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2005年05月の日記
| 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(6) |
( 2005.5.31,火 ) |
*写真は、東京地方裁判所正面門外から撮ったものです。入口付近に報道関係者が大勢いました。
あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。
*'04 12/24 「よど号犯妻」第一回公判 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html *'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html *'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html *'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html '05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴未完(1)〜(4) http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=40&no=111
◆検察官の名前◆ ・石井 隆 ・遠藤 伸子 ・大塚 雄毅
◆検察官より◆ ・名前などの敬称を省略します。 ・「よど号グループ」と質問します。 ・西暦を使います。
続き
《村での生活》
【検察官】 八尾恵はその同じ村、同じ敷地内で暮らしていましたか?
【田中協子被告】 ・はい。
【検察官】 あなたの住んでいた村の敷地内にあるアパートは2棟あったと言っていますが、そこには「誰が住んでいた」のかおっしゃってください。
【田中協子被告】 ・その質問には答えません。
【検察官】 岡本・福留夫婦(1988年事故死 未確認)が住んでいたのではありませんか?田宮高麿はどうですか?
【田中協子被告】 ・私たちが住んでいました。みんな住んでいました。(答えになっていませんでした)
【検察官】 その村にはよど号グループ以外の方はいないのですか?
【田中協子被告】 ・生活の便宜を図る人はいました。
【検察官】 その「生活の便宜を図る人」はすべて日本人ですか?
【田中協子被告】 ・国籍は北朝鮮です。
【検察官】 あなた方よど号グループが村で暮らすのに必要な生活費(医療費などを含む)はどうしていたのですか?
【田中協子被告】 ・毎月田宮さんからいただいていました。
【検察官】 その生活費は毎月いくら支給されたのか金額を教えてください。
【田中協子被告】 ・お答えいたしません。
【検察官】 だいたいでいいですから。北朝鮮のレベルではどうですか?
【田中協子被告】 ・それはかなり優遇されていたと思います。
【検察官】 あなた方は北朝鮮と交流がありましたか?
【田中協子被告】 ・それはさまざまで一概には言えません。こういった質問は本件とは関わりのないことです。(イラついていました)
【検察官】 あなた方が受け取った生活費の支給額は、北朝鮮の一般国民の生活費の約何倍くらいでしたか?
【田中協子被告】 ・それはわかりません。
【検察官】 受け取った食料品はどんな物がありましたか?
【田中協子被告】 ・(沈黙 答えませんでした)
【検察官】 もう一度聞きます。どういった物を受け取っていたのですか?
【田中協子被告】 ・答える必要がありません
【検察官】 そういった食料品などは田宮から受け取りましたか?それとも直接北朝鮮政府から受け取っていたのですか?
【田中協子被告】 ・(沈黙 答えませんでした)
【検察官】 それでは、あなた方よど号グループは住居費は支払っていたのですか?
【田中協子被告】 ・支払っていません。
【検察官】 北朝鮮政府からの支給ですか?
【田中協子被告】 ・それ以外にないと思いますけど・・・。
続く
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| 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(5) |
( 2005.5.30,月 ) |
*写真は、東京地方裁判所正面門外から撮ったものです。入口付近に報道関係者が大勢いました。
あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現しています。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。
時間がかかりまして本当に申し訳ございません。(泣)また、少しずつですがレポートにまとめていきたいと思っております。集会・講演会レポートにもその都度載せていく予定です。
傍聴記録の(1)〜(4)は集会・講演会レポートに載っています。 http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=40&no=111
◆検察官の名前◆ ・石井 隆 ・遠藤 伸子 ・大塚 雄毅
◆検察官より◆ ・名前などの敬称を省略します。 ・「よど号グループ」と質問します。 ・西暦を使います。
続き
【検察官】 あなたは「1978年5月に田中義三と結婚した」と言いました。その他のよど号グループの妻たちは北朝鮮側から結婚を勧められましたか?
【田中協子被告】 ・そういったことは聞いたことがありません。
【検察官】 八尾恵の証言は聞いていないのですか?
【田中協子被告】 ・私は聞いたことがありません。
・小西夫妻が「日本人を妻として獲得した」という話は後で知ったが、今思えば田中義三との出会いがそうだったのかなと思いますけど・・・。わかりません。
【検察官】 八尾恵の証言によれば、よど号グループの妻獲得は金正日からの命令だったとのことですが、どうですか?
【田中協子被告】 ・違うと思います。
*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。 http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
《住んでいた場所について》
【検察官】 あなた方は北朝鮮のどこに住んでいましたか?住所を言ってください。
【田中協子被告】 ・平壌市郊外です。住所は言えません。
【検察官】 住所を言えない理由は何ですか?
【田中協子被告】 ・答えないという立場ですから。
【検察官】 そうですか。それではその場所はどういった所だったのでしょうか?
【田中協子被告】 ・私たちはアパートに住んでいました。そこは囲いのある所もありました。
・囲いがあるのは、敷地を区別する所にありました。形状は生垣・垣根でした。
【検察官】 その場所に人民軍の軍隊が立っていたという話がありますが?
【田中協子被告】 ・小隊の方がいました。どこから派遣されていたのかはわかりません。
【検察官】 その小隊の方々は何年くらいそうしていたんですか?
【田中協子被告】 ・わかりません。確かな年数は。でも複数年だったと思います。
【検察官】 あなたの住んでいたアパートは何棟ありましたか?
【田中協子被告】 ・アパートは2棟ありました。住居用その他の建物もあります。
【検察官】 その他の建物はどういった用途の建物ですか?
【田中協子被告】 ・その件についてはお答えしないつもりです。本件とは何の関係もありません。
【検察官】 その他の建物は、よど号グループリーダーの田宮の執務室ではありませんでしたか?
【田中協子被告】 ・お答えする必要を感じません。
【検察官】 よど号グループの話し合いをする場所はどこだったんですか?
【田中協子被告】 ・それはどこでも話はできました。とにかくこの件はお答えしたくありません。
【検察官】 その他の建物は、よど号グループの話し合いなどに使われた場合、かなりの人数が入る部屋があったのですか?
【田中協子被告】 ・(しばらく沈黙)さぁ?全員集まったことはありません。
【検察官】 これらの質問は必要があるから聞いています。答えてください。
【田中協子被告】 ・答えたくありません。(沈黙)
・そこには学習する食堂はありました。
【検察官】 あなたたちが住んでいたその場所に、北朝鮮の住民の方が自由にその敷地内の本部とか食堂に出入りできましたか?
【田中協子被告】 ・(しばらく沈黙)それは・・・。(答えませんでした)
【検察官】 あなたたちが住んでいた敷地内に自由に出入りしていたのは「朝鮮労働党の人間」でしたか?
【田中協子被告】 ・(沈黙 答えませんでした)
【検察官】 あなたたちが住んでいたその場所の施設を使っていた北朝鮮の人々は、どういう階層の方々なんですか?
【田中協子被告】 ・(しばらく沈黙)私たちの住んでいる住居の管理の方々です。
【検察官】 「朝鮮労働党」から派遣されたのではありませんか?
【田中協子被告】 ・わかりません。知りません。
【検察官】 あなたたちの住んでいた場所、敷地内は通常何と呼ばれていましたか?
【田中協子被告】 ・(沈黙 答えませんでした)
【検察官】 「村」ですか?「日本革命村」ですか?
【田中協子被告】 ・違います。そういう呼び名ではありませんでした。
続く
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| 5/24 渋谷街頭活動 西岡 力さん |
( 2005.5.29,日 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
《西岡 力さん》
「救う会」の西岡でございます。えー、皆さんの訴えの通りでありますけれども、日本は北朝鮮に何か負い目があるのでしょうか?北朝鮮が日本から人をさらっていったんです!!さらっていったことを認めたんです!!
そして5人は帰って来ましたけれども、あと11人について、さらった方が本当のことを言う責任があるはずです!!
それなのに、去年の12月に提供された2人の遺骨は両方偽物でした。めぐみさんのものも松木薫さんのものも両方偽物だったんです。そしてここにいらっしゃる増元るみ子さんや田口八重子さんの死亡診断書、お医者さんのサインの付いている死亡診断書も偽物だったんです。
ただ、田口八重子さんは「同じ日に死んだ」と言われた、交通事故の調査票というのが出てきました。しかしその調査票も、写真もないし、それどころかその交通事故に遭った人の名前も書いていないんです。名前も書いていない書類1枚で「死んだ、というふうに信じろ」と北朝鮮は言っているんです。
そんなメチャクチャなことを我々はされなければならない、何か負い目があるんでしょうか?こんなことをされて5ヶ月経って、日本政府は経済制裁、北朝鮮に対する経済制裁をできないでいます。何か負い目があるのか?と疑わざるを得ないんです。
去年の5月に小泉総理は2度目の訪朝をしました。その時、蓮池さんや地村さんの子どもたちが帰って来た。そして曽我さんのご主人と子どもたちが帰って来ました。そのタイミングを思い出すとですね、嫌な気持ちがするんです。
参議院選挙の直前だったじゃないですか?参議院選挙の直前に子どもたちは帰って来た。そして小泉総理は、平壌で「朝鮮総連に対する差別を無くすように努力する」とおっしゃったんです!!
今、どこに差別があるんですか?あるんなら「直すべきだ」と私たちも思いますが、(参加者から「朝鮮総連は税金を払っていない!」)おっしゃる通りです。朝鮮総連の施設に固定資産税を減税しているんです。差別といっても日本人よりも優遇している差別はありますよ。
そして、今日もう一つ嫌な気持ちがしています。朝鮮総連ができてから今日で50周年だそうです。この50周年の間に実は拉致が起きたんです!!
田口(八重子)さんの拉致には「朝鮮総連の人が関与していた!」ということは日本政府、警察の調べで明らかになっているんです。原さんの拉致もそうです。
この50年に、朝鮮総連があって拉致が起きた、そして今日朝鮮総連はパーティーを開くんです!!「50周年おめでとう」とパーティーを開く。日本の永住許可を持っている人たちですから、パーティーを開く自由はあるでしょう。
しかしそこに小泉総理大臣が「祝賀のメッセージを出す」と言っています。何でお祝いするんですか?
日本は法治国家です。朝鮮総連に対して、日本は法律でどう対応しているか?「破壊活動防止法」という法律があります。「破壊活動防止法」で公安調査庁は、毎年毎年朝鮮総連の活動について調べて、報告書を出しているんです。
「破壊活動をするかもしれない」と、可能性がある、として法律に基づいて調べられているんです。そして実際に拉致に加担していたんです。
その団体が祝賀パーティーをする時に「総理大臣がメッセージを出す」と。そのことと、日本人が拉致されて、偽の遺骨や偽の診断書がきても「制裁をしない」っていうことは、繋がっているのか?いないのか?と私たちは思っています。
日本政府が「北朝鮮に対して、迅速で誠実な対応を取らないならば、厳しい対応をとる!」と、経済制裁の予告をして今日で5ヶ月です。あとひと月経つと6ヶ月になります。
日本語で「迅速」というのは6ヶ月でしょうか?文部大臣に答えてもらいたい!!これは我々が言ったんじゃないんです。官房長官が北朝鮮に正式に言ったんです。「迅速な対応をしなければ厳しい対応をとる」と。「厳しい対応」が「祝賀メッセージ」なんですか?
6ヶ月経って何も厳しい対応がとられてない時には、今日、総理大臣宛てに申し入れをしましたけれども、「家族会」の人たちとも昨日じっくりと話し合いを致しましたけれども、そんなことは本当はしたくないんですが、総理官邸の前で、その近くで、総理に訴えるために「座り込み」をせざるを得ない!!そのような覚悟を私たちは昨日からまとめております。
スッキリとした気持ちで、北朝鮮に対して総理大臣と一緒に闘いたいんです!!しかし、去年の5月に参議院選挙で助けてもらったから、朝鮮総連に去年もメッセージを出して、今年もメッセージを出すと。
そして「偽の遺骨」や「偽の診断書」や「偽の交通事故証明書」がきても、そして政府が北朝鮮に制裁の予告をしていながら、5ヶ月経っても何もしないと。これは本当に、スッキリとした気持ちになれないじゃないですか?
私たちはここにいらっしゃる、そして日本中の日本国民の皆さんと「心を一つにして、もっともっと怒りの声を上げていきたい!!」と思っています。
あと1ヶ月経って、6月24日になって、祝賀メッセージを発したけれども、制裁をしないということになるのならば、本当に覚悟があります!!皆さんと一緒に闘っていきたいと思います!!
この間、(5月12日の集会に)東京に来てくださいました曽我さんはこう言っていました。「北朝鮮に連れて行かれる時、工作船に乗せられたんです」船室に閉じ込められたと言っていましたけれども、「横になれたんですか?」と言ったら、「横になれなかった」と。自分が座れるぐらいしかない船室で、「明かりが点いていましたか?」って言ったら、「明かりは点いていない」。
横にもなれることができないような、座ることしかできない真っ暗な中に、ずうっと閉じ込められて、北朝鮮に連れて行かれたんです。そんなことを自国民がされていることを、小泉総理はご存知なのに、何で祝賀メッセージなのか!!何で制裁をしないのか!!ということです。
曽我さんは言っていました。「自分は北朝鮮にいる時、指折り数えて、いつ日本に帰れるか?待っていた」と。
「めぐみさんたちも、るみ子さんも、八重子さんも、みんなが今日も指折り数えて待っているはずです」と、そう言っていました。
待っている人たちが帰って来てから、メッセージを出せばいいじゃないですか!!今お祝いなんかできるんですか?
