|

2005年12月の日記
| 12/22 国民大集会 竹下珠路さん |
( 2005.12.28,水 ) |
*写真は「北さん」より提供していただきました。
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
【司会・櫻井よしこさん】
さて、「古川了子(のりこ)さん」もその特定失踪者のお一人でございます。竹下珠路さん、ご家族を代表して、この特定失踪者のことについての思いを語っていただきたいと思います。よろしくお願いします。(拍手)
【古川了子さんのお姉さん・竹下珠路さん】
皆さま、こんばんは。(会場から「こんばんは」)お寒い中、ありがとうございます。私は昭和48年7月7日七夕の日に「今千葉駅にいる」という電話を最後に、消息を絶った「古川了子(のりこ)」の姉・竹下珠路でございます。
今年の4月から、4月13日に日本国を相手に“行政訴訟”というのを起こしました。特定失踪者問題調査会、そして法律家の会の皆さま方のご支援で、特定失踪者という問題は政府の中で少しも、先方との北朝鮮との調査交渉テーブルに乗らない、名前が乗らないという焦りの中から、何とか前進してほしい、という思いで行政訴訟を起こしました。
先だって12月、第四回の公判が行われましたが、日本国側の回答は一貫して「日本国は一生懸命やっている。拉致を認定しようがしまいが何も特段にメリットはない。同じなんだからこの裁判を棄却されたし。」という言葉に終始しております。
*古川了子さん訴訟の日、佐々木悦子さん北で誕生日 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4586
・・・木で鼻を括ったような回答、のれんに腕押ししているような、本当に何とも言いようのない心がずっと続いております。
この裁判というものは、一人「古川了子(のりこ)」の裁判だけではなく、今、皆さまにご紹介していただいた特定失踪者の家族の皆の思いを私は背負っていると思います。(大拍手)
「特定失踪者」という名前で「拉致被害者」とまだ言われない人たち。しかし5年前は今の拉致被害者の方々も同じだったと思います。そして拉致被害者でないために拉致被害者と言われないために、交渉テーブルに名前も乗らない、その他の多くの人たちという一括りの中で言われてしまうこの切なさつらさは、壇上の皆さん、そして他国からも拉致されたご家族の皆さん、同じ思いです。
つい1日2日前の北朝鮮政府側の発表の中で、「拉致問題は解決済み」という言葉がまた流されておりました。目前に控えた北京での交渉を前にしての話です。今、日本政府がこの多くの拉致被害者たち、その全員の帰還を願わずに強い姿勢を取らないで、誰が解決できるのでしょうか?(拍手)日本政府しかできないことだと思うのです。
*日朝交渉、年内再開厳しく 北朝鮮は「拉致」議論嫌う 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4625
今、拉致の疑いが大変濃厚な特定失踪者は、昭和30年代40年代に多く発生しております。これは「金日成時代からの問題である」と判断しております。
どうぞ皆さん、この長い被害者、そしてもう一刻の猶予もない被害者とその家族を一日も早く笑顔で再会できますようにこれからもどうぞどうぞ力強いご支援をお願い致します。(深々と礼をする・大拍手)
*拉致の疑いが濃厚とされる特定失踪者のリスト 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/tokutei2.php *4/24 第7回国民大集会 竹下珠路さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3159126.html
*12/22 国民大集会 竹下珠路さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11116396.html
|
| 12/22 国民大集会 荒木和博さん |
( 2005.12.27,火 ) |
*写真は「北さん」より提供していただきました。
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
【司会・櫻井よしこさん】
さてここで、特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんに、特定失踪者についてのご報告をお願いしたいと思います。(拍手)
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】
ご紹介いただきました荒木でございます。時間がありませんのでできるだけ簡単に申し上げます。
えー、私が前回のこの日比谷の集会で「来年の末までに問題すべて解決する」というふうに申し上げました。もうあと残り1年しかございません。ともかく「できることをすべてやっておかなければいけない」ということで、10月の30日から「しおかぜ」、先ほど横田早紀江さんの方でお話をいただきましたけれども、短波放送を開始致しました。
*4/24 第7回国民大集会 荒木和博さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3149918.html *12/22 国民大集会 横田早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/11075530.html
(会場から何か質問があったようです)ええ、後ほどまた。あの、ポスターをご覧いただければわかると思いますが。
そしてこの最初30分間の放送でございましたが、12月8日から1時間30分に延ばしまして、(拍手)えー、現在はお名前の読み上げ、家族会の方々を含めまして276人のお名前の読み上げと、そして家族の方々に書いていただいたメッセージを、私が代読致しております。
来年、年が明けましたら、この家族会の方々、そして特定失踪者のご家族の中で直接吹き込みをしていただだいた方も、直接の声のメッセージを北朝鮮に流してまいります。
*拉致家族の声 短波で北朝鮮へ News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50058857.html
で、なおかつ、今はそのメッセージの中で、北朝鮮で聞いている方にぜひとも、もちろん身辺の安全の問題もありますが、その安全の問題がクリアされるのであれば「何とかして日本に情報を出してもらいたい」ということを、繰り返し繰り返して申し上げておりまして、その情報をキャッチするということについて、今回の「しおかぜ」の短波放送ということだけではなくて、情報の、今度は受信の方もですね、色んな手を使いまして、新年から始めていこうと思っております。明日調査会理事会がございますので、そこで正式に決定をして実現をしていくつもりでございます。
いずれにしても時間がございません!「対話と圧力」というふうに申しますけれども、「対話と圧力」というのは、北朝鮮が横田めぐみさんの偽遺骨を出してきたら、こちらからは「そんなことを言っていたらば、金正日を本当の遺骨にしてやる!!」、これが「対話と圧力」であります。(大拍手)
今、おそらく真実が明らかになっていったならば、我々が今想像もしていないようなことが次から次へと出てくるだろうと思います。それに我々自身が耐えていけるかどうかということもございますが、こういう時には、順序を追って話をしているようなのんびりしたことは必要がございません。必要なのは戦うことだけでございます。(拍手)
幸いにして、ご挨拶いただきました平沼拉致議連会長も、先の選挙の時に先頭切って戦われました。(拍手)・・・ともかくのんびり話し合いをしているのでは・・・、戦うという姿勢をぜひとも持っていただかなくてはいけないというふうに思っております。
その意味で、今必要なのは国会議員の先生方もゆっくりお話をするということではなくて「相手をどうやって叩き潰していくか」ということでございまして、その意味でも、残念ながら今、ここにはおられません西村眞吾衆議院議員にも、ぜひ早いところ戦列に復帰していただきたいというふうに思っております。(拍手)
えー、ただこの中には警察の方もおられると思いますけれども、そこんところぜひよろしくお願いします。(拍手)万が一、もしそれができないのであれば、北朝鮮から金をもらった国会議員を全部根こそぎですね・・・。(大拍手で聞こえず)
ともかく、来年の末までにすべての拉致被害者救出のため、全力をかけて戦います!!どうかよろしくお願いします。ありがとうございました。(大拍手)
*特定失踪者問題調査会 http://www.chosa-kai.jp/ *「しおかぜ」 荒木和博BLOGさんより http://araki.way-nifty.com/araki/2005/11/post_350f.html
*12/22 国民大集会 荒木和博さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11106893.html
|
| 12/22 国民大集会 横田早紀江さん |
( 2005.12.26,月 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
皆さま、こんばんは。(会場から「こんばんは」)今日は本当にお寒い中、こんなにたくさんの方がお集まりくださいまして本当にありがとうございます。
(会場から「お父さん大丈夫?」)本当にご心配をおかけしておりますが、私たちも本当に不器用な夫婦なもので、あの、一生懸命になったあまり、ちょっと過労気味だったんですけれども、やはりちょっと無理だったのかちょっと体調を壊しまして、しっかりと静養してしばらく健康回復に努めたいと思っております。非常に順調に回復しておりますので、どうぞご心配なく、本当にありがとうございます。(大拍手)
