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2005年02月の日記
| 2/24「よど号妻」第三回公判に行ってきました |
( 2005.2.24,木 ) |
*写真は、東京地方裁判所正面門外から撮ったものです。入口付近に報道関係者が大勢いました。
2/24の午後、あおいのママは東京地方裁判所で行われた「よど号妻・田中協子被告」の第三回公判(旅券法違反)を傍聴してきました。(八尾恵証言によれば、田中協子被告は拉致された有本恵子さんの教育係だったということです)
*よど号犯妻裁判 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3667
東京地方裁判所の正面門の脇に傍聴券を求めて並びました。午後1時過ぎ配布だったのですが、12時頃に到着しまして、それでも残念ながら1番を取ることはできませんでした。(泣)
救う会神奈川の支援者の方が先に到着していましたので一緒に並びましたが、1番の女性はよど号支援者グループの方で、いつもと同じように後から来た方々を割り込ませていました。最初の方の時は「すみません」なんて頭を下げていましたけど、2人3人と増えて、結局5人くらいになりました。
私たち拉致被害者ご家族の支援者は絶対に割り込みなんてことはしません。私たちの後に数人並んでいましたが、その後救う会神奈川の方がいらしたので、場所を譲って、私たちはその方と共に後ろに下がりました。その際、「私たちは割り込みなんて卑怯なことはしませんから!」と嫌味をひと言。しばらくして、割り込んでいた何人かが後ろに下がって並んでいましたので、しっかり効いていたようですね!!
時間がきて傍聴券をもらい、入口玄関と裁判のある429号法廷前での手荷物検査とボディチェックを済ませました。救う会神奈川の方の着ていたコートの金具が、探知機に反応してしまって大変そうでした。(笑)
弁護士の到着が遅れているとのことで、数十分法廷外で待ちました。その間に支援者の方がいらしたので、私たちは5人になりました。いつも一緒に傍聴してきたボランティアでお世話になっているSさんは、この日都合がつかなくて参加することができませんでした。Sさん、次回一緒に傍聴できるといいですね。
しばらくして弁護士が到着し、私たちは傍聴席に着きました。傍聴席はすぐにいっぱいになりました。私は検察側の一番前の席に着くことができました。田中協子被告はすでに警察官に囲まれて着席していました。相変わらず傍聴席にいた支援者や自分の娘(長女が来ていました)、他のよど号妻、その子どもたちなどに微笑みかけていました。
この日は、前回の弁護士側の質問に答えた田中被告の供述を基に、検察官が1つ1つ確かめるように、矢をあびせるように畳み掛けて質問をしていました。田中被告の答えに少しでも矛盾点があると、そこを細かく突いていたような気がします。前回までの、何だか頼りなくて見ていられない、というようなことはなかったです。
田中被告も答えに窮する場面が何度かありました。沈黙する時間が長かったり、「答えられません」「知りません」「本件とは関係がないので、答える必要性を感じません」と何度も言っていました。また、「質問の意図がわかりません」などと言って、とんちんかんな?答えを言っていた時もありました。
こういった状況を見ていますと、やはり前回の弁護士側とのやり取りはとってもスムーズでしたから、当たり前なのでしょうけど、口裏あわせがちゃんとできていたということなんでしょうね。今回は何となく、田中被告の微妙な心理が見え隠れしていたような気がしました。
検察側の質問は「よど号妻」八尾恵の証言や、高沢晧司さんの「宿命」という本を証拠に質問していました。私が外で傍聴券を求めて並んでいる時に、救う会神奈川の方がこの本に載っている写真や文章の、関連あるところを抜粋して、いろいろと説明をしてくれました。今回の裁判で、そういったことがたくさん出てきましたので、だいたいの流れなどが少しですがわかってきました。
また、検察官が証拠物である写真などを田中被告に見せて、「これは誰ですか?」と質問して、答える様子で判断していたようです。スペインのバルセロナの動物園で撮影された石岡さんとよど号妻たちの写真や、コペンハーゲンの空港で西側情報機関に撮影された、大物工作員や一緒にいた有本恵子さんの写真なども提示していたようです。
*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。 http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
前回の公判で田中被告は、1988年8月6日に旅券返納命令が発令され、そのことが日本のメディアを通じて北朝鮮で知る機会がなかったという理由として、北朝鮮の東海岸の「ソンダン」という地域に海水浴に行っていて、大雨による交通遮断などにより足止めを余儀なくされ、帰宅してから返納の期限がすでに過ぎてしまっていることを知ったので、しかたがなかったと言っていました。
* '05 1/27 「よど号妻」第二回公判 傍聴記録 http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=&no=115
そのことに関して検察官が、朝鮮半島と日本が載っている地図を示して、「ソンダンの場所を、だいたいでいいですから、この赤いペンで印してください」と言ったのですが、田中被告は「地理オンチなのでわかりません」と印すことができませんでした。その時少し動揺しているように感じました。「ソンダン」の場所を知らないのではないのかな、と思いました。
