい」ということで、「一緒にここでみんな並んでいましょう。みんなで写してもらいましょう」ということで、絶えずそういった対応を示してくださったことは、本当に私たちにとってはうれしくて涙が出ました。
*横田早紀江さんらとの面会でブッシュ大統領が声明 救う会全国協議会ニュース(2006.05.02)より http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200605/20060502.htm

どうして日本の国民が、こんなにたくさんの人たちが闇の中にかき消されたまま、親からも離され、親族・兄弟からも離され、何故自分がここへ来たかもわからない、しかも袋に入れられて、船底へ詰められて、何十時間もあの日本海の海を漂わせながら、そして30年間も監禁されたような状態で、何か一言でも反発すれば銃殺されるかもしれない、何か言えばそれこそ強制収容所へ送られてしまうかもしれない、獣のような生活をしなければならないかもしれない、絶対に苦しくっても・・・今、増元るみ子さんも有本恵子さんも田口八重子さんも市川修一さんも、みんな死亡と言われた人たちは「ああ、曽我さんも帰っちゃった。蓮池さんも何で帰れたんだろう?私たちは何で帰れなかったんだろう?」ってどんな思いであの飛行機を見ていたんだろうと思います。
悔しかったと思います。「どうして?」って思って、毎日毎日「明日は必ず来てくれる」ってその事だけを願って、皆さんが助けを待っていると思っているんです。日本の国家がするべき事です。家族がこんなに何十年も動き回る事はないはずなんです。誰がなってもそんな事はいけないんです。国家が「私がこの国を背負っていきますから私を当選させてください」と言った方がしっかりとそれをやらなければならないんです!!(大拍手)・・国に守ってくださいとなられたんです。その方々が一体何をやっているのでしょうか?
毎日毎日、色んな本当に考えられないようなお金も汚職とか色んな事のために、どうしてこんなに立派な人たちがこんな事ばっかりして「お許しください」って頭を下げなければならないのだろうか?と本当に悲しくなります。
大切な事は、本当に真心が清くなければ絶対に出来ないんです。何にもいらないから大事な命、一生懸命生かされた命を自分で守って国家が守って清い人たちを育てていく、そうしたところに本当にすばらしい国が温かい国が出来ると私は思っています。(大拍手)
・・・「神様は本当に大事なお仕事を最終的な年齢になってさせてくださっているな」っていうことを感謝しています。どうかこれからもよろしくお願い致します。(大拍手)
*'06 9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで http://aoinomama13.seesaa.net/article/23773562.html *'06 4/16 神奈川県民集会 横田早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/19879990.html *'04 4/10 流山講演会 横田早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/15390181.html
*5/28 第8回茨城県民集会in水戸 横田早紀江さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24330988.html
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| 憲法改悪反対団体が署名活動していました |
( 2006.9.22,金 ) |
今日のお昼頃、あおいのパパが仕事の外回り中の上野で、憲法改悪反対団体が署名活動しているところに行き当たりました。
マイクで訴えているのを少し聞いて「?」と疑問。そして写真を撮りました。「署名をお願いします」と女性に声をかけられたのですが、「ちょっと・・・」と断ったら、近くにいた運動員らしき人とヒソヒソと話をし始めたそうです。その方たちには「怪しいヤツ」だと思われたのでしょう。
「仕事中でなければ疑問をぶつけたかった」って。そう、仕事中にケンカしないでよ〜!!
訴えていた内容の一部は―
・憲改改悪反対。 ・イラク派遣の自衛隊員が後遺症に悩んでいる。自殺者も出ている。 ・アメリカは石油のためにイラクに軍隊を派遣した。日本がそのアメリカに同調するのは軍国主義に走ることになる。
という様な事などを主張していたそうです。
*憲法改悪反対団体が署名活動していました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24269385.html
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| 母が拉致された時 僕はまだ1歳だった |
( 2006.9.21,木 ) |
写真のコミックは、漫画アクション(双葉社)で連載されていた「母が拉致された時 僕はまだ1歳だった」の単行本で9月5日に発売されています。(主人公は拉致被害者田口八重子さんの息子さんの飯塚耕一郎さんです)
*9/3 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」お母さんと言ってあげたい http://aoinomama13.seesaa.net/article/23227718.html
 *小山唯史さんのコラム「八重子と耕一郎 2つのアルバム」も掲載されています。
第6回「母子で写った唯一の1枚」より
・・・こうして耕一郎は唯一の親子一緒のこの写真と出会ったのだ。それは、耕一郎にとって生涯最初の1枚でもあった。
(中略)
必ず取り戻さなければならない。八重子と耕一郎―別々だった2つのアルバムが交じり合い、この写真のように、2人が同じひとつのアルバムのなかで微笑む日を。微笑むことのできる、日本での日々を。
*「母が拉致された時 僕はまだ1歳だった」P101に、現在飯塚家にある八重子さんの茶箪笥に貼り付けている「思いのこもった折り鶴」が描かれています。こちらに昨年のニュース映像があります。 ↓ ↓ ↓ *こころよ想いよ届け http://aoinomama13.seesaa.net/article/9439114.html
【ナレーター】 帰国した5人と家族たち。その一方で・・・。
【飯塚繁雄さん】 八重子が帰った時にね、お前が残していったやつだよということで・・・。
【ナレーター】 北朝鮮に拉致された田口八重子さんの兄飯塚繁雄さんは、八重子さんの帰国を待ち続けています。
【飯塚繁雄さん】 (食器ボードに貼り付けた折り鶴を指して)まぁ、こんなところにちょっとつけたりして、フフ、「早く帰って来いよ」とお守りみたいなものですね。

また9月20日にコミック「めぐみ」の前編・後編を1冊にまとめた本が発売されています。(定価600円)アクションオリジナル主要コンビニのみ販売だということです。私はいつも漫画アクションをローソンで買っていましたので、ローソンにはあると思います。(不確かですみません!)
皆さん、どうぞよろしくお願い致します。
PS.いつもありがとうございます。(^^)
*母が拉致された時 僕はまだ1歳だった aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24203558.html
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| 9/20 テレビ朝日「報道ステーション」北朝鮮 公開処刑の全貌 |
( 2006.9.20,水 ) |
*9/20テレビ朝日放送の「報道ステーション」を文字化しました。
《北朝鮮 公開処刑の全貌》 〜見えてきた“恐怖統治”の論理〜
【司会者・古舘伊知郎さん】 後ろのこの映像は、7月に「報道ステーション」が放送しました北朝鮮の公開裁判の現場であります。この時に複数の人間が死刑を言い渡されています。そして次の映像、その2ヵ月後ということになりますが、これはその死刑を言い渡された人たちが公開の場で処刑されるというショッキングな映像であります。
北朝鮮では「民衆に見せつけるための処刑を行う」、その狙いがはっきりと公式文書に記されています。
【公開処刑現場の拡声機より】 「朝鮮民主主義人民共和国の法により、この場で即時処刑に処す」
【ナレーター】 響き渡る公開処刑の開始を宣言する声。その瞬間を「見届けるように」と集められた群衆の前で、一人の人間が引きずられるように連行されて行く。
【公開処刑現場の拡声機より】 「射撃準備!」
【ナレーター】 21世紀の今、日本の隣国でまさに行われようとしている現実。独裁体制のむき出しの暴力が意味するもの、映像はその決定的な瞬間を捉えた。
北朝鮮東部に位置する咸鏡南道(ハンギョンナムド)咸州郡(ハムジュグン)。今年5月、この広場で行われた刑事被告人を裁く公開裁判。「報道ステーション」が入手し放送した潜入映像だ。
【公開裁判の声】 「前に一歩出なさい。この者たちに強制労働を科す。」
【ナレーター】 白い幕の前に立たされた被告たちに次々と刑罰が言い渡されていく。この時、一人の女性に死刑が宣告された。
【公開裁判の声】 「被害者の頭を殴って殺害した。朝鮮民主主義人民共和国の刑法により、死刑の厳罰に処す。」
【ナレーター】 読み上げられた判決によれば、女性は食料欲しさに知人の家に忍び込んだ。そこで留守番をしていた子どもに見つかったため殴って殺害。トウモロコシ10キロを盗んで逃げたのだという。
我々が今回、新たに入手した映像。7月に同じ咸州郡(ハムジュグン)で行われた公開処刑。執行されるのは、広場で死刑が言い渡されたあの女性だという。画面中央には川がゆっくりと流れ、対岸にはいくつもの人影が動いている。川べりで座らされている人間の中に、処刑の時が迫る女性の姿もあるのだ。
【公開処刑現場の拡声機より】 「前の方にいる人たちはもっと前に出なさい。後ろの人たちが見えないから秩序正しく整然と集まりなさい。」
【ナレーター】 発覚すると危険なため、限られた画格でしか撮影できないが、手前の川岸には付近の住民が集められている。公開処刑が行われる場所と群集がいる場所が川を挟んで対峙しているのだ。裁判を受ける被告や処刑される人間の傍らに立っているのは、日本の警察にあたる人民保安省の人間だという。少し離れてテントか小屋のようなものがある。これが仮設の本部のようだ。
【公開処刑現場の拡声機より】 「最近郡内で摘発された犯罪者への公開処刑を始める」
【ナレーター】 この処刑現場に見覚えがあるという女性がいた。19歳で中朝国境を越えるまで咸州郡(ハムジュグン)に暮らしていた20代の脱北者。
【20代の女性脱北者】97年に脱北・咸州郡(ハムジュグン)出身 「こちらの建物はセメント工場です。咸州(ハムジュ)セメント工場。その隣にはアパートもあります。」
【ナレーター】 彼女は17歳の時、同じこの川原で公開処刑を目の当たりにしていた。
【20代の女性脱北者】 「各人民班に『公開処刑を見に行け』と指示があるので、みんなで行くのです。『川辺で処刑するのは、銃殺された人の血がたくさん流れるから』と聞きましたが、本当のところはよくわかりません。」
【ナレーター】 にわかに処刑場の観客席と化した川原。ここにも銃を持った兵士が警備のために配置されている。やって来た男性が傘を開いた。小雨が降ってきたのだ。赤いスカーフを巻いた少年もいた。こうした年端もいかぬ子どもまでもが「人が死ぬ瞬間を見るように」と動員をかけられている。
【20代の女性脱北者】 「子どもの頃は好奇心もありましたが、実際に見たら恐怖を感じました。目の前で人が銃殺されるわけですから。『罪を犯してはならない』という気持ちになります。自分もいつああなるかわからないから。」
【公開処刑現場の拡声機より】 「次は国家の財産を盗んだ者たちです」
【ナレーター】 銃殺で執行される死刑を前に、窃盗の罪で“労働鍛錬隊”と呼ばれる収容施設に送られる者たちの名が、延々と読み上げられていく。突然、執行官たちが動いた。死刑判決を受けた女性を非難する声が続く。
【公開処刑現場の拡声機より】 「猟奇的殺人犯であり、革命の敵である○○○を、朝鮮民主主義人民共和国の法によってこの場で死刑に処す。火力指揮官!」 「はい」 「執行せよ!」
【ナレーター】 労働鍛錬隊送りとされた人がその場に座らされる。そして処刑される女性だけが一人引き出され、執行官に囲まれるようにして連行される。同時に仮設の小屋の側では白い杭のような物が用意された。銃殺に用いる柱なのか・・・?それが地面に突き立てられる。ついにその瞬間がやってきたのだ。何人もの執行官が取り囲む中で女性は柱に縛りつけられていく。
【動員された住民】 「あんなふうに縛るのか・・・」
【ナレーター】 処刑の準備がすべて完了したのか、執行官たちは女性から離れた。すべての事は群集の視線の中で行われる。縛られた女性の正面にはすでに3人の執行官が並んだ。彼らは銃殺を執行する射撃手なのだ。
【公開処刑現場の拡声機より】 「射撃準備!」 「革命の敵の○○○に向けて―」
(4発の銃弾の音・・・)
【ナレーター】 銃弾を浴びて女性は崩れ落ちた。判決にある通りの殺人をこの女性が犯したのかどうか?我々には判断する材料がない。確かなのは、群衆の目の前で無残な最期を遂げたという事だ。こうした公開処刑は北朝鮮で特殊な出来事ではない。むしろ、今年に入るとその恐怖による統治を強化する動きすらあるのだ。
この脱北者の女性も咸州郡(ハムジュグン)に住んでいた。
【女性脱北者】99年に脱北・咸州郡(ハムジュグン)出身 「96〜98年の間はほぼ1ヶ月に1回、銃殺がありました」
【ナレーター】 妻と子の目の前で知人が銃殺されるのをこの女性は見ていた。
【女性脱北者】 「『銃殺に処す』と言われた瞬間、(彼は)頭をもたげました。妻と子を捜したんでしょう・・・。こんなふうに背中を杭に縛られて、頭も首も腹も足も。(彼は)食べるものがないから、畑で作物を切って盗ったそうです。生きていけないから泥棒をする。本性が悪いのではありません。」
【ナレーター】 90年代後半、北朝鮮が直面した食糧危機。それは無常にも公開処刑の乱発に結びついていた。
【男性脱北者】00年に脱北 「(90年代後半には)空腹のため農場でトウモロコシを盗むとか、通信線や機関車の制動に使う銅板を盗んで売る人がいました。そういう人たちを『社会主義制度を破壊する暗躍分子』だとして大々的に殺したのです・・・。」