来月になってもこのような状態が続く時は覚悟を固めています。「座り込み」をせざるを得ない、という覚悟を固めています。国民の皆さんの絶大なる支持をよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
《司会・平田隆太郎さん》
本日はありがとうございました。えー、このままいきますとあと1ヶ月でもう半年も経ちます。(日本政府は)「北朝鮮が迅速かつ誠実な対応をしなければ」と言いましたけれども、その言葉は日本政府にもあてはまるんです。日本政府は「迅速かつ誠実な対応をしなければ」ということではないでしょうか?
そして6ヶ月が経ったら、本当に私たちは他にこれ以上運動する方法がありません。皆さまに助けていただく以外に本当にないんです。
ともかく、今政府はあと1ヶ月の間に経済制裁をしなければ、日本という国はどういう国か?外国が注視しています。恥ずかしくない国にぜひもっていきたいと思います。
先ほどから本日の朝鮮総連の50周年のことが出ておりますが、日本の中でいい、良き市民として生きていきたければ、自分の母国に対して「拉致被害者を返せ!!」という声を上げるべきではないでしょうか?そのことで彼らは本当に日本と共存をしていくということになるんだろうと思います。
もう、我慢の限界です。拉致被害者は15人16人ではありません!!たくさんの被害者がおります。ぜひ皆さまのご協力をお願い致します。本日はお騒がせ致しまして、ありがとうございました。(大拍手)
*5/24渋谷街頭活動と朝鮮総連結成50周年記念パーティー会場 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3879860.html *5/24 渋谷街頭活動 横田 早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3931315.html *5/24 渋谷街頭活動 本間 勝さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3973605.html
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 5/24 渋谷街頭活動 本間 勝さん |
( 2005.5.28,土 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。 (・・・は聞き取り不能です)
《拉致被害者「田口八重子さん」のお兄さん》
皆さん、日頃拉致問題にご理解ご支援をいただきまして誠にありがとうございます。
私は「田口八重子」の兄の本間勝と申しますが、先日(5月)18日、新潟西港に万景峰号が、12月から5ヶ月ぶりに入港してまいりました。その時の状況ですが、先導に日本の海上保安庁の巡視艇、しかも機関砲を先頭に積んだ大型の巡視艇なんですが、その先導を受けてですね、堂々と入港して来るんですね。
まったく、何でこんな北朝鮮の船をね、守ってあげなければ、入港させられないんだろうか?と。我々ね、拉致された日本人を守ってくれない政府がね、何故こんな北朝鮮の船を守って入港させるんだろうか?と。
それで、岸壁に接岸した時には思わず怒りがこみあげました!!その時の抗議集会で(お話しましたが)八重子を・・した時思わずですね、あの日本政府と同時に、北朝鮮の八重子を返さない現状について思わず罵声を浴びせました。そのような怒りがこみあげてくるのは、本当にもう我々我慢の限界にきておるところなんです。
* 5/18 万景峰号入港抗議集会 本間 勝さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3855740.html http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3984
それで先日ですね、蓮池さんのご家族とちょっとお会いできる機会がありまして、八重子のことについて色々とお話をうかがいました。うかがった中ではですね、「八重子はどうしていたのか?」と。病院に、度々、腰痛持ちなもので、「病院に入院していた」と、そういった中でですね、接触が何回かあったみたいです。
あの、北朝鮮っていうのは本来、日本人と他の日本人というのは会わさない。要するに、どれだけの日本人が北朝鮮に拉致されているのか知られるのが非常に困るわけですね、だから接触をもたないように、日頃、拉致された日本人同士の、あの、お互いに顔は見えないように、見らさないようにされていたそうです。
それでまぁ、蓮池さんのグループと八重子なんかのグループが別々に・・北朝鮮の体制の中の別の組織のグループに入れられているそうです。そういう話をうかがいました。
だから、めぐみさんと蓮池さんと話というのは、めぐみさんの話は度々出るけれども、八重子の話は出ない、というところが、あの、分かったわけです。「あぁ、そうか」と、結局接触できないし、お互いに別々なところに収容されていれば、もちろん会えるわけはないんですが、そういった中でも、先ほど申しました病院の中で度々接触する、また、招待所のところで思わず会う機会もあった、ということで、益々ですね、あの「八重子が生きているんだ!!」という確信を持って帰って来ました。という情勢です。
だから他の拉致被害者も・・日本人として北朝鮮に現存していると思います。結局我々日本人というのは、北朝鮮の政治の道具にされて、お金をね、日本からせしめる材料として温存しているのではないか?と思っております。
あの体制ですから、経済が貧困化されているから、もう一にも二にもお金が必要なわけなんですね。だから・・日本人を絶対に殺さないで、そういった何かの時に交渉の材料にしようとしている卑劣な所、国なんですね。
だから本当に、一日も早く私としては、金正日の現体制が崩壊し、平和な体制作りができて、それからひとつまぁ、帰ってくるのかなぁと。
でなければ、昔の軍隊でも日本軍でもあればね、あの、「敵地に乗り込んで日本人を助ける!」っていうのが当たり前のことなんですが、今の平和国家では、そういう当たり前の行動もできない!!経済制裁もできない!!ねっ、(日本は)こんな国なんですよ!!
だからもう、万景峰号が新潟に入港してきた時には思わずですね、この船を止めない・・・経済制裁ができないんだったらこの船を止めるべきだ!!と、止めるぐらいの力がないと本当になめられ通しなんですよ!!もう、悔しくてしかたありません!!
どうか皆さん、引き続き拉致問題に支援していただいて、日本人を解放する、解放させるまで、ひとつご協力をお願いしたいと思います。よろしくお願い致します。(大拍手)
*田口八重子さん 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.net/jokyo/03.html
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 5月の記念日 |
( 2005.5.27,金 ) |
*写真は3月の結婚記念日に、パパが買ってきてくれた花束とケーキです。今日も同じようなプレゼントでした。
今日はあおいのパパとママの結婚式記念日です。平成○年に東京○○ホテルで盛大?に行われました。あれから早○○年!ついこの間だと思っていたのに、本当に月日の経つのは早いです。
あの日も今日と同じように晴れていました。神前式、披露宴とあわただしく時間を過ごしました。そういえばパパに何度もウエディングドレスを踏まれたっけ。(笑)今思えばふたりあの時本当に輝いていたね。
パパは27歳でママは23歳。お互いに若かったね〜。反対されたこともあって、よけいに結婚式に対する思いは強くて。長崎のお父さんとお母さんを待ったけど、参加してはくださらなかった。それがとても残念でした。
六本木での二次会の後、ホテルのスィートルームで、ママの田舎の友だち2人と午前3時頃までお話しました。一応初夜だったんだっけ?話がはずんでしまって、気がついたらもう3時!!ママは疲れ果ててお先に失礼して眠ってしまいました。
5月にはまだ記念日があります。結婚式の2年前の5月20日、私たちは初めて知り合いました。お互いの友人の紹介で、この日に初めてのデートをしました。
あれは渋谷だったね。パパは仕事帰りでちょっと遅刻して来て。すっごく痩せていて、ものすごい早口で話していたね。(笑)109のインド料理のレストランで食事をしたんだけど、味なんか全然覚えていない。ただ最後に出てきたヨーグルトにネギが入っていたことだけ覚えてる。
隣のカップルがずっと楽しそうに話していて、私たちはずっと黙々と食べて、あんまり話せなくて。電話ではあんなに話ができるのに、会ったら何にも話せない。食べ終わってパパが一生懸命何か話をしていたような気がする。
あの頃私は「そろそろ田舎に戻ろうかな」って考えていた頃でした。田舎に帰ってお見合いでもして、誰かと結婚して実家を継いで親孝行しよう、そう思っていた時にパパと運命の?出会いをしてしまいました。
後で聞いたらパパの実家でも「そろそろ」と考えていたそうです。そんな時にお互い出会ってしまいました。ホントお互い親不孝だね。
でも、今までも色んなことがあって、いいことも悲しいことも楽しいことも苦しいことも、時にはケンカをしながらも、それでもこんなふうに仲良くやっているから、いいのかなって思っています。
パパ、これからもずっと仲良く暮らしていこうね。いつも本当にありがとう。
*もう一つの記念日 '03 5/7 第5回 国民大集会 《私たちの原点》 http://aoinomama13.seesaa.net/article/3119927.html
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| 5/24 渋谷街頭活動 横田 早紀江さん |
( 2005.5.26,木 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
渋谷の皆さま、こんにちは。
今日は内閣府にまいりまして、小泉総理に私たちの気持ちをもう一度お伝えするために「5つのこと」を言ってきました。
*家族会 渋谷駅頭で訴え 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
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(一部引用)
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表 横田 滋 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長 佐藤勝巳
申 し 入 れ 政府は昨年(平成16)12月24日、第3回実務者協議で提供された情報・物証を「全く受け入れられない」と結論付け、その上で「迅速かつ誠意ある対応がないときは厳しい対応をとらざるをえない」と発表しました。それからすでに5か月が経過しましたが、北朝鮮は「迅速かつ誠意ある対応」をしていません。それどころか核武装を公言し、核実験の準備さえしています。このままだと、日本が拉致問題を重視していないという誤ったメッセージが伝わりかねず、核問題に焦点が集まり拉致問題が棚上げにされてしまう恐れもあります。
家族会・救う会は3月9日、4月26日に制裁発動などを求める申し入れを行いましたが、いまだ小泉首相の決断を得るには至っておりません。そこで、本日再度、下記につき申し入れを致しますので早期対応をお願いいたします。
なお、来月6月24日になると、政府が「厳しい対応」を予告して半年になります。その時点でなお制裁発動がなされていない場合は、家族会・救う会では座り込みなど重大な覚悟を、せざるを得なくなると考えていることをお伝えします。
1.全ての被害者を救い出すという国家意思を示すために、いますぐ制裁を発動していただきたい。
2.私たちは愛する家族が北朝鮮で囚われている苦しい立場でありながら制裁発動を求めています。もう待てないという切実な気持ちを知っていただくために、小泉首相との面会を求めます。
3.田中実さん認定に続き、寺越事件、小住健蔵さん、福留貴美子さんらについて、認定を求めます。
4.国家犯罪である拉致が解決していないのに、北朝鮮国会議員(最高人民会議代議員)である朝鮮総連最高幹部6人は日朝を自由往来しています。許宗万・総連責任副議長ら6人の再入国許可を取り消すことを求めます。また、国会において6人を参考人として招致していただくよう要請します。
5.総連施設への税金減免、納税をめぐる裏合意疑惑、総連系学校・芸術団体等への公金支出など、北朝鮮と総連への公正さを欠く優遇措置の適正化を求めます。 以上
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私たちは、本当に「考えられないような恐ろしい事件」に巻き込まれてしまいました。これは、めぐみより一足先に帰った人であったかもしれない、めぐみより一足後で学校から帰って来た人であったかもしれない、誰がこのような目にあったかわからない、どのような人がこのような拉致問題の中に置かれたかもしれない、という本当に限りないほど恐ろしい問題が日本の中で行われていた、受けていた、ということなんです。
私どものめぐみは、28年前に学校の帰りに、すぐ家の近くで拉致されました。私たちは「日本の中での何かの事件であろう」としか思いませんでしたし、警察も本当に大変な捜索をしてくださって、めぐみを捜し求めて、どんな細かいことまでも捜索をしてくださいましたけれども、めぐみの行方は米粒ほども知ることができませんでした。
そして私たちは20年近くの間、彼女を捜し続けて、泣きながら、本当に悲しい中を必死で生きてきました。「どうしてこんなに煙のように、一人の人間が鮮やかに消えてしまうんだろうねぇ」と毎日毎日話をしていました。
そして9年前、突然めぐみちゃんが「北朝鮮の工作員に拉致をされて、北朝鮮の平壌にいるらしい」という情報が入りました。もう、信じられないことでした。そんなこと、「何でそんな国にいるのか?」と思いましたけれども、その後、色々と北朝鮮の勉強をしたり、色んな外交の中で、私たちは本当に恐ろしい現実を目の当たりに致しました。
*衝撃的な初の実名報道「うちの娘だと思う」 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com/nenpyo/siryo13.html
でも「めぐみちゃんが本当にあの国で生きていたんだ!」という証拠が「キム・ヘギョンちゃん」という私たちが考えてもみなかった、これも不思議な孫が元気に育っておりました。
そして私たちのめぐみは、帰って来られた方、それ以外「8名の死亡」といわれる中に入れられておりました。
*「横田めぐみ」さん 電脳補完録さんより http://trycomp.oc.to/jokyo/02.html
あんなに明るく、元気で歌を歌ったり、そしてバトミントンの選手になって、これから頑張ろうとしていた子どもが、ただ学校から帰るその道で、何で何の罪もないのに袋に入れられて、あの不審船の船底に入れられて、連れて行かれなければならないのか?