*横田滋さん:過労で検査入院 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50054200.html
今日はたくさんの国から、多くの被害者の(ご家族の)方々が一緒に集うことができました。本当にあの、9年前の・・の頃はいつもお話させていただきますけれども、本当に銀座とか有楽町でいくらチラシを配っても、たくさんの人が通られる日本の街の中でも、誰一人・・ような時期、本当に寒い中で皆さんと一緒に頑張っていましたけれども、「こんなことしてても本当にどうなるんだろう」と思っておりました。
あの頃から比べますと今本当にこの北朝鮮の金正日の悪い思いが、こんなにたくさんの国々の人たち、日本だけでなく、たくさんの十何ヶ国の国からも、たくさんの(拉致)被害者が出ている。そしてそのことがこんなに明るみに出てきて、そして国民の皆さまの心の中にも「本当にこんなに恐ろしいことが現実にあったんだ!!」ということが、はっきりと刻み付けられたという、このような大きなことになったということを、私は本当にありがたいことだと思っております。(拍手)
また、・・・非常に信じられないようなことでありましたために、あの、私たちも非常にあの躓き(つまづき)ながらやってまいりましたけれども、本当に「救う会」の皆さま方、そして国会議員の先生方の皆さまの本当に温かいご支援の中で、色んな知恵を働かせてくださって、今回また「しおかぜ」という家族の者たちの声を、北朝鮮のあの、閉鎖された中でなかなか向こうからの情報も出てこない、こちらからの言葉も届けられない中で「短波放送を通じて家族の声を届ける」ということまで考えてくださって。まぁ、どこでそれが通じるかわかりませんが、私も昨日めぐみに呼びかけました。
「横田めぐみちゃん!!」とはっきりと言いました。「お母さんですよ!頑張ってますか?必ず助けてあげるから、必ず帰って来れるから、元気でいなさい!!」と一生懸命に叫びましたけれども。
チラッとどこかで一言でもその声が聞こえた時に、どんなに力づけられるだろうと、他の方たちの声も皆そうだと思いますから、あの、その声を・・・元気でいてほしいと思っていますし、必ずみんながもう本当に元気で帰って来る時に、日本の温かい皆さま方のどんなに大きな喜びで、大きな声で喜んでくださるかと、そのことを待ち望んでこれからも頑張ってまいりますので。
*「救出するまで元気でいて」めぐみさんの母 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50057120.html *横田早紀江さん しおかぜ録音 「電脳補完録ーこの声を聞け」より http://trycomp2.seesaa.net/article/10932137.html
どうか、世界平和のためです、これは。もう、日本の国のことだけではありません!!本当に世界の平和の危機が存在していること自体が、世界の恐怖でありますから、その世界が平和になるために、皆さまと一緒に頑張っていきたいと思います。よろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*12/22国民大集会 横田早紀江さん挨拶 「電脳補完録ーこの声を聞け」より http://trycomp2.seesaa.net/article/10952554.html
【司会・櫻井よしこさん】
13歳だっためぐみちゃんは、すでに41歳になっているはずです。本当に長い時間が過ぎてしまいました。もう一回心を引き締めて私たち一緒に頑張りましょう!!
*12/22 国民大集会 横田早紀江さん aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11075530.html
|
| 12/22 国民大集会に参加しました |
( 2005.12.23,金 ) |
あおいのママは、12月22日に日比谷公会堂で開催された国民大集会にボランティア参加をしました。救う会神奈川の皆さんと一緒に、会場受付側でブルーリボンバッジ販売・ストラップ販売・図書販売のブースで、バッジ販売をしました。
スタッフは当日午後から集まって、そして集会終了後あと片付けをして何だかんだで午後9時半を過ぎてしまいました。さすがに疲れてしまって、情けないのですが現在まだバテてしまっている状態です。
そういうわけでして、拉致問題関連サイト等で講演内容はご覧になってください。aoi blogのトップページのブルーリボン放送でもご家族の声が聞けます。
*国民大集会アルバム 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com/album/ *拉致問題解決に国際圧力を 被害者の家族らが集会 http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4641
あおいのパパは当日仕事があったので、終わってからの集会参加でした。それで途中から会場内の様子をビデオに撮ってくれたので、できるようでしたら、少しだけ文字化をしたいと思っています。詳しいレポートも後日まとめたいと思います。(でも、すっごく時間がかかるかもしれません!)
ママは会場内の様子はまったくわかりませんので、ボランティアの皆さんのこと、ご参加くださった皆さんのことなど、レポートをしたいと思っています。
当日声をかけてくださった皆さん、いつも本当にありがとうございます。バタバタしていて、ほとんどあいさつしかできませんで、大変失礼しました。いつかちゃんと皆さんとゆっくりお話がしたいです。(泣)
なお、救う会関係者のご厚意で、秋田県の兄妹が中心になって作っている「思いのこもった折り鶴」を千羽、1階の座席の皆さまに配布させていただきました。ご尽力いただいた皆さん、配布を手伝ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。
*「折り鶴」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/332846.html
*12/22 国民大集会に参加しました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/11007495.html
|
| 兄さんだよ 姉さんだよ |
( 2005.12.22,木 ) |
【12/21 読売新聞夕刊 「ズームアップWEEKLY」より】
《北朝鮮向け日本語放送》
深夜11時過ぎ、短波5.89メガ・ヘルツ。ノイズの中から日本語放送が浮かび上がる。「北の地で凍えていませんか」「あのとき、女子大への進学を反対したことを、ずっと後悔してきました」「目撃情報のあった北朝鮮にいると信じています」
北朝鮮による拉致被害者や拉致の可能性がある失踪者を励まし、助け出そうと今年10月末から始まった北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」だ。運営は民間団体「特定失踪者問題調査会」(東京・文京区)。英国の放送配信会社を通じて毎日午後11時から1時間、さらに午前4時から30分間、第三国の送信施設から発信されている。
*北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」に寄せられた家族による直筆の呼びかけ。すでに50通近くもの手紙が届けられている(東京・千代田区で)
これまでは、同調査会が原稿を読み上げていたが、新たな試みとして来年元日から、家族の肉声で呼びかけることになった。
師走の収録で、山下寛久さん(85)はしっかりとした口調で「帰って来い」と呼びかける。弟の春夫さんは31年前、福井県小浜市の漁港で夜釣りに行くと言ったまま失踪した。収録を終えた寛久さんは「原稿を何回も書き直していたとき涙が出てきた」という。小浜市の自宅で北朝鮮関連の本を読みあさる。どんな国なんだ、どうしたら弟が戻るのか・・・と思いを巡らせている。
*「春夫よ・・・」31年前、失踪した弟の山下春夫さんへの呼びかけを収録する兄の寛久さん。手書きの原稿には長年の思いを込めた(大阪市内で)
東京・北区に住む亀山葉子さん(67)は、北朝鮮で目撃情報のあった妹のとし子さんのためにマイクに向った。「また東十条の家に戻るまでは絶対生きていてね。とし子・・・がんばれ!」
*40年前にこつ然と消えた妹の坂本とし子さんへのメッセージを収録する姉の亀山葉子さん(東京・文京区で)
同調査会では、近い将来、英語や韓国語などによる放送も検討している。潮風に乗って海を越え、思いが届いて欲しい。(カメラ・ペン 田中秀敏)
*日本国内でも受信できる「しおかぜ」。短波5.89メガヘルツで毎日深夜11時と早朝4時から放送されている。
*母校で協力訴え 特定失踪者・山下さんの兄 小浜 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4119 *'04 8/8 TBS「報道特集」坂本とし子さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/4318541.html *12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声 http://aoinomama13.seesaa.net/article/10905440.html