【ナレーター】 その後、脱北者の証言などで公開処刑の実態が明らかになり、国際社会から人権問題として採り上げられるようになった。(映像 国連総会・去年12月 非難決議)だが北朝鮮は、この公開処刑の問題でも国際社会からの非難に背を向けた。
我々が入手した北朝鮮の最高学府・金日成総合大学の公式文書。(学報)今年2月の論文では、公開処刑を正当化し、その狙いを明確に打ち出した。
「一をたたいて数百・数千の群集を教養し、覚醒させる上で最も良い遵法教養形式の一つである」
体制を動揺させないために人民に恐怖を植え付ける手段。公開裁判と公開処刑は現在の北朝鮮でそのように定義されている。
【諸成鎬教授・韓国中央大学】北朝鮮刑法に詳しい 「(公開処刑は)住民たちに集団的な恐怖を呼び覚まし、『反体制行為をしてはならない』という意識を植え付ける、高度な心理戦の要素を込めた処刑の技法ではないか?」
【ナレーター】 “見せしめ”としての処刑。そこに法の正義はあるのか?北朝鮮の刑法で死刑が規定されているのは、殺人の他“反国家犯罪”(国家転覆陰謀罪・テロ罪・祖国反逆罪)など。しかし、その適用範囲は極めてあいまいだ。咸州郡(ハムジュグン)の広場で行われた(5月の)公開裁判では、電線を盗んだだけで死刑が言い渡されている。
【諸成鎬教授・韓国中央大学】 「北朝鮮社会は法治主義ではありません。金正日の“お言葉”金日成の“教示”などによって執行される。法の執行過程で恣意性・独断性が多く介在する。弁論の機会も与えず即決の裁判で処刑するという、これが今日の地球上で起きているのはとても衝撃的です・・・。」
【ナレーター】 この脱北者の男性は公開処刑の際、「実際に死刑囚を銃殺した」という生々しい話を知り合いの射撃手から聞いていた。
【男性脱北者】00年に脱北 「射撃手と(死刑囚)の目が合う事があります。『撃て』の号令がかかると(死刑囚)が反抗できるのは視線だけです。口に小石を詰めてふさいで、もうその人は瀕死の状態です。犬のように半殺しにした者を、ずるずる引きずって縛り付けるのです。(死刑囚は)言葉を発する気力もない・・・。」
【ナレーター】 群集の目の前で行われた処刑。執行官たちは白い布を出してそれを広げる。これで処刑を終えた遺体を運ぶのだろうか?集まった群衆が、今どのような表情でこのシーンを見ているのか?カメラで捉えられていないためわからない。
【公開処刑現場の拡声機より】 「これですべて終わりです」
【ナレーター】 撮影者はカメラを隠したが、現場での音声はそのまま記録されていた―。
【公開処刑現場の拡声機より】 「一般住民はまっすぐ帰るようにしなさい」
終わり
*脱北者の証言《資料より》(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/9685031.html *拉致と北朝鮮人権問題 荒木和博BLOGより http://araki.way-nifty.com/araki/2006/09/post_858e.html
*9/20 テレビ朝日「報道ステーション」北朝鮮 公開処刑の全貌 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24132616.html
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| 9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(2)最終です |
( 2006.9.18,月 ) |
*9/16 安倍晋三さんの街頭演説に行ってきました(柏駅東口にて) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23860057.html *9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23997153.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。街頭ですので、聞き取りに間違いのある可能性があります。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
続き
今、私たちは色んな課題に取り組んでおります。そして時代は大きく変わっている。今この中でスピード感を持って、次々と新しい政策を実行していかなければいけないと思います。日本の姿も大きくかたちを変えていくでしょう。その時に今までの中央集権型の国からやっぱり地方にしっかりと運転をしていって、地方が伸び伸びと景気の良さを生かしていくことが出来る、そういう日本にしていかなければいけないと思います。
そのために、この地元(柏の)桜田さんが頑張った“道州制”を導入したい、そう思います。地域が道州によってがっちりと新しい核を持って、そして新しい権限を移していく、瓜核になっていくことが大切ではないでしょうか?そうでないと東京だけが栄える歪な日本になってしまうと、このように思います。国と地方がやるべき事をキッチリと混ぜていきます。国が一々地方のやる事に口を出さない、そういうしくみにしなければ地域は発展していきません。
地域の事を一番よく考えているのは地域に住んでいる皆さんではないでしょうか?柏の事を一番知っているのは皆さんですよね?中央の霞ヶ関のお役人ではないんです。ですから彼らが作るメニューではなくて、皆さんに考えていただいたメニューを皆さんが責任を持って実施していく、そしてそれを国が応援をしていくという、私は新しい姿に変えていきたいと思います。
地域からどんどん、これは日本にそして世界に発信出来るようにしていかなければいけないとこう思います。例えば、今地域は地域ブランドをどんどん売り出しています。地域は地域の良さがある。地域で作った物、これはやはりブランド力を生み出せばその地域をよくしていきます。例えば北海道ではじゃがいも。今まではとても輸出できるとは考えていませんでしたが、帯広でこのじゃがいもを輸出して、1戸あたりの農家、何と1億円の収入になる農家が誕生しました。このように地域の良さは何か?もう一度みんなで考えていただいて、それを発信をしていくという事が私は大切ではないかと思います。
今、“ウラカシ”という言葉があるのをご存知でしょうか?“裏柏”(うらかしわ)、これは若者の何かファッションになっているようであります。若い人たちは知っているだろう、このように思いますが、この柏の力も全国に発信をしているんです。こうした地域発、全国世界発信が可能になる地域中央分権を私はしっかりと進めてまいります。
そして最後に外交についてお話をさせていただきたいと思います。日本はアジアの国であります。アジアの外交をしっかりと私は進めていく。また日本はその中において、リーダーシップを発揮していかなければいけないと思います。私はこの会場に来る前に、この会場の近くの場所でうどんを食べてまいりました。ちなみに天ぷらうどんで大変おいしかった。隣の席に座っている人がおもむろに席を立って私の所にやって来ました。女性であります。なかなか美人だった。(笑い)彼女が私の所に来て「私はシンガポールからやって来ました。今日本で英語を教えています。シンガポールは日本が強いリーダーシップを発揮する事を今待っているんです。シンガポールだけではない。マレーシアもフィリピンもインドネシアもそうです。ぜひ安倍さんに期待しています。」こう言ってくれました。私はアジアの国として、いよいよ日本はしっかりとリーダーシップを発揮しなければならない、このように思います。
今、アジアの国々には色んな多くの国々が集まる会議があります。アジア大洋州会議、アジアと太平洋の国々が集まって会議を行うAPEC (エーペック アジア太平洋経済協力会議)というしくみがあります。日本やアジアの国々や米国、そういう国々が集まって「太平洋・アジアを中心にどう地域を発展させていくか」を語る場所であります。さらには、東アジア首脳会議、あるいはアジアとヨーロッパの国が集まって会議があります。先般、小泉総理が出席を致しました。こういう会議がたくさんあるということは、その場にアジアの首脳が集まってお互いに胸襟を開いて話をする、そういう場であります。ですから、そういう会議の場はたくさんあっていいんだろう、とこのように思います。
さらには、例えばアジアのエネルギーの問題について、ロシアや中国や韓国や日本やそういう国々が集まって話をする場を新たに作ってもいいと思います。そして日本は何と言ってもこの戦後60年、自由で民主的なそして人権を大切にする国を作ってきました。この価値を共有する国々があります。インドやオーストラリアもそうです、韓国もそうでしょう、シンガポールもそうです。そういう国々が例えば集まって、そうした価値観をもっともっと世界に広げていく、こういう事を話し合ってもいいでしょうし、また今私が申し上げましたオーストラリア・インド、こういう国々との首脳の交流をもっともっと深めていくべきではないか?私はそうした事に日本がしっかりとリーダーシップを発揮していくべきだろう、とこう思います。
そしてさらに、もちろん日本と中国、日本と韓国、まぁ隣国であります。こういう国々との関係をさらに私は強化をしていかなければいけないと思っています。「大変だ!大変だ!」と言う人がいますが、私は決して悲観はしていません。何故ならば、この両国共お互いに400万人以上の人たちが1年間に交流をしているんです。この両国に1万人以上の人たちが行ったり来たりしています。そして経済においても、この5年間で日本と中国の貿易量は何と倍になっています。本当に感じが悪ければ、貿易量が倍になるはずがないじゃありませんか?そういう意味では基本的に経済の関係、人と人との関係はいいんです。しっかりとこの基盤は私が守って、さらに強化をしていきたいと思います。
そしてやはり国と国との指導者同士が胸襟を開いて話をする事は大切です。国と国が違えば、ましてや国境を接していれば、色んな問題がおそらくこれからも起こって来るでしょう。しかしそういう問題があるからこそ会って話をする。そして誤解があれば誤解を解く努力をしていく事が大切なんです。我々はしっかりとこの首脳会談を行う環境を作るために、お互いが努力をしていかなければいけないと思っています。「問題があるから会わない」と言うのは、これはやはり話が少々逆ではないか?と。問題があるからこそ会って話をし合う。そういう成熟した国同士の関係を構築をしていきたい、このように思っています。(拍手)
そして北朝鮮との問題についてお話を致します。北朝鮮の核の開発、これは絶対にやめてもらわなければなりません。そのために六ヶ国が集まって話し合う場ができています。一日も早くその場に復帰するよう我々は北朝鮮に対して国際的な圧力をかけていかなければいけない、とこう考えています。
先般、ミサイルの発射がありました。あのミサイルの発射に対して私たちは制裁を行いました。そしてさらに国連の場において決議を行うことができました。この問題、国際社会においてみんなが共有できたことは、私は「大変大きな事であった」とこう思います。北朝鮮も感じていたはずです。こうしたことをやっていれば、どんどんどんどん国際社会において孤立をしていくということを理解をしてもらわなければならない、と思っています。
この夏、たくさんの大臣や副大臣や政務官が色んな国に行きました。すべての国において、この北朝鮮の問題についてみんながしっかりと話をしてきました。こういう外交に取り組んだのは実は初めてなんです。アフリカにおいて、アジアにおいて、中東において、欧米においてこの問題、「やっぱり日本と一緒にこの問題を解決をするように、北朝鮮に圧力をかけましょう」そう世界中に訴えかけました。こういう外交こそちゃんと日本はやるべきだったんです。主張すべきことはしっかりと主張し、戦略的に行うべき外交はしっかりと戦略的に行っていかなければいけないと思います。
そしてもう一点、拉致の問題であります。拉致の問題、これは落とし所はありません。まぁよく「少しは落とし所を考えた方がいい」と言う人がいるんですが、落とし所なんて考えていいんでしょうか?落とし所を考えるということは「何人かの日本人を見捨てる」ということにつながっていくんです。皆さん、政治家が国民の、すべての国民の生命と財産をしっかりと守っていく、その気持ちを失っては政治家として仕事をやっていく価値はないんです。(拍手)我々はしっかりと責任を持って、「一人の日本人の命といえどもおろそかにはしない!!」その決意でこの問題にあたってまいりたい、そう考えています。
もちろん、そう簡単なことではありません。しかし先ほど申し上げましたように、国際社会に訴える、そして国際社会の理解の中で国際社会で圧力をかけていく、そしてさらに北朝鮮が「このままでは自分の国はもっともっと悪くなっていく。未来を見つめるためには、新しい未来を開いていくためには、この問題を解決をしなければならない」そう考えるように我々は、圧力のための圧力ではありません、しっかりと圧力とそのための制裁を行っていくわけであります。圧力とは国際社会における説得、これが大切であろう、こう思います。もちろん最後は対話によって解決をしなければいけません。この対話と圧力の姿勢で、しっかりとこの問題に取り組んでまいりますことをお誓い申し上げる次第であります。(大拍手)
(安倍さんから来年の参議院選挙自民党候補者・地元議員のご紹介がありました)
私たち自由民主党はしっかりと改革を進めていきます。そしてしっかりと国づくりを行っていきます。我々はそして私は特定の人たちのための政治を行うつもりはありません。特定の・・を持った人たち、特定の考え方の人たちのための政治を行う考え方はありません。毎日真面目に汗を流して働き、家族を愛し、そして地域を良くしたいと願っている、私たちの国日本の未来を信じる普通の人たちのための政治を行っていきたい、そう考えています。
世界の国々の人たちが「日本に行けばチャンスがある」「自分たちの能力が生かせるのはやはり日本だなぁ」そして「自分の子どもも日本に連れて行って日本で教育を受けさせたい」そう思ってもらえるような国にしていきたいと思います。「日本の伝統や歴史や文化はすばらしい」「日本の理想はすばらしい」「自分も日本人になりたい」こんなような新しい日本人が出てくる。私はそういう日本にしていきたい。そしてそういう人たちに優しく寛容な日本でありたいと思います。
日本を活力に満ちた、そしてチャンスがあふれる優しさに満ちた世界に開かれた国、美しい日本にしていきたいと思います。どうか皆さん、新しい国づくり、一緒に挑戦をしていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。(大拍手)