そしてそのことはめぐみだけではなく、蓮池さんも地村さんも、そしてひとみさんも、曽我ひとみさんも、みんな同じような状況の中で、突然襲われて袋に詰められて、あの不審船の船底に入れられ、泣き叫びながら北朝鮮に連れて行かれ、そして30年近くの間、あの国に監禁されて、どこかわからない、私たちにまだ見えない、どこに居るのでしょうか?山の中でしょうか?それとも平壌の大変難しい政治の中の一部に入れられて、そちらの仕事をさせられているのでしょうか?わかりませんが、とにかくあの子どもたちは「元気で生きている!!」と私たちは信じて、このように闘ってまいりました。
そして昨年、めぐみのお骨と言われるものが持ち帰られました。せっかく頑張って行ってくださった実務者協議の方々が「これは、めぐみさんと言われるお骨を、夫と言われるキム・チョルジュさんが、大切に大切にしていたものを前の日になってやっと持って来ました」ということで持ち帰られました。
それでも私はその骨壷を見た時に「めぐみはこんなものではありません!!元気でいます!!こんなもの信じておりません!!」と言いました。
けれども、私たちがあの28年前、忽然と消えた、あの学生姿の白いブラウスと紺のスカートを着ためぐみの写真が、持ち帰られて来た2枚の写真と一緒に提出されました時は、お骨以上に愕然と致しました。
あんなに捜し求めて、新潟の海岸を泣き叫びながら「めぐみちゃん、どこに行ったの?どこにいるの?」と「どこにいるのか教えて!!」と叫びながら、小さな弟たちと一緒に捜しまわっためぐみが、あの時のあの姿が、そのままで写されて出されてきたのです。
何と悲しい顔をしていたでしょうか?寂しくて苦しくて恐ろしくて、「お母さん、どうしたらいいの?私は何でこんなところにいなければならないの?」という、何ともいえない眼差しで、その写真は私たち家族を見つめていました。弟たちも思わず男泣きに泣きました。私たちも涙を禁じることができませんでした。
そしてお骨が鑑定されましたことも、「このお骨は公になってもよろしいでしょうか?」と薮中さんがおっしゃいましたが、私たちは「どうぞ出してください。そしてこの鑑定をしっかりとしていただいて、日本国民の皆さま方全部にそれをはっきりと教えてください」と申し上げました。
そしてお骨は鑑定されましたけれども、そのお骨は2人の他人のものでありました。まったく違うお骨、そしてその骨壷に入れられた、北朝鮮の誰かわからないお2人のその方々に対しても、私は本当に申し訳なくてなりません!!身代わりとなってこのような政治の道具に使われて、遠い所まで骨壷に入れられて運ばれて来た、名のない方々のことをいつも思っています。
そして「このお骨はめぐみのものではない」ということがはっきりと証明されました。北朝鮮がどんなに嘘をついて、次から次から私たちを、また、日本国民を欺こうとしているか、ということがはっきりと表された瞬間でした。
*横田拓也さん記者会見 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
それなのに、小泉総理は未だに「対話と圧力ですね」と、軽く・・話をしていらっしゃいます。もしご自分のお子様が、いつのまにか一軒隣のご主人に連れて行かれて、そしてこのような思いをさせられている時、親だったら自分の子どものために何をなさるのでしょうか?その家の玄関まで行ってドアを打ち破ってでもその家に入り込んで、「何をするんだ!!」と怒鳴り込むんじゃないでしょうか?
北朝鮮に「拉致をされた、誘拐をされんだ!!」とわかっていても、それが現在見えない状況に置かれているために、中々国民の皆さま方に見えないために、本気になっていただくことができないのかもしれません。
けれども、このような恐ろしいことがまだ解決されない。もっともっと多くの人たちが、若者たちが、今渋谷の街でこうしてお元気で、何にも考えないで平和だと思い込んで歩いていらっしゃる皆さまが、突然角で夕方に拉致をされていっても、やはりこのようになっていくのでしょうか?
これは私たち家族だけの問題ではありません。日本国民の全部の大事な問題なんです!!そして政治は、この時にはっきりとこの問題を解決するために、北朝鮮に毅然とした態度を示し、どんなことがあっても制裁をしてでも、「子どもたち全部を取り返すんだ!!」という姿勢を、私たち家族も、外務省も、警察も、官邸も、すべての国民全部が一つの心になってこのことと闘わなければ、多くの国の人たちは何と見ているでしょうか?
「日本は頼りないね」「何をこんなに大変な命が囚われてしまって、30年近くも苦しんで待って待っていても、何にもできないんだな」「何だ、こんな国なんだったら何とでもできるから、こういうふうに交渉しなさい、外交しなさい」ということで、あらゆる外交問題に、日本の政治は馬鹿にされ続けていくことははっきりとしています。
この拉致問題のために、どんなに苦しくあちらの国で待ちわびている子どもたち。曽我さんはお帰りになって言っておりました。「いつもめぐみちゃんと2人で一緒に勉強し、そして眠る時に誰もいなくなると、お布団の中で日本を思って泣きました。小さな小さな声で日本語で、・・の宿や故郷を歌って、早く誰かが助けに来てくれないか、と泣いたのですよ」と言ってらっしゃいました。
曽我さんは帰って来られましたが、まだまだ多くの日本の人たちが、めぐみもまだ、「ああ、曽我さんは帰って来ました。私はいつ助けに来てくれるのだろうか?」と毎日待ち望んでいると思います。
この大変な拉致問題を解決するために、総理を始め、政府の外務省の方々、警察庁、官邸、それからあらゆる国の、この国の全部国民の方々が一つの心になって、「私が家族だったら、私だってこうしますよ!」という思いを持って、この拉致問題を解決のために、頑張っていただきたいとお願いしております。
どうか皆さま、この拉致問題を後もう、子どもたちや孫たちに、何の解決もなく残していくことはできません!!
私たちはもう70歳になろうとしております。いつまでこのような活動が続けられるかわかりませんが、元気な間は一生懸命に闘ってまいります!!どうか皆さま、私たちに力を貸してください!!
これは皆さまご自身の問題として、日本の国家の大変な問題として取り扱っていただき、一緒に私たちと声を上げていただきたいと思います!!
小泉総理も、その行動が、一日も早く日本の国家国民のためになるような方向に動いてくださいますように、そしてそれが取りも直さず、この国を本当に正しい国に導いてくださることなんだ!!ということを認識していただきたい、と願っておりますので、皆さまこれからもどうぞよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*'04 4/10流山講演会 横田 早紀江さん こちらからどうぞ *'04 9/14渋谷駅前街頭アピール 横田 早紀江さん こちらからどうぞ *'04 9/17緊急国民集会 横田 早紀江さん こちらからどうぞ *'05 2/19国際集会 横田 早紀江さん こちらからどうぞ *'05 4/24第7回国民大集会 横田 早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3465060.html *'05 4/24第7回国民大集会 北にいるあなたへ http://aoinomama13.seesaa.net/article/3691736.html
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| 5/24渋谷街頭活動と朝鮮総連結成50周年記念パーティー会場 |
( 2005.5.25,水 ) |
あおいのママは、渋谷ハチ公前で行われた家族会の街頭活動に行ってきました。
交通機関の乗り継ぎが悪かったので、少し遅刻してしまいました。この日の様子は後ほど詳しくレポートしたいと思っています。(できれば文字化も)どうぞ気長にお待ちください。
突然の告知でしたので、人が集まるのだろうかと心配しましたが、たくさんの方が参加され、道行く人たちも足を止めてご家族の皆さんの訴えを聞いてくださっていました。
*家族会 渋谷駅頭で訴え 電脳補完録さんより こちらからどうぞ *家族会 渋谷街頭活動 電脳補完録ー別館より こちらからどうぞ
この街頭活動の後、ジャーナリストの西村幸祐さん、電脳補完録の山本さん、tarochan.netさんと軽く反省会をしました。
*酔夢ing Voice 西村幸祐さん http://nishimura-voice.seesaa.net/ *tarochan.netさん http://www.tarochan.net/
そしていつもあおいのママと一緒に「よど号犯妻」裁判を傍聴している支援者の方から、「朝鮮総連結成50周年記念パーティー会場で、『北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会』代表の山田文明さんと名誉代表の萩原遼さんがチラシを配るので、手伝いに来てくれないか」と連絡がありましたので、山本さんと会場の赤坂キャピトル東急に行きました。
その時の様子は電脳補完録さんにすでにアップされておりますので、ご覧になってください。近いうちにレポートを書きたいと思っております。こちらも気長にお待ちください。
*朝鮮総連結成50周年に際して 電脳補完録さんより こちらからどうぞ *祝 朝鮮総連結成50周年記念パーティー 電脳補完録ー別館より こちらからどうぞ
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| 5/18 万景峰号入港抗議集会 増元 照明さん |
( 2005.5.23,月 ) |
*いつも「万景峰号入港抗議活動」に参加されている新津市民さん(万景峰号の入港を阻止する会)が撮影しましたビデオ映像から文字化しました。許可をしてくださった新津市民さん、そして阻止する会の皆さん、本当にありがとうございました。
万景峰号はこれからも入港するということですので、遠方でなかなか参加できない皆さんの思いを、どうぞ抗議活動でぶつけてください。よろしくお願い致します。
*万景峰号の入港を阻止する会 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/8940/ *新津市民さんのアルバムです (5/18新潟西港中央埠頭、木材会館にて撮影) http://www.photohighway.co.jp/tp/15_f.asp?key=1596058&un=53702&m=0&pa=&Type=15 *万景峰号入港 家族怒りの声 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
*写真はしばらくお待ちください。
《増元 照明さん》
(・・・は聞き取り不能です)
おはようございます。(会場から「おはようございます」)ご苦労さまです。
あの、先ほど埠頭で私の言いたいことはほぼ言ったつもりなんですけれども、今西村先生がおっしゃるように・・・厳しい議連の追及にもかかわらず、聞く耳を持たない小泉総理に対して「どうやって解らせればいいのかなぁ?」と、もうすでに解っているのだけれども、何もしようとしない小泉総理に対して「どうすれば決断させることができるのか?」、非常に迷いながら突き進んでおります。
しかしやはり一番の力は、「皆さん一人一人の声が、徐々に大きくなっていくこと」だと、私はそう確信しております。
先月アメリカに行きまして、アメリカの政府関係者NGO関係者にお会いしました。それで、すべての、お会いしたすべての方たちが、この日本人拉致問題に集中?しておりまして、関心を持っております。
*「訪米報告」 増元照明さんのHPより http://www.interq.or.jp/power/masumoto/ms.html *米の関心高さに手応え 増元事務局長ら帰国 電脳補完録さんより こちらからどうぞ *ワシントン・タイムスインタビュー記事 電脳補完録ー別館より こちらからどうぞ
ただアメリカの立場は「六者協議優先」というのがやはり根底にはあるようです。しかし、6月までにその六者協議が何もない場合は、アメリカとしても「次の段階にいかなければならないだろう」というのは予想できることで、各担当者、特に朝鮮問題担当者は、イラついているそぶりがありました。北朝鮮の今の動向に対して、非常にイラつきを感じています。
ですからあのアメリカのことですから、そんなに長引くような、長引かせるような、相手に時間を与えるような、そういう措置にはならないと思います。
顧みて私たちの国は、北朝鮮に猶予を与えて、これから「核問題」ということに対しても、何ら対処しようとしていません。アメリカは即座に核実験を行われると厳しい対応をとる。そして中国でさえ「厳しい外交手段をとる」と言っている。それにもかかわらず、日本の政府は相変わらず、小泉さんは「対話をしなければならない」としか言っていない。
この「核問題」は大きな問題で、国民の命に関わる問題であっても、わが国政府のトップが北朝鮮金正日に対して何も言わない、ただ黙っている、ということは「認めている」ということです。
先ほど岸壁でも見ましたけれども、あの万景峰号をこの港に入れるということは、北朝鮮の今まで行ってきた行為を、私たちの国は「許す」ということなんです。「容認する」ということなんです。
拉致被害者を今まだ返していないということは、「そのままでいいよ」というふうに許していることなんです!!
これは本当に我々国民の意思なのか?私はそのようには思っておりません!!4月24日に、あの2000人の会場の中に6000人の方々が集められた、入れない、たぶん入れないという思いを持ちながら、でも集まっていただいた、そして会場の外の地べたに座りながら、私たちの話を熱心に聞いてくださった、その国民の強い意思の表れを、それを金正日に対して正しくメッセージとして、国民がやらなければならないのではないでしょうか。
政府がやらないんだったら、私たち国民一人一人が金正日に対して「日本の国民の意思を示していく」ことが必要だと思います。
今、政府が認めているので(万景峰号が)入って来ておりますけれども、あの岸壁でやはり私たちは「国民は怒っている!!」そして「拉致被害者を返さないのであったら、必ずこの船を止めることになる!!」という、そういうメッセージを送り続けたいと思っています。
*家族会、万景峰号入港に抗議活動 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
新潟の、本当は市民の港だったのに、「新潟のこの港に危険な船が入って来る!!」ということを、もう少しわかっていただきたいと思います。抗議に大勢参加していただきたいと思います。
あの船で「どのような工作が行われてきたのか?」、あの船に「ミサイルの部品」や「多額のお金」が持っていかれて、そしてその「お金」や「ミサイルの部品」で「わが国を脅かす武器を作っている!」こと、これを許してきた日本の政治家を、日本の国民、これはやはり反省して、今この声を上げていかなければならないんじゃないでしょうか?
