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2006年01月の日記
| 1/19 東京集会14 西岡力さん |
( 2006.1.30,月 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です 多少読みやすいように変えております)
【西岡力さん・救う会常任副会長】
ちょっと私の方からも「今の拉致はどういうかたちで行われていたのか」という頭の整理をしてみたので、その問題提起をさせていただいて、そして質問があれば受けたいと思うんですが。
今惠谷さんがまず拉致のかたちとしてですね、3つ言ったんですね。「遭遇型」がある。拉致を目的に(日本に)入って来たんではなくて、別の目的で入って来て、見られてしまった、遭遇したと。それで拉致が行われた。
もう1つは「マグジャビ型」。“マグジャビ”というのは朝鮮語で「むやみやたらに」という意味だと惠谷さんが言いましたけれども、「マグジャビ型」というのは、人定がされていない段階で入って来て「若いアベックを連れて来い」とか、いうかたちで連れて行かれたと。これが「あった」ということを証言しているのは安明進なんです。そう言っています。
それから3つ目が「人定型」です。工作員がまず人定をして、そして海岸に連れて行って“戦闘案内員”に渡します。(日本でよく「工作員」と言いますが、北朝鮮では「工作員」「偵察員」「戦闘員」「案内員」の4つに分類されているそうです)
そして今度は、拉致の目的が今までに明らかになっているものは、4つあるいは5つあります。1つは工作機密の隠蔽である。2つ目が身分の取得。3つ目が工作員の教官。4つ目が工作員として使う。これはよど号グループがそうですね。そして5つめに惠谷さんが「検討の必要がある」と言ったのは「専門知識を取得する」と。これはまだ実例が挙がってはいないんですが、しかしそれは想定されるということです。
そうするとですね、「遭遇型」をAとして、「マグジャビ型」をBとして、「人定型」をCとする。そして目的の方の工作機密隠蔽を1位、身分取得を2位、工作員教師を3、工作員を4、専門知識を5とすると、Aの1・2・3・4・5と考えられる。
「遭遇型」ではAの1が明らかになっていて、これは寺越さんたち。それ以外にAの2・3・4・5というのは、今のところ明らかになっていません。
そして次の「マグジャビ型」をBとすると、Bの3しか明らかになっていません。工作員の教師。この部分が一番問題になるわけです。「マグジャビ型」で工作員の教師とするのがあったのかどうか。今表に出ているのは横田めぐみさん・地村さん・蓮池さん・市川さん・増元さん、そして曽我さん母子・富山のケース。誰かに連れて行かれて海岸に行ったんでは少なくともない、海岸の近くにいたわけです。そして襲われている。「マグジャビ型」とも思われる。
それから今度Cで「人定型」。で、Cの1はないんですが、Cの2で身分の取得では久米裕さんと小住健蔵さんと原敕晁さんが含まれる。Cの3では田中実さんと田口八重子さん。Cの4で松木薫さんと石岡亨さんと有本恵子さんの存在があって、今のところCの5というのはまだ判明していないと。
*北朝鮮拉致事件関連年表 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com/nenpyo.html
ここで問題になるのが「マグジャビ型」があったのかどうかと。今「マグジャビ型」とも想定される横田さん・地村さん・蓮池さん・市川さん・増元さん・曽我ひとみさんと富山のケースの内ですね、独断的な犯人像が明らかになっているのが、地村さん・蓮池さん・曽我さん・富山のケースなんですね。犯人が目撃されている、被害者が証言をしているわけです。このケースはみんな「4人」だと言っているんです。地村さんも蓮池さんも曽我さんも富山の人たちもみんな「4人で襲われた」と言っています。
それで、4人の内3人が“戦闘案内員”で1人が“工作員”であったと思われます。地村さんは(拉致実行犯は)「辛光洙(シンガンス)とあと3人だった」と。蓮池さんは「朴(パク)がいた」と。そして「3人だった」と。曽我さんは「3人の男が後ろから歩いて来て襲われた」と言っています。そして「女性工作員、その中年の女性と一緒に工作船に乗って清津まで連れて行かれて、清津から・・まで一緒に行って、その女性はある期間教育係だった」と言っています。それもつまりは女性は“工作員”で3人が“戦闘員”。
富山も「4人」と警察は認定しているんです。たぶん事件直後に4人と言っているわけで、その中に辛光洙(シンガンス)と似ている人間がいたわけで、少なくとも辛光洙(シンガンス)は当時40才代ですから、40才代の工作員がいて、辛光洙(シンガンス)なのかあるいは違うかもしれませんけれども、歳とったのがいて、そして“戦闘員”は20才代で3人いたと。
だとすると、安明進の話では「マグジャビ型」で当初やったところを、工作員の教官として使えない人もいたので、あとで日本国内の組織に人定をさせてそれで上手くいったと、いう話を工作機関の教育係から聞いているんですが。
しかし「人定型」はその「マグジャビ型」と並行して、あるいは先に行われていますので、その説明だけでは、まぁ、教師のリクルートの部分だけについて・・なのか限定的だと思いますが、つまりBの3、「マグジャビ型」で「工作員の教師を連れて来い」というかたちがあったのかと。あったとすると、そこの部分については日本国内の協力者の存在というのはあまり考えられない。
工作員も日本の事情を知っている工作員が・・数ヶ月とか、私は一緒にやって来たかもしれないと思っているのですが、来て、そこで土地勘のある人間と3人で、まぁ安明進に聞いたら「1人が1人を拉致するのは簡単なんだ」と。2人拉致するのに予備で3人で行って、日本の事情をわかっているのはもう1人いたんじゃないのかと。
もう少し厳密にですね、それをじゃあ今度は惠谷さんのおっしゃっていた「何部の所属でどうなのか」ということをあてていって考えなければいけないんですけれども。
こういうふうに考えていくと今回、今日警察庁に行きまして、警備局長が年末に「拉致被害者から新たな状況を聞いた」と。その結果「拉致の実行犯は今まで考えているよりは限定されているのではないか。同じグループが何回も拉致していたんじゃないか、と今思っている。それはだから、一つの班が何人でどういう目的があったかということを、もう一回洗い流さなくてはいけない」という話をしていたんですが。
その場合に“実行犯”というのが「マグジャビ型」なのか「人定型」なのか「遭遇型」なのかと。目的が「教師」なのか「身分取得」なのかあるいは「工作員」として赤軍派の仲間にしようとしたのか。全体像としてそれを考えていかなくてはならないんだと。今の段階で言えるのはこのくらいかなと私は整理しています。(大拍手)
*拉致被害者リスト 救う会HPより http://www.sukuukai.jp/shiryo/index.html *「'06 1/19 東京集会14」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/1065063.html
*1/19 東京集会14 西岡力さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12567247.html
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| 1/26 裁判所に行ってきました |
( 2006.1.29,日 ) |
あおいのママとパパは1月26日に、街頭活動(チラシ配り)と古川さんの裁判を傍聴してまいりました。パパは会社から午前中の休みをもらっての参加でした。
当日風も吹き荒ぶ寒い朝で、午前9時に裁判所前に特定失踪者ご家族、有志の皆さんが集まって、調査会代表の荒木さんが持ってきたチラシを予定(9時20分)より少し早めに配り始めました。配られたチラシの内容は、前回1月16日に街頭活動に参加された電脳補完録の山本さんがサイトにアップしております。ご覧になってください。
*古川了子さん家族、東京地裁前で支援を訴える 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4713