また、その東海岸の「ソンダン」は、日本列島に近いということで、ラジオなどの受信状況も良かったはずで、その頃よど号メンバーの「柴田泰弘」が日本で逮捕され、よど号メンバーは日本の情報には関心があったはずなので、メディアからの情報を聞き漏らすはずもなく、言い逃れをしていると思いました。
ひとつ驚いたのは、この田中被告が1979年12月にフランスへ「ビジネスチャンスがあるのでは」と単身入国して、約7ヶ月ぐらい語学学校に通っていたらしいのですが(あくまで田中被告の証言で、事実かどうかはわかりませんが)、その時に「自殺未遂」を起して病院に入院をしていたことがあったということです。
その後1980年7月に一度日本に戻っています。たぶん、フランス当局から日本の家族に連絡が入って、連れ戻されたのではないのかなと思いました。前回、日本に一時帰国した理由を聞かれて「プライベートなことなので、一切答えたくありません」と言っていましたが、そういうことだったんですね。結婚してまもなく、しかも長女を出産したばかりで単身フランスへの入国。そして自殺未遂・・・。驚きました。この件に関しては頑なに話すことを拒否していました。
私たち拉致被害者ご家族の支援者が、この日の裁判で一番怒りに震えたのは、検察官の「有本恵子さんに対して、何か思うことはありませんか?」という質問に対して、被告が「有本恵子さんは拉致被害者として非常にかわいそうだと思います」と何食わぬ顔で答えていたことです。
よど号妻八尾恵証言によれば、田中被告は、拉致された有本恵子さんの「教育係だった」ということですから、知らないわけがありません!!田中被告は有本さんの写真を見ても「北朝鮮で会ったことはない、知らない」と言い張っていました。
支援者の方がおっしゃっていましたが、ヨーロッパでの日本人獲得の工作は、すべて妻たちが、日本人の顔をした北朝鮮工作員である妻たちがしてきたそうです。妻たちの方が、よど号犯よりも『筋金入りの工作員』なのだそうです。日本に帰国している子どもたちも、よど号犯支援者たちの経営する会社やお店に普通に勤め、学生の子どもたちも普通に通学しているとか。集団生活でお互いを監視し合って、また支援者に守られながら、北朝鮮と日本を行き来して、実質工作活動に従事しているそうです。
こんなことがまかり通っている、本当に日本はおかしな国だと思いました。このよど号妻たちによるヨーロッパからの日本人拉致事件は、少なくとも20人以上はいるそうです。(よど号犯リーダーだった田宮高麿が自らそう言っています)日本の警察もある程度把握しているとのことですが、実行犯が日本人ということで、政府も警察もやはり及び腰なのでしょうか。何ともやりきれない思いです。
こうして私たち拉致被害者ご家族の支援者が、ブルーリボンを身に着けて裁判の傍聴をし続けるということに、彼らよど号妻家族、そしてその支援者たちが気にしているとのことですので、これからも少しでも彼らにプレッシャーをかけられるように、一日も早く問題が解決できますように、拉致被害者ご家族の皆さんを応援していこうと思っております。参加されました皆さん、お疲れさまでした。
次回の第四回公判(結審)は4/12(火)午前10時〜12時で、今回と同じ429号法廷です
*田中協子被告と検察官とのやり取りを、今回もわかる範囲でメモをしました。まとめまして傍聴記録のレポートを作成したいと思っておりますが、とにかく3時間近くの裁判でしたので、時間がかかると思います。どうぞ気長にお待ちください。
★こぼれ話★
《この日の裁判》 傍聴券を求めて並ぶ場所があるのですが、今回3つの裁判の場所を作っていましたので、他の裁判って何かな?って何気なくボード(何の裁判か載っています)を見ました。傍聴券が必要な裁判は、同じ時間帯に3件ありました。
@旅券法違反・・・「田中協子被告」 A準強姦罪・・・「織原城二被告」 B傷害致死・・・「北澤優子被告」 オウム関係?のようです。信者を高熱のお風呂に入れて殺害したとか?
どうりで報道関係者が多かったわけです。(納得!) 《福島瑞穂さん》
石原都知事の「おばさん発言」の裁判もあったようで、正面入口で福島瑞穂さんに会ってしまいました。エンジ色のかわいいコートを着て「ニッコリ」笑って颯爽と?行ってしまいました。
★裁判の傍聴を希望される方に★ 裁判所ホームページより
(1)法廷の傍聴は自由です。
民事事件でも,刑事事件でも,公開の法廷で行われる裁判は,どなたでも自由に傍聴できます。傍聴するために,事前の申込みなどの手続は必要ありませんし,静かにされているかぎり,審理の途中に入室しても退室しても結構です。また,傍聴する方の年齢についても制限はありませんが,法廷内が騒がしくなると審理の妨げになりますので,乳幼児をお連れの場合は,傍聴を御遠慮いただくことがあります。 おおぜいの傍聴希望者が予想される事件については,裁判当日に抽せんなどの方法で傍聴券を配りますので,傍聴券を持たない方は,傍聴できないことになります。また,事件によっては,裁判所に来る方々の安全と円滑な審理のために,手荷物の検査をさせていただいたり,一度法廷から退室した後に再び入室することを御遠慮いただくことがあります。
(2)当日審理される事件の一覧表は正面玄関の守衛ボックスで見ることができます。