(柏レイソルサポーター副代表の挨拶とシュプレヒコールで終了しました)
*安倍晋三さんのHP http://tokyo.s-abe.or.jp/ *'05 4/24 第7回国民大集会 安倍晋三さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3559507.html *'05 9/2 柏駅東口にて 安倍晋三さんの応援演説 http://aoinomama13.seesaa.net/article/6896793.html *'06 2/26 TBS「報道特集」安倍晋三氏“拉致にかける思い” http://aoinomama13.seesaa.net/article/14203249.html
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
*9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(2)最終です aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/24016225.html
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| 9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(1) |
( 2006.9.17,日 ) |
*9/16 安倍晋三さんの街頭演説に行ってきました(柏駅東口にて) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23860057.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。街頭ですので、聞き取りに間違いのある可能性があります。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
【安倍晋三さん・内閣官房長官】
(柏レイソル応援団の太鼓での応援「ドドンガドンドン!あーべしんぞうっ!!」で始まりました)
皆さん、こんにちは。この度、自由民主党の総裁選挙に戦後生まれのトップバッターとして挑戦をしております、安倍晋三でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。今日はこの柏の駅前のダブルデッキに、本当にたくさんの皆さまにこうしてお集まりいただきましたこと、厚く御礼を申し上げる次第であります。
柏の駅前のこのダブルデッキの上ではストリートミュージシャンが演奏して、それはもうずいぶん有名になっています。今日はだいぶ様相を変えておりました。ミュージシャン風はこの(司会の)山本一太ひとりでありました。あとはだいぶ人相が違いますが、我々はストリート政治家として皆さまに直接訴えていきたい、そう考えています。
ただ今、桜田義孝(内閣府経済財政政策・金融担当)副大臣から力強いご挨拶がございました。桜田副大臣は小泉内閣のまさに改革の先頭に立って、副大臣として日本の新しい姿を作っていくための“道州制”を推進していこう、北海道の道州制を特区、この法案を一人でまとめて先般の国会に提出をしました。かつてなかなか若手の議員にはそんなことは出来なかった。今は力と政策と熱意があれば、しっかりと大きな政策を前に進めていくことが出来るようになったんです。皆さん、ずいぶん自由民主党は変わってきた、こう思います。
3年前に私が自民党の幹事長に就任を致しました時に、「自由民主党を変えなければならない」小泉さんは「自民党をぶっ壊す」と「今のままでは自民党、国民の期待・声に保されて新しい日本を作っていくことは出来ない」、そう小泉さんは考えた、私は確かにその通りだったと思います。その小泉さんと共に私は自由民主党の改革を行いました。若い情熱あふれる、そして能力のある、政策立案能力のある、そういう人たちが自由民主党から国会の場にうって出る、そういうしくみを作ろう、とその考えで私は“公募制度”を作りました。
大変難しい導入でありましたが、大きな反対もありましたが、思い切ってこの制度を導入した。そして昨年の総選挙ではこの公募制度、多くの今までは自民党ではとてもおそらく立候補出来なかっただろう、しかし有為な人材が多くこの公募に答えてくれて手を上げていただいた。今、国会議員として本当に活躍をしています。今日もこの壇上にそして下に、皆さん足を運んでもらいました。自由民主党はオープンな政党になったんです。
そして私たちはこの5年間、一生懸命改革を前進させてきました。・・はけして改革を行った、それは何故か?日本の人口が減少していく、その中にあっては皆さん、税金を払う人も数が減っていくし、そして年金や医療・介護、そうした皆さんにとって大切な社会保障の保険料を払う人の数も減っていきます。その中で残念ながら給付を受ける数は増えていく。しかし、大切なこの社会保障制度は守っていかなければなりません。ですから私たちはもう無駄遣いをしている余裕はないんです。
今までの政府の無駄遣いをなくしていく、民間が出来る事はしっかりと民間でやってもらおう。昨年のその総選挙はまさにその事を問う選挙であった、こう思います。皆さんの有権者の声はしっかりとその改革を前に進めていった。「無駄遣いはやめろ」「民間と公務員の格差はなくしていけ」「民間が出来る事は民間に任せよう」その審判が下った、とこう思います。
またそうしてでも皆さん、今までのような無駄遣いをしている余裕はないんです。しっかりと私たちは無駄遣いをなくしていく政府を、機能的な、そして簡素な、筋肉質な政府に変えていかなければならないと思っています。おそらく霞ヶ関の政党はもっと激しくなるかもしれない。しかし私たちは決して負けません。必ずその改革をやり遂げていきたい、そう思っています。
そしてまた経済の分野においても、世界の競争に勝たなくては生き残っていく事が出来ないんです。それがグローバル社会です。ですからこの世界の中の競争に勝ち残っていくことが出来るように、負っているハンディキャップは取っていこう、姿勢が緩和してきたり、あるいは税制を変えていく、ということによって日本の力を、本当の力を発揮出来るようにしていく。これがまさに皆さん、皆さんの構造改革であります。我々はしっかりとこの構造改革の炎を絶やしてはならない。私はこの松明(たいまつ)をしっかりと継承していく、そういう決意であります。
しかしそれと同時に、改革を進めている中にあって、どうも「一生懸命頑張っているんだけれども、なかなか上手くいかないなぁ」「将来大丈夫なんだろうか?」こう不安を感じておられる方がいるのも事実だろうと思います。よく今、格差、格差、格差が話題になっています。しかし格差が話題になる、それは経済が成長し始めている時にはいつもこの格差が話題になります。日本の高度経済成長の入り口、あの1960年にも格差が話題になった。だんだん成長していきます。上手くいっている人たちと、なかなかその波に乗れない人たちが出て来る。
しかし、その時にやり方をまったく元に戻してしまったんでは元の木阿弥なんです。ですから私たちは「この改革は間違っていなかった」という確信のもとに、しかし「大変だ」と感じている人たちにはしっかりと光をあてていきたい、と考えています。「一生懸命頑張ろう」そう思っている人たちにしっかりと勇気を与えていく。これも政治の大切な私は使命ではないか、とこう思います。
みんながお互いに切磋琢磨して頑張っている、知恵を出して、そしてまた汗を流した人が、一生懸命やった人が報われる、フェアで公正な競争の中で頑張った人がしっかりと報われていく社会を、しっかりと作っていきたいと思います。それが活力を生んで日本の力を押し上げていくんです。経済に活力をもたらしている、世界の中で負けない日本に私はつながっていくと思います。
しかしこの結果、やっぱり皆さん、人間だったらやっぱり失敗する事があるんですよね。その失敗が「1回失敗したらもう終わりだ」と言うんでは、これはもう未来のない話であります。1回失敗した人、頑張ったけど上手くいかない、これが嫌な言葉ですけど「負け組」として、あるいは成功した人が「勝ち組」として固定化しない、それが階級のようになっていかない社会に私はしていきたいと思います。(拍手)何度でも挑戦出来るそういう社会を作っていきたいなぁ、こう思っています。地元の柏レイソルもJ1復帰を目指して頑張っていますね!こうやってJ2に落ちてもJ1に頑張れる、そういう皆さん、しくみがなきゃいけないんです。(レイソル応援団から歓声が上がる *^^*/~~ )
人生において、例えば会社を作って頑張ったけどもなかなか時流に合わない、会社が潰れてしまったらそれで一巻の終わり、日本はそういう事実が多い。しかしアメリカを見ますと、何度でも挑戦しているんです。あのディズニー映画で有名なウォルト・ディズニーは4回失敗して5回目で初めて成功しました。もし彼が日本にいたら、もう1回目でおそらく個人保証や連帯保証でもう夜逃げしなければならなかったかもしれない。日本も何度でも意欲やプランや、そして強い意思があれば会社を起こせる、そういう国にしていきたいと思います。そのためには、例えば個人保証に過度に頼らなくてもいいしくみを私は作っていかなければいけないと思います。作ってまいります。
そしてまた不幸にして勤めている会社が潰れてしまう事もあります。あるいはまた、まだ元気なのに定年を迎える事もある、しかし「まだまだ働きたい」、そういう意欲や意思を持っていれば、例えば何か研修したり職業訓練を受けたり、あるいはまた少し勉強して資格を取れば新しい分野で仕事が出来る、そういう社会に私はしていきたいと思います。また、18歳の時に受験に失敗した、その18歳の時の受験の失敗が一生を決めない社会にしていきたいと思います。
「もう一回仕事をしながら勉強をしてみよう」「何か資格を取ろう」そう思えば専門学校やあるいは高専・大学・大学院に行って、働きながら今している仕事、あるいは新しいキャリアに役に立つそういう講座を受講して、それがしっかりと社会や会社から評価をされて給与のアップに、そしてキャリアのアップにつながっていく、そういうしくみを考えていきたいと思います。仕事をしながら学校に行っている人たちに対して、支援をする会社に対して、ある面インセンティブを是正的に与えていく、そういう事も私は考えてまいります。人生の節目節目で色んなチャンスのある社会にしていくべきなんです。
また正規雇用・非正規雇用、まぁずいぶん差がありますね。これでは不安でなかなか一生懸命頑張れないし、未来をなかなか見つめる事が出来ない。正規雇用・非正規雇用、この不均衡な処遇を私は改善をしてまいります。社会保険の適応についてもしっかりと、例えば法制の整備をしていく等の改正を私はしていきたいと思っています。また、非正規雇用から正規雇用に転換するしくみを導入した会社に対しては、何か国としてもその導入に対して報いるしくみを考えていってもいい、そう思います。非正規雇用の人たちはなかなか職場で勉強する機会がありません。色んな訓練を受けていく機会がない。そういう機会をやはり会社側にも与えていただけるように促していきたいと思います。
このように何度でもチャンスのある社会にしていくことによって、もっともっと日本は活力のある社会になっていく、生きがいのある社会になっていく、と思います。人生が単線から複線に変わっていく。そういう本当に豊かで多様性のある私は社会にしてまいります。
「日本の人口が減少していくともう日本は成長出来ないんじゃないか?」とそんな不安を持っている方々もいると思います。しかし私たちは今やるべき事をキッチリとやっていけば、日本は力強く成長していきます。人口が減少しても、その人口が減少して労働力の減少、消費人口を上回る生産性を確保していけばしっかりと日本は成長していくんです。
私はやるべき事は3つあると思います。まずは人材の育成であります。人材の育成と言えばやっぱり皆さん、教育が大切です。今、教育のしくみが今のままでいいと思っている人は、おそらくこの場には一人もおられないのではないか?こう思います。この前、北海道でずいぶん悲しい事件がありました。高校生が30万円で同級生を雇ってお母さんを殺させる、もう信じられないような言葉を失うような事件でありました。いくら物で栄えても、そんな日本になってしまっては私は未来はない、そう思います。
すべての子どもたちに高い水準の学力と、そして規範を身につける機会を私たちは保証しなければならないと思います。お父さんお母さんを敬う、お祖父さんお祖母さんを大切にする、友だちとの信頼を守る、弱い人たちのためには自分が汗を流す。そうした当たり前の事を当たり前の事としてしっかりと学校で教えていく。そういう教育を皆さん、再生しなければならないと思います。(拍手)公教育の再生はまさに私は待ったなし、このように思います。
お父さんお母さんたちが子どもたちが学校を公教育の場においても、選べるしくみを作っていかなければならない、そう思います。そして、ほとんどの学校の先生は真面目に子どもの未来を考えて教壇に立っている、そう思います。しかし、どうやら先生に向かない教師がいるのも事実だろうと思います。ですから私はやはり教師の免許更新制度を導入していきたいと思います。私たちが持っている運転免許すら更新が義務付けられているんです。子どもたちの未来に大きな影響を与える、この先生の免許の更新制度、おそらく反対があるかもしれませんが、私たちは子どもたちのために勇気を持ってこの制度を導入してまいります事を、お約束を申し上げる次第でございます。(拍手)私たちはしっかりとこの教育改革に取り組んでまいります。
まぁこのように人材の育成をしっかりと取り組み、そしてさらに労働力人口が減っていく中にあっては、新しい取り組みをしなければいけません。それは例えばイノベーションであります。画期的な技術革新、そして新しいアイディア。こうイノベーションをしっかりと力を入れていけば、労働人口が減っても生産性を飛躍的に上げていくことが出来ます。
皆さんが使っているその携帯電話の金型を造っている会社がこのイノベーションによって、新しい技術であるITの技術を使う事によって、45日間かかっていた工程を45時間、ものすごい生産性の向上を果たしたんです。そしてその会社は何と今や世界のトップメーカーになりました。