チラシ配布には特定失踪者「古川了子さん」のお姉さんの竹下珠路さんとご主人、「生島孝子さん」のお姉さんの馨子さん、「高野清文さん」の妹さんの美幸さん、そして調査会に公開されている地方からお出でになったあるご家族の方、「家族会」からは副代表の飯塚繁雄さん、法律家の会、調査会、救う会関係者、ボランティアの皆さん、正確な人数はわかりませんが、20人くらいの方々が参加されていました。
それから報道関係者の方々が大勢いらしてご家族の皆さんを取材していました。チラシ配りが始まってすぐだったと思いますが、あるテレビ局の方が「チラシをください」と声をかけてきました。それで少し話しをしたのですが、何か他の取材で裁判所に来ていたそうなのですが、「ウチも取材をしたい」とのことで、取材を申し込んでそしてしていたようです。
あおいのママはしばらく門の辺りで配っていましたが、地下鉄霞ヶ関駅の出口の辺りで同じようにチラシを配っていた団体の方々が引き上げていく様子だったので、荒木さんが「駅の出口付近で配って」とおっしゃいました。駅の階段を上がってくる皆さんに「おはようございます」「よろしくお願いします」と声をかけましたら、この寒い中、そして朝の忙しない中、ポケットから手を出してチラシを受け取ってくださる方々がたくさんいました。自分でも信じられないくらい受け取っていただきました。持っていたチラシが足りなくて、何度も取りに行ったほどです。本当にありがたいことだなぁと思いました。
ものすごく寒くて、手もかじかんで、体中冷えきって、でも、皆さん声を出して一生懸命に配っていました。私たちは前回の1月16日には参加しておりませんが、きっとその日も多くの善意の皆さんのご協力があって行われていたのだろうなぁと思います。16日にご参加の皆さん、26日にご参加の皆さん、本当に寒い中、朝早くからお疲れさまでした。
チラシ配布は10時に終了しました。ほとんど配りきりました。裁判が始まる11時過ぎまで、裁判所地下で皆さんと暖を取りました。その時に生島さんがお母さんの“遺灰ダイヤモンド”を皆さんに見せてくださいました。「本当にこれが遺灰から?」と思うほど、素晴しい輝きを放っていました。私はうらさんにお会いしたことはありませんが、以前にいただいた馨子さんの著書の内容を思い、ジーンときてしまいました。一日も早く孝子さんに身につけてほしいと思いました。
*'05 6/30 テレビ朝日「スーパーモーニング」 《遺灰ダイヤモンド物語》 http://aoinomama13.seesaa.net/article/5112150.html *うらさんの祈りはダイヤモンドになって 電脳補完録ー別館より http://nyt.trycomp.net/modules/weblog/details.php?blog_id=141
この日、地方からある特定失踪者のご家族がいらしていました。高野美幸さんは交流があるそうで、紹介していただきました。高野さんは「裁判途中には抜け出さないと仕事に間に合わない」ということだったので、そのご家族の方とは裁判・その後の報告会とご一緒しました。この日のことは調査会から送られてくるニュース(封書)で知って参加されたということです。ご本人の希望で写真や名前等は伏せさせていただきます。
ご家族の失踪時の状況などをお聞きしましたが、やはりご本人もそうおっしゃっているように「北朝鮮による拉致では」と思えるような失踪でした。そして失踪後の話などは本当に胸が痛くなります。他のご家族と同じようなことが起こっていたからです。報告会終了後、「お元気で」とお別れしました。ご家族の方が一日も早くお帰りになられますよう、私たちも心より願っております。
時間となり皆さんと一緒に法廷に入りました。席がほぼうまったところで、少し早めに始まりました。この時に特定失踪者「佐々木悦子さん」のお母さんのアイ子さん、ジャーナリストの小山唯史さんやマスコミ関係者、その他支援の皆さんが席に着きました。裁判の途中、5分間くらいの休廷に入ったところで高野さんは仕事に戻られました。お疲れさまでした。
今回の裁判の報告会(隣の弁護士会館にて)をビデオに撮って文字化をしております。よろしかったらご覧になってください。
*1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 http://aoinomama13.seesaa.net/article/12319270.html *1/26 古川さん拉致認定行政訴訟 報告会 質疑応答 http://aoinomama13.seesaa.net/article/12362108.html *1/26 古川さん拉致認定行政訴訟 報告会 竹下珠路さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/12378573.html *1/26 古川さん拉致認定を行政訴訟 報告会 法律家の会 http://aoinomama13.seesaa.net/article/12405645.html
その後、調査会の記者会見となりました。文字化しようかとも思いましたが、ちょっと今パワーがありませんので、調査会ニュースなどでご確認いただければと思います。(ごめんなさい!)内容は、最初に「家族会」代表の飯塚繁雄さんの挨拶、ゼロ番台リストの発表や「しおかぜ」の朝鮮語・英語・中国語の開始発表、そして新しい「しおかぜ」グッズ(ハンカチとタオルマフラー)の発表、質疑応答等でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ *「拉致可能性」新たに1人 失踪者調査会が発表 http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4743 *古川了子さん拉致認定訴訟について http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4742
[調査会NEWS 333](18.1.26) ■「しおかぜ」来週から朝鮮語・英語・中国語の氏名読み上げを開始
これまで「しおかぜ」での失踪者・拉致被害者の氏名読み上げは日本語だけで行ってきましたが、来週月曜23:30の放送から朝鮮語・英語・中国語での氏名読み上げも開始します。
この3カ国語での氏名読み上げは失踪年ごとにおまとめてお名前と性別のみを読み上げるもので、1回(30分)で全員の名前を読み上げます。日本語の読み上げは従来通りのものを放送します。
当面の放送は以下のようになります。 23:30〜24:00、翌日4:00〜4:30(再放送)
月曜(30日開始) 朝鮮語 火曜(31日開始)英語 水曜(2月1日開始)中国語 木曜・金曜・土曜 日本語(2週間で1巡)
23:00〜23:30の月曜〜土曜の放送はご家族からのお手紙の代読を行います。
日曜の放送は従来通り1時間30分すべてご家族からの直接の呼びかけです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 報告会で弁護士さんより、「皆さんが街頭で(チラシ配り等)一生懸命に訴えたということが、今日の裁判の結果に結びついていると思う」というお話もありました。本当にこの裁判がよりいい方向に向ってくれたら、そしてそのお手伝いが少しでもできたならいいな、と思っています。
街頭活動、裁判、報告会、記者会見に参加されました皆さん、本当にお疲れさまでした。
*「拉致認定訴訟」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/1097858.html
【私信】 「カゼをうつしてはいけないから」とおっしゃっていた心優しいあなたへ。少しでも温めることができたならうれしく思います。(下手でごめんなさい!)
*1/26 裁判所に行ってきました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12429620.html
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| 1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 質疑応答 |
( 2006.1.27,金 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です 多少読みやすいように変えております)
【特定失踪者「生島孝子さん」のお姉さん・馨子さん】
あの、1月24日の政府側から出た“意見書”っていうのは、これ一種の回答なんでしょうか?