正面玄関を入ったところにある守衛ボックスには,その日の事件の一覧表である開廷表が備え付けてありますから,どのような事件が,どの法廷で,何時から審理されるのかを知りたい方は,この開廷表を御覧ください。東京地裁では,土曜,日曜,休日と年末年始など特別な時期を除けば,急に思い立って来庁しても,どこかの法廷で事件の傍聴をすることができます。 法廷が開かれている時間は,午前10時ころから正午ころまでと,午後1時過ぎから午後4時ころまでですので,参考にしてください。
(3)傍聴に際してのお願い
審理の妨げにならないように静かにしてください。傍聴しながらメモをとることは自由ですが,事件関係者の方々のプライバシーを守るため,円滑な審理を行うために,法廷内での撮影や録音は御遠慮ください(裁判所の建物内及び敷地内での撮影も御遠慮いただいています。)。 各法廷の入口には,「傍聴についての注意」という注意事項が書かれていますので,それをよく読んで,その注意事項を守って傍聴してください。また,事件の内容によって,裁判官から特別の指示が行われる場合がありますが,その場合はその指示に従ってください。
http://courtdomino2.courts.go.jp/K_home.nsf
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| 2/19「日米韓は拉致問題にどう協力できるか」国際集会に参加しました |
( 2005.2.19,土 ) |
雨風強いとても寒い2/19の午後、あおいのママは霞ヶ関ビル33階会議室で開催された「日米韓は拉致問題にどう協力できるか」国際集会に参加しました。
会場に到着したのが少し遅れまして(迷ってしまって)、顔見知りの救う会関係者の方に誘導していただいて、会場内に落ち着くことができました。席はほとんどいっぱいの状態で大盛況でした。偶然だったのですが、私の席のすぐ側にlogさんがお友だちと一緒に座っていて、ずっとビデオを持って撮っていました。お疲れさまです。
*日米韓は拉致問題にどう協力できるか 国際集会 logさんより http://blog.livedoor.jp/adoruk626/archives/14838120.html
この集会の司会は拉致被害者ご家族の増元照明さんでした。家族会、救う会、拉致議連、韓国家族会のあいさつの後に、
・スザンヌ・ショルティさん 「米国の北朝鮮人権法と拉致問題」(ディフェンス・フォーラム理事長、北朝鮮自由連合副議長) ・金 文洙さん 「韓国における拉致問題」(韓国国会議員) ・趙 甲済さん 「韓半島情勢と拉致問題」(月刊朝鮮発行人) ・西岡 力さん 「制裁発動と国際連帯が救出の道」(救う会常任副会長)
の講演となりました。
途中、拉致被害者ご家族の横田早紀江さん、飯塚繁雄さん、元北朝鮮亡命工作員の安 明進さんのお話がありました。集会・講演会レポートに文字化しておりますので、よろしかったらご覧になってください。また、その他の方々の文字化もできましたらやっていきたいと思っております。どうぞ気長にお待ちください。
集会終了後、電脳補完録の山本さんとlogさん、それからlogさんのブログに投稿されている方と一緒にお茶をしました。お店が同じビル内ということもあって、顔見知りの方々が次々に声をかけてくださるので(本当にありがたいことです)、皆さんとゆっくりお話ができなくて本当に残念でした。また機会がありましたらよろしくお付き合いくださいね。
2月中旬に救う会神奈川の方が、韓国で開催された「北朝鮮人権・難民問題国際会議」に参加・講演されました。「この会議に出席する際、ブルーリボンを海外の皆さんにも配りたいので、数十個ばかり分けてください」という申し出がありました。それでいつも作っているブルーリボンをお渡ししました。この日に講演されましたスザンヌ・ショルティさんもこの会議に出席していまして、彼がブルーリボンを差し上げましたら、その場で着けてくださったそうです。他にもリボンを着けてくださっている方々の写真を見せていただき、本当にうれしかったです。お心遣いありがとうございました。
悪天候の中、参加された皆さん、お疲れさまでした。一刻も早い拉致問題解決に向けて、皆さんとともに闘っていきたいと思っております。今後ともよろしくお願い致します。
《事前に配られた資料より》 日本では、横田めぐみさんのものと称する偽遺骨判明以来、拉致被害者救出のために世論の大半が制裁を支持、各政党も早期制裁では一致しなくとも全政党が制裁支持、衆参拉致特別委員会も制裁を決議しました。後は首相の政治決断あるのみです。
今回は、韓・米からも講師をお招きし、北朝鮮に関して両国がどういう状況にあるかについて伺うとともに、拉致問題解決のためにどのように協力できるかを確認する国際集会を開催いたします。
韓国の国会議員・金文洙氏は、脱北者・拉致問題について積極的に活動しており、そのため北京で会見しようとして当局に妨害されたことが報道されご存知の方も多いと思います。
趙甲済氏(月刊『朝鮮』発行人)は、日本人・韓国人拉致、北朝鮮人権問題をいち早く取り上げてきた韓国を代表するジャーナリストであり、朝鮮半島問題専門家です。
また、スザンヌ・ショルティ女史(米国北朝鮮自由連合副議長)は、米国の上下両院で全会一致で北朝鮮人権法案が通過しましたが、民間側で法案成立に活躍された方です。
<拉致問題>国際集会で解決策話し合う 600人が参加
北朝鮮による拉致問題の解決策を話し合う国際集会が19日、東京・霞が関であり、被害者の家族会や支援団体・救う会などが主催、約600人が集まった。参加した日米韓の専門家らは、協力して拉致や国民の抑圧など人権侵害の面からも、北朝鮮を追及していくことで意見が一致。日本が経済制裁を発動することも支持した。(毎日新聞)