それが拉致被害者を救出する大きな第一歩になると思います。日本がこの朝鮮問題に対し、改めていく第一歩になると思います。日本の政治家が変わる第一歩になると思います。
政治が変わらなければ、私たちの家族を取り戻すことはできないでしょう。11人の拉致被害者だけで済むのであれば、他にも色々と選択肢があるのかもしれない。
しかし100人以上拉致被害者がいて、今まだ政府が何人拉致被害者か、拉致による被害に遭っているのか、いつから拉致の被害に遭っているのか、それさえ把握できていない今は政府が毅然として、やはり北朝鮮金正日にすべての解決を迫る!!この方法しか、すべての日本人一人たりとも残さず取り戻すことはできないと思います。
11人だったらお金(で解決)だってできるでしょう。しかし100人以上はそういうわけにはいかない!!
すべての日本人を取り戻すために、皆さん一人一人に声を上げていただきたい!!と思っております。これからもご協力よろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*「万景峰号入港」 増元照明さんのHPより http://www.interq.or.jp/power/masumoto/ms.html *第7回国民大集会より 電脳補完録ー別館より こちらからどうぞ *4/24 第7回国民大集会決議(案) http://aoinomama13.seesaa.net/article/3763893.html
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| 5/18 万景峰号入港抗議集会 西村 眞吾さん |
( 2005.5.22,日 ) |
*いつも「万景峰号入港抗議活動」に参加されている新津市民さん(万景峰号の入港を阻止する会)が撮影しましたビデオ映像から文字化しました。許可をしてくださった新津市民さん、そして阻止する会の皆さん、本当にありがとうございました。
万景峰号はこれからも入港するということですので、遠方でなかなか参加できない皆さんの思いを、どうぞ抗議活動でぶつけてください。よろしくお願い致します。
*万景峰号の入港を阻止する会 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/8940/ *新津市民さんのアルバムです (5/18新潟西港中央埠頭、木材会館にて撮影) http://www.photohighway.co.jp/tp/15_f.asp?key=1596058&un=53702&m=0&pa=&Type=15 *万景峰号入港 家族怒りの声 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
*写真はしばらくお待ちください。
《西村 眞吾さん》
(・・・は聞き取り不能です)
・・・結局あの船をいまだに入港させている、日本の政治の中にあるんだ、とこのように私は思っているわけであります。・・・集会に連れて行かれること以外、どうすればいいんだ?というふうな声が、皆さんの中に鬱積していると思いますし、私の中にも鬱積しております。
「撃沈できないのか!あの船を!!」「日本海の荒波の中に撃沈して魚を喜ばせる!ということをできないのか!!」ということであります。
これ以上こうしていますと、また危険なことを申したと思われるかもしれませんが、考えてみればですね、国民が苦しんでいるのに、それにフタをして見て見ぬふりをして、・・にあげるこの国の政治、そしてその政治を許す我々日本国民に未来はないのであります。
未来がある国民はこんなことはしないであろうと思います。
ただ我々に残された機会は、この国の政治を皆さんの力で変えることができると。これが残された一つの道です。
この道を進むしかない、帯刀を引っさげて暗夜を行く・・・ということがありますが、この道を行くしかないだろう、このように思います。射殺するわけにはいきませんから。殺すわけにはいかんのです、我が民主主義の日本は。
そしてそういう方法を・・・して、まぁ、力を合わせて、先ほど・・さんが「どうすればいいんだ?」とおっしゃる、私も同じ、こうしなければならない、この頼りない政治だけれども、「我々が政治を変えることができる!」という一本の道を、力を合わせて進むしかない!!そうすれば極めて早い時期に、拉致被害者救出のための具体的な方法を、国家としてとれるようになるであろう、と思っております。
保険会社の件については、非常な疑惑がございます。まぁ、究明を進めております。しかしながら結論は、その証拠を握ったとしてもですね、新聞報道でなされた結論が出てくるであろうということです。
すなわち、ああいう保険をつけておるということは「詐欺なんだ!」と、日本政府は入港許可証を「詐欺で騙されて取られたんだ!!」という結論になるわけです。
ただ日本の官僚組織はですね、証拠を突きつけなければ動かない。証拠は外国にあるんです。ああいうつまらん調査でも本当に手間がかかる、そういう状況であります。
それから、経済制裁の方にいつ進むのかという話ですが、今の状態では何も言っていないのです。むしろ核の問題の中で「拉致問題を消し去っていこう」というふうな、国際的な流れにあります。
そこで日本政府はですね、国家意思を示し、「経済制裁を実施しなければならない!!」としてあるべきです。これも本日の「万景峰号入港阻止」の私たちの心配と同じように、皆さんの力を合わせて、その方向に向けていくしか今は解決の糸口はない、そういう状況です。
政治状況はご承知の通り「郵政民営化」ということがあります。例えば、猟犬に袈裟を渡してその臭いを嗅がせれば、その臭いだけを追って行きます。したがって肝心の人間が、猟犬の追跡から逃れると思えば、肉を撒いて逃れればいい。その肉を追っかけて、本来の追跡すべき標的を犬は忘れると。
この例えを思い出しますように、今「郵政民営化」だけである。困ったものでありますが、これが政治であるわけです。
先ほどもあの万景峰号の前で申し上げましたが、そういう政治の世界にいる私は「皆さんに誠に申し訳ない」、北朝鮮に連れて行かれて「救出を待っているめぐみちゃんや恵子さんや八重子さんや、本当に多くの人たちに、申し訳ない・・」という思いを日々味わっているわけであります。
この悔しさを、皆さん共通のですね、者として進みましたなら、必ず未来は開く!!と私は確信しておるわけであります。
本日少々遅れまして誠に申し訳ございません。これからも力を合わせてまいりましょう!!
繰り返しますが平沼赳夫会長のメッセージ・・・先生がお読みになった通りでございます。我々拉致議連として・・をあて、力を合わせて全力投球致します。これをお約束して私のごあいさつに代えさせていただきます。誠にご苦労さまでございました。(大拍手)
* '04 3/10 西村眞悟氏講演会 こちらからどうぞ
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| 4/24 第7回国民大集会 蓮池 薫さんメッセージ |
( 2005.5.20,金 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
《蓮池透さん・「蓮池薫さん」のお兄さん》
皆さん、こんにちは。「蓮池薫」と「蓮池祐木子」の兄の蓮池透でございます。
本日はせっかくのお休みの中、こんなにたくさんの方が足を運んでくださって、本当にありがとうございます。(大拍手)
同じ時間・同じ場所で、これだけ多くの皆さんと「強い気持ちを共有できる」ということは、きっと我々の熱い思いが政府・小泉総理に届くものと確信しております。(大拍手)
弟夫婦からメッセージを預かっておりますので、代読させていただきます。ちょっと時間がおしているようですので、急ぎます。
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今から1年前の5月22日、子どもたちが帰国をし、私たち家族は再び一つになることができました。そして現在色々と困難はありますが、子どもたちを含め、一歩一歩自立に向けて進んでいます。これはひとえに国民の皆さまのご支援の賜物と心から感謝しております。本当にありがとうございます。
私たちは、このように将来に向って家族が揃って前進できるようになりました。しかし一方で、他の拉致被害者の皆さんはまだ帰国できないばかりか、北朝鮮の不誠実な対応で、一向に解決の道すら見えておりません。
被害者のご家族が高齢になられる中、拉致被害者の皆さんの早期帰国実現のため、私たちは、今の自分たちとしてできる限りのことをやってまいりましたし、これからもやっていくつもりです。
何よりも私たちは、拉致被害者のご家族の皆さまと政府の関係機関に、私たちが持っている情報を提供致しましたし、これからも要請に応じて積極的に提供することで、その情報に基づいて、ご家族や政府がこの運動を盛り上げ、北朝鮮に対する強い外交を繰り広げていただきたいと、切に望んでおります。
拉致問題を解決し、被害者の皆さんの一日も早い帰国を実現するためには、これからも国民の皆さんのご支持とご協力が何より必要と考えています。
何卒これからも拉致問題が風化することなどないよう、よろしくお願い致します。
平成17年4月24日 蓮池薫 蓮池祐木子
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どうもありがとうございました。(大拍手)
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| 4/24 第7回国民大集会 地村 保志さんメッセージ |
( 2005.5.19,木 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
《地村保さん・「地村保志さん」のお父さん》
皆さま、こんにちは。福井からまいりました地村でございます。(大拍手)
皆さんのおかげで、また国民の皆さんの世論で政府が動き、拉致された5人が、また全員祖国に帰国できましたことは、ひとえに皆さんのご協力と世論のおかげと思っております。本当にありがとうございます。(大拍手)
帰りました息子たち、また孫も、大変現在では日本に馴染みまして、進学もでき、また就職もできまして、本当に私としましてはホッとしておるような次第でございますが、まだまだ10人の不明確な人、また特定失踪者の皆さんの、大勢おります、私の県でも私以外にも特定失踪者の人が3人もおります、その特定失踪者の解明のため、また、10人の不明確の人も、北朝鮮の拉致前面解決まで、これは私も、皆さんのおかげで帰れましたけれども、この拉致問題の全面解決に、私はこれは宿命や思って、皆さんと頑張るつもりでございます。(大拍手)
皆さんのおかげで帰りました息子たちのメッセージを預かって来ましたので、代読させていただきます。
国民大集会に向けてのメッセージとして代弁します。
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本日、「小泉総理の決断を求める国民大集会」の開催にあたり、ここにお集まりの皆さまを始め、多くの国民の皆さまのご支援により、私たち家族が帰国できましたこと改めて感謝を申し上げます。
思い起こしますと、昭和53年7月、私たち夫婦は北朝鮮に拉致されて以来、右翼曲折の人生を強いられてきましたが、力強い世論の後押しとして日本政府のご協力により、平成14年10月15日、24年ぶりに夢にも見た祖国へ帰国を果たすことができました。
また、離れ離れになっていた子どもたちも昨年の5月、無事再会でき、日本で共に暮らせるようになりました。
これもひとえに皆さまのご支援のおかげと心から感謝しております。帰国後私たち夫婦は多くの国民、地元の皆さまのご支援・ご協力と、国の支援策に支えられ、いち早く社会復帰ができ、子どもたちも日本社会に順調に慣れ、この4月から就職・進学就学が決まったことにより、将来の生活の道筋が見つかりましたので、本年の3月、国に対して永住帰国の意思決定を伝えたところであります。(大拍手)
今日まで私たち家族にも寄せていただいた・・・に関わる数々のご支援、心温まる激励の品々、署名のご協力に改めて感謝申し上げます。
幸い、私たち家族は帰国することができ、心の安堵を取り戻すことができましたが、半面、その後、日朝交渉に進展が見られず、拉致被害者の帰国を待ちわびる10人の安否不明者や、特定失踪者の家族の気持ちを察すると、心が痛みます。
日本政府におかれましては、最善の努力を払われ、交渉に臨んでいただきたいと存じますが、拉致問題の早期解決に向け、国民世論がさらに盛り上がるように、全国の皆さまに改めてご支援ご協力をお願い申し上げます。
私たち家族も、自立をする上でまだまだ色々な問題を抱えておりますが、拉致問題を風化させることなく、早期解決を実現するため、これまでできる限りの協力はしてまいりましたつもりですし、今後も努力してまいる覚悟でございます。
この場をお借りして、皆さまの温かいご理解・ご支援をお願い申し上げます。
平成17年4月24日 地村保志 地村富貴恵
以上です。(大拍手)
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皆さまのおかげで、私たち孫まで帰していただきましたことは、本当に皆さまのおかげだと思って改めてお礼を申し上げます。どうも本日はありがとうございました。(大拍手)
*第7回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」 救う会神奈川 活動報告より(平成16年7月24日) http://www.geocities.jp/sukuukai/report/07.html#3
《浜本雄幸さん・「地村富貴恵さん」のお兄さん》
皆さん、こんにちは。(会場から「こんにちは」)私、浜本です。地村富貴恵の兄です。
皆さんに大変なご心配をかけ、大変な皆さんのご支援をいただきまして、24年ぶりに帰って来ることができました。本当にどうもありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。(大拍手)
ただいま地村夫妻からのメッセージがございましたが、非常に皆さんに感謝致しております。日本に帰ってよかった、子どもたちも来月で丸1年になるんですけれども、日本語をちょっと心配しておったんですけれども、やはり1年経てば非常に日本語が上手になりました。会話もできるようになりました。非常に喜んでおります。
日本って素晴しい国だ、これはもう、食料の心配はいらない、(会場から笑いが・・・)気候は暖かい、マイナス20度という厳寒の中を生活することを思えば、日本なんて寒いという国ではない、こんないい国はない、周囲の皆さんも非常に親切だし、思いやりがある、非常に私たちを温かく見守ってくれる、こんなにありがたい国はない、あぁ、これは日本に帰って来てよかった、毎日が楽しい、ということで非常にもう、喜んでおります。
本当にあぁ、帰ってよかったなぁ、私強硬な意見で「帰さんぞー!北朝鮮には絶対に帰さんぞー!!」という私強硬な意見を吐き続けてきておったわけでございますけれども、まぁ、何を言うか知らない、また、「北朝鮮帰りたい」と言わへんかと思って、だいぶ心配しておったんですけれども、それはなくなったということで、私も安心しております。
だけどこれから先はまだまだ問題がございます。どうぞひとつ皆さん、温かい目でこれを見守ってやってほしいと、お願いを致します。(拍手)
ところで拉致問題、後の人たちの問題でございますけれども、私はちょっと遺骨の問題で悶着しておりますけれども、こういうことで悶着して、「本人を返せ!!」という一本の方針でやっていただければこれは問題がないんじゃないかと。「原状回復!!」「日本人を返せ!!」これ一本でやって闘っていきたいと思っております。(大拍手)
*'04 11/8 緊急国民集会 浜本 雄幸さん http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=40&no=78
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 4/24 第7回国民大集会 スザンヌ・ショルティさんメッセージ |
( 2005.5.18,水 ) |
スザンヌ・ショルティさん 米国「北朝鮮自由連合」副委員長
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
《島田洋一さん・「救う会」副会長》
えー、スザンヌ・ショルティさんは、この2月の東京の国際集会にも来日してくださいまして、今櫻井さんの方からもお話がありましたように、昨年アメリカで成立した「北朝鮮人権法」の民間側の立役者であります。
*'05 2/19 国際集会 スザンヌ・ショルティさん こちらからどうぞ
それでは、この大会に寄せた「ショルティさんのメッセージ」の翻訳したものを読み上げます。
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◇ワシントンより東京の集会に寄せて◇
私は、北朝鮮に直ちに経済制裁を求める皆さまの呼びかけに支持を表明致します。(大拍手)
金正日を相手に拉致問題を解決させるにあたり、日本の皆さまは「忍耐強すぎたのではないか」とさえ私は思っています。(大拍手)
愛するわが子や兄弟が、今どのような状態であるか知ることもできず、苦痛に苛まれておられるご家族の心情を、平気で逆なでするような北朝鮮の行為は言語道断であり、世界中の常識ある人々に対する挑戦でもあります。(大拍手)
金正日は人の命の尊厳も顧みず、ただ私腹を肥し、贅沢な生活を続けることのみに汲々としている男です。(大拍手)このような男に制裁をかけることは、あまりに当然なことではないでしょうか?(大拍手)
今週私たちは、ワシントンにおいて「北朝鮮自由化週間」と銘打ち、さまざまな活動を繰り広げる予定です。金正日は北朝鮮民衆のみならず、韓国人や日本人に対し行ってきた「恐るべき残虐行為の数々」を明るみに出し、北朝鮮に住む人々の「人権と自由の確保」に向け行動致します。
例えば火曜日(4月)26日には、日本人拉致問題の展示を含む「北朝鮮ジェノサイド展大虐殺展」の開会式をとり行います。それで、増元照明さん・島田洋一さんがワシントンを訪れ、数々のイベントに参加してくださることを大変光栄に思っています。
拉致被害者救出のため、休むことなく日々活動しておられる皆さまに、心から敬意を表するとともに、北朝鮮に住む人々の「人権」「自由」のため、皆さまと隊列を組んで闘えることを大変光栄に思っているので、ここに述べさせてください。全ての人が祖国に戻れる日まで共に闘いましょう!