*26日古川さん認定訴訟被告側意見書 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4740
【○○弁護士】
1月24日に国からね、我々は4人の証人申請をしましたよね。それについては「不必要である」という回答がございました。(「回答ですね」「そうです」)で、それは今日26日ですから、急に来ましたんで、まぁ口頭で行政に対する反応を行ったということです。
まぁ従来通り言っていることはですね、「訴訟意義がないんだ」と。その理由として「認定しようとしまいと、法的な利益を受けるかどうかということについては変わりはないんだ」と。だから「認定されても認定されなくても、基本的に言えば同じなんだ」と。「政府は一生懸命、両方について真摯に交渉したり取り扱ってきているんだ」と。だから「この裁判は取り消し進めるしかないんだ」と。まぁ簡単に言えばそういうことです。
それは従来通り、ずうーっとそのことを言ってですね、あの、その考えを全然変えないわけですよね。従って、事実についての認否も一切しないし、主張も一切しないと。だからもちろん書類も・・・必要ない。
まぁこういうことで、それは「とんでもない話である」と。認定されている認定されないことによってね、取り扱いは極めて違うわけですし、そのことは国民が一番良く知っているわけですよ。だからそれを無視してですね、国が拒否するということはとんでもない間違えじゃないか!!ということで(我々に?)脅迫をした?と、こういうことです。
裁判所は、同じ「拉致問題を解決する」ということについては原告も被告もですね、「同じようなベクトルの中にいるのではないか」と。だからもう少しこう、何て言うんですかね、腹を割ってですね、それで“進行協議”ということですけれども、その中で同じような証人尋問の順番だとか、本当にもう必要でない時には・・・どうだとか、そういうことについて「真偽を聞きたい」というような感じがありました。
だからその前提としては、やっぱり証人尋問を積極的に、それはもう国は拒否していますけれども、「やはりやらなくてはいけないんじゃないか?」という裁判所はそういうニュアンスではないか、と我々は受け止めたので、裁判所の提案を一応受け入れたと、こういうふうなことですね。
【特定失踪者「生島孝子さん」のお姉さん・馨子さん】
再度ごめんなさい。細かいことで申し訳ないんですけれども、裁判所の側はどちらかというと好意的に感じるのですが、被告側が今までと同じ回答を再度今日より前に出してきたっていうのは、何か全然新しいことではなく同じことをもう一度言うっていうのは、何かあるんでしょうか?返って向こうが固くなったんじゃないか?という気がするんですが。
【○○弁護士】
ただ「証人申請を具体的にした」っていうのが、今回が初めてですから、それに対する意見というのが一応出てくるっていうのは予想されるんですね。そういう意味では初めてなんですよ。ただ態度がね、やっぱりまったく変わりなくて頑なですよね。ただ・・が裁判所を通して国が・・を持って裁判を進めていくんですよね。こちらがやっぱり甘い顔をするわけにはいかないと。
あともう一つは指摘しておきたいんですけれども、やはり裁判所はですね、今日国に対してああいうかたちで出たと、そして“進行協議”というかたちで「今後の進め方を考えたい」ということで、我々が申請した証人を却下するというようなことはしなかったですね。で、我々はそれも予想していたんですよ。もしそれをすればもう忌避しよう、裁判官ね、っていうところまで我々は考えました。しかしそれは最悪の事態ですから、そうならないことを願って我々は運動してきたわけですよね。
そういう中で、皆さんが裁判所の前でビラを配ったりですね、配布したりして、やはりこの問題を一生懸命に訴えたということはですね、私は今日の結果にやっぱり結びついているんじゃないか、というふうに確信致しました。
そういう点ではこれから益々ですね、「国民に訴えていく」ということがいかに大事か、ということを痛感したということでございます。(大拍手)
*古川了子さん拉致認定訴訟について 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4742 *1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 http://aoinomama13.seesaa.net/article/12319270.html *「拉致認定訴訟」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/1097858.html
*1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 質疑応答 http://aoinomama13.seesaa.net/article/12362108.html
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| 1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 |
( 2006.1.26,木 ) |
あおいのママとパパは今日、街頭活動と古川さんの裁判を傍聴してまいりました。街頭でのチラシ配布には特定失踪者ご家族(古川さんのご家族・生島孝子さんのお姉さんの馨子さん、高野清文さんの妹さんの美幸さん・その他公開されているご家族・裁判には佐々木悦子さんのお母さんのアイ子さんもいらしていました)、家族会(飯塚繁雄さん)、法律家の会、調査会・救う会関係者、ボランティアの皆さん、20人くらい(不確かですが)の方々が寒い中、頑張りました。また、大勢の報道関係者が取材にいらしていました。皆さん、本当にお疲れさまでした。
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (多少読みやすいように変えております)
【川人博さん・法律家の会幹事】
本日は裁判所に傍聴していただきました方、取材の方もどうもお疲れさまです。弁護士の川人の方から、今日の裁判の経過について簡単に説明致します。
ご存知のように今日はですね、裁判の今後の進行を決める重要な日と位置づけられておりました。それで、今日は第5回目の裁判だったわけですけれども、私どもが今4人の方の証人の申請を求めております。古川さんのお姉さんである竹下(珠路)さんご本人、それから北朝鮮で古川さんを目撃した安明進さん、そして「家族会」の事務局長の増元さん、そして調査会代表の荒木さん、この4名の証人尋問を申請をしています。
これはもう前回、昨年の段階で裁判所に証人の申請をしておりましたが、今日までに国側はですね、まぁ「一人の証人も必要ない」ということで、意見を裁判所に出しております。それで、国側の言い分としては「もうこの裁判は直ちに終わってもらいたい」と、こういうのが国側の言い分だったんです。
本日ですね、そういう経過の中で裁判の期日が持たれました。それで裁判官が言いましたのは、結論としてはですね、“進行協議期日”って、あの、漢字で書きますとですね、(ボードに書く)あの、裁判用語で恐縮なんですが、“進行協議期日”というものを設けたいと。
これはですね、法廷の中でのやり取りが裁判所の原則なんですけれども、あとはよく法廷と法廷の間などにですね、やや実務的に細かい打合せをすると。こういう期日があるんです。それを“進行協議期日”というふうに通常言います。それでここでですね、「より具体的に証人の調べに関する協議をしたい」ということであったと。
それであの、(今日の)裁判(中)に若干休憩(5分位でした)をもらいましたのは、私の方としては今日ですね、ぜひ証人決定を得て、できれば3月か4月には証人尋問を行うと、このようにしたかったわけですけれども。裁判所の方がその前に「進行協議期日を行いたい」ということでしたので、まぁどうするか若干やむなくでした。
それで結論としましては、私どもが今日の裁判所のニュアンスを見る限りはですね、「裁判所としては証人尋問をする」ということに、まぁ、ある程度前向きというふうに受け取れるニュアンスがございました。
あの、裁判所の方で4人の証人申請について我々が主張しているわけですが、それについてですね、ある程度前向きなニュアンスの発言がありまして、「実務的に打合せをしたい」と。こういうことでございましたので、次回2月27日の午前11時ですが、「この日の進行協議期日を受ける」ということに致しました。
国側はこれを拒否するかどうかと思いましたが、さすがに裁判所からの提案ですので、国が拒否しなかったということで、次回事務的な打合せを行うということになりました。
従いましてこの日にですね、今後の証人調べに関する具体的な話し合いが行われる可能性が高い、とこのように考えております。もちろん正式にですね、証人尋問が今日採用決定されたわけではございませんので、油断はもちろんできないと考えております。
従いまして今後ともですね、関係者の皆さんのご支援をいただきながらできるだけ早くですね、証人尋問が実施されるように弁護団としても努力をしたいと、このように考えております。以上です。(大拍手)
*1月16日の街頭活動の様子です。↓↓↓
*古川了子さん家族、東京地裁前で支援を訴える 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4713
*1/26 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12319270.html
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| '05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(13) |
( 2006.1.24,火 ) |
あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html *「よど号犯妻公判」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(12) http://aoinomama13.seesaa.net/article/11898105.html
続き
【検察官】 北朝鮮の村であなたは、田宮高麿(たかまろ)に“戻ってきた理由”をどのように説明したのですか?
【田中協子被告】 ・お話できませんでした・・・。
【検察官】 1982年と87年にヨーロッパで旅券を更新していますね。北朝鮮から出国してヨーロッパで更新しています。その時小西(福井タカ子?)があなたに同行していますね?
【田中協子被告】 ・そうでしたか?・・・わかりません。たぶんあの時アクシデント(自殺未遂?)があったので、心配して同行したんだと思います。 ・まず北京かモスクワに行き、その後オランダに入国しました。
【検察官】 旅券の更新のためにオランダまで行ったのですか?