今、第三次の産業革命が起こっています。それはいわゆるIT・電子技術の革命なんです。これはかつて蒸気機関の革命にも匹敵する大変な技術の革新であります。蒸気機関は、蒸気機関そのものには富を生み出す力はないんです。蒸気機関は使って初めて産業革命を起こし、そして富を生み出しました。このITも使わなければ富を生み出しません。しっかりとこのITの技術革新に日本が乗っていくことが出来るかどうか、これが日本の未来を決めるんです。
“母を訪ねて三千里”というお話がありましたね。あれはイタリアの少年がアルゼンチン出稼ぎに行っているお母さんを捜しに行く物語であります。20世紀の初頭はそうだったんです。イタリアよりもヨーロッパよりもアルゼンチンの方が豊かだったんですね。しかしその後、第二次の産業革命に乗るか乗らないかで立場は逆転していきました。日本もしっかりとこの分野に投資をしていくことによって、私は必ず皆さん、成長していくと思います。
また、家で仕事をする事を可能にするテレワークというのがあります。これはITの技術を使って会社に行かなくてもいい、・・・からちゃんと会社をつないで発信も出来るしちゃんと仕事も出来る、というしくみなんです。女性が子どもを産んだ後、会社を辞めなくても、そのテレワークによって仕事を続けていく事が出来ます。通勤電車に乗る事が大変な地域からわざわざ通わなくても、このテレワークで仕事が出来ます。そしてまた、高齢者もこのテレワークでわざわざ長い距離、通勤をしなくても済む。色んな人材が私はこのテレワークによってもっと経済活動に導入できる、活力能力を生かしていく事に私はつながっていくと思います。現在のテレワークの人口を私は倍にしていきたい、そう考えています。こうやるべき事をしっかりとやっていきます。
それからもう一つやらなければいけない事はオープン、社会や経済や国を開いていく事であります。まずはもっともっと外国からの投資を増やさなければいけません。何となく外国からの投資と言われると何か「色んな物をハゲタカファンドに買われるんじゃないか?」とそんな心配がありますが、お金はお金なんです。外国からの投資があれば、それが雇用を生んで皆さんの仕事の場が増えます。そしてそのお金は生かしていけば活力につながっていくんです。何も外資の導入は、外国からの投資は東京だけではないんです。千葉県にもこの柏にもこうした投資を引き入れて、もっともっと活力を出していく事が出来る、とこう思います。
そして色んな人材をもっともっと日本に呼び寄せたい、そう考えています。そしてまた、国と国がお互いを開いていく、FTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)をしっかりと使っていけば、日本の消費者は減っていってもアジアの消費者はどんどん増えていきます。インド・中国がそうです。このアジアの活力を皆さん、日本に引き込んでいくことが出来るんです。今やるべき事をしっかりとやっていけば、人口が減っても日本の経済は成長していきます。そうすれば皆さん、お一人お一人の収入はGDP(国内総生産)はちゃんと増えていく。つまり本当の意味での成熟した社会になっていく、こう思います。
もちろん、子どもの数が今減っていくので、少子化を食い止めるためのあらゆる私は政策を行っていきたいと思います。女性が働きながら子ども産み育てやすい環境にしなければいけません。そのためには働き方を変えていく必要があるでしょう。それは女性だけではなくて、お父さんも変えなければいけないと思います。やっぱり(週)3日ぐらいは家族で一緒に食事が出来る、まぁそういう雰囲気がないとなかなか子どもは出来ないかもしれない。つまり働き方を私は変えていく、暮らし方を変えていく。これは働く側もまた経営者もみんなで考えていかなければならないと思います。仕事と生活のバランス、ワークライフトランスを変えていくように私はしていきたいと思います。そしてもちろん、子育てをしている家族の支援をしていく、そういう政策もキッチリとやってまいります。
そして3つ目は、子どもを育てる事のすばらしさ、家族の価値をやっぱり再生し再認識する必要があるんではないか?こう思います。こうした事をしっかりと取り組んでまいります。
(2)に続く 次回最終です。
*9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(1) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23997153.html
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| 9/16 安倍晋三さんの街頭演説に行ってきました(柏駅東口にて) |
( 2006.9.16,土 ) |
あおいのママは今日(16日)の午後、柏駅東口デッキ上で行われた安倍晋三さんの街頭演説に行ってきました。主催は再チャレンジ議員という安倍さんの応援団?の人たちで、地元柏市の衆議院議員・桜田義孝さん(内閣府経済財政政策、金融担当副大臣)の尽力でこの街頭演説が実現したようです。他の議員さんから、安倍さんがいくつかの候補地の中から一番に柏駅前を選んでくださったというお話もありました。
写真は昨夜遅く、あおいのパパが帰宅途中の柏駅で見つけた看板を撮影してきてくれて、「安倍さんが柏に来る!」ということを知りました。(写真はブログに載っています)それで今日駅に行ったのですが、安倍さんが登場の午後12時45分前にはものすごい人で、これでは写真もビデオも撮れないかなぁと半分諦めたのですが、すでにオバちゃんのママは何とか人ごみをかき分け、撮影に成功?しました。
再チャレンジ議員の方々何人かの紹介やお話がありました。私が駅に着いた時にはもうすでに議員さんのお話がほとんど終わっていましたので、拉致問題についてお話してくださった方がもしかしていらっしゃったかもしれませんが、新潟から駆けつけてくださった衆議院議員・高鳥修一さんが拉致問題と先日(6月27日)に東京で行われた映画「アブダクション(拉致)−めぐみストーリー」を安倍さんと一緒に鑑賞されたということで、その時のエピソード等をお話してくださいました。私はその日同じ会場に、しかも横田ご夫妻やその他ご家族の皆さん、そして安倍さんや中山恭子さんたちの席の1〜2列後ろに座っていました。高鳥さんもいらしたんですね。
高鳥さんのお話は途中からしかビデオ撮影できませんでしたが、その部分を文字化してみました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 9/16 柏駅東口にて 高鳥修一さん(拉致議連)
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
・・・記者会見(2002年9月17日)の場で皆さんもテレビでご覧になったと思います。(横田滋さんが)咳き込んじゃって話ができなかったんですよ。もうつらくてつらくてね。その時の場面がスクリーンに大きく映し出されたんです。そしたらねぇ、館内からすすり泣きの声が起こってきました。
その時ふと私は気になって横にいる安倍さんを見たんですよ。そしたらね、安倍さんどうしたと思います?あふれる涙をね、両方の目からあふれさせて頬にそれが伝ってね、右に左にそれを手で拭いながら観ていたんですよ。これは誰も見ていない場面ですよ。マスコミの人も恐らく誰も気がついていない。高鳥修一だけがその現場を見ました。今日ね、インターネットにも一切そういうことは書いていませんけど、柏の皆さんにだけお知らせをしておきます。
そしてね、私はその場面を見て本当に感動したんですよ。小泉さんも立派だった、小泉さんも本当に命を懸けてこの日本の改革に取り組んでくださいました。しかし安倍さんは、小泉さんとまた違った観点で本当に優しい人なんだなぁ、人の心の痛みを自分の事として受け止めて共に涙を流せる、そういう暖かい心を持った人なんだなぁ、と心からそう思いました。
安倍さんは美しい日本を作ると言っています。自称、高鳥修一は安倍晋三先生の一番弟子でございます。この高鳥からも心を込めてお願い致します。どうか皆さんの絶大なるご声援・ご支援を安倍晋三候補に賜りますことを切に切にお願い申し上げ、私のご挨拶と致します。本日は誠にありがとうございました。(大拍手)
*衆議院議員 高鳥修一さんの公式サイト http://www16.ocn.ne.jp/~takatori/jimusyo.html *映画「アブダクション(拉致)−めぐみストーリー」日本初の上映会 救う会全国協議会ニュース(2006.06.28)より http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200606/20060628-2.htm
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また、桜田義孝さんからも北朝鮮問題についてのお話がありました。一部文字化にしましたのでご紹介致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 9/16 柏駅東口にて 桜田義孝さん(内閣府経済財政政策・金融担当副大臣)
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
私と安倍長官、「どういう関係でこんなに深いの?」と言われることがあります。「政策グループも違うじゃないか?」こういう方もいらっしゃいます。私と安倍官房長官の一番の接点は、先ほど須賀先生も拉致問題のお話がありました、私が当選して間もない頃、テポドンが北朝鮮から初めて発射された頃、テポドンに怯えて「北朝鮮に食糧援助をするべきだ!」と言う時の幹事長がおりました。
しかし私たちは「脅されて北朝鮮に米を援助するなんてのはけしからん!毅然とした日本の主権と独立国としての立場というのを明確にすべきである!!」と北朝鮮問題に対して強く主張したのが安倍官房長官であります。そんな中で私は北朝鮮問題のミサイルと食糧援助、じゃあ食糧援助と言ったら日干し作戦の方が有効なのか?とこういう話で、日干し作戦というものが非常に問題になってしまったんでありますが、私は「脅かされて援助をするようなそんな国・日本になってはいけない!!」とこう思う次第でございます。それ以来、安倍長官と私は極めて強い絆で結ばれるようになりました。(大拍手)
*衆議院議員 桜田義孝さんの公式ホームページ http://www.sakurada-yoshitaka.com/ *'05 9/2 柏駅東口にて 安倍晋三さんの応援演説 http://aoinomama13.seesaa.net/article/6896793.html
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そして交通事情で到着が30分弱遅れてしまいましたが、いよいよ安倍さんのお話となりました。柏レイソル応援団も駆けつけ、「あーべしんぞう ドドンガドンドン!!」と太鼓での応援がありました。(安倍さんのお話の後、応援団の方が壇上に上がり、レイソルのことをお話してくださったお礼を言っていました)安部さんの演説は約40分の長いものでしたが、できれば後ほど文字化をしたいと思っています。拉致問題・北朝鮮問題についてお話してくださった部分を先に文字化にしてご紹介致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(内閣官房長官)
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
そして北朝鮮との問題についてお話を致します。北朝鮮の核の開発、これは絶対にやめてもらわなければなりません。そのために六ヶ国が集まって話し合う場ができています。一日も早くその場に復帰するよう我々は北朝鮮に対して国際的な圧力をかけていかなければいけない、とこう考えています。
先般、ミサイルの発射がありました。あのミサイルの発射に対して私たちは制裁を行いました。そしてさらに国連の場において決議を行うことができました。この問題、国際社会においてみんなが共有できたことは、私は「大変大きな事であった」とこう思います。北朝鮮も感じていたはずです。こうしたことをやっていれば、どんどんどんどん国際社会において孤立をしていくということを理解をしてもらわなければならない、と思っています。
この夏、たくさんの大臣や副大臣や政務官が色んな国に行きました。すべての国において、この北朝鮮の問題についてみんながしっかりと話をしてきました。こういう外交に取り組んだのは実は初めてなんです。アフリカにおいて、アジアにおいて、中東において、欧米においてこの問題、「やっぱり日本と一緒にこの問題を解決をするように、北朝鮮に圧力をかけましょう」そう世界中に訴えかけました。こういう外交こそちゃんと日本はやるべきだったんです。主張すべきことはしっかりと主張し、戦略的に行うべき外交はしっかりと戦略的に行っていかなければいけないと思います。
そしてもう一点、拉致の問題であります。拉致の問題、これは落とし所はありません。まぁよく「少しは落とし所を考えた方がいい」と言う人がいるんですが、落とし所なんて考えていいんでしょうか?落とし所を考えるということは「何人かの日本人を見捨てる」ということにつながっていくんです。皆さん、政治家が国民の、すべての国民の生命と財産をしっかりと守っていく、その気持ちを失っては政治家として仕事をやっていく価値はないんです。(拍手)我々はしっかりと責任を持って、「一人の日本人の命といえどもおろそかにはしない!!」その決意でこの問題にあたってまいりたい、そう考えています。
もちろん、そう簡単なことではありません。しかし先ほど申し上げましたように、国際社会に訴える、そして国際社会の理解の中で国際社会で圧力をかけていく、そしてさらに北朝鮮が「このままでは自分の国はもっともっと悪くなっていく。未来を見つめるためには、新しい未来を開いていくためには、この問題を解決をしなければならない」そう考えるように我々は、圧力のための圧力ではありません、しっかりと圧力とそのための制裁を行っていくわけであります。圧力とは国際社会における説得、これが大切であろう、こう思います。もちろん最後は対話によって解決をしなければいけません。この対話と圧力の姿勢で、しっかりとこの問題に取り組んでまいりますことをお誓い申し上げる次第であります。(大拍手)
*安倍晋三さんのHP http://tokyo.s-abe.or.jp/