北朝鮮自由連合(North Korean Freedom Coalition)代表 スザンヌ・ショルティ
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今、ショルティさんのメッセージでも言及されていましたけれども、明日から増元照明家族会事務局長と私とで、ワシントンに行ってまいります。
それで、北朝鮮政策を担当するアメリカの政府各所の要人と共に意見交換をしてくる予定ですが、その他(4月)28日木曜日正午から、アメリカや韓国の有志と共にですね、ワシントンの中国大使館における「脱北者強制送還に抗議する集会・デモ」に参加してまいります。(大拍手)
それからこれは北朝鮮だけではなく、中国にも圧力をかけなければ各人権問題・北朝鮮問題は解決できないとの認識に基づく行動であります。
*米の関心高さに手応え 増元事務局長ら帰国 電脳補完録さんより こちらからどうぞ *ワシントン・タイムスインタビュー記事 電脳補完録ー別館より こちらからどうぞ
えー、我々は文明人の端くれですから「石を投げたり、卵を投げたり」とか(会場笑い)アホなことはいたしません!(大拍手)だいたい、卵は食べるものであって投げるものじゃないと。(大拍手)これは幼稚園レベルどころか、子どもが2〜3歳の段階で教えなければならない事柄であります。(大拍手)
これは、子どもたちが見ている前で大人が食べ物を粗末にして、ヘラヘラ笑いながら卵を建物に投げつける、当たってグシャッと崩れたと言っては歓声を上げる、だから中国の教育は根本的にダメなんです!!(大拍手)
中国政府が捕まえては強制送還している脱北者の中には、拉致に対して重要情報を持つ人、あるいは拉致被害者の家族、拉致被害者本人まで含まれる可能性があります。
それで、中国政府は陰ながら金正日政権を支えております。中国政府というのは明らかに拉致問題解決を妨害し続けている存在であります!!(大拍手)
その中国大使館前における抗議活動では、まず、その「脱北難民を強制送還し続ける中国には、オリンピックを開催する資格はない!!」ということを訴えてまいります。(大拍手)で、アメリカではすでにその法案が有志議員によって作られておりますけれども、日本でも作っていただいたらいかがでしょうか?(大拍手)
まぁ、公開競技として「難民狩りを実施する」というなら、北京は開催都市としてふさわしいと思いますけれども、そして中国チームは間違いなく優勝するでしょうから、(会場笑い)常識的に考えて「北京はオリンピック開催資格を持たない!!」と、こう思います。(大拍手)
なお、中国は「日本には国連常任理事国になる資格はない」と言っておりますけれども、中国に常任理事国の資格があるのなら、「世界の大抵の国は資格がある!」と私は思っております。(大拍手)
あの、ショルティさんは、この2月(19日)の東京の集会で、大変力のこもったスピーチをしてくれたんですけれども、あの、日本に来て、拉致議連の先生方と活発な意見交換をし、また、熱気のこもった集会に自ら参加してですね、自身も「大いに勇気付けられた!」ということを言っておられます。
*拉致問題解決へ国際集会 電脳補完録さんより こちらからどうぞ *「日米韓は拉致問題にどう協力できるか」国際集会 電脳補完録さんより http://bbs.trycomp.com/report/031.html *日米韓は拉致問題にどう協力できるか 国際集会 logさんより http://blog.livedoor.jp/adoruk626/archives/14838120.html *'05 2/19 国際集会 こちらからどうぞ
そして日米の有志が核となってですね、さらに運動を続けていくなら「必ず金正日体制を潰せる!」と「この確信を得た!」と言っております。(大拍手)
まぁ、明日からのワシントン訪問を通じて、日米有志の間における連帯を、一層深めていきたいと思っておりますので、いろいろバックアップのほどよろしくお願い致します。(大拍手)
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| 4/24 第7回国民大集会 北にいるあなたへ |
( 2005.5.17,火 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
それでは、今度は寺越さんの方からですね、あの、もう天国にいらっしゃっていると思いますけれども、お父さんに何か一言ということでお願い致します。
それからずっとご家族一人ずつ、今北朝鮮で待っているご家族に一言訴えてください。
《寺越昭男さん・「寺越昭二さん」の長男》
あの、私たちは本当に「何か特別な感じになってしまったなぁ」という思いが、今しているんですけれども。
他の皆さんのご家族は「被害者を取り返す」そして「家族を取り返す」、それで解決すると思うんですけれども、私たちにとって「解決っていうのは一体何なんだろう?」。
父親は死んでいない、叔父は病死、そして従兄弟の武志は、42年間経って子ども・孫ができて、本当に北朝鮮に根を張って、もうどうすることもできない。被害者を、私たちは「家族を返せ!!」と声を大にして言えないんですね。
そんな中で、もう「私たちにとっての解決っちゅうのは何なのか?」。
それで、最終的には私たちは考えているんですけれども、まぁ「武志の安全の保障」とか、「自由の保障」とか、「生活の保障」とか。そして「外雄叔父さんの家族の保障」。
そして私たちにとってはやっぱり「金正日の謝罪が一番の解決ではないのか?」と思っております。(大拍手)
そのことを、私は父親・母親に報告するまでは、やっぱり頑張っていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。(大拍手)
*4/24 第7回国民大集会 寺越 昭男さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3612893.html *4/24 第7回国民大集会 北野 政男さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3641591.html
《横田早紀江さん・拉致被害者「横田めぐみさん」のお母さん》
はい、めぐみの性格は本当に明るくて元気で声が大きくて、いつも大きい声で、大きすぎるほどの声でした。
あの、家の中で歌を歌っているような明るい子でしたので、考えられないようなことが起きて、向こうで本当に気が狂いそうな、あの、初めのうちは大変なことだったと思いますけれども。
その中で、歯を食いしばりながら結婚して、そしてあんなに元気な「へギョンちゃん」という、考えられないような、成長した女の子が出てきて、ビックリしました。
あのような女の子に恵まれて、そしてあの、この間の写真のように成長した、あのような姿を見ますと、何とか一生懸命に「日本に帰れるまで頑張ろう」「一生懸命に生きよう」って。
「拓也と哲也が、本当に大きくなっているだろうなぁ」と、「お母さんとお父さんは年をとっただろうなぁ」と、思いながら。
きっと元気に過ごしていると思います。そう信じて「取り戻してあげたい」と思います。皆さま、どうぞよろしくお願い致します。(大拍手)
*4/24 第7回国民大集会 横田 滋さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3563309.html *4/24 第7回国民大集会 横田 早紀江さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3465060.html *4/24 第7回国民大集会 横田 拓也さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3643032.html
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【お知らせです(泣)】
皆さま、本当に申し訳ございません!!この日の集会は長時間であったため、デジタルビデオカメラの電源がここで切れてしまい、文字化はここまでしかできません!(泣)
一番大切なご家族の皆さんの訴えの途中でとても残念です・・・。ここから先は、大雑把なメモを本に書いていきますが、あまり自信がありません。カン違いや間違えがあるかもしれませんが、どうぞご了承ください。
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《飯塚繁雄さん・拉致被害者「田口八重子さん」のお兄さん》
・拉致された八重子は兄妹の一番下でした。私と17歳の年の差があります。
・八重子は末っ子なので、父がかわいがっていました。北で八重子が父親の夢をよく見ていたと聞きました。
・北は、原敕晁(ただあき)さんと結婚していると言っているが、それは考えられません。北はすぐに誰かをくっつけたがるようです。
・お見合いの命令があったようです。それで下見をさせたらしいです。原さんの年代の方だったようですが、一見して「ヤダ!」って言ったそうです。
・日本に小さな子どもがいるから、早く会いたくてそのことで頭がいっぱいで、結婚のことなんて考えられなかっただろうと思います。
・昼間は北の言うことを聞く優等生だったようです。でも夜には日本を思い出して、子どもは何歳になったのかしら、もう何年経ったのかしらと。
・普通、指折り数える時は10本の指ですが、八重子は30本指がないと足りません。きっとものすごいストレスでかわいそうな状態が続いているんだと思います。
・早く親子で会わせてあげたいと思っています。
・八重子に会ったら「ごめんなさい!」と言いたいです。早く助けてあげられなかったことを謝りたいです。
*4/24 第7回国民大集会 飯塚 耕一郎さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3464964.html *4/24 第7回国民大集会 斉藤さん・飯塚さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3642518.html
《市川龍子さん・拉致被害者「市川修一さん」のお義姉さん》
・3月14日に90歳になった父と、90歳の母がいます。
・両親の胸に修一さんを抱かせてあげたいです。
*4/24 第7回国民大集会 市川 健一さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3464888.html
《増元照明さん・拉致被害者「増元るみ子さん」の弟さん》
・私も飯塚さんと同じ気持ちです。姉に会ったら謝らなければなりません。30年近くも経ってしまいました。
・年月は取り戻せません。姉が私にくれた時計は止めることはできません。今も動いています。
*増元さんはずっと声を詰まらせて涙していました・・・。
*4/24 第7回国民大集会 増元 照明さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3464842.html
《斉藤文代さん・拉致被害者「松木薫さん」のお姉さん》
・薫に「元気でいてちょうだい!!」と。
・母の言葉として、「お母さんも頑張るから、帰ってらっしゃい!!」と言いたいです。
*4/24 第7回国民大集会 斉藤 文代さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3464763.html *4/24 第7回国民大集会 斉藤さん・飯塚さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3642518.html
《有本明弘さん・拉致被害者「有本恵子さん」のお父さん》
・外で先生方に言ってきました。「決断を求める」じゃなくて「糾弾をする国民大集会」の方がいいと思います。
・国民のほとんどが「制裁せよ」と言っています。それに応えるのが政治のとるべき道です。
・それに応えられない先生はお払い箱にするべきだと思っています。
《有本嘉代子さん・拉致被害者「有本恵子さん」のお母さん》
・きっと、タラップから「めぐみちゃんも恵子も降りてくる」と信じて、運動していきたいと思っています。
*4/24 第7回国民大集会 有本嘉代子さん http://aoinomama13.seesaa.net/article/3223979.html
*ご家族の皆さんは、ずっと涙ながらにお話しされていました・・・。
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| 4/24 第7回国民大集会 横田 拓也さん |
( 2005.5.16,月 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
時間も押しておりますので、最後に一家族1人ずつですね、北にいる家族の人たちに今声をかけてあげるとすれば、何を言いたいでしょうか?ということを言っていただきたい、と思います。
ちょっと先ほど楽屋で打ち合わせがございまして、横田拓也さんの方から、一言皆さんに訴えたいことがあるということですので、そのことをしていただいてから、一家族一言ずつお願い致します。(拍手)
《横田拓也さん・拉致被害者「横田めぐみさん」の弟さん》
あの、誠に勝手を申し上げまして本当に申し訳ございません。
実はですね、私どものところに複数のルートからですね、次のような情報がありまして、私ども家族としましてはとても心配、そして懸念をしておりますので、皆さま方にお話を申し上げますとともに、そういった不穏な動きをですね、どうか私たち「国民の意思と力をもって阻止していただく」ようにと思いまして、勝手ながらお時間をいただいた次第でございます。