【田中協子被告】 ・はい。ヨーロッパで更新したかったからです。 ・北→モスクワか北京→オランダに行きました。
【検察官】 オランダで旅券更新することを決めたのは誰ですか?
【田中協子被告】 ・それはもちろん私です。私が田宮さんに申し出ました。 ・諸々のことはすべて仲間に任せました。
【検察官】 田宮は海外に一緒に行かなかったんですか?
【田中協子被告】 ・それはありません。
【検察官】 旅券更新の際、他に何か予定はなかったんですか?
【田中協子被告】 ・具体的な予定はありませんでした。
【検察官】 あなたは82年に旅券を更新した時、書面に「数度にわたる海外旅行あり」と書いています。そしてその海外旅行先は「スペイン」とありました。八尾恵はスペインでよど号犯の妻たち(森順子・黒田佐喜子)が活動していたと言っています。そのことについてあなたはどう思いますか?
【田中協子被告】 ・八尾さんがそう言っているのは知っています。
【検察官】 この写真を見てください。(証拠の旅行写真を見せる)これは森順子(よりこ)と黒田(若林)佐喜子ですね?スペインのバルセロナの動物園で撮った写真です。
【田中協子被告】 ・この写真のことはあとから聞きました。でも私はまったく関係がありません。
【検察官】 あなたは82年にコペンハーゲンを経由しています。何か用事があったんですか?
【田中協子被告】 ・色々と便宜を図ってもらうために寄ったのだと思います。
【検察官】 森順子は83年にコペンハーゲンに行っていますね。彼女に会いましたか?
【田中協子被告】 ・いいえ、会っていません。そのことは後で知りましたから。私はコペンハーゲンで会っていません。
【検察官】 あなたは82年にウィーン(オーストリア)を出国した際、同行者はキムかチェのどちらかだと言いました。キム・ユーチョルに会いましたか?
【田中協子被告】 ・会ったことはあります。
【検察官】 会う連絡はどのようにして取っていたんですか?
【田中協子被告】 ・「どこそこで会います」と田宮さん経由で連絡がきました。
【検察官】 それでその時間に行った場所はどこですか?
【田中協子被告】 ・それは・・・空港だったと思います。
【検察官】 コペンハーゲンで会った外交官のチェやキム・ユーチョルは、海外で活動する北朝鮮工作員ではありませんか?
【田中協子被告】 ・それは私にはわかりません。
【検察官】 あなたは87年に北朝鮮を出国して、コペンハーゲンで旅券を更新しています。その手続きは誰がしたのですか?キムないしチェですか?
【田中協子被告】 ・そうだと思います。
【検察官】 これはキム・ユーチョルの写真です。(証拠の写真を見せる)本人ですか?どうですか?
【田中協子被告】 ・似ていると思いますけど、はっきりはわかりません。その外交官と会ったとき、この写真のようにメガネをしていませんでしたから。
【検察官】 キムは朝鮮労働党の人間ですか?
【田中協子被告】 ・そんなことわかりません。
(14)に続く
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(13) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12488573.html
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| 1/23 今日はシュン |
( 2006.1.23,月 ) |
今日あおいのママは病院の予約日でした。いつものように検査と診察を受けました。今日の採血はそんなに痛くなかったのですが、血を見て少しクラッとしてしまいました。大げさなんですけど、「こんなに採るの?」って思いました。いつもは血を見ないように終わるまで目をつぶっているのに、今日は早く目を開けてしまったんです・・・。(おっちょこちょいです)
診察の時に結果を聞いて心臓がバクバクしてしまいました。昨夏の入院前の数値に近づいてきているからです。悪くなってる・・・。最近そんな気がしていましたが、まさかこんなに数値が悪くなっていたなんて。血圧も何度計りなおしてもいつもより高めでした。
今月は色んなことがあって、少し体調を崩してしまって、7日の藤沢市民集会以降どこにも出かけられなくなってしまいました。19日の東京集会はかろうじて参加することができましたが、ほとんど毎日家の中で過ごしていました。手伝いたいこと、やりたいことがいっぱいあったのですが、結局できずじまいで、自分でも情けないなぁと思うのですが、どうしても体が言うことを利かない状態でした。
当然先生にはおどされてしまい、ショックを受けたまま帰宅しました。とにかく何か食べて、少しでも元気を取り戻そうと軽く食事をして、今やっと落ち着いたところです。
いったい私は何やっているんだろう。あおいちゃん怒ってるね。もう少ししっかりしないと。シュンとしている場合じゃないけど、今日はやっぱりシュンとなってしまうかな。ちょっと落ち込んでいます・・・。
*1/23 今日はシュン aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12130191.html
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| 1/19 東京集会14 川添友幸さん(1)〜(3) |
( 2006.1.22,日 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (多少読みやすいように変えております)
【川添友幸さん・救う会神奈川会長】
初めてこういう場で話しますので上手くできるかわからないんですが、説明していきたいと思っています。ちょっと今日資料を作ってきたんですが、「よど号裁判を通して見た拉致事件」の資料を作りました。全部こちらを読むだけではなくて、流れの中で少しずつ説明してきたいと思っております。
まず“よど号のハイジャック事件”自体は、1970年もう35年前にハイジャックをしまして、韓国経由で北朝鮮の方へ向ったと。当初、まぁどうもすぐ帰って来るようなつもりだったらしいんですが、なかなか帰って来れなくなってしまって、70年代後半から80年代前半にかけて、まぁ日本から秘密裏に入国した女性たちと秘密裏に、一部は強制結婚だったんじゃないか?ということもあるんですが、結婚してですね、今度はヨーロッパにおいて非合法な活動を開始致します。
*「よど号」ハイジャック事件 無限回廊さんより http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yodo.htm
そういう中で88年に日本政府がですね、「ソウルオリンピックを日本赤軍やよど号グループが妨害する恐れがあるのではないか?」ということを各国の情報機関から入手しまして、テロ防止の観点から「旅券を返納しろ」という命令を発動しました。1993年に「返納命令に従わなかった」ということで、“旅券法違反”で妻たちに対して国際手配を警視庁がかけました。
この後ご説明する裁判では、この警視庁が出した旅券返納命令における国際手配の裁判のことです。2001年以後ですね、よど号グループの帰国がずっと続いています。妻たち自体は国際手配をされておりますので、帰国後逮捕・起訴されるんですが、まぁこの裁判、旅券法自体がですね、微罪のために実際有罪を宣告されても“執行猶予判決”になってしまいます。ほとんど(よど号犯妻たち)は今まで実刑になった方がいらっしゃらないみたいで、非常に問題だと思います。
さらにですね、先ほど有本さんの方からもお話があったんですが、子どもたちがかなり帰って来てましてですね、えー、この子どもたちはもちろん国際手配はされていませんので、日本国籍を取得して私たちと同じように一般社会で暮らしています。
それで今日(1/19)警察庁あるいは内閣府に行った時にも増元さんとお話されたんですが、今子どもたちがですね、パスポートを入手しまして、北朝鮮と日本を行き来しています。まぁ、北朝鮮から何らかの指示を受けて動いているんではないか?ということで、ぜひパスポートについても以前やったような「旅券返納命令を日本政府がとっていただきたい」というふうに私は考えております。
私自身がよど号の事件に関わるきっかけになったのが、まぁ先ほどお話が出ました高沢晧司さんの「宿命」を読んで非常に引き込まれてですね、この問題に取り組みたいなぁというふうに思いました。
えー実際その細かい裁判の方の内容に入りますと、私たち救う会神奈川としてですね、(よど号犯妻の)裁判をやっているという話をちょっと聞きまして、これはちょっと見てみる必要があるなぁということで、神奈川の会の私と、あるいは他のボランティアの方々と、まぁだいたい3〜4人位でですね、ずうっと裁判に傍聴行いました。傍聴した期間は2004年7月から2005年6月までで、1年間の間で裁判の回数は9回傍聴に行きました。
それで被告人はですね、有本恵子さんを拉致した容疑で今国際手配をされています安部公博の奥さんである魚本民子とですね、田中義三、あのカンボジアで偽ドルを持って捕まった、の奥さんの水谷(田中)協子の裁判です。
先ほど出ました八尾恵の証言によりますと、この水谷協子はですね、どうも有本さんの(北朝鮮に)入国した後の指導係だったのではないか?という話がでておりますが、裁判でもこの辺は追及したようですが、まったく答えないような状況でした。
*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。 http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
細かい裁判の一問とかのやり取りはですね、私たちの救う会神奈川のホームページがありまして、ホームページからですね、リンクが貼っておりますaoinomamaさんのホームページに全部一問一答が出ておりますので、そちらを見ていただければと思います。
*救う会神奈川 http://www.geocities.jp/sukuukai/ *aoinomama13のホームページ http://aoinomama.trycomp.net/ *「よど号犯妻公判」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
【続きはaoi blogの(2)(3)をご覧になってください】
*1/19 東京集会14 川添友幸さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/12003304.html *1/19 東京集会14 川添友幸さん(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/12057516.html *1/19 東京集会14 川添友幸さん(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/12079555.html
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| 雪が降る |
( 2006.1.21,土 ) |
雪国の皆さん、ごめんなさい!!