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演説終了後、安倍さんはしばらく皆さんと握手をしたりサインをしたり、多くの方々から激励を受けていました。ママも一言「拉致問題よろしくお願いします」と声をかけられたらいいなぁと思ったのですが、写真(ブログに載っています)の通りの人の波がすごくもみくちゃ状態で押し流されてしまいましたが、何故か安倍さんの傍までたどり着くことができましたので、少しばかりのブルーリボンをお渡しし、「ボランティアをしています。どうかこれからも拉致問題にお力をお願いします」と声をかけました。その時の安倍さんの瞳はとても優しく、「ああ、そうですか。わかりました。ありがとうございます」と握手をしてくださいました。隣にいた女性の方が「よかったですね」って言ってくれました。本当にこれからも拉致被害者を全員取り戻すよう力を注いでいただきたいと思っています。
今日はさわやかな気候だったのですが陽射しはきつく、そしてものすごい人ごみだったので日傘もさせなくて、1時間以上その場にいたのでもう顔も手もヒリヒリ。しかも腕を上げてビデオやカメラを撮影していたので、ただ今筋肉痛です。このような街頭での撮影は本当に難しいものですね・・・。(泣)
*9/16 安倍晋三さんの街頭演説に行ってきました(柏駅東口にて) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23860057.html
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| 9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで(2) |
( 2006.9.15,金 ) |
*写真はあおいのパパが柏タカシマヤ内で6月14日〜20日まで開催された写真展の案内板を撮影しました。(写真展会場内ではありません)
*9/14NHK放送の「クローズアップ現代」を文字化しました。
*9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23773562.html
続き
【司会者・国谷裕子さん】(スタジオにて) 「今夜は横田滋さん・早紀江さんにお越しいただいています。本当にいつも毅然として活動を続けていらっしゃる姿を見ていただけに、こうやって病気になられたり、あるいは疲れが取れにくくなったり、本当にいつもギリギリのところで活動されていらっしゃるということで、滋さん、今体調はいかがですか?」
【横田滋さん】 「ほぼ元に戻りつつありますが、まだ完全ではありません」
【司会者・国谷裕子さん】 (早紀江さんに)「あの、肩や腕の痛みで眠れないんですよね?」
【横田早紀江さん】 「はい、何か五十肩のようなものだと思うんですけど、ちょっと肩の腱が炎症起こして、それがこちらの方が全部痛くて、少しずつ注射をして良くなっております。」
【司会者・国谷裕子さん】 「でも、痛い身体を酷使していらっしゃいますよね」
【横田早紀江さん】 「何とか頑張らないとですね、ここまで全国の皆さんに本当にたくさんの方にご支援いただいて、ようやくここまで拉致問題が見つめられるようになりましたから、最後まで頑張らないと、と思っております。」
【司会者・国谷裕子さん】 「ご夫妻にとっては本当に大事な大事なお写真を、今日はいくつかスタジオの方に持ってきたんですけども、ほとんどが滋さんがお撮りになった写真で、その中で一番お好きだと先ほどうかがったのがあちらの、めぐみさんが弟さんをキスしている写真です。」
【横田滋さん】 「そうですね。めぐみは友だちがほとんど下に弟や妹がいる方が多くて、『どうしても早くめぐみんとこにも赤ちゃんが欲しい』っていつも言っていましたので、(弟たちが)生まれた時はとても喜んでいました。これはちょっと生まれた直後ではありませんけれど、いつでも弟たちを非常にかわいがっておりました。」
【司会者・国谷裕子さん】 「あの、色々な写真としてこう印象的なものがあるんですけども、特に何か私が印象的だったのはこの海を見つめている4人の姿なんですけれども、これは新潟の海を?引っ越した直後に?」
【横田早紀江さん】 「そうですね。すぐ近かったんです、家がね。それで海が近くて、海に近いところに住んだこともありませんし、こんなに海がすぐ見られるっていうのはめずらしいことで、子どもたちがもう引越しの荷物もまだ全部できてないうちに、『早く見に行こう』って言ってですね、みんなでやいやい言うものですから、とにかく『1回じゃあ見に行こう』ということで、みんなで見に来たところです。」
【司会者・国谷裕子さん】 「でもその海の向こうに・・・」
【横田早紀江さん】 「そうなんですよねぇ・・・。まさかそんなところにね、連れて行かれるなんて思ったこともないですからね。だからいつも海を見るとですね、今でももう本当に見るのがつらくて。新潟の海は本当につらいですねぇ・・・。」
【司会者・国谷裕子さん】 「何かこう海だけではなく、色んな風景もつらいんですよね」
【横田早紀江さん】 「そうですね。写真も見るともう本当に、あのブランコにぶら下がっているあれなんかも、私がタオルの柄を利用して切ってサァーっとミシンで作ったんですけど、色んなものをみんなこう見ると、その時のまんまの雰囲気ですねぇ、風の感じとか何を話していたかとか、みんなこう昨日のようにね、思い出しますね。」
【司会者・国谷裕子さん】 「それだけにその写真を公開することへのためらいがやっぱり大きかったですか?」
【横田早紀江さん】 「ええ、やっぱりね」
【横田滋さん】 「それはやはりあの、私たちにとってみれば非常に大事な写真ですけど、一般の方が見た場合、まぁそれほどあの何て言うんですかね、興味を示さないかもしれないと思って。それで、どのくらいの方が見てくださるか?っていうことは私はちょっと懸念したのですが、実際は想像する以上の多くの方が足をお運びくださいまして、感謝しております。」
【司会者・国谷裕子さん】 「でも見るのはつらい・・・?」
【横田早紀江さん】 「そうですね。本当に見るのがつらいもので、新潟もそうですけど、やっぱり過去の平和な時のことを見ると、今の彼女の状況とかを考えたりするとね、本当にもうたまらないものになるので。何でもかんでもが見るのがつらいですね、あらゆるものがね・・・」
【司会者・国谷裕子さん】 「しかし公開してみると今では『写真展を開催させてほしい』という申し出が相次いで、15万人の方が足を運んで、ものすごいメッセージを発していますよね」
【横田早紀江さん】 「そうですね、これはただたまたまめぐみの写真展としてマンションの方が言ってくださったことから始まったんですけど、やはりこの拉致問題ということが、どのご家族も拉致をされた人全部にこのような時代があって、こんなに平和だった人たちが、どれだけ多くの人がこんな目に遭っているのか、ということを表しているわけですから。私たちはめぐみのことだけではなくて、もう特定失踪者の人含めて本当に多くの方がこんな目にあ遭っているんですよ、ということを訴えています。」
【司会者・国谷裕子さん】 「ただ、拉致ということがなかなか理解されない時期が長かっただけに、こうやって今、写真を通して『私たちも開かせてください』というような気運が盛り上がってきて、まぁ皆さん、ご両親の方々高齢化して来ている中で、こう自然に動き始めてきたっていうこの動きっていうのは、ものすごく勇気づけられるものではありませんか?」
【横田滋さん】 「そうですね。やはり解決のためには世論の力が非常に大きいわけです。しかし現在は政府も一生懸命やってくださいますし、それから世論も高まってきた。それから国際化もしまして、国際的に北朝鮮への包囲網が狭まってきたり、北自身も非常に困窮しているような状態ですから、今年は何か動くんではないかと期待は持っております。」
【司会者・国谷裕子さん】 「本当に『倒れるまで』と先ほどおっしゃっていましたけれども、『できるだけのことをして思い残すことはないようにしたい』っておっしゃってましたけど・・・。」
【横田早紀江さん】 「そうですね。本当にあの子どもたちのことを思えば何とかしてあげないと。私たちはまだ自由がありますから。できることがなんでもありますから。その間を頑張って早く自由にしてあげたいと、みんな自由にしてあげたいと思っております。」
【司会者・国谷裕子さん】 「本当にめぐみさんを始め被害者の方に、親たちがこれだけ頑張ってることを知らせてあげたいですよね。」
【横田早紀江さん】 「そうですね。何か伝わっているといいんですけどね。」
【司会者・国谷裕子さん】 「はい。どうもあの、身体に気をつけて。ありがとうございました。」
【横田滋さん・早紀江さん】 「ありがとうございました。よろしくお願い致します。」
【司会者・国谷裕子さん】 「今夜は拉致被害者の家族の方々の思いを見つめました。」
*横浜市と柏市での写真展の様子を日記に少し書いています。よろしかったらご覧になってください。 ↓ ↓ ↓ *4/9 神奈川県民集会告知街頭活動 横浜にて http://aoinomama13.seesaa.net/article/16597906.html *写真展行ってこようかな http://aoinomama13.seesaa.net/article/19352826.html *写真展とヒーリング音楽 http://aoinomama13.seesaa.net/article/19657638.html
*クローズアップ現代 荒木和博BLOGより http://araki.way-nifty.com/araki/2006/09/post_c4fd.html
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
*9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで(2) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23797115.html
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| 9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで(1) |
( 2006.9.14,木 ) |
*写真は青森県民集会後、特定失踪者「今井裕さん」のお母さんのハツヨさんを励ます横田さんご夫妻です。(Tさんの撮影です)
*9/14NHK放送の「クローズアップ現代」を文字化しました。
《倒れても娘を取り戻すまで 〜広がる横田夫妻の思い〜》
【司会者・国谷裕子さん】 こんばんは。クローズアップ現代です。今夜は“北朝鮮による拉致”というテロ事件の被害者の家族の思いを見つめます。
【ナレーター】 13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさん。その救出を訴え続ける父親の滋さんと母親の早紀江さん。共に70歳を越えました。全国を回る過密な日程。身体に不安を抱えながら活動を続けています。
【横田早紀江さん】 「もうできるだけのことはしないと、最後まで。もう倒れても。」
【ナレーター】 解決の糸口をつかもうと横田夫妻は家族写真の公開にふみ切りました。写真展は各地で開かれ、これまでに15万人が訪れています。
【写真展に訪れた女性】 「自分の子どもが拉致されたらどうしよう、もう親の気持ちですよね、やっぱりね・・・」
【ナレーター】 めぐみさんが拉致されてから29年。娘を取り戻すために、命を削る横田夫妻の今を追いました。
《横田夫妻 拉致との闘い》
【司会者・国谷裕子さん】(スタジオにて) 1977年の11月、13歳の少女が北朝鮮に拉致され、消息を絶ってからまもなく29年になります。こちらが日本で撮影された横田めぐみさんの最後の写真です。事件の1ヶ月前に写されたものです。めぐみさんの成長を記録した数々の写真。ご両親にとっては見るのもつらい思い出となりました。
北朝鮮に連れ去られるというテロ事件の被害者の親たちは、自分たちが生きている間に子どもと再会したい、そして全員無事帰国できるよう訴えを続けています。しかし、被害者の親としてもっとも若い横田夫妻ですけれども、滋さん73歳、早紀江さんも70歳になりました。
かつて「拉致なんてあるはずがない」という声の中で必死に訴えを続け、国内外の世論や政府を動かしてきた家族の方々。4年前北朝鮮も拉致を認めました。しかしその後の4年、横田夫妻は北朝鮮から届けられるめぐみさんの様々な死亡宣告や情報に翻弄され、事件解決に向けた進展はありません。
しかしそうした中でめぐみさんの写真を集めた写真展が1年前から各地で開かれ、今日までに15万人の人が足を運びました。「もしわが子が拉致というテロ事件の被害者になっていたら」写真展を見た人々の心の中には静かな思いが広がっています。
体力の限界、そして病気と向き合いながら子どもの救出を訴え続けている横田夫妻。70歳を越えた闘いの日々を追いました。
《横田夫妻 命削る日々》
【ナレーター】 先月12日、講演で青森を訪れた横田夫妻です。
【横田早紀江さん】 (沿道で声を掛けられ)「ありがとうございます」
【ナレーター】 この日で全国47の都道府県すべてに足を運びました。北朝鮮に拉致された娘の救出を訴える講演。すでに1000回を超えています。
【横田早紀江さん】 「めぐみはいつも帰りたい、帰りたい、早く帰りたいと、いつもいつも日本を思って泣いてたと、帰って来られた方からもお聞きし、本当に早く助けなければ助かるものも助からない・・・」
*横田さんご夫妻と今井裕さんのお母さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/22331621.html
【ナレーター】 めぐみさんが拉致される前、家族でよく旅行に出かけていた横田夫妻。全国を廻る講演は、めぐみさんと過ごした日々を思い出す旅でもあります。この青森の海岸も35年前一緒に訪れた場所です。当時めぐみさんは小学校の低学年でした。沖合いに浮かぶ小さな島に“おにぎり島”と名前をつけたと言います。
【横田早紀江さん】 「『小さくてねぇ、かわいい島ねぇ』って言って。三角おにぎりの形をしているからね、『おにぎりみたいだね』って・・・」
【ナレーター】 家族そろって見た風景。今は夫婦二人で見るしかありません。
【横田早紀江さん】 「それはもうねぇ、この島だけではなくて、転勤していたものですから、本当にもう各地にあの子の思い出が散らばっているし、もう何を見ても、上野動物園の敷石の四角いところを歩いても、ああ、ちっちゃい時にここを走っていたなぁとか、あらゆるところで全部思い出しますからね、ここに限らずね。もう年がら年中それとの闘いですよね・・・」