*拉致問題解決へ国際集会 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3669
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| 皆さまへ |
( 2005.2.13,日 ) |
*いつも作っているブルーリボンです。
aoinomama13のホームページを見てくださって本当にありがとうございます。
最近何かと忙しくなりまして、日記及び集会・講演会レポートの更新が滞っております。申し訳ありません。どうか気長にお待ちくださるようお願い致します。
★メールをくださっている皆さまへ★
上記のような理由から、お返事が大変遅れております。申し訳ございませんが、こちらも気長にお待ちくださいね。
皆さま、今後ともよろしくお願い致します。
あおいのパパ&ママ
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| 2/11街頭署名に参加しました |
( 2005.2.12,土 ) |
あおいのパパが上野街頭署名に途中参加しました。冷たい風吹く寒い中、支援者5人でがんばったということです。
都合があったので、1時間半しかお手伝いはできませんでしたが、それでもその時点で200筆以上の署名があり、この季節にもかかわらず、これだけの署名がいただけるということは、やはり以前よりもこの拉致問題に対する皆さんの関心が大きくなっている証拠だと思いました。
あおいのパパもいつものようにチラシを配りながら、道行く皆さんに署名を呼びかけました。温かい励ましをしてくださる方が大勢いたということで、本当にありがたいことです。かじかむ手でわざわざ立ち止まって署名をするというのは、誰でもできそうでできることではないと思っています。中には、ご家族の分まで書いてくださる方もいらっしゃいます。本当に本当にありがとうございます。
しかし、誰でも温かい気持ちで署名活動の応援をしてくれるわけではありません。この日も「ええ〜??う〜ん・・・」と思われるような歴史的?持論を話し出す方もいらっしゃいました。あおいのパパに必死に?議論をしようと話しかけてきたようです。この方も信念を持ってのことだとは思いますが、話し合ってわかっていただけるような雰囲気ではなかったようで、あまりお相手できなかったそうです。相手をねじ伏せよう、というような話し方だったということでした。
私たちはただのボランティアですので、お相手できなくて本当に申し訳ないとは思いますが、その方のお話よりも、1筆でも多くの皆さんの署名をいただきたかったので、残念なことではありますけれど、少ししかお相手はできなかったようです。「署名をよろしくお願いします」と声をかけたそうですが、していただけなかったということです。
この日には何度かあおいのママがお会いしたことがあります「大介さん」が、盲導犬のエコーちゃんと一緒に署名活動に参加されていました。寒い中ずっと立ちっぱなしの状態で、一生懸命にがんばっていたということです。エコーちゃんも大介さんの足元でおりこうさんにしていました。大介さんもエコーちゃんも、街頭署名活動に何度もお手伝いされています。「どさんこだから寒いのは大丈夫」とおっしゃっていましたが、どうか無理だけはしないでくださいね。
お手伝いされた皆さま、本当にお疲れさまでした。
*大介さんのHP http://plaza.rakuten.co.jp/drumtanntann/ *大介さんの掲示板 http://8731.teacup.com/daichan_i_dr/bbs
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| 2/10「有本恵子さんを救うぞ!」東京集会5に参加しました |
( 2005.2.11,金 ) |
*写真は集会終了後、有本明弘さんにインタビューをしている西村幸祐さんです。チャンネル桜のお仕事のようです。
あおいのママとパパは、前日9日のサッカー観戦の疲れと興奮冷めやらぬ10日の夜、東京芝公園にある友愛会館で行われた「有本恵子さんを救うぞ!」東京集会5に参加しました。あおいパパは仕事帰りの途中参加となりました。
会場に着いたのがギリギリの時間でしたので、もう席はほとんどいっぱいでした。顔見知りの救う会関係者の皆さんに昨日の試合のことを聞かれながら、空いている席のあるあたりを教えてもらい、ちょうど特定失踪者「高野清文さん」の妹の美幸さんが手招きしてくださって席に着くことができました。
前日にご一緒したボランティアでお世話になっているSさんをはじめ、Aさんやご友人の方や顔見知りの方々がたくさん参加されていました。お疲れさまです。
この日の講演は、「よど号犯妻ら」による拉致被害者「有本恵子さん」のご両親である有本明弘さん、嘉代子さん、そして西岡力さんでした。拉致被害者「田口八重子さん」のお兄さんの飯塚繁雄さん、拉致被害者「増元るみ子さん」の弟さんの増元照明さんも少しお話されました。
ただ今、文字化の作業をしております。時間がかかりまして本当に申し訳ありません。気長にお待ちくださっていただけるとうれしいです。集会・講演会レポートに、お母さんの有本嘉代子さんの講演内容を途中まで掲載しておりますので、よろしかったらご覧になってください。
* 2/10 東京集会5 有本 嘉代子さん まだ途中です http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=0&no=117