今日、関東では雪が降りました。 大雪です。 思わずうれしくなって写真を撮りました。
とっても寒いけど、 家の中は暖房をしなくても 何とか過ごすことができます。
雨の日は 外の車がうるさいなぁと思うけど、 今日はしんしんと降る雪が 包み込んでくれるみたい。
今日はあちこちで子どもたちが、 もしかして大人たちも、 雪合戦したり雪だるま作ったりしているのかな。
お店では雪かき用のスコップが 売れ切れているだろうなぁ。 前に住んでいた社宅の時には 仕方なくちりとりで雪かきしました。 しばらく腰が痛くなったっけ。
雪が降ると、とうぶん足元が大変だけど、 それでもやっぱりうれしくなってしまいます。 もっと降れって。
*雪が降る aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12029399.html
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| 1/19 東京集会14 斉藤文代さん |
( 2006.1.20,金 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (多少読みやすいように変えております)
皆さま、こんばんは。私の弟も1980年に拉致されまして、それから音沙汰なく、その後'88年に先ほど(有本さんが)申し上げましたように手紙が届きまして、その後何もまたずっと音沙汰なくって、本当にもう父は一生懸命全力をつくしてあちこち駆けずり回ったと思いますけれども、父の願いも悲しく、会えないままに父は亡くなりました。
それで私の弟は、先ほど言いました「宿命」(高沢晧司氏著書)の中に書かれてでいたことで、騙されて連れていかれたものですから、森(順子)に向って「騙したな!!」と言って殴ったそうなんです。あの手を出したことのない弟が、おとなしい弟が、もう本当に悔しかったんだと思います。
それでその時に「騙されたあなたが悪いのよ」っていうようなことを言われて、ずいぶん向こうの方に叩かれて連れて行かれたそうなんですよね。で、そこに行くと、向こうの人の話では「もう二度と帰って来れない」っていうようなお話だったんです。
だからもう私は、その時は「弟はもう殺されたのかなぁ・・」「あの国だから殺されちゃったのかなぁ・・」って思ったんですけれども、第一回目第二回目の時に、骨を持って日本に(政府調査団が帰って来て)「弟さんの骨ですよ」ということで持って来た時に、写真を第一回目の時に見ました時に、その写真がもうずいぶん経った写真だったんです。
「ああ、薫は生きているんだ!」とすぐに思いましたので、私がこんなくよくよしてたら本当にいけない、何としてでも助けなければ、向こうでみんな帰りを待っているんだ、弟だけじゃないんだ、みんな帰りたい帰りたいと。「つらかったでしょうねぇ・・」って写真を見ながら思ったんです。
何でも言うことを聞かないと、あの国では殺されちゃうところだから、本当に「自分の意思を曲げてでも従って生きてきたのかなぁ・・」と思ったら、その写真を見た時には涙が出ました。(声を詰まらせて)「かわいそうだったなぁ」と思って。でも何にも私はしてあげられないんです。
何としてでも一生懸命、「家族会」に私も入りまして一生懸命頑張っています。何か連絡がくるはずだと思ってずっとやってまいりましたけれども、本当に今日も申したんですが「今年こそは!今年こそは!!」ということで、本当にもう「今年こそは」ということを書きたくないけれども、「今年こそは」と願いをかけなければって思いながら、今日にずっと至ってきたわけです。
そして、今までよど号犯も子どもたちは帰って来ました。ずっと帰って来ております。で、裁判(田中協子・旅券法違反)の時も有本さんと一回行かせていただきましたけど、本当にあの向こうの方、私たちができないような表情をするわけですね。あの、含み笑いっていうか、何かもう変な顔で、目と目で合図してて、本当に日本の国を馬鹿にしたような態度で。悪いことした方がいばっていてですね、私たちの方が何かシュンとしておるようなそういうような雰囲気なわけです。
だから本当に、何か情けない国になってしまったんだろうと、私たちが大声を上げて怒鳴ることもできない国になったんだなぁ、と思いながら聴かせていただきました。
*'04 12/24 「よど号犯妻」第一回公判 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html *「よど号犯妻公判」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
それで、よど号犯たちの子どもたちは続々と帰って来ておりますけれど、今度は薫たちを連れて行ったあの森順子・黒田佐喜子が帰ってまいりますので「私も森・黒田に刑事告訴をしたいと思います」ということを、今日警察庁の方とお会いした時に申し上げました。
*よど号グループ妻を刑事告訴へ 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4725
本当に今まで耐えて耐えてきましたので、旅券法だけで済まされるということは、本当に私たちから言うと許されませんし、またたくさん残っている家族、たくさんまだ北にいるわけですから「全員助け出す」ということをもう頭の中に入れてもらって、本当に今までの気持ちでは取り組んでほしくないと思っております。
何としても今年、今年って言わないように、あの、一つでも解決の糸口がこう解(ほど)ければ、ずるずるずると解けて行くと私は信じておりますので「何としても救い出してあげたい」という気持ちで取り組んでほしいと思います。
本当に私もう、有本さんのお母さん、早紀江さんたちを見ているともう胸が痛くなります。もう私の母だけ、動けなくなったのは私の母だけでもいいと私は思っております。母も本当に薫に会わせてあげられたらうれしいだろうなぁって私も思っております。
あの、病院でですね、「ちょっとペンを貸してちょうだい」って「ノートとペンを貸してちょうだい」って言うから貸しますとですね、もう私のことは忘れていますけれども、もう字も本当に震えながらこう書くんですが「薫、会いたい スナヨ」って書くんですよね。もうこういうようなことをですね、もう毎年毎年家の母だけではなくて、他のお母さんたちに味わいさせたくありません。
ですから何としても本当に今年中に、政治家も警察もみんな立ち上がって拉致問題を解決していただきたい、と願っております。皆さま方のご協力を得て、みんなが帰って来れるように私たちも頑張りたいので、これからもどうぞよろしくお願い致します。(大拍手)
*松木薫さん 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.net/jokyo/08.html *7/17 第11回藤沢市民集会 斉藤文代さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/5317350.html *12/22 国民大集会 松木薫さんへお姉さんのメッセージ http://aoinomama13.seesaa.net/article/11167495.html
*1/19 東京集会14 斉藤文代さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11981461.html
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| 1/19 東京集会14 増元照明さん |
( 2006.1.19,木 ) |
あおいのママとパパは、芝公園の友愛会館で行われた「よど号犯人と拉致・東京連続集会14」に参加してまいりました。レポートは後ほど書きたいと思っています。
増元さんは「スラムダンス映画祭」に参加のため、20日から渡米されるそうです。