【ナレーター】 めぐみさんが拉致されるまでの13年間に撮った横田さん一家の家族写真です。カメラが趣味だった父親の滋さんがいつも写していました。その中に1枚だけ家族以外の人に撮ってもらった写真があります。めぐみさんと双子の弟、滋さんと早紀江さん。一家5人がそろったただ1枚の写真です。この時めぐみさんは小学校2年生。この5年後、拉致されました。
《横田夫妻 家族写真への思い》
【ナレーター】 横田さんの家族写真は今、写真展となって各地で公開されています。めぐみさんが成長していく姿を記録した写真。家族で出かけた旅先でのスナップ。「見るのがつらい」とアルバムにしまい込んであった写真ばかりです。横田夫妻は当初公開をためらっていました。
写真展の開催を横田夫妻に勧めたのは同じマンションに住む森聡美さんです。「写真展は拉致が普通の家族を引き裂いたことを広く知ってもらう機会になる」と考えたといいます。
【森聡美さん】 「本当に大事な大事な写真なんだと思います。『その時撮った畳の匂いとかその時の音とか、そういったものも克明に思い出す』っておっしゃるんですね。『本当にその13年間がぎゅっと濃縮されている』って言いましたね。詰まっている・・・」
【ナレーター】 写真の公開を決めた横田夫妻は1枚1枚に言葉を添えました。写真に込められた思いです。
“女の子が希望だったパパの顔”。初節句の写真に添えた言葉です。“忘れられないぬくもり”。 山口県萩市への家族旅行。“ママ手作りのオレンジ色の服のめぐみ”。 拉致される1年前の夏。“花火大会の夜 花火を見るのが悲しい今”。
横田夫妻は北朝鮮が出してきた写真も写真展に加えました。長年知ることもできなかっためぐみさんの姿です。「めぐみちゃん、こんなところにいたのね。かわいそうなめぐみの表情。罪なき少女の人生を変えた北朝鮮の非道。」「何と成長しためぐみでしょう。今もこうして元気でいてね。」
写真展を企画した森さんたちは、今横田さんの家族写真を各地に貸し出しています。全国の人たちから「自分も写真展を開きたい」という声が相次いでいます。写真展は各地で開かれ、訪れた人はこれまでに15万人を超えました。会場に訪れた人たちが残したメッセージです。「幸せな家族が一瞬にして壊されてしまったことが許せません」「もし自分の子どもがこうなったら、と胸がえぐられる思いです」「自分にできることは力になりたい」
めぐみさんが拉致されてから29年。滋さんは73歳、早紀江さんは70歳になりました。横田夫妻のスケジュール表です。講演や署名活動、取材の対応で毎日が埋め尽くされています。1月に10回以上講演に出かけた時もあります。去年12月、スケジュール表に初めて大きな空白ができました。滋さんが緊急入院したのです。その10日前、山梨県で講演をする滋さんです。立て続けに地方での講演をこなしていた滋さん。血管が詰まって貧血や発熱を起こす病気になり、2ヶ月間入院しました。
【横田早紀江さん】 「私が岩手県の方に講演会の日で、やっている最中に起きていたことで、本当にそんなに大変なことだと知らなくて、夕方までわからなくて、連絡がつかないし、もうびっくりしましたけどね。本当に大丈夫かなぁと思って。」
【ナレーター】 滋さんの病気は完治していません。検査の間、今も病院に通っています。
【横田滋さん】 「自然に戻るためにはかなりの時間を要して、その間、普通の生活をしていいんだけども、無理はしないように、って言うことだったので、これから少しある程度意識して回数を減らさなかったらだめだとは思いますよね。」
【ナレーター】 今年4月、早紀江さんは療養中の滋さんを残しアメリカを訪問しました。ブッシュ大統領との面会や議会での証言、気の休まることのない1週間を早紀江さんは過ごしました。
【横田早紀江さん】 「本当に今回の訪米は私たちが思っていた以上に大きな成果があったと思っています」
【ナレーター】 慌ただしく日程をこなす早紀江さん。同行した長男の拓也さんは、毎晩肩や腕の痛みに悩まされる早紀江さんの姿を見ていました。
【横田拓也さん】 「私の横のベッドに寝ている母がですね、夜寝返りを打つ時にでさえ、たぶん無意識だと思いますが、本人も寝ているんだと思うんですけども、『痛い痛い』と言いながら声に出して寝返りを打っているわけなんですね。で、その様子を真夜中、横で見ているわけなんです、私が。本当にもうかわいそうでですね・・・。母も父も本当にギリギリのところで闘っているんだろうな、というふうなことを常に感じました。」
*写真は茨城県民集会に参加したあおいのパパの撮影です。(ブログに載っています)
*「'06 5/28 第8回茨城県民集会」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/1570710-1.html
【ナレーター】 帰国してからも早紀江さんは以前と変わらぬ忙しさで講演を続けていました。(映像 水戸の集会)この日、講演を終えた横田夫妻を待っていた人がいました。小貫絢子さん、94歳です。早紀江さんに手作りのブローチを贈り続けてきました。早紀江さんがいつも胸につけている青いブローチ。小貫さんが拉致被害者救出の願いを込めて作りました。
小貫さんは若い頃、小学校の教師をしていました。戦争中、教え子の家族が生き別れになるのを見てきた小貫さん。拉致で娘を奪われた早紀江さんにその姿を重ね合わせたと言います。
【小貫絢子さん】 「やっぱり私みたいにこんなに長生きしている人もあるしねぇ。大事な身体を遠くの・・・」(涙声で聞こえず)
【横田早紀江さん】 「元気でいてくださいね、本当にね。めぐみちゃんに会ってもらいたいから、ねっ。元気で帰って来て、これ(青いブローチ)をつけさせてあげたいからね。元気でいてください、本当に。病気にならないで。」
【ナレーター】 2ヶ月経った7月末、小貫さんはブローチを作ることができなくなっていました。手が自由に動かなくなり、リハビリのため、施設に入所しました。
【小貫絢子さん】 「まったく力が入らない・・・」
【ナレーター】 小貫さんの娘の紀子さんです。これまで見ているだけだったブローチ作り。小貫さんに教わりながら代わりに作るようになりました。
【小貫紀子さん】 「どうもありがとう。おかげでわかりました。できなかったところがわかりました。ありがとうございます。」(お母さんにお礼を言う)
【ナレーター】 紀子さんが初めて作ったブローチ。先週、早紀江さんのもとに届きました。
*写真は藤沢市民集会にて撮影しました。千羽鶴を作って持って来てくださったKさんは、青いブローチをつけていらっしゃいます。(早紀江さんからいただいたそうです ブログに載っています)
*青い千羽鶴 http://aoinomama13.seesaa.net/article/22214166.html
今、早紀江さんは講演活動の合間に病院に通っています。疲れが取れにくくなった早紀江さん。栄養剤の点滴を1年前から続けています。肩や腕の痛みも取れず、夜もよく眠れません。(映像 ベッドに横になって点滴を受ける)
【横田早紀江さん】 「こういうふうにジッとしていると痛いんです。ここ(右肩)が痛いんです。」
【ナレーター】 「娘を取り戻したい」それだけが願いです。
【横田早紀江さん】 「気持ちの上ではもういつになったら解決するかわからないしね。だけどもうできるだけのことはしないと、最後まで。もう倒れても。それはもう私は人生ですからできるだけのことをして、もう何も思い残すことはないとまですれば、もういつどうなってもいいと思っていますから。それはもう始めから覚悟して動いていますから。やはり解決しなければいけないという思いがね、あるんですよ。」
(2)に続く 次回で終了です。
*9/14 NHK「クローズアップ現代」倒れても娘を取り戻すまで(1) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23773562.html
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| お誕生日 |
( 2006.9.13,水 ) |
あおい、3歳おめでとう。
平成15年9月9日午前2時6分に私たちの娘あおいは生まれた。体重504グラムの小さな小さな赤ちゃん。産声をあげることはなかった。ほんの少し前まで心音は聞こえていたのに。涙が止まらなかった。
4日後、私は誕生日を迎えた。悲しい誕生日だった。
あれから3年。記憶にふたをしようとしている自分がいる。思い出そうとしなければ思い出せなくなっている。すべてが夢の中の出来事だったように感じる。
今日私はまた一つ歳をとった。私だけがどんどん歳をとっていく。
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| 9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(2)北朝鮮 謎のパーティー 最終です |
( 2006.9.11,月 ) |
*写真はこの番組の取材を受けた際に同行した救う会神奈川会長の川添さんが撮影したものです。フジテレビの記者がジャーナリストの高沢皓司さんにインタビューしているところです。
*9/10フジテレビ放送の「特命取材班・報道A」を文字化しました。
*9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(1)独裁国家の孤立と暴走 http://aoinomama13.seesaa.net/article/23591855.html
続き
《取材班がスイスで遭遇 北朝鮮の不可解な活動》
【ナレーター】 永世中立国スイス。金正日総書記の息子たちもこの国の学校に通うなど北朝鮮は深い関わりを持つ。ここには北朝鮮のどのような拠点があるのか?朝鮮中央テレビの過去の放送を丹念にチェックした。すると・・・。
【朝鮮中央テレビ】 「偉大なる首領金日成同志の逝去11回忌に際し、スイスのローザンヌ・ピョンヤン文化交流センターで1日と2日、回顧の集い及び映画館鑑賞会が行われました。」
【ナレーター】 スイス・ローザンヌに北朝鮮の文化交流センターがあるらしい。スイス西部にあるローザンヌ市。人口12万人。レマン湖をのぞむ歴史のある古い静かな街だ。まず向ったのは登記所。
【登記所職員】 「所有者というより借主としての登録になっていますね」
【ナレーター】 たしかに存在するようだ。教えられた場所に向う。ピョンヤン文化交流センターは薬局とパン屋が並ぶこの建物の奥にあるはずだが・・・。
【取材者】 「これだ!」
【ナレーター】 教えられた住所にあったのは、何の変哲もない3階建てのアパートだった。とても文化交流センターという雰囲気ではない。
【取材者】 「洗濯物のにおいがしますね。普通の生活空間ですよね・・・。」
【ナレーター】 中もいたって普通のアパート。建物の中を1軒1軒見てみるが、それらしい表札はない。
【取材者】 「日本のテレビ局なんですが、ピョンヤン文化交流センターを探しています。この住所であっていますよね?」
【アパートの住民】 「ええ、あっていますよ。でも知らないなぁ・・・?」
《北朝鮮パーティーの怪 謎の勧誘活動を全追跡》
【ナレーター】 センターのことを住民たちは「見たことも聞いたこともない」と言う。しかし、登録されている住所はたしかにここだ。ホテルに帰って調べてみると、インターネットの電話帳に登録されていた。ピョンヤン文化交流センターは旅行代理店として登録されていた。その電話番号にかけてみると―。
【取材者】 「ピョンヤン文化交流センターで間違いないですか?」
【ピョンヤン文化交流センター】 「はい」
【取材者】 「スイスからピョンヤンへのツアーとかあるんですか?」
【ピョンヤン文化交流センター】 「旅行はあります。でもジュネーブにある北朝鮮の大使館に直接連絡しないといけません。ビザの発給はそこでやっているので。」
【ナレーター】 電話の相手は、まず北朝鮮大使館に連絡をとることを強く勧めてくる。
【取材者】 「旅行のパンフレットなどはありますか?私はローザンヌにいるので。」
【ピョンヤン文化交流センター】 「あなたはローザンヌにいるんですか?」
【取材者】 「はい」
【ピョンヤン文化交流センター】 「あなたはローザンヌにいるんですね?」
【取材者】 「はい」
【ナレーター】 ローザンヌにいるということを繰り返し確認すると、先方はとても丁寧にこう尋ねてきた。
【ピョンヤン文化交流センター】 「明日土曜日にベルンの近くにある北朝鮮大使館に来られませんか?」
【取材者】 「ベルンですね?」
【ピョンヤン文化交流センター】 「明日5時に来られますか?」
【ナレーター】 「翌日大使館でパーティーがあるので来ないか?」と言う。こちらが少し戸惑っているとさらにたたみ掛けてきた。
【ピョンヤン文化交流センター】 「大使館とコンタクトをとるチャンスですよ。悪くないと思いますよ。薬局がありその隣にパン屋があります。そこで午後3時に待ち合わせて一緒に行きましょう!」
【ナレーター】 こちらの身分も確かめないまま、待ち合わせの場所と時間まで指定してきた。その場所とはあのアパートの手前にあった薬局とパン屋の前だ。
【取材者】 「お名前は?」
【ピョンヤン文化交流センター】 「カルブフェスです」
【ナレーター】 その苗字はたしかにセンターの住所のあるアパートの郵便受けにあった。電話の相手はあのアパートの住人なのか?とても実態があるように思えなかったピョンヤン文化交流センター。しかし、そこにいるらしき人物は突然次の日の北朝鮮大使館のパーティーに誘ってきた。こちらの身分も国籍も、名前すら尋ねずに・・・。
本当にこの電話の主は約束の場所に現れるのだろうか?取材班は次の日、約束の3時に現場に行ってみることにした。果たして―。
しばらく観察していると、薬局とパン屋の間にたしかに一人の男が立っていた。男は落ち着かない様子であたりをウロウロしている。本当にこの男が前の日の電話の相手なのだろうか?確かめるため、男に近づくことにした。女性記者が待ち合わせ場所に到着すると、男は建物の陰に隠れ品定めをするように様子をうかがう。女性記者が何度も教えられた携帯電話に電話をするが、決して電話には出ようとはしない。
今度は自分から女性記者に近づきすれ違った。そして再び物陰に隠れてしまう。明らかに前夜の電話で待ち合わせた人物かどうか確認しているようだ。しかし・・・。女性記者が現場から少し離れると、男は物陰から出て止まっていた車に近寄った。運転席にいたのはアジア人。北朝鮮人なのだろうか?