あおいのママは、「有本恵子さん」の北朝鮮での教育係であったと言われている「よど号犯妻」の田中協子被告の裁判に行っています。有本さんご夫妻とご一緒することがありましたが、本来ならゆっくりできるご年齢であるのに、このように関西と東京、または全国を往復するような状況になっていることが非常にお気の毒でなりません。被害者ご家族の皆さんは大変お疲れになっています。何故、被害者ご家族の皆さんがこうして動かなければならないのか、もっともっと多くの政府関係者に考えていただきたいなぁと思いました。
「よど号犯妻ら」によるヨーロッパから拉致された被害者に対しては、政府関係者は特に及び腰であると、被害者ご家族の松木信宏さんがおっしゃっておりました。「よど号犯妻ら」は日本人であるから、という理由らしいのですが、この方々は北朝鮮の工作員であることは間違いがないことだと思っております。彼女たちの日本に帰国している子どもたちも、よど号支援者の監視つきの集団生活をしているとのことで、しかも日本と北朝鮮を自由に往復しているとお聞きしました。
拉致された日本人は帰って来ることができなくて、この人たちは自由に行き来しています。
近々、北朝鮮から「松木薫さん」「石岡亨さん」を拉致した「よど号犯妻ら」が日本に帰国して来るということです。たとえ旅券法違反で逮捕されても、田中被告もそうですけど、このままでは懲役数年の執行猶予つきの、実質罪に問われないということの繰り返しで、「よど号犯妻ら」の本当の罪は罰せられることはなく、有本さんたちの拉致の実態がわからないままになってしまいます。
多くの皆さんが被害者のご家族の皆さんを支援しておりますが、なお一層の支えが必要ではないのかなと思いました。有本さん、遠くから、長時間本当にお疲れさまでした。
*'04 12/24 「よど号妻」第一回公判 http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=0&no=113 *'05 1/27 「よど号妻」第二回公判 http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=0&no=114 *'05 1/27 「よど号妻」第二回公判 傍聴記録 http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=0&no=115
*よど号犯妻裁判 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3667
集会終了後に拉致被害者ご家族の増元さんに声をかけられました。前日のサッカー対北朝鮮戦で、私たちが「ブルーリボンの幟」を掲げて振るのをテレビで探してくださったそうです。(数日前にそのことをお話しました)残念ながら映し出されることはなかったようです。
でも、試合前にご一緒しましたSさんと、電脳補完録の山本さん、殿下さま(『殿下さま沸騰の日々』の)、スポーツジャーナリストでもあり、拉致問題に力を注いでいる西村幸祐さん(チャンネル桜でキャスターもしています)と幟を持ったあおいのパパとママで写真を撮りました。それを、その場にいらした拉致被害者ご家族の飯塚繁雄さんにもお見せしましたら、喜んでくださって、そして増元さんが「連日ご苦労さま」とねぎらってくださいました。とてもうれしかったです。
*2/9埼玉スタジアムに行ってきました(1)(2)日記をご覧ください http://aoinomama.trycomp.net/diary2/diary/
下にある日記です。 ↓↓↓
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| 2/9埼玉スタジアムに行ってきました(1) |
( 2005.2.10,木 ) |
*写真は一緒に観戦した皆さんです。ボランティアのSさん、日の丸を持っている西村幸祐さん、殿下さま、電脳補完録の山本さん、幟を持っているあおいのママです。夢を壊したらごめんなさい・・・。
《下に(2)続きます。》
あおいのパパとママは、ワールドカップアジア最終予選「日本vs北朝鮮戦」を友人の皆さんと観戦してきました。
この試合のチケットはインターネットの先行予約で当選しました。28万人の申し込みがあったということで、プラチナチケットになってしまったようです。
私たちは昨年暮れに「もし当選したら一緒に行きましょう」と、電脳補完録の山本さんと殿下さまを誘っていました。殿下さまは、1997年11月16日の「ジョホールバルの歓喜」を現地で体験したそうです。(うらやましいです〜!)山本さんは今回がサッカー初観戦です。それからスポーツジャーナリストでもあり、拉致問題にも熱心に取り組んでいらっしゃる西村幸祐さんも「チャンネル桜」の取材も兼ねて観戦するということで、ご一緒しました。
*「ジョホールバルの歓喜」 http://www.sanspo.com/morespo/century/century0033.html
ボランティアでお世話になっているSさんご家族もチケットを手に入れることができたので、私たちと待ち合わせをしてスタジアムに行くことになりました。
私が「試合前の雰囲気を楽しみたい」と言ったので、西村さんにアドバイスしてもらって午後3時に浦和美園駅に集合することにしました。殿下さまが大幅に遅刻をしてきましたが(笑)、先に取材でスタジアムに向った西村さんの後を私たちは追いました。