実は前からですね、この拉致問題のシンボル的な横田家の切り崩しのために、色んな画策・工作があったわけであります。まぁ、代表的な最近の事例で言うと「偽遺骨の問題」があったわけであります。
それで、ここにきまして「また?」ということなんですが、めぐみの子どもの「『キム・へギョンさん』を訪日させてはどうか?」ということがですね、どうも首相官邸の周辺でですね、「計画・画策されている」といったような情報を、複数のルートから私どもは聞いております。
まぁ、父はですね、私が親に対してこういう言い方は失礼だと思うんですが、情の世界で大変優しいというか、悪い言葉を使うと「もろい人間」でありますから、(会場笑い)孫に会いたいのは父ならずとも親としては当然なわけなんです。そこを「また」ですね、偽遺骨の次に狙ってきている話であります。
私たちは支援室、当時の支援室に対して、小熊室長を経由して日本政府に対して、「キム・へギョンちゃん」を、「家族分断をするかたちで訪日要請をしてほしくない」とこれまでも訴えております。(大拍手)
私たちが求めているのは、めぐみを始めとする家族帯同・全員の帰国をお願いしているわけです。(大拍手)
優しい父には申し訳ありませんけれども、本当にですね、ここは日本政府も安易な選択をせずにですね、(力強い声で)「全員の帰国を求めていくような強い姿勢でいっていただきたい!!」と思います。お願い致します。(大拍手)(横田滋さんも早紀江さんもとてもつらそうな表情でした・・・)
*'04 11/8 緊急国民集会 横田 拓也さん こちらからどうぞ
*11/8救う会全国協議会ニュースより
【横田家からの要請文】
平成16年11月8日 外務大臣 町村 信孝 様
横田めぐみ本人の「現在の安否確認」を求めます
平素は北朝鮮による日本人拉致問題に対しまして格別のご高配とご理解を賜り、厚く御礼申し上げます。
来る11月9日から第三回日朝実務者協議が平壌にて開催されます。5月22日の第二回日朝首脳会談から半年が経過し、未帰還者の再調査について白紙に戻して進めると金正日が発言してから、何ら具体的解決のための進展がございません。
先の第二回実務者協議においても実質ゼロ回答という結果に終わり、私達家族並びに日本国民は落胆と怒りの境地を超えているのです。町村外務大臣におかれましては、今般の実務者協議の結果が誠実な回答が示されず具体的な進展が無い場合、伝家の宝刀を抜くことも示さなければならないとこれまでに発言されています。
私達家族は横田めぐみが北朝鮮に拉致されてから27年間苦悩の中にいます。どうか一刻も早く日本政府の力によって救出して頂きますよう宜しくお願い申し上げます。
尚、今般の日朝実務者協議にあたりまして、改めて下記に日本政府に対する要望を記すと共に、私達家族の基本姿勢を述べさせて頂きます。どうぞご高覧頂きますようお願い申し上げます。
記
1.「過去の情報」や提示される物証の是非に時間を割くのではなく、「現在の事実」すなわち現在の横田めぐみ本人との面会と救出のために毅然とした交渉をして頂きますよう宜しくお願い申し上げます。
2.キム・チョルジュ氏との面会をされる場合には、本人が本物であるかどうかの確認をするための科学的検証(写真撮影・血液採取)をして頂きますようお願い申し上げます。また、異母兄弟とされるキム・ヘギョンさんの弟についても北朝鮮から提示された情報の真意を確認するために併せて科学的検証の実施をお願い申し上げます。
3.拉致を実行しそして拉致被害者を隠匿し続けているのは北朝鮮である以上、再調査など全く必要ではなく速やかに手元にある事実を日本側に提示する義務と責任が北朝鮮政府にはあるはずです。従って横田家としては、仮に今般の協議において再調査のため又はその他の目的のために訪朝を促されたとしてもそれに従う意志が無いことを予めお伝え申し上げます。 以上 横田 滋 横田早紀江 横田 拓也 横田 哲也
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 4/24 第7回国民大集会 斉藤さん・飯塚さん |
( 2005.5.15,日 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
それで北朝鮮は今、寺越さん以外の日本政府が認定している被害者については「死んだ」と、あるいは「入っていない」と言ってきたわけなんですけれども、おかしなことがたくさんあったわけですよね。
横田さんについてのおかしなことはもうすでに皆さん知られていますけれども、実は横田さんのことだけじゃないんです。遺骨が来たのは横田さんだけではなくて、松木薫さんの遺骨は2度も来たんです。
それで、2002年の9月に(松木薫さんの)遺骨が最初に来た時は、喪服の準備までされたんですよね?今、それについてちょっとご説明いただけないでしょうか?
《斉藤文代さん・拉致被害者「松木薫さん」のお姉さん》
まぁ、私の方に政府の方から「こうやってお骨を持って帰りました」ということを聞いた時には、私は「それは薫ではありません!」と「受け取るわけにはいきません!!」と言いましたけれども、橋本先生が「一つだけ、絶対にこれを証明できるものを持って帰って来たから、何とかそれを証明してみせますから、1ヶ月待ってください」ということでした。
まぁ、それが本当に薫のものであれば、私はもう本当に覚悟して「薫、お帰り」と言って、父の墓に入れてあげようとまで思っていたんですけれども、まぁ、全然違う人のお骨でしたので、もう2度目来た時には「また同じやり方をしたのか?騙されないぞ!!」という気持ちで、もうそんなことは全然、あのびくともしませんでした。
最初はやっぱり、色んな面で悩みました。
《司会・西岡力さん》
あの、それから、交通事故の現場で作られた報告書っていうのも来ているんですよね?
《斉藤文代さん・拉致被害者「松木薫さん」のお姉さん》
はい、そうです。
*4/24 第7回国民大集会 斉藤 文代さん こちらからどうぞ *'05 1/13 東京集会4 斉藤 文代さん こちらからどうぞ
《司会・西岡力さん》
あの、それは今度は飯塚さんの方に。松木さんの方も来ていますけど、二つ来ているんですよね。あの、飯塚さんそれを見られましたけれど、どんなものだったんでしょうか?
《飯塚繁雄さん・拉致被害者「田口八重子さん」のお兄さん》
あの、普通、交通事故報告っていうのは、いつどこでどういう状態で、誰が加害者で誰が被害者、誰が死んだ、その人の名前がなければならないのに、肝心な「誰が亡くなった」っていう名前がないんですよね。
それでその場所もですね、まぁいろいろと後で聞くと、「こんな所で交通事故が起こるような所ではない」というような原っぱのど真ん中、そういう所でですね、「交通事故で亡くなった」という報告書、これはまったく、じゃあ誰の報告書かわからないですよ。こんなもの信用できるわけないわけですよね。
*'05 4/10 第10回藤沢市民集会 飯塚繁雄さん こちらからどうぞ
《司会・西岡力さん》
ですからまず、交通事故があったこと自体もですね、写真も何も付いていないんですよ。紙だけなんです。
その交通事故があったことが本当でも、そこに「被害者の名前が書いていない」んです。それで「人が死んだということを信じろ」って言う、こんなバカな話ないじゃないですか!!
北朝鮮は、この2年間かけて10人が、8人死んで2人は未入国だと説明したかった、証明したかったんです。しかし証明はできなかったんです。ゼロなんです。
あの、さっきも斉藤さんおっしゃいましたけれども、家族の人たちは本当に証拠が来れば「きちんと弔ってあげたい」と、無理を言っているわけじゃあないんですよね。しかし、誰1人についても死亡の証拠が出てきていないんです。10人についてゼロなんです。ですからこれは生きているということです。(大拍手)
つまり、先ほどの曽我さんのメッセージの通り、今日もこの瞬間も、ここの写真に出ている、今色んな思い出を語った私たちの家族が同胞が「日本にいつ帰れるんだろうか?」「お父さん、お母さん、兄弟姉妹に会いたい!!」と指折り数えているんですよ。
くじけそうになると、きっと日本で楽しく暮らしていたときのことを思い出して、「また、この次、日本に帰って楽しく暮らすことができる」ということを信じて、一日一日一生懸命に生きていると、曽我さんが「自分がそうだったから、そうなんだ!」と今言っているわけなんです。この人たちのことを私たちは絶対に忘れてはならないと思います。(大拍手)
*4/24 第7回国民大集会 曽我ひとみさんのメッセージ こちらからどうぞ
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 4/24 第7回国民大集会 北野 政男さん |
( 2005.5.14,土 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
実は、先ほど安倍晋三さんや中山参与の方からもお話がありましたけれども、5人が帰って来た時に、日本政府は日本政府の意思で日本に残しましたよね。本人たちは、表向きは「北に帰りたい」と言っていたんですよね。あるいはジェンキンスさんも、小泉さんに会った時には「日本に行きたくない」と言っていましたよね。
北朝鮮の影響下にある時には、言論の自由はないんですよ!!「ホンネはしゃべれない」ということを、私たちは目の前で見て経験しました。
今、日本政府が「寺越さん事件」を認定しない大きな理由は、実は武志さんが北朝鮮にいて「自分たちは拉致じゃない!」と言っているんですね。「拉致じゃない!」と言っているんです。
しかしそれは、蓮池さんたちが北にいた時に「日本に行きたくない」と言っていたことや、ジェンキンスさんたちが「日本に行きたくない」と言っていたことと、「どこが違うのか?」ということなんです!!
それで、実は安明進さんの名前が何度か出てきていますが、安明進さんは「寺越事件の犯人」から、直接「寺越事件」のことを聞いているんですね。
安明進さんの学校の先生が「金正日政治軍事大学」で航海?講座というのがあって、「工作船で日本に侵入する時にどうするのか?」という講座があるんです。その先生の「オウ?」という人が「実は、1963年に能登に侵入した時になぁ・・・」と話をしてくれたんです。
その時、実は3人その船に乗っていたわけですけれども、一番年上の人がその船に乗っていた子どもをかばった。それでうるさいので、そのかばった大人を射殺して、あと「2人を拉致してきたんだ」と聞いたと言っているんです。
ところが、北朝鮮は「この3人は遭難していたんだ」と「助けてやったらば、日本よりも北朝鮮がいい国だったから帰らなかったんだ」と。(会場から笑い)そして武志さんも「そうだ」と言っているんです。
これを日本政府は、本人が北朝鮮の中で家族もいるのに、危険を冒して「自分を拉致された」と言わないかぎり認定しないのかと。国家として、さっき安倍さんや政治家の方々が言っていましたけれども、日本国としての決断がどこにあるのか!!ということだと思うんですよね。
特に北朝鮮は、「昭二さんは射殺されたんじゃなくて、北朝鮮に上陸して平和に楽しく暮らしていたけれど、病気で死んだ」と言っているんですよね。そして、最近墓が出てきたんですけれども、その墓の生年月日がおかしかったんですよね?そのことをちょっと北野さん、お話いただけませんか?
《北野政男さん・「寺越昭二さん」の次男》
えー、次男の北野政男でございます。
あの、寺越事件の真相というのは、事件のその日、以前と以後の記憶というところが考えればちょっとわかりやすいと思います。
もし事件の以前に、武志が小さい時に、親父の生年月日を覚えているはずがないんですね。事件の以前に覚えていることは、友枝さんが覚えているってことです。お隣でしたから、寺越友枝さんは。
事件の以後に向こうに渡った武志が、日本のことを一つも覚えていないということです。
安明進さんの言うように、(父が)海で射殺されて捨てられた時には、武志の(昭二さんの)記憶は朝鮮に行ってから一つも持っていないということです。親父は朝鮮に渡っていませんから。
ですから、墓石に刻んであった期日、生年月日というのは、武志から出てきたものではなくて、これは友枝さんが北朝鮮に行って「こうしかじかこういうことですから、墓石を作りましょう」と言って作ったのが、あの出てきた墓石であります。
そしてそこに刻まれた生年月日は、友枝さんがうる覚えに覚えていた生年月日を書いたものだから、全然違っていたと、一日違っていたと、そういうふうに思います。
*全体的疑問点・矛盾点【4】 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
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(一部引用)
赤十字通じ遺骨返還要求
1963年に日本海に漁に出て行方不明になった寺越昭二さん=当時(36)=の長男、昭男さん(53)は21日、石川県庁で記者会見し、昭二さんの遺骨の返還を日本赤十字社を通じて北朝鮮に求めていくことを明らかにした。来月同社を訪れ、失そう当時の状況を説明するという。
外交ルートでは既に昨年12月、外務省が北京の日本大使館を通じ北朝鮮に返還を要求しているが、返答は来ていない。
昭男さんは昭二さんが射殺され死体は海に捨てられたとして、北朝鮮工作員を告訴しているが、北朝鮮側は病死を主張している。
昭二さんとともに行方不明になった寺越武志さん(54)=平壌在住=の母、友枝さん(72)が19日に外務省を訪れ、武志さんを通じた遺骨返還交渉を要請したことについて、昭男さんは公式の交渉で解決すべきだとの考えを示した。(京都新聞2004年1月21日) 北朝鮮は寺越昭二さんの遺骨返還の窓口として、寺越武志さんを利用しようとしている節もある。
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《司会・西岡力さん》
やはり、本当は3月31日生まれなのに、3月30日と書いてあったんですね?