車のナンバーの左端には、外交官車両を意味する記号“CD”が見える。北朝鮮大使館の車なのか?大使館のあるベルンの方向へ。しかし10分後、突然高速を降りた。湖のほとりの小さな町で向った先は―。
【取材者】 「駅がある。ちょっとみんな低くなってください。彼らは駅に来て誰かを探しに来ているようです。」
【ナレーター】 一行は車を降り、この町の駅に誰かを迎えに行ったらしい。数分後、アジア人の運転手と先ほどのサングラスの男に連れられて、緑色のセーターを着た小柄なアジア人の女性と背の高い若い白人の男性の姿が現れた。満面の笑顔。二人とも楽しげだ。一体、二人はどういう経緯で、こんな小さな町の駅で待ち合わせをしてこの車に乗り込むことになったのだろうか?やはり電話がきっかけだったのだろうか?新たに2人を乗せて車は一路ベルンへ。
【取材者】 「中に入りました。これです。この左のドアです。ここに入りました。」
【ナレーター】 そしてたしかにベルン郊外にある北朝鮮大使館に入って行ったのだ。この北朝鮮大使館で今夜本当にパーティーが開かれるのか?我々は大使館を直撃した。
【取材者】 「日本のテレビ局です。今夜パーティーがあると聞いたのですが?」
【北朝鮮大使館】 「閉まっている・・・」
【取材者】 「今夜パーティーがあるって聞いたんですが?」
【北朝鮮大使館】 「パーティーはないよ」
【取材者】 「パーティーは行われないの?」
【北朝鮮大使館】 「何もないよ」
【取材者】 「ローザンヌから人が来ているでしょう?」
【北朝鮮大使館】 「誰もいない。閉まっている。」
【ナレーター】 「パーティーはなく、誰も来ていない」と言い張る。しかし一行を乗せて来た車はたしかに敷地内に止まっている。一体、この一連の不可解な出来事は何を意味しているのだろうか?特定失踪者問題調査会の荒木代表に意見を求めた。
【特定失踪者問題調査会・荒木和博代表】 「まぁ、パーティーでないことだけは間違いないですよね。ただその、本人たちがある程度それをわかった上で行ったのか?あるいはまったくわからないで騙されて連れて行ったのか?というのは、そこはちょっと断言しにくいけども・・・。スイスで誰かいなくなったとしてね、『ああ、この人いなくなった。これは北朝鮮に拉致されたんだ!』なんて絶対に思わないですよね。何か不正な目的で(若い男女を)連れて行ったんだろう、とだいたい想像はつきますよね。」
【ナレーター】 たしかに日本の失踪者リストにはスイス・ツェルマットで失踪した佐藤順子さんがおり、北朝鮮の拉致が疑われている。
*特定失踪者「佐藤順子」さん 平成12(2000)年7月失踪 調査会リストより http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=178&mode=search3
【特定失踪者問題調査会・荒木和博代表】 「これ1回だけやっていたってことは絶対にありえないから。当然他にも同じように何回も何回もやっているだろうし・・・。」
【ナレーター】 その言葉を受け、ピョンヤン文化交流センターにもう一度電話してみた。
【取材者】 「もしもし、ピョンヤン文化交流センターですか?一週間ローザンヌで過ごすんですが、そちらではどんなことをやっていますか?」
【ピョンヤン文化交流センター】 「もしよろしければ、9月6日にジュネーブでレセプションパーティーがあるんです、6時半に。色んな人に会えますよ!」
【ナレーター】 何と、またパーティーに誘われたのだ・・・。ピョンヤン文化交流センターが何かの理由で「外国人を集めようとしている」のは間違いないようだ。
「北朝鮮から拉致指令を受けたことがある」という元日本人工作員はこんな証言をしている。
【元北朝鮮工作員・坂本氏(仮名)】 「(拉致の拠点は)スイスが多いんじゃないですかね。大使館の車で国境を越えてモスクワまで行って、モスクワから飛行機で直行とか、そういうケースが多いですね。よく言うよど号の彼らもそういう手を使ったと聞いています。」
【ナレーター】 そのよど号ハイジャック事件の首謀者の親友で、拉致を実行した妻たちからその全容を聞き出した高沢皓司氏が驚くべき実態を発した。
【高沢皓司氏・ジャーナリスト】(よど号メンバーから直接取材) 「そうなんだよ。“第二の拉致ルート”なんだよ、それは。」
【ナレーター】 “第二の拉致ルート”とは一体・・・?
【高沢皓司氏・ジャーナリスト】 「“第二の拉致ルート”なんだよ。それをあなた方は発掘したわけだ。ヨーロッパを中心にした“拉致ルート”っていうのは二つあってですね・・・」
【ナレーター】 拉致被害者の有本恵子さん・石岡亨さん・松木薫さん等が連れ去られたとみられているのがオーストリアのウィーン、クロアチアのザグレブを拠点とする拉致ルート。一方、“第二の拉致ルート”はスイスと深く関わっているという。
【高沢皓司氏・ジャーナリスト】 「(スイスは)入国しやすいんじゃないか。中立国(スイス)っていうのは、そういうふうに利用されるんだよ。東欧にすぐ抜けられる。東欧からは朝鮮民航の飛行機が飛んでいます。それでモスクワにも抜けられます。これがいわゆるヨーロッパを舞台にした二つの拉致ルートの二番目のルートです。今回、その二番目のルートっていうのは初めて明らかにされるルートです。」
*下記の裁判においてよど号犯妻がスイスに滞在したことや、高沢皓司さんに会ったことなどを話しています。 ↓ ↓ ↓ *'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/4188157.html *'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/4199411.html *'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(4) http://aoinomama13.seesaa.net/article/4203840.html
【ナレーター】 「報道A会議室」に集まった専門家たちも驚きを隠せなかった。
【平沢勝栄氏・衆院議員】 「日本人以外の国の人たちっていうのは、案外まだこういう危機感って言いますか警戒感っていうのはないですから、引っかかるんじゃないかということで、もし(こういう事を)やっているとすれば本当に驚きですし、北朝鮮っていうのはまだ懲りてないなぁという感じがしますけどね。」
【山本一太氏・衆院議員】 「かなり色んな意味で追い詰められていると言う中で、これとどれだけ同じ事をしてきたのかわからないんですけど、やはりとにかく一人でも二人でもどんなきっかけでもいいからそのシンパを増やすとか、どんな情報でもいいから何とか収集したいと、そういう何て言うんですかね、切迫した状況の一つの発露のような気もしますね。」
【鈴木琢磨氏・毎日新聞編集委員】 「日本でも北朝鮮シンパを70年代でしょうか、ずっとこう集めている時の、主に集まる人の雰囲気を今も感じてちょっと驚きましたね。」
【惠谷治氏・ジャーナリスト】 「これはもう完全に金正日の意思による犯罪であってですね、まぁ我々から見れば日本でこれほど騒がれているのに、ローザンヌあるいはベルンでこういう事をやっている、と不思議に思いますけども、私は世界各地でああいうかたちでシンパ作りでそれが何らかの事情で返さない拉致あるいは工作員化に成功して、各地に派遣しているのが北朝鮮の実態だろうと思います。」
【ナレーター】 取材班が遭遇した事態は、今なお一切変わらない金正日政権の実態を暴いたものだったのか?
【司会者・櫻井よしこさん】 実はこの番組で北朝鮮の取材を担当した複数の記者の周りにこの1〜2ヶ月の間、不可解な事態が発生し続けています。もちろん、確証はありません。けれども、もしその不可解な事態が北朝鮮の取材に関連した結果起きたものであるとしたら、事態は由々しきものであります。
ただ、このような事が起きたからといって私たちは北朝鮮の取材をやめたり、その問題から目をそらしたりすることはありません。これからも北朝鮮取材しっかりと続けてまいり、そして報告をしていきたいと思います。
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
*9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(2)北朝鮮 謎のパーティー 最終です aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23624898.html
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| 9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(1)独裁国家の孤立と暴走 |
( 2006.9.10,日 ) |
*9/10フジテレビ放送の「特命取材班・報道A」を文字化しました。
《独裁国家の孤立と暴走》
【司会者・櫻井よしこさん】 今、北朝鮮で最も価値のある通貨は中国の人民元だと言われています。もはや中国の経済援助なしには存続できない、にもかかわらず、ミサイル発射で中国との対立を深めたのは金正日政権です。拉致に麻薬・偽札作りにミサイルの連続発射。そして次に予想される核実験。理性や理屈では理解できない一連の動きは、すべて金正日総書記一人の生き残りのためだと思われます。
この究極の独裁体制の国に私たちはどう向き合えば良いのか?その答えにたどり着くために北朝鮮の最新情報をもとに考えます。
《「人民にも米をくれ」 高まる悲鳴と不満》
【ナレーター】 これは今年5月、北朝鮮北東部端川(タンチョン)で撮影された映像だ。市場の横のゴミ捨て場。川べりに積み上げられたゴミの山の奥で、幼い兄弟がゴミを物色していた。一体、ゴミの中から何を探して持ち帰るのだろうか?子どもたちはひたすらゴミを掘りおこし続ける。ここでは金正日体制が維持される中で打ち捨てられてきた人々の生活が克明に記録されている。
「あっちに行きなさいっ!」まだ幼い少年を男性が邪険に追い払う。それでもめげずにすぐ立ち上がる。こんなことはいつものことなのだろうか。「おばさん、少しください」少年は市場の片隅で物乞いをして何とか生き延びていた。食べ物をもらい、むしゃぶりつくように食べる少年。その間も頭を小突かれてしまう。それでも気にせず食べ続ける。「どっか行ってよ、もう!」
食べられる物は何でも食べる。落ちた食べ物をもう一人の少女とケンカしながら奪い合い、ほお張る。救いようのない飢餓と貧困。これが北朝鮮の子どもたちの現状なのだ。
そんな北朝鮮では貴重品であるはずの米。しかし駅には何故か大量の米袋が置かれていた。袋には“大韓民国”と書かれており、これは韓国からの援助米だということがわかる。飢餓を救うための援助米が人々に届かず、軍隊に行ってしまうことを裏付けるスクープ映像だ。
こんな張り紙が出現していた。“先軍政治のために人民は死ぬ。軍隊にだけ米を食べさせず、人民にも米をくれ!”
【北朝鮮の人々】 「去年の冬に貼られていたものが今年も貼られているね・・・」
【ナレーター】 この国の現状に人々も少しずつ疑問を抱き始めている。ギリギリの状態にまで追い詰められているかに見える北朝鮮。しかし2006年7月5日、未だ衰えていない軍事力を見せ付けるかのように7発のミサイルが連続発射された。追い詰められているはずの北朝鮮。そのどこにミサイルを発射させる力を蓄えているのか?その疑問を解く鍵は・・・?
《スクープ映像に残る謎 同行者の意外な正体》
【記者】 「これ、そうじゃないですか?」
【ナレーター】 この世界的スクープ映像に隠されている。今年6月、FNNは金正日の二男・金正哲氏を撮影することに成功した。最も後継者に近いとも言われる正哲氏は、ドイツで行われたエリック・クラプトンのコンサートに姿を現した。傍にはピッタリと寄り添う若い女性。女性の左手の薬指には指輪が光る。二人は婚約、もしくは結婚をしているとも推察できる。
【記者】 「あっ、写真撮ってるよ」
【ナレーター】 この映像には大きな謎が残されていた。随行していた男性3人の正体は?中でもこの白髪の小柄な随行員に対して正哲氏は常に気を使い、全幅の信頼を置いているようだった。一体、何者なのか?
その正体を知る人物に会うことができた。日本人の元北朝鮮工作員だ。
【元北朝鮮工作員・坂本氏(仮名)】 「今、右にいる人は“パク・ヨンムン”という人です」
【ナレーター】 名は“朴容文(パク・ヨンムン)”。どんな人物なのか?
【元北朝鮮工作員・坂本氏(仮名)】 「年は65歳くらいですかね。昔、朝鮮大聖総局の社長をやって、一時マカオにおりました。」
【ナレーター】 “朝鮮大聖”と書く。
【元北朝鮮工作員・坂本氏(仮名)】 「党中央財政局の下部組織ですよ。外貨を稼ぐための商社です。金正日直属の商社として活躍しています、今も。」
【ナレーター】 後継者候補に付き添っていたのは「外貨を稼ぐ金正日直属の商社の社長だった」と言う。一商社の社長がこれだけ後継者候補と親密な関係にある、という実態は「外貨を稼ぐ」ということが今、北朝鮮でどれだけ重要視されているかをうかがわせる。
さらに、正哲氏にピッタリと寄り添う若い女性がとったこの行動にさらなる謎が浮上した。さりげなく朴氏のジャケットの襟を直す女性。それに対し朴氏は礼を言うでもない。正哲氏の妻、もしくは婚約者と見られる女性に襟を直されても当然といったその態度。そんな様子から朴氏と女性の関係に一つの仮説が浮かぶ。女性は朴氏の娘とは考えられないか?
法人類学の権威(東京歯科大学・橋本正次教授)に分析してもらった。
【東京歯科大学・橋本正次教授】 「顔の部品ですよね。目とか鼻とか口とか輪郭とか・・・。」
【ナレーター】 遺伝しやすい顔のパーツを(映像から)取り出し、二人を比べてみる。
【東京歯科大学・橋本正次教授】 「目じりのこういうところは似ていますよね。口元なんかも似てはいますよね、鼻も。似ているところは多いですよ。」
【ナレーター】 中でも特に注目したのは、親子で大きく違うことも多いという耳の形だ。
【東京歯科大学・橋本正次教授】 「縦に長い耳をしていて、こういうところに膨らみがある。それがこの女性も同じように縦に長い形状をしていて、同じようなところにこういう膨らみが出てきていると。耳の遺伝子がこの人に伝わっていて同じようになっているなら、(親子の)可能性は高いっていうことにもなるし・・・。」
【ナレーター】 やはり「朴氏と女性は親子の可能性がある」と言う。党や軍の関係者ではなく、商社の社長が後継者候補の側近となり、さらにその娘が妻・もしくは婚約者になっているとすれば、それはまさしく金正日政権が今、いかに資金力を必要としているかを物語るものではないか?