駅から歩行者専用道路にあるはずの「屋台村」は、警備上の理由からか閉められてとても残念でした。道々に貼られた檄文をしるべにスタジアムまで歩いて行きました。途中、大勢の警察官とすれ違いましたが、駅でもスタジアム外でも警官だらけで、税金の無駄遣いでは?と思えるほどでした。マスコミの皆さんは何か起きてほしかったようですけど、何も起こらなくて残念に思ったことでしょうね。試合終了後までヘリコプターがずっと飛んでいましたし、マスコミの方々が大勢駆けつけていました。(Sさんが○○通信の記者にインタビューされていました)
私たちはスタジアムに入場する前に、関西でボランティアをしているMさんからいただいた手作りの「ブルーリボンの幟」を広げて、皆さんと一緒に写真を撮りました。(もちろんブルーリボンは身に着けていました)その後、西村さんがチャンネル桜の取材をしたいということで、インタビューを受けました。あまりの突然のことだったので、何を話したのか覚えていません。(泣)テレビカメラを向けられて非常に緊張してしまいました。「ブルーリボンの幟」以外は映像カットしてくれるといいなぁと思いました・・・。(恥ずかしいし・・・)その時の様子を山本さんが電脳補完録さんにちょこっと載せてくれています。
*対北朝鮮戦 埼玉スタジアム 電脳補完録さん http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3632
あおいのパパとママは、数日前にボランティアのSさんとAさんと一緒に家族会事務所におじゃましまして、拉致被害者ご家族の増元さんにチケットをお見せしました。そしてスタジアム前で「ブルーリボンの幟」を持って写真を撮ることや、試合で「日本の選手がゴールをしたら幟を手で掲げて振りますから」と伝えていました。次の日の10日の東京集会後、増元さんが「テレビで探したけど見つけられなかった」と残念がっていました。でも、この幟を持った集合写真を拉致被害者ご家族の飯塚さんと一緒に見て、喜んでくださいました。
スタジアムに入ってからも時間がたっぷりありましたので、皆さんと一緒に腹ごしらえをしながらあーだこーだと話をしていました。西村さんが久しぶりに会ったサポーターの方々のことや、専門家らしいお話をたくさんしてくれました。
*日本対北朝鮮の試合を貶めたのは、誰だ? 酔夢ing Voice 西村幸祐さん http://www4.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=401628&log=20050209
私たちの席は、メインスタンドのハーフラインよりちょっとアウェイ側の取材席近くでした。取材の方がパソコンを作動したまま席を外していたので、「これじゃぁ、盗めちゃうね〜」って、どこの取材かなと思って、席に社名が貼ってあるのを見たら、○○asahiと書いてありました。思わずみんなで笑ってしまいました。
北朝鮮のサポーターはゆっくりの到着のようで、試合前まで席いっぱいになりませんでした。自慢の音楽隊も練習しながらで、テレビで見るようなマスゲームのような感じではありませんでした。日本のサポーター席との間を空けて、警備の方々を大勢配置していましたが何のトラブルもなく、お互いのチームの応援を一生懸命にしていました。
あおいのママは、この日のために「あおいブランケット」を編みました。試合中ずっと山本さんと殿下さまが使ってくださって、本当にうれしかったです。少しはあったかくなったかなぁ〜?
両国代表の選手たちの練習が始まって、サポーターの応援も力が入ってきました。あちこちで大小の日の丸が振られていました。大きな日の丸がバックスタンドに登場し、ホームゴール裏のサポーター席まで移動し始めました。大きな日の丸と大きな日本のユニフォームが並んで登場しました。その後大きなフラッグが掲げられました。歌いながら飛び跳ねながら、サポーターの皆さんの応援はすばらしいものでした。こういった光景はやはりスタジアムで見るのが一番ですね!とっても感動しました。
*日本を応援して何が悪い! 殿下さま沸騰の日々 http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=154269&log=20050209
下に(2)続きます。 ↓↓↓
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| 2/9埼玉スタジアムに行ってきました(2) |
( 2005.2.9,水 ) |
*写真は両国選手入場の時に撮ったものです。
いよいよ試合時間が近づいてきました。(ワクワク)両国の選手入場でスタジアム中はブルー一色に染まりました。いっせいにブルーのプラカードが掲げられ、日の丸が振られ、スタジアムは揺れました。
北朝鮮の国歌斉唱が始まりました。誰一人ブーイングする者はなく、日本サポーターは冷静でした。そして日本の国歌斉唱です。唄うのは歌手の石川さゆりさんでした。あおい、ジャパンブルーの着物を召して、それはすばらしい君が代でした。日本のサポーターに歌いやすいリズムで歌ってくださっていました。私たちも大きな声で歌いました。隣で山本さんがビデオを撮っているのを知っていましたが、もう恥ずかしいとかそんなことは考えられませんでした。横にいたあおいのパパがブルーリボンの幟を誇らしげに高々と揚げて歌っていました。本当に魂が揺さぶられる一瞬です。「こころよ、とどけ!!」そんな気持ちでした。
*国歌斉唱の様子はこちらで見られます。 対北朝鮮戦 埼玉スタジアム 電脳補完録さん http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3632
試合の様子はこちらをご覧になってください。日本は2−1で北朝鮮に勝ちました!!