*兄さんだよ 姉さんだよ aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10982980.html
|
| 12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声(2) |
( 2005.12.20,火 ) |
*写真は、昨年11月の上野街頭署名活動での特定失踪者「山本美保さん」の妹さんの森本美砂さんです。
*12/18TBS放送の「報道特集」を、ビデオに撮ったものから文字化しました。(テレビからの写真は後ほど電脳補完録さんが掲載してくださいます)
北に拉致された! ・・・政府認定の拉致被害者だけではない。ほかにも多くの日本人が北に・・・。そんな家族の思いを乗せて発信される電波。山梨の、ある女性は・・・。あまりにも不可解な・・・事件で。
*12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10905440.html
続き
《“娘は拉致”家族の思い》
【ナレーター】 北朝鮮にいる被害者救出のための短波放送“しおかぜ”。(山梨県甲府市・11月29日)メッセージを寄せた山本美保さんの家族を訪ねた。
美保さんの双子の妹・森本美砂さん。そして母・山本文子さん。父・光男さんは2年前に他界した。('03年)今は母と妹が帰りを待ち続けている。
*不明山本さんの父死去=北朝鮮拉致の疑い、再会果たせぬまま−甲府 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=322
【妹・美砂さん】 (二人並んだ写真を見ながら)小さい頃の写真は自分でもわからないんです。
【母・文子さん】 まぁ、ちょっと活発な方が姉ちゃん(美保さん)だったから。(写真を指して)こちらが美保なんです。こういう感じが。
【ナレーター】 美保さんが失踪したのは21年前の6月4日。二十歳の時だった。('84年6月4日失踪・当時20歳)
【母・文子さん】 午前10時ちょっと過ぎくらいですね、洗面所で頭をとかしながら「図書館行って来るよ」と、そういう感じだったんです。いつもと同じ(様子)なんですけどね。
【ナレーター】 美保さんは大学進学に再び挑む予定だった。この日、ミニバイクに乗って、勉強に出かけたまま行方不明になった。2日後('84年6月6日)、美保さんのバイクは甲府駅前で発見された。
さらに2日後、今度はセカンドバックが意外な場所で見つかった。甲府から190キロ離れた新潟県柏崎市だった。
【リポーター・富岡裕一氏】 失踪から4日後、山本美保さんのセカンドバックが見つかった海岸に来ました。(新潟・柏崎市)この海岸、今は漁港があるんですが、当時はですね、この漁港もなく、人はほとんど来ない静かな海岸だったということです。
実はこの場所なんですが、あの蓮池夫妻が拉致された海岸から車でわずか10分ほどしか離れていません。
【ナレーター】 バッグが見つかった海岸からおよそ4キロ南で、その6年前、拉致被害者蓮池さん夫妻が連れ去られていた。
さらに平壌での目撃証言まで飛び出した。('03年5月)元北朝鮮国家安全保衛部員クォン・ヒョク氏は「'94年頃(平壌で)美保さんを度々見かけた」と話した。
【VTRで権革氏(クォン・ヒョク)】 話したことはありませんが、彼女をしょっちゅう見ましたよ。週に1度くらいは見かけましたよ。
【ナレーター】 これらの理由から、山本美保さんは北朝鮮による拉致の可能性が濃厚だとされている。
しかし去年、警察から家族に連絡が入った。「'84年6月に山形県(遊佐町)で見つかった遺体と、美保さんのDNAが一致した」と突然言ってきたのだった。
【妹・美砂さん】 「山形のご遺体とDNA鑑定しましたら一致しました」っていう感じで、こう何か・・・軽く言われたんですね。
【ナレーター】 「0.15グラム残っていた遺体の骨髄のDNAを調べた」と警察は説明した。連絡があった3月4日は半年ぶりに再開した(第二回)六ヵ国協議のすぐ後だった。(北京で'04年2月25日〜2月28日まで開催)
「何故今頃・・?」家族は疑問を感じた。
【妹・美砂さん】 まず、遺留品がまったく違うんです。で、特にその方(ご遺体)の身につけていたジーパンがとっても変わったジーパンだったんです。
【ナレーター】 美保さんがはいていたジーンズとは形が異なり、サイズも2インチ小さかった。下着のサイズも小さかった。しかも歯も一部抜け落ちていて確認ができない。
【妹・美砂さん】 「DNAが一致したというものはどこにあるんですか?」と聞いたら、「あっ、もう鑑定に使ってしまってないです」と言われたら、何の証拠もないじゃないですか。
【ナレーター】 「遺体は違う!!」家族は今も、北朝鮮による拉致の可能性が高いと考えている。
*山本美保さん関連:ジーンズに関する情報提供のお願い 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4055 *山本美保さん問題 山梨県警の回答書への疑問点・矛盾点 http://nyt.trycomp.com/hokan/0034.html *ワッツニッポン 山本美保さん問題を取り上げる http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2693
【ナレーター】 短波放送“しおかぜ”に寄せたメッセージ。書いたのは妹の美砂さんだった。
【リポーター】 書くのにだいたい何日くらいかかりました?
【妹・美砂さん】 書くまでがちょっと長かったので。一週間ぐらい書けなくて。何て書けばいいんだとずっと思って・・・。で、気持ちが固まってからは一気に書けましたけどね。でも短いんですよ、やっぱり。原稿用紙400字に、この21年間の思いはとても書ききれるものではなくって、はしょって、はしょって、書いたんですけど・・・。
やっぱり謝んなくっちゃなっていうふうに思いましたね・・・。「本当に今まで捜してあげられなくてごめんなさい」っていうのが一番強いですね・・・。(美砂さんはずっと泣いていました)
【ナレーター】 母・文子さんは・・・。
【リポーター】 できればね、ご自身の声で伝えたいという気持ちもあります?
【母・文子さん】 いや、ちょっと今だめです・・・。怖い部分もあるんです。私、何かあの・・・、あの子、どんなふうに思っているのかしらっていう思いもありますから・・・。
【ナレーター】 メッセージがいよいよ放送される。
放送の当日(11月30日)、山本さん母娘は、山梨県韮崎市で行われる拉致被害者を救う会の集会に向った。この日の集会には、特定失踪者問題調査会の荒木代表の他、拉致被害者「横田めぐみさん」の両親も出席していた。
【VTRで横田早紀江さん】 私たちの活動の中で、日本の国内の、やはり要人の方々の思いというか、人の心というか、そういった肉親を愛する心、また、命を大切に扱うっていう、そういったことが、何かどこかちょっと違うんじゃないかなということに、本当にいろんな所でそれを感じさせられてまいりました。
【ナレーター】 山本美保さんの妹・美砂さんも壇上に立った。
【VTRで妹・美砂さん】 20年以上、捜し続けている姉の存在がはっきりしたならば、どんな苛酷な事実であっても受け入れるんです。でも、その数値だけのものは、私に真実を伝えていません。
やっとの思いで書いた手紙が、今日(“しおかぜ”で)読み上げられます。多分、美保は北朝鮮で聞いていると信じております。
【ナレーター】 会場にはおよそ1000人が集まった。
集会の終了後・・・。北朝鮮から遥か離れた山梨県で放送は聞こえるのだろうか・・・。
*しおかぜ通信 戦略情報研究所より http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html *山本美保さんの家族を支援する会 http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/
(3)に続く
*12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声(2) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10914824.html
|
| 12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声(1) |
( 2005.12.19,月 ) |
*写真は、昨年11月の上野街頭署名活動での特定失踪者「山本美保さん」の妹さんの森本美砂さんです。
*12/18TBS放送の「報道特集」を、ビデオに撮ったものから文字化しました。(テレビからの写真は後ほど電脳補完録さんが掲載してくださいます)
北に拉致された! ・・・政府認定の拉致被害者だけではない。ほかにも多くの日本人が北に・・・。そんな家族の思いを乗せて発信される電波。山梨の、ある女性は・・・。あまりにも不可解な・・・事件で。
《拉致被害者を救え!北へのラジオ放送》
【司会者】 こんばんは。「報道特集」です。今日最初のテーマは「拉致問題」です。えー、この1年、北朝鮮による拉致問題に関しては残念ながら目立った進展はありませんでした。様々なニュースや事件の陰に隠れがちになってしまった「拉致問題」に、被害者の家族の皆さんもさぞ苛立ちや不安を募らせていらっしゃることだと思います。
そうした状況を少しでも変えようと、10月から特定失踪者問題調査会や家族の皆さんが中心となって、北朝鮮に対して電波を通しての呼びかけが始まりました。
それからおよそ2ヶ月、家族の皆さんもこの呼びかけに、より深く関わるようになってきました。
*拉致被害者へ、北朝鮮向け放送を開始 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50038769.html