*よど号グループ妻を刑事告訴へ 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4725 *横田めぐみさんのドキュメンタリー映画 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50063735.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
「家族会」事務局長の増元です、こんばんは。
今日先ほど皆さんがおっしゃっているように、今日の会見の中で、政府の官房副長官、さらに警察庁警備局長、非常に強い姿勢を示していただいたと。もう一つ、我々がこう一人ずつが話しますと、それに一人ずつに対応して話をしてくれる。これは初めて、今までほとんど初めてのケースではないかと思うんですが、それほど「積極的に会おう」という姿勢は非常に強くみえます。
これはやっぱり、昨年の11月1日に安倍さんが官房長官になって、ようやくその動き始めた証なのかな、と私はそういう思いもしています。
警察庁が昨年末、そして今年の始めに、シンガンス・パク何某を出しましたけれども、あれも昨年末に新しい情報として得てそして出したということですが、それも情報として表に出せるのも、官房長官の意向が多少あったのかなという、えー、とにかく官房長官が安倍さんでなければ、今まで全部伏せられた部分が多くありましたので、その点で「動き始めている」という気がします。
*救う会全国協議会ニュース(2006.01.18) http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200601/20060118-1.htm
今年私と西岡さんはマカオに行きまして、マカオの拉致被害者家族と会いました。で、ほとんど、まず、間違いなく、孔さんという方がマカオから拉致されているのは確信致しました。
*マカオの拉致事件で家族会「救出へ連携を」 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50064792.html
それでお願いなんですけれども、ここ(会場)にまだメディアの方たちがいらっしゃいます。北京支局に連絡しまして、孔泉報道官に「あなたの国の人たちが拉致されていますけれども、どのように考えますか?」と質問をしていただきたい。(拍手)
これで孔泉さんがもし北朝鮮寄りの、北朝鮮をかばうような回答されると、中国のそのスタンスがわかると思います。ぜひこれだけはやっていただきたい。「中国の人が北朝鮮によって拉致されたことが今明るみになりましたけれども、中国政府としてはどうされますか?」と、それだけ聞いていただきたいと思いますので、ぜひマスコミの皆さんにはお願いしたいと思います。(拍手)
さらに、明日から私ちょっとアメリカの「スラムダンス映画祭」というところで「ABDUCTION 拉致 Megumi Story」というのが「スラムダンス映画祭」の大賞にノミネートされておりまして、それで大賞を取るようなことがあれば、アメリカ全土にこの映画が解放されて、そしてアメリカ国民の拉致に対する認知度が高くなる。
それをぜひ成功させていただきたいと思いますし、私もその場所に行って初めてその映画を観させていただきますが、今年は政府も我々も攻める年であろうと、もう守ってばかりもいられない、攻めていかなければならない、と思っておりますので、ぜひ皆さん、一緒に闘ってください。ありがとうございました。(大拍手)
*「横田めぐみストーリー」予告編公開 電脳補完録ー別館より http://nyt.trycomp.net/modules/weblog/details.php?blog_id=142
*1/19 東京集会14 増元照明さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11952621.html
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| 年末届いた折り鶴たち |
( 2006.1.15,日 ) |
昨年末に「思いのこもった折り鶴」が千羽近く届きました。皆さん、いつも本当にありがとうございます。毎回封を開けるのが楽しみになっています。「今回はどんな鶴たちが飛んで来たかなぁ〜?」って、ワクワクしながら箱を開けています。
いつものように「ありがとう」と手を合わせる顔を描いたティッシュの箱に、百羽の折り鶴たちが納められています。(5箱入っていました)「笑顔」「再会」「愛」「いのり」「確信」と書いてありました。
*その他の写真はブログに載っています。
大きな箱に入った折り鶴たちは壮観です。きちんと並んでいて、段ごとに「ありがとう」の顔の紙がひいてあります。
金の鶴たちが入っているカブトの模様も色とりどりで、いつも楽しませてくれます。新しい柄を見つけると、すぐにあおいちゃんに見せてあげます。今回ちいっちゃい折り鶴が三羽入っていたので、「ほらっ、こんなにかわいいのがあるんだよ!」って見せてあげました。
その他、折り鶴の写真たてや、前から好評だった折り鶴の小さい色紙、そしてクリスマスカードとプレゼントが入っていました。
*色紙の裏にはこのように一つずつ「ありがとう」の絵と「再会を確信する」「笑顔の再会」「この手で抱きしめる」「再会の喜び」と書いてあります。
小さい色紙は、先日1月7日の藤沢市民集会の際、講演された拉致被害者「有本恵子さん」のお母さんの有本嘉代子さん、拉致被害者「松木薫さん」のお姉さんの斉藤文代さん、映像ジャーナリストの高英起さん、特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんにお渡ししました。皆さん、あの「ありがとう」の絵と同じ顔をしていました。
また折り鶴たちは手紙に添えて、12月22日日比谷公会堂で行われた国民大集会・藤沢市民集会それぞれ参加の皆さまに配布いたしました。(千羽と二百羽)たくさんの方々に配布の協力をしていただきました。本当にありがとうございました。
東北や北陸方面は大変な雪だということで、毎日雪かきをされていると聞きました。大雪を知らない私は、子どもの頃から雪は憧れだったんですが・・・。早く暖かい春が来るといいですね。どうか皆さん、健康に気をつけて、いつでも元気いっぱいでいてください。いつも本当にありがとうございます。
【青森のNさんへ】 お知らせありがとうございました。よかったですね!(^^)私たちも皆さんの幸せをお祈りしております。
*「折り鶴」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/332846.html
*年末届いた折り鶴たち aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11808542.html
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| 指輪はどこに |
( 2006.1.14,土 ) |
あおいのママとパパは平成○年に結婚しました。結婚式でお互いに永遠の愛を誓い合い、その証に指輪を交換しました。ママの結婚指輪の内側には「'○○.5.27 T to A」と刻まれています。
パパの指輪には「A to T」と刻まれているのですが、今この指輪は行方不明です。二人の愛の証の大事なこの指輪を、パパは結婚2年の時になくしてしまったんです〜!!ひどいでしょ〜?
この当時私たちは神奈川県川崎市高津区に住んでいました。田園都市線の「梶ヶ谷駅」から徒歩20分くらいのアパートで結婚生活をスタートしました。その頃、パパは毎日通勤にバイクで駅まで行き、そこから電車で都心に通っていました。
仕事は営業なのですが、量販店などの応援販売などもあり、荷物を運んだりするのに指輪が傷ついてしまうので、その時はいつも財布の小銭入れに外して入れておいたそうなんです。
ある日、忙しくて疲れて、いつも作業の後に指輪をはめるのにそのことを忘れてしまって、財布の中に入れっぱなしにして帰宅しました。
いつも帰宅すると指輪を外して指輪入れに置きますが、指輪をしていないのに気がついて、バッグから財布を取り出そうとしたら、その財布がないんです!!