*スポーツナビ http://live.sports.yahoo.co.jp/sportsnavi/jpn_20050209.html *スポニチアネックス http://www.sponichi.co.jp/soccer/japan/index.html *日刊スポーツ http://www.nikkansports.com/ns/soccer/japan/nscore/2005/20050209jpnetc.html
日本は前半4分に、小笠原選手のフリーキックで得点しました。その瞬間スタジアムはものすごい歓声が沸きました。私たちも跳び上がって喜び、ブルーリボンの幟を振り揚げました。(テレビで確認できなかったようです、残念・・・)
その後なかなか点をとることができませんでした。後半になっても、何となく日本側の流れが悪いような気がしました。そして後半16分に北朝鮮に同点に追いつかれました。私はもうショックで泣き出してしまいました。今日、引き分けるとか負けるとか全然考えていなかったからです。力の差は歴然でしたから、当然、大差で日本が勝つものだと思っていました。しばらくした後、気を取り直して応援しました。
あおいのパパが、後半始まる前から「選手を代えたほうがいい」とずっと言っていましたが、やっと後半19分に高原選手、21分に中村選手を投入しました。(おそ〜い!)やはり海外組は違いますね!点を取るような匂いがしてきました。しかしなかなかチャンスを活かしきれなくて、まさかこのまま終わってしまうの?って、また泣きそうになっていたその時に!!ロスタイムに入った後半46分、まさに「大黒さま」です!!ありがとう、本当に!!!日本を救ってくれました。(大泣)
日本は2−1で北朝鮮に勝ちました。終了のホイッスルが吹かれ、スタジアムは興奮の渦に包まれました。私たちも歓喜の時でした。「うわ〜」「きゃぁ〜」「やった〜」もう、誰がシュートを決めたのかなんてわかりませんでした。とにかく勝ち越した、そして勝ったんだ!!!それだけです。日本選手の皆さん、サポーターの皆さん、すばらしい試合をありがとう。
それから北朝鮮の選手の皆さん、ありがとう。すばらしいファイトでした。北朝鮮という国についてはいろいろと思うこともありますけど、このピッチ内でがんばっていた選手の皆さんに拍手します。試合終了後、選手の皆さんがピッチに倒れこんでいました。その姿を見た時に何とも切ない気持ちになりました。勝負事ですから勝ち負けはしかたありませんが、この方たちやその家族の方々の今後の処遇が気になったからです。私たちが許せないのは北朝鮮のトップにいる金正日、そして日本でのうのうと暮らして手先となっている人たちです。北朝鮮の応援に来ていた日本に住んでいるあの人たちは、ピッチで倒れ込んでいるあの選手たちの思いなどを考えているのかな?と、私も何もわかってはいないのでしょうけど、そう思ってしまいました。
この日、ブルーリボンの幟は大活躍でした。あおいのパパが試合中ずっと握りしめていたので、しわくちゃになってしまいました。(泣)ごめんなさいね〜。でも何度もこの幟を掲げ振り回しましたよ!!作ってくださったMさん、本当にありがとうございました。
スタジアムの外で、真っ暗な空にまだヘリコプターが飛んでいて、マスコミの取材があちこちで行われていました。スタジアムから駅までの歩行者専用道路がまた大変な混雑でした。途中何度も立ち止まることがあったほどです。うれしそうなサポーターの方々が「ジーコ!ジーコ!」とか選手の名前を叫んでいました。でも私たちはそれを聞いていて、勝って「勝ち点3」を取ったんだからうれしいのはわかるけど、本来なら日本チームにブーイングしなくちゃと思いました。西村さんも、帰りに待ち合わせをして(席が別だったので)会って開口一番「ひどい試合だった」って言っていました。日本代表はこれから強豪国のイラン、バーレーンとの戦いがあります。こんなことでは先が思いやられるなぁと思いました。「ジーコも小泉首相もラッキー伝説が続いている」って言っていましたけど、本当ですね・・・。
とは言っても、やはり劇的な勝ち方でしたから、本当に感動・興奮しました!!
お付き合いしてくださった皆さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。特に私が隣で、喚いたり怒ったり泣いたり、もう大騒ぎしてご迷惑だったと思いますが、山本さんと殿下さま、申し訳ありませんでした。普段おとなしくしていたので、ビックリしたでしょうね・・・。また一緒に日本代表を応援しましょう。(もう、一緒はこりごりですか?)
それから、事前にブルーリボンの幟の件を知っていて、テレビで一生懸命に探してくださった皆さま、ありがとうございました。残念ながら映像に映し出されなかったようですけど、大勢のサポーターの目に触れ、「こころ」を感じてくれた人たちがいてくれたことと思います。
本当に日本が勝ってよかったぁ〜!!とってもうれしかったです!!!
*試合中思いっきりブーイングしました。サッカーで日本の対戦国ですから、当たり前の行為だと思っています。それはサポーターの皆さんすべてがそうでしたけれども、「悪意なきブーイング」でした。日本人らしい、節度あるブーイング、そして応援でした。マスコミでどのような報道をされようとも、実際に観戦したサポーターはちゃんとわかっています。
*Gallery(写真集)に、撮った写真を少しですが載せようと思っています。しばらくお待ちください。今掲載されているのは山本さんが撮ったものです。
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| 2月9日という日の意味 |
( 2005.2.3,木 ) |
*写真は、昨年(2004年)3月に埼玉スタジアムで行われたオリンピックアジア最終予選「日本vsバーレーン戦」の試合前、選手入場の時に撮ったものです。
スタジアムは事前に観客に配られたプラカードを掲げてブルーに染まりました。あちこちで大小の日の丸が振られ、国家斉唱では5万6千人が立ち上がって大声で君が代を歌っていました。魂を揺さぶられる瞬間でした。
あおいのパパとママは、2月9日の埼玉スタジアム「日本vs北朝鮮戦」を観戦してきます。チケットの申し込みが28万人近くあったという人気?のカードをゲットすることができました。ボランティアでお世話になっているSさんのご家族やお友だちと総勢7人で日本代表を応援してきます。絶対に負けられない一戦です!!