《ソウルで聞こえた“北へのラジオ”》
【ナレーター】 韓国・ソウル。(11月)午後11時半。
「こちらは“しおかぜ”です。東京から北朝鮮におられる拉致被害者の皆さん、さまざまな事情で北朝鮮に渡って戻れなくなった皆さんへ、放送を通じて呼びかけを行っています。」
ラジオから流れてきたのは日本語の放送。安否のわからない拉致被害者を励まし救出しようと特定失踪者問題調査会が始めた短波放送“しおかぜ”だ。10月から始まった呼びかけは毎晩放送されている。(現在は午後11時からと午前4時からの1日2回放送)北朝鮮にいる被害者へ向けての放送。平壌から300キロ離れたソウルでもはっきりと聞こえていた。
この呼びかけは、東京にある特定失踪者問題調査会の事務所で録音されている。そして呼びかけはイギリスの配信会社に送られる。そこからさらに北朝鮮の近隣国にある送信所に送られ、放送されている。送信所のある場所は秘密だ。北朝鮮による妨害を防ぐためである。荒木(和博)代表はこう話す。
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 政府が呼びかけをしないならば、こっちからやってしまおうということですね。向こうにいる方が誰かともかく聞いてくれて「自分たちを捜しているんだ」ということをしっかりと気持ちの中で持っていただいたらば、あの、随分その、気持ちが違うんじゃないかなと。
【ナレーター】 政府が認定した拉致被害者や、調査会が公開した失踪者など合わせて267人の名前やプロフィールを読み上げていく。
さらにこんなメッセージも・・・。
「拉致被害者の皆さんには、これまで放置してきたことをお詫び申し上げます。必ず助け出します。」
北朝鮮に向けた短波放送“しおかぜ”。開始から1ヶ月経ち、次のステップに踏み出した。
11月22日の収録風景は、いつもと少し違っていた。ワープロ書きではなく、手書きの原稿を手にする荒木代表。
(河嶋功一さんのお母さん愛子さんからのメッセージ) 「神奈川県横浜市で失踪された河嶋功一さん('82年失踪)に、お母さんの愛子さんからのお手紙です。『功一、元気でいますか?横浜の下宿で別れてから、手を尽くして捜したけれども、誰も行方を知る人がなく、どうしているかずっと心配していました』・・・」
*拉致認定を要望 河嶋さん家族ら 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3972
この日から、被害者の家族が寄せたメッセージを録音することになったのだ。
(秋田美輪さんのお父さん正一郎さんからのメッセージ) 「『美輪ちゃん('85年失踪)、あなたは今どこにいるの?もし返事をもらえるなら居場所だけでも、また元気かどうかも教えてください。待っています』・・・」
*12月4日 秋田美輪さん失踪 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4580
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】 今の時点ではこれで30弱ぐらい(のメッセージ)ですかねぇ。なかなか皆さん、いざあらためて自分で書いてみようと思うと「どう書いていいんだろう?」という思いをされる方がたくさんおられるみたいですね。
【ナレーター】 読み上げられる家族の思い。
「山梨県甲府市から失踪された山本美保さんに・・・。『美保ちゃん、今まで捜してあげられなくてごめんなさい。でも、きっと元気でいると信じています』・・・」
「ごめんなさい」という言葉が書かれたメッセージがあった。'84年、山梨県甲府市で行方がわからなくなった山本美保さんの家族から届いたメッセージだ。
「『いろんなことがありましたが、美保ちゃんに元気な姿で会えると信じています。必ず助け出しますから、信じて待っていてください』・・・」
山本美保さんは、特定失踪者問題調査会が北朝鮮による拉致の可能性が濃厚としている一人だ。
放送の前日、メッセージを寄せた山本美保さんの家族を訪ねた。
【特定失踪者「山本美保さん」の妹・森本美砂さん】 やっぱり謝んなくちゃな、と思いましたね・・・。
*しおかぜ通信 戦略情報研究所より http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html *山本美保さんの家族を支援する会 http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/
(2)に続く
*12/18 TBS「報道特集」北へ届け!家族の声(1) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10905440.html
|
| 12/18 藤沢の街頭活動に参加しました |
( 2005.12.18,日 ) |
*写真は昨年末の街頭活動の様子です。同じ場所で行いました。
あおいのママは18日(日)に、救う会神奈川主催の街頭活動(JR藤沢駅前・午後3時半〜5時半)に参加しました。救う会神奈川のスタッフの皆さん、ボランティアの皆さん、特定失踪者「大澤孝司さん」のお兄さんの茂樹さんの総勢10人で、22日の日比谷の国民大集会と1月7日の藤沢市民集会の案内のチラシを配りました。
底冷えのするとても寒い一日となりました。大澤さんを含むスタッフの皆さん数名は、午後1時から2時半頃までJR桜木町駅前でチラシ配りをし、そのまま藤沢の街頭活動を続けていました。皆さん、本当にお疲れさまです。
*「拉致」解決の協力訴え 救う会がビラ配り 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4624
2枚のチラシを通行中の皆さんに配るのですが、とても寒いので、どうしても手をポケットに入れている方が多く、なかなかチラシを受け取ってはもらえませんでした。そんな中でも、「関心あるよ」「チラシちょうだい」「行くからね」と声をかけてくれる方や、部活帰りの中高生が受け取ってくれたり、おちびちゃんが「ちょうだい」してくれたりと、うれしいこともいっぱいありました。
スタッフに長くお話ししている方がいました。後で聞いたのですが、その方は在日朝鮮人で、ご家族が北朝鮮に帰って、そしてどうやら強制収容所に連れて行かれたらしいそうです。何ともやり切れないお話だったようです。
どなたからかあったかい差し入れをいただきました。皆さんと交代で休んでおいしくいただきました。ありがとうございます。温かい飲み物をたくさん買ってきてくださったり、カイロを差し入れしてくださったりと、いつも細やかな心遣いをしてくださるボランティアの方もいます。体も心も温まりました。いつも本当にありがとうございます。
足腰や手が冷えて凍えてしまいそうな寒さでしたが、スタッフの方々がマイクで「ボランティアの皆さんがただ今案内のチラシをお配りしております。どうぞ受け取って見てください。」と一生懸命にみんなを応援するように声を出していました。それを聞いて私も力が湧いてきて「どうぞよろしくお願いします!!」と声を出し続けることができました。
また、ちょうどデッキ正面に動物虐待のパネルがたくさん展示されていたのですが、あるスタッフの方が「日本人が北の地で、あのような目に遭っているかもしれません。助けを求めております。」というようなお話された時は、ぐっと来るものがありました。
大澤さんは、横田めぐみさんの写真パネルをずっと掲げながら、そして声を出してチラシを配って、話しかけてくる皆さんにも丁寧に説明していました。いつでもどこでも一生懸命な大澤さんです。この日、実は体調が良くなかったそうです。どうか無理だけはしないでくださいね。
来年1月2日・3日に、地元の弥彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦)で署名活動を行うと聞きました。時間はいずれも午前10時〜午後4時だということです。
*11/3・6 特定失踪者大澤孝司さんの救出署名活動(新潟) http://aoinomama13.seesaa.net/article/8873441.html
チラシ配りは午後5時半に終了となりました。備品等の片づけをした後、今後の予定や企画等話し合いのために場所を移動しました。特定失踪者「高野清文さん」の妹さんの美幸さん、海老名市議会議員の太田ゆうすけさんも駆けつけてくださって、情報交換等もしました。いろいろと有意義な情報ありがとうございました。
*KONAboration-SSQ 美幸さんのブログ http://konaboration-ssq.seesaa.net/ *太田ゆうすけさん(海老名市議会議員) http://yuyususu.at.infoseek.co.jp/
街頭活動にご参加の皆さん、寒い中本当にお疲れさまでした。チラシを受け取ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。国民大集会も藤沢市民集会も、一人でも多くの方が参加してくださいますように、心より願っております。
*12/18 藤沢の街頭活動に参加しました aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10881454.html
|
| 12/12 病院に行く |
( 2005.12.12,月 ) |
あおいのママは12日、病院の予約日でした。病院は船橋市にあるので、柏市の自宅から1時間半くらいかかります。(ちょっと遠い〜)
いつものように採血等の検査をして診察を待ちました。その採血ですが、この日の看護師さんはあんまり上手でなかったような気がしました。(ごめんなさい!)