《寺越昭男さん・「寺越昭二さん」の長男》
はい、そうです。
《司会・西岡力さん》
あの、墓石にですね、生年月日が刻んであったんです。で、実は誕生日の日に死んだということになっていますから、死亡日も生年月日と同じだということになっておりますが、「3月30日」となっているんです。
しかし、戸籍を調べると「3月31日」なんです。昭二さんが北朝鮮に上陸していて、平和に楽しく暮らしていたならば、自分の生年月日を間違えて言うはずがないんです。
今、つまり安明進さんの証言などが出てきて、寺越さんたちが「お父さんの遺骨を返してほしい」と、「お母さんと一緒の墓に入れたい」と言っております。
昭二さんは北朝鮮で結婚などしておりませんから、家族がいないんです。日本にしか家族はいないんです。その遺骨を返すのは当たり前のことですよね?しかし、遺骨は返って来なくて、砂だけ返って来たんです。
そして出てきた墓の写真に、生年月日が1日間違っていたというわけなんです。
つまり北朝鮮の言うことは、10人のこのまだ帰って来られないこの「家族会」の人たちに対してもデタラメですけれども、寺越さんのことも、自分たちが射殺しておいて「助けてやったんだ!感謝しなさい!!」と言っているんです。それについて、どちらが正しいと判断するのか?ということが日本政府に求められていることだと思います。
寺越さんたちが何回も日本政府に会って、おっしゃっていることは、「このまま、我々は拉致認定されないまま国交正常化になってしまったら、私たちは北朝鮮に感謝しなくちゃいけない。お父さんを救助してもらったと感謝しなくちゃいけない。お父さんを射殺されて、親戚を拉致されているのに、感謝しなくちゃいけないことは絶対に認められない!!」そう思いませんか?(大拍手)
真実を明らかにする決意さえ日本政府にあれば、できることはたくさんあると、そういうふうに思っております。
*新たな運動方針を決定−救う会全国幹事会 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
(一部引用)
(2004.12.06-2)寺越昭二さんの遺骨返還につき改めて外務大臣に要請
■寺越昭二さんの遺骨返還につき改めて外務大臣に要請
北朝鮮に拉致された寺越昭二さんについては、北朝鮮が「墓があり遺骨を納めてある」と言っているが、昭二さんの長男・寺越昭男さんと、三男・内田美津夫さんが外務省に斎木昭隆・アジア大洋州局審議官を本日、6月2日訪問し、遺骨の返還を改めて要請した。
斎木審議官は、「その件を複数回北朝鮮に要請した。帰り際にも要請したが、その時北朝鮮側は、『家族と団体の反対がある』と言ったので、『そういう問題ではない。息子が父の遺骨を返してくれという人道上の問題だ』」と強く迫ったことを明らかにした。
また、寺越昭男さんと内田美津夫さんは、「誠意のない回答には強い憤りを覚える」、「寺越事件の究明と北朝鮮に拉致されているすべての日本人を救出するために」経済制裁の発動を要請した。
さらに、今後何らかの協議があった場合は、内容を文書で報告してほしいと要請し、斎木審議官は、「今後そうするようにしたい」と述べた。
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| 病院と東京集会と文鳥 |
( 2005.5.13,金 ) |
昨日、あおいのママは定期検査の日でした。わが子あおいを出産した病院に通っています。一昨年の9月、順調だった妊娠7ヶ月の時突然出血をしまして、切迫早産と診断され入院しました。そして数日後、陣痛が始まってしまい、いよいよということになってしまって、この病院に救急車で運ばれました。
私は出産後、体に悪いところがある、ということがわかりました。あおいを出産しなければ、きっとものすごく悪くなるまで気がつかなかったことでしょう。わが子が命をかけて教えてくれた、ママを守ってくれたと思っています。
この病院に通うのは正直言ってつらいです。あおいはここでお空に行ってしまいましたから・・・。病院内では小さな子どもや赤ちゃんにいっぱい会います。赤ちゃんの泣き声を聞くたび、私は涙してしまいます。小さな子どもが側に来て、私にニッコリと微笑んでくれる。きっと以前とは違う瞳で、私は子どもたちを見ているのでしょうね。この病院でうれしさと悲しみを味わっています。
昨日もいつものように血液を採ったのですが、うまく採れなくて、両腕に針を刺されることになってしまいました。2度目の時は、採っている間指先までしびれてしまい、そして汗がドッと噴出してきました。しばらく貧血状態になってしまって、気分が悪くて、こんなこと初めてでした。一日経った今も注射の痕が痛いです。(泣)
そしてその検査の結果で先生からおどされてしまい、シュンとなったまま東京集会に参加しました。
東京集会のレポート(文字化を含む)はできましたら書きたいのですが、やはりこの頃無理したかなぁと思っておりますので、できるようであればゆっくりと時間をかけてやっていこうと思います。もっと自分を大切にしないと、あおいちゃんに怒られてしまいますね。反省です。
東京集会で多くの知り合いの方々にお会いましたが、体調も悪く気分も落ち込んでいましたので、あまり愛想良くできなくて、皆さん、本当にすみませんでした。
救う会関係者の方にこの日の参加人数を聞きました。約200人弱だったということで、思っていたよりも少ない人数となってしまいました。ゴールデンウィーク後の平日ですから、人を集めるのは大変なのでしょうけど、会場内は知った顔が多かったような気がして、ちょっと残念にも思います。でもやはりこれが現実なのですよね。
報道関係者はとても多かったです。テレビでこの集会の様子をたくさん放送してくれたのでしょうか。曽我ひとみさんのお話や、まだお帰りになっていない拉致被害者のご家族の皆さん、会場席でお話を聞いていた特定失踪者のご家族の皆さんの気持ちを考えると、非常につらく感じる集会でした。
東京集会終了後、特定失踪者「高野清文さん」の妹さんの美幸さんと一緒に帰りました。美幸さんは、今日から特定失踪者問題調査会、報道関係者の方々と一緒に伊豆七島の新島と神津島へ調査・取材に行っていますが、その話などを聞きました。詳しくは美幸さんのブログにて報告があると思いますが、拉致被害者及び特定失踪者のご家族の皆さんの苦労が「大変なものである」ことが、少しだけですがわかってきたような気がします。
家族が失踪して、その当時は「拉致かもしれない」なんて皆さん考えもしなかったでしょうから、関係者の方々が警察などにもきつく聞かれたりして、今、協力を拒まれてしまったりしてしまうそうです。「関わりあいになりたくない」、そういう方もいるようです。家族の失踪の真相を究明したくても、なかなか個人では民間では限界があります。
美幸さんと別れ際に、「少しでもいい結果が出るといいね。報告待っているね。気をつけていってらっしゃい!」と言ってバイバイしました。スケジュール表をいただきましたが、とても大変そうです。本当にいい結果報告が聞けますように願っております。
*KONAboration-SSQ http://konaboration-ssq.seesaa.net/ *大町ルート 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com/takano/oroot.html
あおいのママが帰宅すると、昨夜会社で徹夜をしたパパが、グッタリと寝ていました。パパ、お疲れさま。
ウチの文鳥2羽が「帰りが遅い!チュンチュン!!」と怒っていました。(笑)いつも私が長時間家を空けて帰宅すると、普段はソッポを向いてばかりのこの子たちも、私の手に乗ってきたり、パソコンのキーボードの上で寝てしまって邪魔したりと、「相手してチュンチュン!!」と、私にかわいい目で見上げるようにして訴えます。そして「ぶ〜んちゃ〜ん!」「ひ〜なちゃ〜ん!」って呼ぶと「何よ、チュンチュン!!」って答えてくれます。
昨日は1日いろいろなことがあって、気分的にもすぐれなくて、何か重いものをさらに背負ってしまったような気がして切なくなってしまいましたが、あおいのパパの寝顔とこの子たちに癒されて、あおいのママも眠りにつきました。
http://aoinomama13.seesaa.net/
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| 4/24 第7回国民大集会 寺越 昭男さん |
( 2005.5.12,木 ) |
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
あの、先ほど古川さんのご家族がお話された時にですね、日本政府はあるいは調査機関は、「拉致は70年代後半からあったんだ」と、だから「70年代初めの古川さんのケースはちょっと違うんじゃないのか」というお話がありましたけれども、実は「家族会」に入っていらっしゃいまして、特定失踪者問題調査会の対象ではなくて、今、「家族会」として一緒に活動していらっしゃる寺越さん、もう、拉致被害者の、拉致事件が1963年に起きているんです。
1963年に、石川県の海の磯のすぐ100メートルくらいの所で、漁業を操業中に3人の両親がいなくなった、その寺越昭二さんの3人の息子さんが、「家族会」に入ってずうっと今、活動されています。お父さんの思い出、何かありましたらお話くださいませんか?