その日、梶ヶ谷駅から我が家に帰る途中で、バイクですっころんでしまって(大事には至らなかったのですが・・)その時にバッグの中身をばらしてしまったんだそうです。薄暗かったので、全部拾い集めたと思ったのですが、財布を忘れてしまったようです。慌てて現場に向って探したのですが、もう財布を見つけることはできませんでした。(泣)
警察にも問い合わせたのですが、財布は届けられていませんでした・・・。(当然か・・・)パパはお金やキャッシュカードをなくしたことよりも、指輪をなくしたことの方がショックだったようです。ママももちろんショックで、若かったのでギャンギャン責め立てた記憶があります。
数日後、我が家の留守番電話に「財布を拾いました。連絡ください。」と入っていまして、二人してすっごく喜んだのですが、その善意の方は連絡先をおっしゃってくれなかったので、また電話がかかってくると思い、その日から電話を待ち続けました。現在のように相手の電話番号がわかる時代ではなかったので、そうして待つしかなかったんです。
結局電話は二度とかかってきませんでした。その後私たちは千葉県柏市に引っ越してしまい、もう諦めるしかありませんでした。警察にも何度も問い合わせたのですが、やはりダメでした。
しかたなく新しい指輪を買ったのですが、パパはあまりしっくりこないらしく、現在でもあまりその指輪をはめません。まったく、まったく〜!!なけなしのお金で買った指輪なのに〜!!
でも、私はその後パパにこの件であまり強く言うことはできなくなりました。と言うのは、結婚前にパパに買ってもらったブレスレットや、実家からいただいた婚約指輪をなくしてしまったからです。(探せばもしかして出てくるかもしれないけれど・・・)
それだけではなく、ママは9月生まれで誕生石は“サファイア”なんですが、パパは2〜3度サファイアのネックレスを買ってくれたのですが、すべてその日にどこかに置き忘れてなくしてしまいました。
パパは結婚指輪のことがあったのでママに怒るに怒れず、しばらくフ〜ンとしていました。でも私はなくしたサファイアのネックレスたちに対しては、そんなに惜しいとは思っていません。だってすべてまがい物だから。すべて偽物なんだもん。
パパ、ごめんなさい。私には本物が似合うってことだと思っています。(ずーずーしいけど)
それにしてもあの結婚指輪は今どこにあるんだろう?ママは指輪をつけるたび、相棒がいなくなって寂しそうな指輪が気の毒になってしまいます。
*指輪はどこに aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11768606.html
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| 心も体もぽっかぽか |
( 2006.1.13,金 ) |
昨年12月にあおいのママの家に関西に住むMさんから、ステキな“手作りリース”と“おこたであったかセット”が届きました。
写真はそのリースです。このかわいい実は「サンキライ」っていう名でお花屋さんに売っているそうです。正式名は「サルトリイバラ」というそうです。
Mさんの近所にたくさん生えている場所があるとかで、毎年ご家族(わんこ含む・笑)で協力しあって採りに行くとか。その時の様子を聞いたのですが、本当にお疲れさまです!という微笑ましい様子でした。
「サルトリイバラ」のトゲを一つ一つ丁寧に取ってくれていました。心のこもったリースをいただいて本当に私たちは感激しました。(写真で見るより実物はとってもかわいいんですよ〜)
クリスマスが終わった今でも、我が家のリビングのドアに飾っています。ドアを開けるたび「チリンチリン」とかわいい音を奏でています。まるでいつも元気なMさんがはしゃいでいるようで、ママも励まされています。それと、我が家の文鳥が実をとても気にしていました。(食べたそう)落ちた実をくわえていたこともあったんです。写真撮りたかったです。
“おこたであったかセット”はすぐにいただきました。とってもおいしかったです。寒い冬もこれでぽっかぽっかになりました。
Mさんの手作りの“ブルーリボン幟”は、先日の藤沢市民集会(1月7日)でも大活躍でした。
*写真です。 http://aoinomama.trycomp.net/diary2/diary/data/2006_01/0112.jpg
Mさん、本当にいつもいつも気にかけてくれてありがとうございます。これからもお付き合いよろしくお願いします。(イヤだ〜なんて言わないでね!)
*心も体もぽっかぽか aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11750886.html
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| 1/7 第13回藤沢市民集会 大澤茂樹さん |
( 2006.1.7,土 ) |
あおいのママとパパは1月7日「よど号拉致事件を考える市民集会」(藤沢市)にボランティア参加しました。当日スタッフは午前11時に集合しました。
新年早々の集会にもかかわらず、約200人の熱心な皆さまがご参加くださいました。また、報道関係者も何人かご参加くださいました。本当にありがとうございました。レポートはしばらくお待ちくださいね。(いつもすみません!)
*1月7日 よど号拉致事件を考える市民集会 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4675
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
ただ今紹介にあずかりました特定失踪者「大澤孝司」の兄、大澤茂樹と申します。本日は第13回藤沢市民集会に参加させていただきましてありがとうございます。
正直言って私今日は、有本ご夫妻のお話、それと斎藤さんのお話、それと荒木先生・高先生のお話を聞くために本日参加したのですが、ここに来たら神奈川の会長から「特定失踪者家族を代表して一言話を」と言われ、非常に困っております。(会場笑い)正直何も考えてきませんでした。ということで簡単にお話をさせていただきます。
また私の話の前に、本日特定失踪者のご家族が私を含め三家族が来ております。ご紹介させていただきます。
昭和51年7月30日、神津島で行方不明になられた「高野清文さん」の妹さんがいらっしゃいます。
*8/31 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 拉致疑惑(4)〜(5) http://aoinomama13.seesaa.net/article/6644348.html
昭和47年11月1日、東京渋谷区で拉致された「生島孝子さん」のお姉さんの生島馨子さんがお見えになっておられます。(*生島馨子さんは体調を悪くされ、ロビーで少し休んでいました)
*6/30 テレビ朝日「スーパーモーニング」《遺灰ダイヤモンド物語》 http://aoinomama13.seesaa.net/article/5112150.html
そしてもう一家族、横浜市戸塚区で拉致された寺島佐津子(てらしま さつこ)さんのお母さんとお父さんが本日参加する予定でございましたが、寺島佐津子さんのお父さんが今朝急に倒れられ、救急車で運ばれ緊急入院されました。(*退院されたということです)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ *2/25調査会ニュースより 寺島 佐津子(てらしま さつこ)(当時19歳) 生年月日 :昭和35(1960)年7月26日 失踪年月日 :昭和54(1979)年8月10日 性別 :女 当時の身分 :銀行員 当時の居住地 :神奈川県横浜市戸塚区 失踪場所 :神奈川県横浜市戸塚区 失踪当時の状況:失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私の弟は昭和49年2月24日に新潟県佐渡島で、曽我さんたちが拉致された真野町の拉致現場から7〜8キロしか離れていない「トキの保護センター」のある新穂村というところで、北朝鮮に拉致されました。
事件当時弟は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります「佐渡の農地事務所」に勤務する新潟県庁の職員でございました。今から32年前のことでございます。曽我さんたちの(拉致の)約2年半前の事件でございます。
私たちの家族は「家族会」のご家族も含め、年々高齢化しております。ですからもう時間がございません。一刻も早くこの拉致問題を解決していただかなければならない、と思います。
先ほど帰られましたが、生島さんのお母さんは、孝子さんの目撃証言も出ており、近々再会できるものと楽しみにしておりましたが、昨年99歳で残念ながら亡くなっております。
*34年目の11月1日 生島孝子さん 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4475
私ども親も例外ではなく、父親は今現在96歳です。母親は弟が失踪したショックで体調を崩し、昭和63年に他界して(もう)おりませんが、私は父親が元気なうちに弟と一刻も早く再会を果たしてやりたく、・・・機会があれば、微力ではございますが加勢させていただいております。
*12/18 藤沢の街頭活動に参加しました http://aoinomama13.seesaa.net/article/10881454.html
私は何が何でも今年中には、小泉さんからこの拉致問題を前面解決していただきたく、今年の1月、私の故郷であります新潟県の越後一ノ宮の弥彦神社で、今新潟の方は大雪で大変でございますが、2日3日と街頭署名をやり、拉致問題を訴えて、多くの方々からたくさんの署名をいただき、また激励やら励ましの言葉をいただき、感激して帰ってまいりました。
*大沢さんの救出求め署名活動 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50061066.html
どうか、私は何が何でも今年中には解決していただきたく、それにはさらなる皆さま方のご支援とご協力がなくてはと思っております。どうか今後ともよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*大澤孝司さん 電脳補完録さんより http://trycomp.oc.to/jokyo/12.html
*1/7 第13回藤沢市民集会 大澤茂樹さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11464755.html
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| ふたごのゆでたまご |
( 2006.1.5,木 ) |
あおいのママはゆでたまごが大好き。もうだいぶ前ですが、コンビニでおいしいゆでたまごを買いました。
朝ごはんで食べようと殻をむいて、いつものようにまず白身をパクリ。あっ、しまったぁ〜、黄身を少し食べちゃった、と、ゆでたまごを見てビックリ〜!!