ママはいつも採血する際、目をつぶって終わるのを待ちます。注射針を腕に刺す時「ちょっとチクッとします」と言われますが、毎回ドキドキです・・・。ものすごく痛い時もあるし、反対にそんなに痛くなく終わる時もあります。
今回はものすご〜く痛かったのに「気分は悪くないですか?」と聞かれて「はいっ、だ、大丈夫です」ってすぐに言ってしまう私・・・。あまりの痛さに涙がポロっ!!腕はまだ痛いです。(泣)
検査が終わって、内科ロビーで名前を呼ばれるのを待っていましたが、12月だからか、ものすごく混んでいました。「予約時間から60〜70分待ち」だというお知らせがありました。実際はもっとかかりました。
待っている間、ママはずっと編み物をしていました。真正面にあるテレビはいつもチャンネルはNHKで、この日は野生のパンダの番組をやっていました。ママパンダが子パンダを抱っこする姿はまるで人間のようでかわいかったです。
あんまり待ち時間が長いので、毛糸1コ分編んでしまいました。私は待つことに結構慣れているので何とも思いませんが、看護師さんに嫌味の一言おっしゃる方もいました。本当に大変だなぁと思いました。文句言われてもしょうがないですものね。救急車で運ばれて来る方もいらっしゃるので、どうしても時間がずれ込んでしまうこともあるわけですし。
「今日は調査会の荒木さんに似た先生に会えるかな〜」とちょっと心待ちにしていたのですが、残念ながらお会いできませんでした。
2時間近く待ってやっと診察していただきました。まず検査結果を聞くのですが、この瞬間が一番怖いです。でも今回は今までになくいい結果でした。治療が効いているようで、信じられないようないい数値でした。年中発熱はしていますが、それもそんなに問題ではないらしく、先生にもほめられました。でも気を抜くとすぐ元に戻っちゃうから・・・。それに足腰の調子も気になるし・・・。
それにしてもこんなにいい結果が出たのは、先日「つがるさん」で友人と楽しい忘年会をしたからかな。おいしい料理と楽しいおしゃべりで溜まっていたストレス発散できたのかな。また来年の1月に病院の予約をしたので、その前に約束の新年会及び講習会を自宅でパァ〜っとやらなくちゃ!!○○さん、忙しいとは思いますがお付き合いよろしくお願い致します。
会計も混んでいて時間がかかり、また薬局も別の場所で本当に丸々1日かかってしまい、もう外は真っ暗でしたが、あおいのママの足どりは軽く、寒さもあまり気になりませんでした。(でも疲れた〜)
*「ママの入院」カテゴリ http://aoinomama13.seesaa.net/category/626188.html
*12/12 病院に行く aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10644430.html
|
| 11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(5) |
( 2005.12.7,水 ) |
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10785807.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10827453.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(4) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10852977.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
続き
また先ほど、特定失踪者問題調査会の真鍋さんの方からですね、あえてお話されなかったと思うんですが、こういった皆さま方からお送りいただくおはがき以外にもですね、あの、特定失踪者問題調査会の運動として「しおかぜ」という短波放送の活動をされています。
*拉致被害者へ、北朝鮮向け放送を開始 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50038769.html
これは調査会の組織が主催しているわけですね。短波放送で拉致被害者の方々、北朝鮮に捕らわれている日本人の人々に、一人一人お名前を呼んでいる活動を今しています。つまりは自分たちがもし北朝鮮にいて、誰も日本の人が知らないと思ったら絶望的だと思うんですが、その日本人から日本からあなたの名前を呼ばれた時にすごく心強くなるじゃないですか。「決して忘れていないんだ」ということを私たちが声を出す、ということです。
この活動を地道に始めています。しかし私が言うとちょっと欲深い話に聞こえてしまったら恐縮でございますけれども、その短波放送のお金、年間500万から300万かかるそうでございます。これを私たち民間団体というか任意団体です、普段仕事を持ってしている方々ですから、別に経済的な負担が、持っているわけではないんです。
できましたら皆さま方の温かいお力をですね、そこの組織の活動のため、ひいては私たちの家族のためにご助力をお願いできれば幸いでございます。
*しおかぜ通信 戦略情報研究所より http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html
また明日以降ですね、この問題をご友人とか知人の方々にお話いただく機会がございましたらですね、今有楽町のマリオンで、あの、家の写真展をやっています。これは昨日のNHKでも家の母が話しておりましたけれども、たまたま「横田めぐみの写真展」です。
しかしめぐみの写真展ではないということを思って、ぜひ見ていただきたいんです。これと同じ家族が400〜500人もいるということを思ってですね、この問題の根深さ、広がりというものをですね、ぜひ直接目で見ていただく機会がございましたらお願いをしたいというふうに思います。
*東京で横田めぐみさん写真展 News Flashより http://blog.livedoor.jp/trycomp/archives/50046290.html *「めぐみちゃんと家族のメッセージ 横田滋写真展」 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4542
お時間がちょっと超過しているようでございますので、最後に申し上げますけれども、皆さま方のお力添えで帰国された5人の方々がいらっしゃいます。本当に解決のための前進だったと思います。
私はあえて彼らに申し上げたいのは、もっと彼ら自身が拉致問題に直接結びつかないとしてもですね、見聞きしたことを、拝見してきたことを、生活してきたことをですね、私たちが聞く前に彼らの口から自発的にですね、私たち国民に対してお話していただけないかということを思っています。(拍手)
これは何故かと言うとですね、拉致の問題を本当に知らないのかもしれない、もしくは知っていても怖くて言えないのかもしれない。それは私は何ともわかりませんけれども。
「どんな生活をしていたか」ということが、例えば私にはまったく関係のないことかもしれないけれども、ある北朝鮮専門家から見ればですね、「あっ、こういう物を食べていたってことは、こういう生活待遇にあったんじゃないか?」と推測ができる。「こういう建物に住んでいたんだ」ということを話せば、私にはわからなくてもある人が聞けばですね、「ああ、こういう地域のこういう建物にいたから、こういうことじゃないか?」ということで、点と点が線につながる可能性が大きいと思います。
そういう意味では、私は色んなこと、関係のないこと、間接的なことも結構ですから、直接国民の前に、自発的にお話していただきたい。そろそろもう帰国されてから3年、ご家族ももう戻られているわけでありますから、私たちがお願いをする前に、どうかお話していただけないかなということと、あともう一つは、亡命元工作員の「横田めぐみ」という名前を初めて挙げていただいた安明進さんとですね、彼ら5人が直接会ってほしいと思います。
安さんは北朝鮮の方ですから、国内のことはすべて承知しているわけです。一方、彼らも23年間24年間、北朝鮮国内に抑留されてきて、目撃している可能性があるわけです。その人たちの情報をですね、合っているとか間違っているとかそういうこともあると思うんです。それは私たちは問いません。
それぞれこの問題を解決するためにですね、お互いが会って「ここはそうだった、こうだった」ということをつなぎ合わせてほしいんですね。それを私たちはお願いしておりますけれども、今のところ、悲しいかな実現できておりませんけれども、そういったことも私はゆくゆく皆さま方のお力を借りながらですね、現実的なものにしていきたいというふうに思っています。
横田めぐみを始めとしてですね、私はこうした集会でいつも申し上げているんですが、多くの被害者たちが、これまでの28年間30年間40年間の失った時間というのは取り戻せないんです。取り戻せないんですけれども、これからの時間を取り戻してあげることはできるんです。