《寺越昭男さん・「寺越昭二さん」の長男》
こんにちは。私たち兄弟3人にとって、本当に父の思い出というのは、まぁ、42年経ったせいもあるし、まぁ、本当に断片的な思い出しかないんですけれども。
父は漁師ということで「気が荒い」という一面、そしてあの、よく言えば「外面がいい」っていうんですかね、まぁ、特に女の人にはよかったみたいで、(会場から笑い)母も相当泣かされていたようです。
それで私にとっての記憶というのは、あの、遠洋漁業で東北へ行ったり、それから九州の方へ行ったりして、1年の内、何ヶ月かそういう出稼ぎの漁をしていたので、若い頃に、まぁ、私らの小さい頃にですね、その漁の帰りに土産ということで・・・。
(ビデオテープ交換のため中断)
怒って、ちゃぶ台をひっくり返すというような一面もあったりして。私は鮮明に今でも覚えているんですけれども、一握りの丸たん棒で追っかけられた、何を悪いことしたんか知らんけども、追っかけられた記憶があります。
最後に、事件の前だったと思うんですけれども、親父と2人でお風呂に、銭湯に行った、というのが、私の最後の記憶になりました。
それで、母は横浜出身なんですけれども、戦後、たぶん私が(昭和)25年生まれですから、23年か24年くらいだと思うんですけれども、まぁ、父とどこで知り合ったんか知らんけども、まぁ、何というか、あの、駆け落ちですか、駆け落ちみたいにして石川県の方に来て、父と生活するようになって、でまぁ、苦労して父も病気、心臓病を患って、出稼ぎの漁に出なくなって、叔父の外雄さんと2人で漁をするということになったんですけどね。で、まぁ、父も「真面目になってくれた」って本当に喜んだ矢先の事故だったんですね。
それから母は、私ら小さい子ども3人を育てるのに一生懸命苦労して。2002年、ちょうど小泉訪朝の年の2月にパーキンソン病を患って亡くなりました。
私たちは父と母のためにも、やっぱりこの問題、拉致問題を解決したいなと思っております。ありがとうございました。(大拍手)
* '04 11/8 緊急国民集会 寺越 昭男さん こちらからどうぞ
*第8回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」寺越昭男さん 救う会神奈川活動報告より こちらからどうぞ *第8回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」内田美津夫さん 救う会神奈川活動報告より こちらからどうぞ
*真相解明のため拉致認定を 寺越事件、長男らが訴え 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
(一部引用)
■寺越事件の真相究明・拉致認定等を訴え−連続集会
寺越昭男さん もう42年前のことになるが、昭和38(1963)年5月、父の寺越昭二(当時36歳)と弟の外雄(同24歳)、甥の武志(同13歳)が石川県の海岸からわずか200メートルのところで漁をしていた。そこで深夜北朝鮮の船と遭遇した。北朝鮮は3人を「救出」し、800キロも離れた清津港に連れていったと言う。これはおかしい。
18年前、昭和62(1987)年1月、外雄さんから姉の栗原豊子さん宛に「北朝鮮で暮らしている」との手紙が届いた。しかし、父のことは書いてなかった。2通目の手紙に、父は5年後に病気で死亡したと書いてあった。父は、持病の心臓病があったので、それで死んだのかと思った。長男の嫁で武志の母親である寺越友枝さんは、運動したいと、その年、嶋崎譲代議士(当時社会党)に同行し平壌を訪問した。我々は沈黙し、見守るしかなかった。また、母が昭和42年に手術をして以来、調子が悪くなり経済状況も厳しかった。
母は、平成14年2月に亡くなったが、その年の9月に小泉訪朝があった。また武志が初めて一時帰国した年でもあった。それで我々も声を挙げようということになり、なんとか父の遺骨を母と同じ墓に入れてやりたいと思った。また真相を知りたいと思った。もし殺害されたのであれば無念をはらさねばならないとの思いもあった。
武志は39年ぶりに一時帰国したが、拉致された寺越武志としてはなく、名前はキム・ヨンホで北朝鮮の偉い肩書きがついていた。我々は2、3分しか会わせてもらえなかった。墓に何と書いてあるかと聞いたのだが、そんな話をするものではないと友枝さんにさえぎられた。武志が帰って2週間後、武志の妹のまさえさんが北朝鮮に行き、墓の写真を撮ってきた。真新しい墓でおかしいと思ったが、前の墓はみすぼらしかったので武志が作り変えたという説明だった。しかし、石に刻まれた父の誕生日が1日違っていた。
明日は父の誕生日のお祝いをすると語り合った翌日、父はベッドから落ちて死んでいたという。しかし、父が誕生日を間違えるはずがない。作り話と思う。本当に墓に骨があるのであれば、遺骨を返せば「救助」で落ち着いてしまう筈だ。我々はそうならないように運動している。国会の拉致特別委員会で証言したい。また、このままでは武志が抹殺される可能性もある。もし、寺越事件が拉致と認定されれば彼らの安全保障になる。 北野政男 父の記憶の話をしたい。当時私は13歳で、父の記憶と言えば4、5年前までだ。しかも父は出稼ぎ漁師だったので、家にいるのは数か月、4、5年遡っても通算で1年分くらいの記憶しかない。例えて言えばピンポン玉くらいの大きさだ。弟の美津夫は、18歳で養子に行ったこともあり、長い間思い出すこともなくなっていたため全く記憶がないという。友枝さんの家とは隣同士で武志は土日に何回か父の船に乗っていたが、事件までの父の記憶といえばパチンコ玉くらいだろう。しかし、事件後5年間共に暮らしていたのなら記憶量はアドバルーンくらいになるはずだ。しかし、父は事件の時、武志をかばって銃殺されていると安明進氏が証言している。
武志は父に折り紙を教えてもらった等と言っているがこれは北朝鮮の命令によるアリバイ工作だ。一時帰国した時、武志からは、父の話に関して全く生活感のある話がでてこなかった。拉致を第一の被害とすれば、武志や友枝さんを脅して本当の話をさせないのは第二の被害だ。彼らも被害者だと思う。速やかに拉致と認定してほしい。
大口英夫・救う会石川事務局長 救う会石川では、寺越事件を刑事告発した、また遺骨があるのなら出せという要請、そして認定を求める活動をしている。寺越友枝さんは、武志さんの戸籍回復ができてからは、それまで拉致だと言っていたのに、救出と言い出した。また平成14年に拉致だと言ったが、すぐに変わり、「口が裂けても言えない。墓までもっていく」と言っている。彼らも北朝鮮の被害者だ。
西岡力常任副会長は、安明進による寺越事件に関する証言を詳細に報告し、たまたま操業中の場所に寺越さんたちが網をかけていたこと、高価な網に向かって巨大な船が入ってくるので寺越さんらが無謀にも近寄って大声をあげであろうこと、そこが北朝鮮工作員の侵入ルートであったと想定されること、寺越昭男さんが泣きじゃくる武志さんをかばって銃殺されたこと、その後数キロ移動して海に遺体が捨てられたことなど、寺越事件が救助ではなく拉致であることを説明した。
また、帰国した5人については、監視役と被害者を切断して一時国ではなく、帰国させることに成功したが、寺越武志さんの一時帰国を管理したのは森元首相で、武志さんを帰してしまった責任は大きい、と述べた。詳細は、安明進氏近著『新証言・拉致 横田めぐみを救出せよ!』広済堂出版に詳しい。
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.04.15-1)寺越事件の真相究明・拉致認定等を訴え−連続集会7 より
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| 4/24 第7回国民大集会 李 星矣さん |
( 2005.5.11,水 ) |
《李 星矣さん 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会代弁人》
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(通訳・西岡力さん)
皆さん、お会いできてうれしいです。(大拍手)そしてお招きいただきましてありがとうございます。(日本語で)ありがとうございます!
招待を受けて、この席に立つまで色んなことを考えました。まず、日本の多くの方々が「人権が重要な価値である」ということを、その事実を知っていらっしゃる、ということを私は学ぶことができました。
人権とは、時々ただ叫ぶ、そのようなことではなくて「日常生活の中で、実行しなくてはならない価値である」ということをわかっていらっしゃるのが、正にここにいらっしゃる皆さん方だと思います。(大拍手)
皆さん方の力が集められて「拉致された人たちを救い出すことができた」「そのような力が湧いてきた」ということを見まして、大きな成果が上がったことを、限りない感謝と尊敬を感じるものであります。(拍手)
韓国では、1950年の戦争の時に、拉致された民間人が10万人あまりおります。これは北朝鮮の金日成の「南朝鮮のインテリを連れて来い」という指令による、「計画的な犯罪」であります。
この間、55年の間、韓国政府は拉致被害者に対する真実の究明はもちろん、その方たちの生死確認さえもできない、このような状況でございます。その方たちの年齢からみて、1日でも早く、何としてでも生死の確認だけでもしてもらいたいと思っております。
私たち家族会では、この間1952年の当時、大韓民国政府、政府が作った名簿、拉致被害者の名簿を発見致しまして、月刊朝鮮社と一緒になりまして、ここに持って来ました。(2冊の厚い本を見せる)『6.25拉致被害者82,959人』という本を出しました。(大拍手)
*韓国戦争の殺害・拉北者の名簿を発刊 朝鮮日報(2003/07/14)より こちらからどうぞ
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韓国戦争当時、戦死したか朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拉致された約P4万人の個人情報が盛り込まれた名簿が初めて発刊された。
月刊朝鮮社が最近発刊した『韓国戦争戦死者名簿』と『韓国戦争拉致者名簿』には、韓国戦争中の民間人および一般公務員(軍警を除く)の死者5万9994人、拉北者(北朝鮮に拉致された者)の氏名、性別、年齢、職業、殺された(拉致された)年月日、場所、本籍、住所の8項目が含まれている。
これらの資料は戦争中の1952年、李承晩(イ・スンマン)政権が収集して保管していたものだ。月刊朝鮮は昨年、韓国戦争拉北者家族協議会と共同で国立中央図書館に所蔵された資料を発見し、方一栄(パン・イルヨン)文化財団の支援で、この本を発刊することになったとした。
金容三(キム・ヨンサム)月刊朝鮮出版企画部長・職務代行は「この本に掲載されている死者は北朝鮮軍と左翼に殺されたと推定される」とし、「これまで拉北者は政府と社会の無関心の中、置き去りにされてきたが、この資料が拉北者に対する関心を高めるきっかけになってくれれば」と話した。
この名簿によって、全羅(チョンラ)南道・霊光(ヨングァン)だけで良民2万1225人が虐殺され、拉北者の40%がソウルおよび首都圏出身だという事実が初めて分かった。
金ヘンボク国防部・軍事編纂研究所・軍事部長は「韓国戦争を研究するための基礎資料として有用に活用されるだけでなく、戦争中に殺害または拉致された人々の家族にも役立つだろう」と評価した。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦争の時に「拉致されたことを立証する」ため、関連する政府の文書などを発掘整理し、そして証言を記録する、そのような作業もしております。
また、国会に「韓国戦争拉致者の名誉回復及び支援に関する法律案」を上程していただいております。
今、大韓民国政府は、南北間の和解と交流拡大を急いでおります。これは歴史の不幸を繰り返さないため、そしてこの間のお互いの恨みを解消するために当然な努力だと考えます。
しかし、南北の和解と交流・協力のためには、必ずしなければならないことがございます。北朝鮮によってなされた「人権被害」「民間人拉致問題」、それをまず一番最初に解決されなければならない、ということです。(大拍手)
皆さん、拉致は生命を奪う罪悪です。(大拍手)「人権よりも、もっと重要な価値がある」というようなことを主張する勢力は、この地球上から立ち去ってしまわなければなりません!(大拍手)
私たちすべてが、自分ではない他人の人権について関心を持たなければなりません!(拍手)拉致された人々を、家族のもとに帰すようにしなければなりません!(大拍手)今、自分の苦しみ悲しみを、私たちすべてのものにすることをここで提案したいと思います。(拍手)
国境を越えて、世界のすべての民族と共に行く私たちになろうではありませんか!(大拍手)隣人同士手を握り、私たちは力を合わせましょう!(大拍手)拉致された人々を救い出すために、私たちみんなで力を合わせて闘いましょう!(大拍手)(日本語で)ありがとうございました。
*拉致被害者家族会が訪韓へ 韓国の団体と交流 asahi.comより こちらからどうぞ *「金政権圧迫してでも送還実現を」 日韓の拉致家族会 asahi.comより こちらからどうぞ
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| 4/24 第7回国民大集会 横田 滋さん |
( 2005.5.10,火 ) |
《横田滋さん 拉致被害者「横田めぐみさん」のお父さん 開会の辞》
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
皆さん、こんにちは。(会場から「こんにちは」)
あの、開催にあたりまして、主催者であります「家族会」、それから「救う会」「拉致議連」の打合せをしました時に、どのくらいの方々がお見えになってくださるのか?とちょっと心配をしたわけでございますが、しかし実際に本日は会場に入りきれず、さらにあの、第二会場にまで人が来てくださるという、この皆さまの気持ちに、本当に心から感謝しております。
第三回の日朝実務者協議の際に、政府の代表は、めぐみの遺骨と称するものを、その他数々の証拠品を先方から受け取ってまいりました。
そしてめぐみの遺骨とされるものをDNA鑑定しました結果、12月の8日に「まったく別人である」というDNA鑑定されました。
そして「家族会」は、その際に「こういった国際間の交渉に、鑑定不能と見越して、偽のお骨を出してくるっていうことはもう、我々家族だけではなくて、日本国全体を侮辱しているんだ!!」というふうに強い怒りを感じました。(拍手)
そしてその翌日の9日に、「拉致議連」の総会が開かれまして、そこでも制裁の決議を出されましたし、さらに食糧支援の凍結だけではなくて、それはもう「日朝国交正常化交渉もするべきでない」ということが決議されております。
そして翌日開かれました自民党の拉致対策本部の総会、それから衆議院の拉致特別委員会等でも、「制裁」ということが決議されております。
まぁ、しかし、小泉総理は「制裁することによって、対話の窓口が途絶える」ということで、未だにあの、慎重な姿勢を崩しておりません。しかし、あのやっぱり偽物のお骨を出してくるってことは、やはり本当は国として怒るべきなんです。(大拍手)
もし、帝京大学では「DNA鑑定ができなかった」と、そう言われるということを我々はちょっと懸念をしておりました。
そうしますと、北朝鮮はめぐみの夫が現れて「自分が大事に保管していたものを持って来た」ということで、「絶対にめぐみのお骨に間違いない!」ということで持ってきたわけです。
それで鑑定ができなければ、これはもう「間違いないんだけども、鑑定ができないんであって(めぐみさんのお骨に)間違いはない」。そして3枚の写真を出してきまして、怯えたような表情をしている中学生の女の子の写真を出して、「わが国はこんなに立派に育てたんだ。しかし身体が弱くて入院して、もう自殺をしたんだ。北朝鮮が殺したわけではないんだ、だからもうこれで諦めてほしい」ときた場合に、反論する材料を我々は持ち合わせていないわけなんです。
まぁ、国としてもなかなかそういったことに対して「反論する」っていうことは難しいと思います。これでもう「拉致問題の幕引きを」ということにされてしまえば、もうあの、後の方や、それから特定失踪者の方の帰国ということが、非常に困難になってきます。
それで、このことについては、小泉総理は慎重な姿勢ですけど、しかし「世論の力」ということは無視することはできません。もし今回、会場が非常に余裕があるような状態であれば、やっぱりまぁ「一部の人は怒っているかもしれないけれど、日本全体ではそうでない」っていう印象を与えてしまいますが、まぁ、これだけの方が来てくださったので、総理も皆さまの気持ちを汲んで「制裁」に踏み切ってくださることを期待しております。(大拍手)
それから、日本側はすべての鑑定が終わりました24日の日に、12月24日の日に、家族に鑑定の結果等説明した上で、その時に同じ時刻頃に、官房長官が談話を発表しております。これは今日のチラシの裏側に出ておりますが、「北朝鮮側が迅速かつ誠意ある対応をしない場合、日本政府としては厳しい対応を執らざるを得ない」という、「制裁の予告」ともとれるような談話を発表しております。
それから今日でちょうど4ヶ月になりました。まぁ、しかし「対話と圧力」と言っても「対話」も行われておりません。北朝鮮が絶対に席に着こうともしておりませんから。で、「圧力」もかけておりません。
このままでは自然に時が経っていくだけになりますので、ぜひ、今日の皆さまの熱意を感じて、総理大臣が「制裁」を「決断」をしてくださるよう、我々は心から望んで、今日この会を開くことになりました。
皆さま、たくさんのご来場本当にありがとうございました。(大拍手)
*横田拓也さん記者会見 電脳補完録さんより こちらからどうぞ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (引用)
今日の結果は正直申し上げてほっといたしました。第三回実務者協議の後から本日に至るまで、実は本当に長く、そして辛い日々、辛い時間を私たち家族は過ごしておりました。顔にも口にも出せなかったが。
今回別人と科学的に証明されたのは、 | |