《追い詰められた北朝鮮 ミサイルの次は・・・》
【ナレーター】 北朝鮮に詳しい国会議員と専門家に「報道A会議室」に集まってもらった。金正日政権の置かれた現状をどう見るか?
【山本一太氏・衆院議員】 「どうも最近金正日のやっていることを見るとですね、この間の7連射もそうなんですが、何かちょっとね、判断に狂いが生じてきたんじゃないかと。」
【惠谷治氏・ジャーナリスト】 「やはり一番打撃があるのは金融制裁、それが効いている。それで銀行取引ができなくなり、となれば現金決済だと。その現金が今度は偽札。もう本当に今、追い詰められている。もうこれは時間の問題だ。」
【山本一太氏・衆院議員】 「これからの日本外交の対北朝鮮政策における最大のポイントは『核実験を防ぐ』っていうことなんですね。」
【平沢勝栄氏・衆院議員】 「核実験をやるっていうことは北朝鮮の最後のカードですから、これをもし切ったとすれば北朝鮮は終わりだと思います。」
【鈴木琢磨氏・毎日新聞編集委員】 「彼らがやはり一番求めているのは自分たちの体制の維持。もっと言うと世襲ですよ、やっぱり。それ以外にないわけですから。僕はそういう中では地下核実験はあると思いますね。最後のカードですけれど、最後のカードゆえにやりますね。」
【山本一太氏・衆院議員】 「えっ、やるの?」
【司会者・櫻井よしこさん】 「ただ、そのような計画を持っていたとしてもですね・・・」
《取材班がスイスで遭遇 北朝鮮の不可解な活動》
【ナレーター】 (北朝鮮は)追い詰められた末に核のカードを切るのか?それが最大の問題だと専門家たちは口をそろえる。では金正日政権はどこまで追い詰められているか?取材班は「北朝鮮の重要な経済基盤がある」というスイスに向った。そしてそこで我々は偶然にもとんでもない事態に遭遇する。
拉致の原型か?第二の拉致ルートか?スイスを舞台に繰り広げられていた北朝鮮の不可解な活動の一部始終を目撃。大使館で開かれるというパーティーに招待された取材班。何者かと待ち合わせて車に乗り込み、大使館に向う若者たち。北朝鮮、謎のパーティー。その驚くべき実態とは。
(2)に続く
*9/10 フジテレビ「特命取材班・報道A」(1)独裁国家の孤立と暴走 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23591855.html
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| 9/4 フジテレビ「ニュースJAPAN」北朝鮮収容所の実態 |
( 2006.9.7,木 ) |
*9/4フジテレビ放送の「ニュースJAPAN」を文字化しました。写真はテレビから撮影しましたので不鮮明で申し訳ございません。(写真はブログに数枚あります)
【司会者・松本方哉さん】 さて、FNNは北朝鮮からの脱北に失敗した人々が収容される施設の映像を独占入手しました。
【司会者・滝川クリステルさん】 日本人拉致の前線基地とも呼ばれた“清津”(チョンジン)の収容所、その実態です。
《北朝鮮「収容所」の実態》
【ビデオの撮影者】 「ここも電線・・・。ここも電線・・・。」
【ビデオの中の女性】 「以前、脱北者が出たから電気をつけたんでしょう?」
【ビデオの撮影者】 「ああ、一度逃げようとして電気に触れて死んだんだって。」
【ナレーター】 塀に張り巡らされた鉄条網。門の上に掲げられた看板。(映像 “偉大なる金正日同志”と書かれた看板)これは今年6月、北朝鮮で撮影された脱北者の収容所のスクープ映像だ。(脱北者による撮影)
北朝鮮第三の都市・清津(チョンジン)。北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが最初に連れて来られた街でもある。そこにひっそりとたたずむこの建物。別の場所には「労働教養隊・生活準則」と書かれた張り紙が・・・。
【ビデオの撮影者】 「刑務所と同じだよ。この中には囚人たちがたくさんいる。あの塀を見てよ。どれほど高いことか・・・。」
【ナレーター】 高さ2メートルを超える塀。ここは脱北に失敗した者が収容される施設なのだ。刑が確定するまでの間、すべての脱北者はこうした施設に収容される。
【ビデオの撮影者】 「あれは囚人たちが入る病室だ。」 「ここは食堂。トウモロコシも食べさせるし、草もたべさせる・・・。」
【ナレーター】 劣悪な環境での生活を余儀なくされている脱北者たち。さらに映像には収容所の外で砂をふるいにかけ、運び続ける脱北者たちが映し出されていた。横には革ジャンを羽織った男がいる。
【ビデオの撮影者】 「あー、砂をああやって大変だろうな。ずっと監視しているな、立って。」
【ナレーター】 この映像について関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授は―。
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「敷地の中で根性をたたき直すという意味での鍛錬、あるいは労働教養が本筋だったんですけどもね、だんだんそれが拘置所の金儲けのために外へ出していく、ということになってきた。」
【ナレーター】 いまだに収容所では、賃金のピンはねや釈放のために収容所の家族が賄賂を支払うことが横行しているという。
【司会者・滝川クリステルさん】 はい、過酷な状況をご覧いただきましたが、今北朝鮮のミサイル再発射や核実験の可能性もあると言われていますよね。
【司会者・松本方哉さん】 まぁ、本当のところはわからないんですが、ミサイル発射や核実験については、今月9日の北朝鮮の建国記念日や14日の米韓首脳会談、これなどが危険性の高いタイミングと見られていまして、警戒・監視の動きが続いています。
【司会者・滝川クリステルさん】 張り詰めた状況なんですよね。
【司会者・松本方哉さん】 六ヵ国協議の共同声明が採択されて1年経った現在、事態は逆に刻々と深刻な状況へとはまり込みつつあるようです。
*'04 11/2 国際シンポジウム 金英順さん(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10712128.html *脱北者の証言《資料より》(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/9685031.html *'06 8/20 TBS「報道特集」(1)〜(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/22609192.html
*9/4 フジテレビ「ニュースJAPAN」北朝鮮収容所の実態 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/23332256.html
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| 9/3 TBS「報道特集」北朝鮮に核実験の兆し(3) |
( 2006.9.6,水 ) |
*9/3TBS放送の「報道特集」を文字化しました。
*9/3 TBS「報道特集」北朝鮮に核実験の兆し(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23266655.html *9/3 TBS「報道特集」北朝鮮に核実験の兆し(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/23299813.html
続き
《権力構造の変化》
【ナレーター】 北朝鮮の危険な外交方針は本当に金正日総書記が考案したのだろうか?韓国の専門家たちの意見はこうだ。
【朝鮮日報・龍源(ユ・ヨンウォン)軍事専門記者】 「最終決定は金正日が行なったのです。」
【韓国攻防研究院・白承周(ぺク・スンジュ)室長】 「最終的には軍が企画した案を金正日が承認するんです。」
【ナレーター】 そのミサイル発射の決断を促したのが二人の有力な側近だと言われる。
「李容哲(リ・ヨンチョル)」 「李明秀(リ・ミョンス)作戦局長」
李明秀(リ・ミョンス)総参謀部作戦局長、李容哲(リ・ヨンチョル)朝鮮労働党中央委員会第一副部長。表舞台には出ないこの二人こそ、今回のミサイル発射を金正日に提案した側近中の側近であることが韓国政府筋の発言で明らかになった。
北朝鮮では最高人民会議や重要人物の総議委員会が開かれるたび、終身1位の金正日を筆頭に幹部一人ずつへ序列順位なるものが与えられる。しかしその順位からは、誰がミサイルや核開発についての提言を行うのか?うかがい知ることはできなかった。
軍事に関する指令系統は、金総書記を最高指揮官に“朝鮮労働党組織”と“国家の組織”に分けられている。その双方から選ばれた“軍事政策最高意思決定機関”を中心に、下は“朝鮮人民軍”の各部局に至るまで、網の目のように組織が広がっている。
キーパーソンとされる二人は、この巨大組織の中で“党中央委員会”と“朝鮮人民軍作戦局”という組織に所属している。「金総書記が最も信頼をおくこの二人の人物がミサイル発射実験を進言した」という。
だがミサイル発射実験は失敗。その上、中国やロシアまでが北朝鮮を非難する決議に加わるなど、対話を引き出すどころかより孤立を深める結果となった。(映像 7月15日アメリカニューヨーク国連安全保障理事会)
これまで度々北朝鮮内部の情勢を語ってきた元朝鮮人民軍幹部の朴氏。彼も今回初めて我々の前でこの言葉を口にした。
【元朝鮮人民軍幹部・朴吉男(パク・キルナム)氏】 「ミサイルが外交カードにならない以上、北朝鮮にはもう1枚のカードしか残されていません。強硬路線の行き着く先は核実験です。」
【ナレーター】 北朝鮮公式ホームページ「NAENARA(メナラ)」。 *注(http://www.kcckp.net/ja/)ミサイル発射直後、ここに外務省スポークスマンのコメントが掲載された。
*注:クリックは各自の判断でお願い致します。
「我が軍隊がミサイルを発射した事に関連して、違反だの挑発だの制裁だのと大騒ぎしている。今回のミサイル発射は我が軍隊が行った軍事訓練の一環である。一つ聞くが、アメリカと日本は我が国の周辺で多くのミサイルを発射しながら、一度でも通報したことがあるのか?」(北朝鮮外務省の声明)
さらに7月17日には、北朝鮮外務省の声明も「アメリカと日本が行うミサイルの発射は合法的なものであり、我々が自分を守るために行うミサイル発射訓練は不法なものであるというのは強盗の論理である。」
だが「この北朝鮮政府の対応からも内部の混乱が読み取れる」という。
【韓国攻防研究院・白承周(ぺク・スンジュ)室長】 「『ミサイル発射は我が軍隊の正常な訓練であった』と書いてあります。普通外務省は『我が共和国』という言葉を使うのですが、『我が軍隊』という言葉に意味があります。」
【元朝鮮人民軍幹部・朴吉男(パク・キルナム)氏】 「外務省の中では『事件はいつも軍部が起こして後処理はいつも我々だ』という不満がものすごく大きい。」
【ナレーター】 これまで北朝鮮内部には、“強硬論を主張する軍部”と“改革解放対外融和を唱える改革派”という二つの勢力がある、と言われてきた。しかし金総書記は現在、日本との拉致問題や開城(ケソン)工業地域開発を失敗させた融和路線の党幹部を信用していない、とされている。軍が核カードを進言すれば、金総書記が受け入れる可能性が十分あると見られる。
【韓国国防研究院・金泰宇(キム・テウ)氏】 「核実験を行う能力はすでに何年も前から備えていたと我々は見ています。北朝鮮の核実験とは、出来る・出来ないの能力の問題ではなく、政治的決断の問題なのです。もし核実験をするとすれば中国や韓国に接する所は避け、北東部の吉州豊渓面(キルジュフンゲミョン)が有力です。北朝鮮で核実験場を確保するのはそれほど難しいことではありません。」
【軍事ジャーナリスト・惠谷治氏】 「地下核実験を行った場合、地下水汚染が心配です。これまでの地下実験は、アメリカにしろパキスタンにしろ砂漠地帯で、そういう水源がない地点で行われました。しかし北朝鮮の場合は少ないとはいえ森林地帯ですし、これはやはり環境破壊、本当の意味での環境破壊になる。」
【ナレーター】 その核実験はいつ実施されるのか?
【関西大学・李英和(リ・ヨンファ)教授】 「近い時期に、例えば『9月9日の建国記念日に向けて』という説もありますけれどもね、それはどうもなさそうです。あまりに9月9日と同時多発テロの9月11日が近すぎて大変な誤解を招く、北朝鮮の計算以上のですね、アメリカの過剰な反応を引き出しかねない。半年とかそういう単位で見ますと半々かなと。いずれかの時期に『必ずやる』ということは間違いない。そういった意味では中期長期的には100パーセントだと思います。」
【ナレーター】 今月にも訪中を予定していると言われる金正日総書記。核実験を行えば中国との亀裂はさらに深まりそうだ。それを覚悟で核実験に踏み切るのだろうか?
9月1日、アメリカは地上配備型の迎撃ミサイル発射実験を行った。地上配備型の迎撃ミサイルの発射実験はこれまで失敗続きだったが、ついに実験に成功した。5日前(8月29日)には神奈川県横須賀港にアメリカ軍のイージス艦“シャイロー”が配備された。この船には海上配備型の迎撃ミサイルが搭載されている。迫り来る弾道ミサイルを陸から海から迎撃しようと備えるアメリカ。昨日(9月2日)朝鮮中央通信はこんな放送を行った。
【朝鮮中央通信】(9月2日) 「朝鮮半島情勢を緊張させ、我が国に戦争の危険をもたらす主犯が他ならぬアメリカであるということをはっきりと示している。それに対し、我々は軍事優先の旗の下に自衛的抑止力を強化している。我が軍隊・人民の意志と決意をさらに確固たるものにす | |