それはアメリカは助言や協力はしてくれる、ヨーロッパや国連の人権委員会も手伝ってはくれるかもしれないけれども、当事者である我々が力を持って、意思を持って、態度を持って解決することができると思います。他人がやってくれることではないんです。
私たち国民が自分のことを、我が事としてこの問題に取り組んで向き合って「北朝鮮を絶対に許さないんだ!」という行動・意思として表す、ということが大事だと思います。(拍手)この活動そのものが私たちの、ひいては自分たちの将来を明るいものにしていくと思います。
私たちは先ほど飯塚副代表がお話されたように、こうして皆さま方にお訴えするしかないんです。私たちは外交官でも政治家でもありません。訴えさせていただくことしかできない。そして皆さま方に「お一人でも多くの方に広めてください!!」ということしか言えないんです。
しかしこれは民主主義の国家ですから、一番力強い圧力につながるはずなんです。私たちはそれこそ母の言葉を借りれば「このままでは死にきれない」わけです。「絶対に死んでもこの問題を解決しなければいけない」ということであります。
私たちが今回訪米した時にも、もう上院・下院・政府高官・国務省・国防総省のあらゆる方が私のことは知っております。母や父のことも皆さん全員知っています。彼らは基本的に日本の民間人に会うことはありません。しかも日本の政治家であっても、基本的に向こうの議員が直接会うことはまずないと言われています。
しかし、私たちお会いする方は全員が、全員が会ってくれた、ご本人が会ってくれたわけです。その方々がみんなこの問題を注視している。見守ってくれているし、「何ができるか」ということを言ってくださいます。
本当にありがたい話ではあります。しかし私たちが動かなくてはこの問題は動けないわけです。小泉総理に色んな手を使って動いてもらうよう、私たちが具体的な行動に出なければいけない、というふうに思います。
本当に私たちは訴えるしかありません。あの、ぜひですね、色んな事件があってですね、この問題が時々霞むことがございますけれども、どうかこの変わりないご関心をお払いいただきましてですね、日本政府に私たち民意の、つなぎ止めていただくようなお願いをさせていただければと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。(大拍手)
*横田めぐみさん 電脳補完録さんより http://trycomp.oc.to/jokyo/02.html
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
|
| 11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(4) |
( 2005.12.6,火 ) |
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10785807.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(3) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10827453.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
続き
そして拉致の問題に関して申し上げれば、5人の方々とそのご家族はおかげさまで帰って来ることができましたけれども、私の姉を始めとする“死亡組”とされる人々、そして先ほど真鍋さんからお話のあった特定失踪者の方々、相談件ケース入れると460件のお話が先ほどありました、そういった方々が帰って来られていない。未解決である。
ということは「今日現在も拉致が行われている可能性がある」ということを、私たちは強く認識していいと思います。
つまり「現在進行形のテロだ!」っていうことです。私の姉を含めて、おそらくそれは一人の工作員が偶発的に「あっ、あの人がいた」というかたちで拉致をしたわけではない、と思います。これは確信を持って言えるわけであります。
あそこの国は、完全な指揮系統の中で生活していますから、一人の人間が自発的に何か好きなことをやれるような社会ではないわけであります。北朝鮮においては金正日の直接的指令、指示によって何もかも動いてしまう。彼の承認なくしては物事が判断・決断されない国家でありますから、今回の拉致事件もすべてのことにおいて「北朝鮮が直接的に指示をしている」わけであります。
そうした意味では「国家テロが20年も30年も40年も前から、この日本を犯し続けているんだ!」ということを私たちは理解していく必要があると思います。
不審船の問題もそうです。「人権問題」「人権蹂躙」「領土侵入」もうありとあらゆることが私たちのこの日本において今も過去から、今もされているんだということ、この事実を理解した上で、そして「相手がどんな相手なのか」ということを理解した上で、彼らに対する選択肢がどうあるべきかと。
そして私たちがお訴えすることと、日本政府が未だに躊躇しているこの実態を、どちらが正しいのかということをですね、私たちは強く判断していく必要があると思います。
ちなみに言うと、私個人的にはですね、めぐみ、そして他の拉致被害者の方々の、誰かもしくは多くの方々が「新潟から行き来している万景峰号の船に乗せられて拉致をされた可能性もある」というふうに思っています。
これは、もうすぐ色んなことによって明らかになるのかもしれませんが、少なくとも今、日本国民の皆さまの意思によって国会を通過させた二法案は成立しまして、経済制裁法案は“外為法”と“特定船舶入港禁止法”でございますが、せめてこの不審船の母船とも言われる万景峰号を止めてですね、私たちの国家の意思を示していく必要が私はあると思います。
そのために日本政府に対して「もっとあなた方は強い姿勢で北朝鮮に出るべきだ!」と、いうことを声にしていただけないか、というふうに私は思います。皆さま方のお手元にも今日こうした青いはがきが入っていると思いますけれども、これは内閣官房気付の小泉総理大臣に着く手紙になっておりますが、皆さま方お一人お一人の声を、日本政府の顔のない外交にですね、・・っていく意思を表明していただきたいわけであります。
私はこうしてあの、色んな集会とか講演会とか街頭でお話させていただく機会がございます時にですね、皆さま方の方から「私たちに何ができますか?」という温かい言葉を何度もいただきます。
そして私はいつも、あの、例えとして申し上げておりますけれども、この問題が拉致、当時「疑惑」の頃に、私はインターネットを使って首相官邸に毎日に近い状態でメールを送っていました。抗議のメールです。
「日本政府の曖昧な外交姿勢はやめてほしい」と「改めてほしい」ということを何日も何回も送りました。それは大蔵省、経済産業省、警察、あらゆるところに送りました。そして誰もが「そんなことをしても誰も見てくれてないよ」ということを言う人もいました。
しかし、私が初めて首相官邸に、中に入る、お邪魔した時に、当時安倍官房副長官が私にわざわざ歩み寄ってくださって「あなたが拓也さんですか?」と。「私はあなたの抗議のメールをいつも見ていましたよ」ということをおっしゃってくださいました。
見てくださっている人は見ています。そしてそれが安倍副長官であれどなたであれ、そうした善意の方々はどこの組織にもいるはずなんです。そうした方々に共感を生むように私たちの国民の意思、民主主義の正義の意思をですね、伝えていくことが力になって、世論となって、民意となって、政府に対する圧力につながると思います。
先ほど議員の方が「皆さま方が圧力団体になってほしい」という言葉がありましたけれども、これはそういうことなんだと思います。その一つの例がこの青いはがきであり、インターネットのウェブで首相官邸のホームページを開けば「ご意見箱」といったようなあの、タグがありますから、そこに皆さま方のお声、一個一個積み上げていくことができると思います。
インターネット以外にもファックスでもお電話でもお手紙でも結構です。外務省にも送ってください。そうしたことが本当に広がりにもなっていきますし、そしてそれは政府に対する抗議だけではなくて、今日私がこうしてお話をさせていただく機会のことについてですね、お帰りになりましたら、もしくは明日以降ですね、「こんな話を聞いてきたんだ」ということをお一人にでも多くの方にお声をかけていただくことが、この問題の関心をつなぎ止めていくこと、日本政府の安易な妥協を許さないんだ!ということにつながるはずなんです。
私たちは本当に被害者か加害者かと言えば、これは北朝鮮が認めたわけでありますから、明らかに被害者なんです。明らかに彼らが加害者なんです。私たちが妥協することはない。私たちがここでうろたえていたら、私たちの直接の家族、兄弟、家族が困るとともにですね、この日本の曖昧な外交姿勢そのものが、今私たちの子どもたちにも悪い教育に実際なってしまうと思います。
私たちが「間違いだというものは間違いなんだ」ということを北朝鮮に突きつけて、誰もが見ても、「私たちが正しいことをしているんだ」ということを訴え続けていく必要があると私は思います。