な〜んと、黄身が2コある〜!!ふたごちゃんでした。めずらしいなぁ。1コで2度おいしいゆでたまご。うれしっ!!何だか得した気分でした。
あ〜、ホントにおいしかった!!ごちそうさま。またふたごちゃんのゆでたまごが食べたいな〜。(*^^*)/~~
*ふたごのゆでたまご aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/12649772.html
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| 12/22 国民大集会 金 聖浩さん |
( 2006.1.3,火 ) |
*写真は「北さん」より提供していただきました。
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
【金聖浩さん・朝鮮戦争拉致被害者家族協議会前理事長】
*日本語でお話してくださいました。
自由と平和を愛している、そして拉致被害者を救うためにここに集まった日本の皆さん、こんばんは。(大拍手)
北朝鮮による拉致テロは朝鮮戦争から始まりました。当時、金日成は韓国を共産統一する目的で戦争を起こしました。そして占領した韓国のあらゆる所で82,959名の人たちを拉致しました。
これは金日成の秘密命令によって行った拉致犯罪でした。拉致された韓国の人たちは、戦争遂行の目的で拉致されたんです。だけど、北朝鮮は今までの拉致を認めていません。今の韓国の政府もほとんど同じ立場に立っています。本当に恥ずかしくて心痛く思いです。(拍手)
金日成に続いて金正日も韓国を共産統一するための方策を進めて、日本を始め、タイ・レバノンなど世界の多くの国の人たちを拉致しました。金日成・金正日は、自分の独裁王国を強化するために、自由と平和、人権の絶対的な価値を破壊しました。(拍手)このような人災は絶対に許すことはできません。(拍手)拉致問題の解決ということは、アジアの・・作りの自由と平和、正義と人権を守ることだと思います。(拍手)
このようなことは、経済制裁をしながらも解決しなければならない緊急な問題です。(大拍手)悪魔的なテロ集団に対して経済支援をするということは、ガンのような悪い細胞に栄養を与える結果と同じことだと思います。(拍手)いち早く拉致被害者を救うことと、北朝鮮住民を救うことが、経済制裁とともに、国連の安保理まで持ち込んでゆく・・・だと思います。(拍手)
自由ということは、何もしないでただで守ることはできません。・・・(英語で?)、自由を愛する日本を始め、拉致被害を受けた・・・して闘いましょう。(拍手)拉致被害者が故郷に帰れるその日まで、アジアの自由と人権・平和がもたらされるその日まで・・・の心構えで頑張りましょう。どうもありがとうございました。(大拍手)
【司会・櫻井よしこさん】
金さん、ありがとうございました。
*12/22 国民大集会 金 聖浩さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11379141.html
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| 文ちゃん卵を抱っこ |
( 2006.1.2,月 ) |
あおいのママの家の子の桜文鳥の「文ちゃん」(5才)が久しぶりに卵を産みました。毎年お正月頃になると卵を抱っこしています。1日1コずつ産んで、5〜7コくらいで産み終えます。
抱っこしている間は少し元気がないです。とってもパワーを使うようで、普段のようにかみ〜ってかんだりしません。目もママの目になり優しげです。
たぶん今回も無性卵だと思います。いつも10日間くらい?抱っこして、卵が孵らなければ、諦めるようです。
もう一羽の白文鳥のひなちゃんは、以前住んでいた社宅で卵から孵りました。白文鳥の「ぴーちゃん」(パパ)と桜文鳥の「めいちゃん」(ママ)の一粒種です。めいちゃんは生涯100コくらい卵を産みましたが、ほとんどが無性卵でした。ひなちゃんと同じ日に孵った兄弟は生まれてすぐに亡くなってしまいました。
ひなちゃんももう7才で先が短いので、文ちゃんの抱っこしている卵が孵るとうれしいんですけど、やっぱり無理かなぁ・・・。
抱っこを始めるとしばらくはパソコンの上にも来ないので、ちょっぴり静かな日々です。
*文鳥と目の合う日々 http://aoinomama13.seesaa.net/article/8619068.html
*文ちゃん卵を抱っこ aoi blog(写真があと2枚あります) http://aoinomama13.seesaa.net/article/11339304.html
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| 幸せな私たち |
( 2006.1.1,日 ) |
*写真は元日に近所の柏神社に初詣に行った時撮影しました。午前1時頃でした。毎年1時間以上並びます。寒かったです〜。おかめさんの踊りは午後1時過ぎに撮影しました。(写真はブログに載っています)
あおいのママは大みそ日、パパと一緒に柏駅前に買い物に行きました。
パパは31日と元日しか仕事の休みがありません。(泣)おまけに苦しい台所事情、何のぜいたくもできないけど、こうして二人で買い物に行くことがとても楽しみなんです。
柏の街はいつも休みとなると人・人・人なんですが、この日はまた家族連れやカップルも多く、活気にあふれていました。
たくさんの物、食品や商品がいっぱいで、人々もいろいろと買い物をしていました。日本は不景気なんかじゃないんだなぁ〜って思いました。こんなに物があふれているし、買い物もたくさんしているし。
スーパーで年越しそば用の天ぷらが売っていました。海老天が1本300円近くしました。う〜ん、我が家ではこの値段じゃあきらめないとねって、買うのはやめました。たくさん売れ残ったら夜になれば安売り(みぎり品として?)するかもしれないから、夜もう一度来ようって。
夜8時過ぎにスーパーに行きました。大みそ日なのに結構人が入っていました。やはり狙いは安売りかなぁ〜って、海老天求めて売り場に行くと、あんなにあった海老天があと5本しかない!!
ウソ〜!!あれ全部売れちゃったの?普段あんなに高くないのに。信じられない・・・。しかも値段も下がってない。これじゃあやっぱりあきらめだねって、今度はおせちの売り場を見に行きました。少しは安くなっているかな?夕方はたくさん残っていたし。
あれっ、もうほとんどないじゃない。ええっ〜!!売れちゃったの?安いものじゃないのに。みんなお金があるんだなぁ・・・。それとも我が家がけちで貧乏なだけなのかしら・・・。
結局、天かすで年越しそばを食べました。とっても美味しかったです。(負け惜しみじゃないよ〜)おせち料理はパパのスポーツクラブの友人のお店「つがるさん」でお願いしました。二人だけなのにとても豪華にしてくれました。つがるさん、いつも本当にありがとうございます。
年が明けて平成18年(2006年)になりました。私たちも元気に年を越すことができました。美味しいごはんが食べられて健康で、大好きな人と一緒に時間を過ごせて。私たちは本当に幸せだなぁ〜って思います。
皆さま、あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
あおいのママ&パパ
*幸せな私たち aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11253490.html
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