そして日朝国交正常化の件で申し上げると、拉致問題の解決の前に、まぁ、政府も外務大臣も官房長官もおっしゃっておりますけれども、国民お一人お一人があらためて認識していかなくてはならないのは、「国交正常化の前に拉致解決が、拉致問題が解決されなくてはならないんだ!!」ということでございます。
先ほど、真鍋専務理事からもございましたように、「拉致問題を日朝国交正常化のあとでいい」という話に仮にしてしまえば、日本政府は隠したがります。北朝鮮政府も隠したがります。拉致問題はなかった、ということで20年前に戻ってしまうわけなんです。
そうしたことを許さないためにも、「日朝国交正常化を絶対に拉致問題の後で」ということをですね、日々の政治・国際的な動向を見守っていただきたいというふうに思います。(拍手)
(5)に続く
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(4) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10852977.html
|
| 11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(3) |
( 2005.12.5,月 ) |
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html *11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10785807.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
続き
今まで日本の、先ほどどなたかもお話されていましたけれども、北朝鮮に対する米支援というのは120万トン以上あるわけであります。
しかし実際にそこで支援されたお米、もしくは米に代わる物が、貧しい、私たちがテレビで見るような貧しい子どもたち、トウモロコシの屑を食べているような本当にかわいそうな子どもたちが口にできているかというと、まったくそれは嘘なんですね。
もうあそこの国というのは、もう完全というのか、もうセパレードされていますから、もう一部の特権階級、軍事的な・・、そして政府の高官、まぁ金正日はそのトップにあるわけなんですが、そういった人間しか口にできないわけであります。
私たちは「家族会」、私も今回は行かせていただきましたけれども、10月24日から29日に訪米をさせていただきました。その時にある政府の高官が言っておりました。「北朝鮮には経済なんかはないんだ」と、「・・・エコノミーなんだよ」ということを彼らは言っておりました。
つまり「私たちが北朝鮮に米を送って、それを止めてしまうとみんなが困る」っていうことをよく日本の有識者とされる嘘者たちが言っておりましたが、「そんなことはありえないんだ」と。もともと言っている経済というのはごく一部の宮殿経済、・・・エコノミーの人たちしか恩恵を受けていないんだから、ここを止めても決してかわいそうな人たちは本当は困らないんですよ」と。
だからそこは私たちが経済制裁、つまり彼らは「もっと言葉を上手く使った方がいいよ」と逆に助言をしていただきましたけれども、「スマートサンクションとか、ターゲティックサンクション、こういったことはとても効果があるんだ」ということを私たちに助言をしてくださいました。
つまり、私たちが安易な米支援とか、それに代わる経済支援をしてしまうと、さらにその今までも自分たちの懐に入れていた方々がですね、肥えてしまうわけですね。そして本当に困っている人、さらに弾圧して、何も食べられない人がもっとこの先将来長く食べられないという境遇が生れてしまう、ということなんです。
これは脱北者の方々も、本当に口を揃えて同じことを言っています。「日本が安易に妥協して、そして政治の思惑、絡みで米支援なり経済協力してしまうと、実は多くの人々を殺してしまうんですよ」ということを、多くの方が口を揃えておっしゃいます。
そうした日本の無策、顔のない外交というのを私たちは許してはならない、というふうに思います。
一時、本当に援助すると困った人が助かるんじゃないか、といったことを考えてしまいがちです。私も初期の頃はそういうふうな考えもありました。しかしそれは相手がどこの国なんだ?と、誰がその国のトップなんだ?と知った時に、「それは明らかに間違えの選択肢である」ということを、私たちは再確認していく必要があると思います。
そして「北朝鮮問題」、私たちはたまたまこの「拉致問題」というかたちでお話をさせていただいております。しかしご承知の通り、現在まぁ六者協議が開催されておりますが、核の問題ですとか、大量破壊兵器拡散の問題、偽札、麻薬、人身売買、色んな問題があるわけです。およそ私たちが知る“悪”と言われるものがすべて「彼ら発」ということなわけであります。
そして「核の問題」。弾道ミサイルに核弾頭を積んで発射してしまえば、およそ約20分弱でこの日本に着弾するわけであります。そういう意味においては核ミサイルに関わらず、「拉致問題」を含めてこの問題というのは、私たちここにいる壇上の者だけの課せられた使命だけではなくて、皆さま方お一人お一人においても「等しく降りかかった危機なのである」ということを認識していく必要があると思います。
「彼らの悪事を絶対的に許さない!」「懲らしめて許さないんだ!」ということを誓えば、この日本は安全であるし、そして私たちの将来、子どもたち孫も明るい将来を保障されていくんだ!というふうに思います。
(4)に続く
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(3) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10827453.html
|
| 11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(2) |
( 2005.12.4,日 ) |
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田 拓也さん(1) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
続き
そしてこの問題はですね、「拉致」、今もそう「拉致問題」と言われていますが、当時は「拉致疑惑」だったわけです。そして「拉致疑惑」の前までは何の状況もなかったわけですから、私を含めて、私の家族を含めて、皆さま方も含めて、この北朝鮮とか拉致っていう言葉はまったく知られていなかったわけであります。
1977年の11月に拉致をされてから約20年間、私の家族においてでさえ、めぐみの情報、目撃証言、そして北朝鮮という言葉、一切周りにはありませんでした。それは政府の怠慢なのか、ジャーナリズムの怠慢なのかわかりませんが、どこかの一部ではこの状況は語られていたわけでありますけれども、世の中ではそれでついては来なかったわけであります。
その時期にもし、ジャーナリズムが正義感を働かせて動き、そして日本政府が国民を守るべき基本的な使命を果たしていれば、この問題が解決するのはもう少し早く図られていたんではないかなと思います。
そして1997年、約20年後に家族会が設立され、私たちは今でこそこうした大規模なかたちでお話をする機会を頂戴しておりますけれども、当時は本当に街頭で、たすきをかけて皆さまにお訴えしてもですね、誰もこの問題を知らないわけですから、これは当然のことだったのかもしれませんが、誰もが耳を傾けてくださらなかったわけであります。
私たち被害者(家族)は「どうして私たちの本当の声を聞いてくださらないんですか」と申し上げます。そうしてある時には、マスコミは有識者とされる、それもほとんど北朝鮮に利敵行為を働く方々がですね、「これは拉致疑惑である」と「誰も証拠はないんだ」ということを声高に叫び、私たちの活動を妨害しようとした方々も多くいたわけであります。
本当に苦しい、言葉にできないような情景が続いて、2002年まで私たちは生き地獄の中をさまよっていたわけであります。
しかしどうでしょうか、まぁ、小泉さんのお力もあるんですが、2002年にようやく平壌訪問、日朝首脳会談というのが図られたわけであります。この時に初めてご承知の通り「北朝鮮が拉致の問題を認めた」わけであります。「自分の国家が犯した罪である」ということを自らが認めた瞬間でありました。
その時の、日本中がひっくり返ったさまは皆さま方もご記憶にあるかと思います。当日の夕刊新聞、翌日の朝刊、もう、これはもう「ひっくり返るということはこういうことなんだろう」と思いますが、私たちも含めてもう頭の中が真っ白でしたし、本当に日本中がもう、パニックに陥ったわけであります。
今まで「そんなことはありえない」と言っていた方々は、本当にいつの間にか、テレビ画面や新聞のところからはいなくなってしまったわけです。自分たちが言ってきた余りにもくだらないことが、もう瓦解してしまったわけであります。
そうして初めて私たちが「拉致問題がある」ということが、世の中の皆さま方によって認められ、政府に認められ、そして国際的にも一歩進んだ瞬間であったわけであります。
しかし、諸手を持って私たちはそれを喜ぶことができなかったわけであります。ご承知の通り、“生存組”と“死亡組”というかたちで、北朝鮮は欺瞞情報を言い続けてきたわけであります。しかもその手で死亡とされた情報というのは、あくまでも彼らが言ってきた事柄を日本政府の外務省の方々が伝えただけであって、誰一人として、科学的にも、人対人で確認したわけでもありませんでした。
私たちは外務省に翌日詰め寄りました。「これではおかしい」と。「生きている人間が死んでいるという情報が、この状況、このボリュームで日本中に広がってしまうと、めぐみを始めとする被害者たちが殺されてしまうじゃないか!!」と「そういうような報道操作は止めてほしい」と「今すぐ大洋州アジア局長がテレビに出るなりされてですね、この問題を否定してほしい」ということを訴えました。
しかし、それは外務省は、今もあまり変わりませんが、まったく冷たい姿勢で私たちを相手にしませんでした。あたかも先ほど飯塚副代表、真鍋専務理事がおっしゃったように、「日朝の国交正常化を図ろう」というのが、目的があったように思えます。それをもって私たちの拉致問題がすごく邪魔だったのかもしれません。私たちに対してはまったくの、あの、冷たい姿勢を取り続けておりました。
しかし、皆さま方の本当に関心とお力添えによって、そして2002年9月17日、約1週間あまり前の9.11においては、アメリカにおける同時テロが起きたわけであります。北朝鮮としては、またアメリカがテロ国家、人権蹂躙国家の北朝鮮自国に対して「矛先が向いてくるのではないか」ということを心配して、そして「日本からの経済援助、多額な経済協力をもらいたい」ということが裏腹にあって、この拉致問題を認めたわけです。
そして皆さん方の本当に強い意志、態度、行動によってですね、日本政府を動かしたわけです。そしておかげさまで拉致をされた直接の被害者5人の皆さん方、蓮池ご夫妻、地村ご夫妻、そして曽我さんが帰って来られたわけであります。
今までの私たちの取り組みの中では、ここまで進むとは正直思っていませんでした。しかし皆さん方の、この民主主義のもとにある、この「常識を取り返すんだ!」と「日本人を取り戻すんだ!」という強い意志が、私たちの味方についてくれたわけであります。
こうした、譲歩ではなく圧力こそが、この北朝鮮問題を解決する道筋であるっていうことを証明した瞬間だったわけです。
(3)に続く
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(2) http://aoinomama13.seesaa.net/article/10785807.html
|
| 11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(1) |
( 2005.12.3,土 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
皆さま、こんばんは。(会場から「こんばんは」)ただ今ご紹介にあずかりました「横田めぐみ」の弟の横田拓也と申します。よろしくお願い致します。
まずは始めに冒頭、副代表の飯塚さんからご挨拶申し上げましたが、日頃より北朝鮮による日本人拉致問題に関しまして本当に深いご理解とご支援を賜りますこと、高い席からではございますが、御礼申し上げます。ありがとうございます。(大拍手)
「横田めぐみ」の件につきましては、すでに皆さま方、深くご承知いただいているかと思いますが、まぁ、家族からの話としてですね、一部ご紹介、もしくは日頃の活動についてお話申し上げたいと思います。
「横田めぐみ」は1977年の11月に、この美しい日本、そして楽しい家族のもとから引き離されて「拉致をされた」わけであります。わずか13歳という、本当に子どもです。学校のクラブのバトミントン部でしたけれども、友だちと帰って、途中で別れてから、家とその拉致現場というのは本当にもう、数百メートルの近い距離だったわけなんですが、そこで消息を失ったわけです。
警察犬によって、まぁ、嗅覚が鋭いですから、犬を何匹も使ってですね、あの、調査をしたわけなんですが、まったく手がかりなし、目撃情報なしということで、もう私たちとしてみれば本当に、当時の言葉で言うと「神隠し」ということでですね、本当に生き地獄、もう毎日であったわけであります。
で、めぐみは今年の10月で41歳の誕生日を迎えまして、今月(11月)の15日、拉致をされてから28年経過したわけであります。
それで私も含めてなんですが、皆さま方におかれましてもですね、ご本人ご自身が13歳の頃、どんな歳だった、どんな苦労の?記憶があるかということを思い出していただきたいんです。
まぁ、中学1年生であります。本当に多感な頃で、夢が多くて、自己実現をかなえようという本当に花盛り、楽しい時期であったと思います。これはもうみんな一緒なんだと思います。本当にまぁ、友だちがいて楽しくて、先生の授業、楽しいかどうかわかりませんけども、本当にもう、毎日が毎日が楽しい日々、明るい一日だったと思います。
そして「クラブで勝って優勝したい」という夢もあったでしょうし、「高校に入ってこんな勉強したい」とか「大学に入って、こういうふうな学部に入って勉強したい」とか、「こんな仕事をしてみたい」とか、まぁ、「旦那さんと結婚してお子さんを持って・・」とかそんなことを本当に夢見ていたと思います。
これは誰もができた平等に与えられた権利、夢だったと思うんですが、儚くも姉はこの夢をかなえることができず、北朝鮮の工作員によって「拉致をされた」わけであります。
もう人生の3分の2以上が、あの本当にもう夢も将来もないような貧しい、精神的に貧しい北朝鮮という、まぁ地域ですね、私たちは国交を持っていませんから、国家ではありませんけれども、まぁその地域においてですね、抑留されているわけであります。
私たちはこうしてこちらから今お話をさせていただいているわけなんですが、こんな冬でもこうして暖かい場にいることができます。帰ってもお腹が空けば夕ごはんを本当に普通に食べることができます。寝る時も温かい布団の中に入って安心して寝ることができる。明日も本当に普通の朝がやって来るし、普通のお友だちとごはんを食べるかもしれません。どこかにお出かけになるかもしれません。将来に対してはほとんどの不安がないのがこの日本の地の状況だと思います。
しかし、めぐみを始めとする多くの被害者たちは、今日食べることが保障されていないかもしれない。寝る所が屋外の寒い所かもしれない。それは私たちが色んな報道で、子どもたちが本当にまぁ、乞食と言うような、向こうでは何と呼んでいるのかわかりませんが、乞食と書いた言葉でですね、ひどく、本当にもう落ちているようなコーンの、とうもろこしの屑をですね、食べているといったような状況であります。
皆さま方のお手元に資料が配られているかどうかわからないんですが、脱北された、あの、女性とか男性のお話によるとですね、まぁ、「落ちているネズミの足を食べたのが、これまでのごちそうだった」と言っていたこともあるわけです。
*'04 11/2 国際シンポジウム 金 英順さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/10712128.html *11/13 第16回大宮講演会 脱北者の証言《資料より》 http://aoinomama13.seesaa.net/article/9685031.html
本当に何も保障されていないわけです。そして楽しい時も、怒りにある時も、そういったことを、感情を、隣の人と周りの人と共有することもできない。思想の弾圧があって、人権の弾圧が日々ある。本当に将来が保障されていない、悲しい毎日にいるわけなんです。それを28年間、そして人によっては30年、40年も同じ状況にあるわけであります。
これはたまたま私がこうして壇上の中でですね、お話を申し上げておりますけど、これは日本人一人一人がこの状況に対して怒って、「北朝鮮を絶対に許してはならないんだ!!」ということを、共同歩調で取り組んでいく必要が私はあると思います。
本当にめぐみというのはもう、横田家っていうか、横田家の中ではですね、もう本当に笑顔のシンボル、女の子でしたから、特に家の姉はしゃべるのが好きで明るい子でしたから、本当に賑やかな食卓だったわけです。
しかしその拉致をされた当日、数日1週間、1ヶ月、「どこまで続くんだろう」という重い雰囲気があって、いつのまにか姉の存在、姉の言葉というのが語られなくなった。それが色んな家族会の被害者のご家族の話を聞いてみると、本当に一緒の経過をたどっています。
口にしてはならない、重い雰囲気がいつも漂っていて、本当に生殺し、生き地獄といったような日々を送っていたわけであります。
(2)に続く
*11/19 第3回埼玉県民集会 横田拓也さん(1) aoi blog http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html
|


|