あおいのママがいつもお世話になっていますヤフー掲示板「2006ドイツワールドカップを語ろう!」トピで、ハンドルネーム「masaさん」が「2月9日という日の意味」という文章を投稿されました。masaさんにはいつもサッカーのことなど多岐に渡って教えていただいております。転載の許可をいただきましたのでご紹介したいと思います。masaさん、本当にありがとうございました。
◆2月9日という日の意味◆
日本が、2005年2月9日、埼玉スタジアムにて、Wカップ出場をかけて、朝鮮民主主義人民共和国をホームで迎え撃ちます。
埼玉スタジアムは、日本が史上初めて、ホームでベルギーと戦った歴史的なスタジアムです。
わが祖国、日本は、Wカップアジア最終予選を通過したのは、イランとのアジア第三代表の決定戦に「ジョホールバルの歓喜」で、かろうじて出た一度だけです。
このたった一度だけ。すんなり最終予選を通過したことは一度もない。北朝鮮は、Wカップベスト8という輝かしい歴史がある。
一次予選を無敗で通過した日本は、アジアの盟主と言われながら歴史的には、非常にWカップに近くない。
そのわがブルースが、北朝鮮を、ホームで迎える初戦は、格別の感があります。
政治的な問題は、避けて通れません。小泉首相が「政治とスポーツとは別」と発言しようが、日本国民の多くはそうは思わない。まして相手、北朝鮮は、政治とスポーツは表裏一体と考えていることは間違いない。
拉致は、日本の主権を蹂躙された、国家犯罪です。日本が日本であれば、連合艦隊の機動部隊が、平壌を空爆したでしょう。
日本は、太平洋戦争に敗戦した後、GHQによる平和憲法の下、日米安全保障条約に基ずく「核の傘下」のもと、非核三原則という美しい言葉の影に矛盾を自覚しながら繁栄を極めました。
極東の覇権を切望する中国の影・・・、韓国の半島統一の悲願、その空白の空間を狙ったような拉致事件があった。日本政府は、国際情勢の中、黙殺してきた経緯は、明らか。
これらの歴史的、経過を踏まえた中、日本は北朝鮮と「ルール」を踏まえて、サッカーで対峙します。
サッカーに詳しくない、拉致問題に興味のある、また関係のある日本国民が見守る試合となるわけです。
日本代表監督は外国人ですが、拉致問題ほか、北朝鮮との政治的問題を自覚した発言をしている。日本人代表選手は言うに及ばないことと思います。
最近の北朝鮮代表へのマスコミの取材攻勢は、それはそれでよし。
問題は、Wカップ最終予選の初戦という重要さに加えた、政治的な意味での勝ち方です。
北朝鮮は、最近の発言で、「日本は100年の敵。拉致問題は解決した。」と言っております。
中国も北朝鮮もことあるごとに、太平洋戦争前後の半世紀前のことを持ち出す。それこそ、東京裁判などで解決済み。でなければ、元寇など、何をわが国に行ってきたことか。
拉致問題は次元の違う、国家への挑戦。日米安全保障条約に基づき、憲法改正により、極東の安全保障を、韓半島、大陸、台湾海峡に対し、主張する意味で、解決しなければいけない問題。出なければ、また拉致が行われるかもわからない。
そういう意味でけじめをつけるべき、国際的なイベントとしての、極めて「一部分」を担っているのが、この運命的なホームアンドアウェィの北朝鮮戦だと思います。
サッカーの格では、日本は圧勝しなければならない。そのことは、北の中枢への強烈なパーフォーマンスになります。
それは、両国国民への、アピールにもなります。
*ヤフー掲示板「2006ドイツワールドカップを語ろう!」860の投稿より転載しました。
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| 1/27「よど号妻」第二回公判に行ってきました(5) |
( 2005.2.1,火 ) |
*写真は、裁判終了後に正面の門から撮ったものです。
◆3人目の弁護士A◆
《旅券返納命令を聞かされて》
・(よど号妻の)魚本民子さんは1988年8月28日に(海外から)朝鮮に帰国しました。彼女も「旅券返納命令は聞いていない」と言っていました。そんなことがあったような記憶?という程度です。
*二十八年ぶりの故郷 精一杯の親孝行を・・・・・? 電脳補完録さんより http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3216
・私はその頃、子どもの学校の新学期の準備にあわただしく過ごしていた記憶しかありません。東海岸のソンダン?から平壌の宿舎に戻り(と思います)、子どもたちの宿舎に行きました。車で30〜40分の場所です。
・田宮さんが居住していた宿舎でよど号妻たちに「あなたやタカ子さんたち(福井タカ子だと思います)に、旅券返納命令が発令されている」と聞かされ、そのことを報じた「かんぽう?」のコピーを見せられました。
・そのコピーを見た時、率直に言って「とんでもない!」「(ソウル)オリンピックテロに絡めて私たちを悪者にしている」「そういうことをしていないのに・・・」と思いました。旅券返納命令は、もうすでに期限が切れていましたので「仕方がない」とその時思いました。
・(逮捕され裁判になって)どうしてこのようなことになったのか、異議申し立てをしたいと考えています。
《旅券返納手続き》
・(「旅券は知った時点で返納しようとすればできたか?」と聞かれて)それはできませんでした。これは私の身分を証明する唯一のものですから、恐くて日本へ郵便などで送ることなどはできません。今回のように処罰されるとは本当に知りませんでした。
・(「どうやって旅券を返納しようと考えたか?」という質問に対して)私が「よど号犯の田中義三と結婚したことを公表してから」と考えていました。日本の外務省にきちんと事実を話して、返納手続きをしようと思っていました。そして新しい旅券を発行してもらうつもりでいました。
・1992年4月に、よど号犯と結婚していることを公表しました。また、金日成主席が「朝鮮に日本人がいる」と公表してくださいました。しかしその時に、家族まで(子どもたち)朝鮮でお世話になっているとは言えませんでした。あのようにおっしゃってくださっているのに、家族までお世話になっていると公表したらご迷惑をおかけすると考えたからです。
・それは、よど号=過激テロと考えられていたからです。日本当局はそのように考えていました。
・1992年5月に(帰国支援センターの)山中さんに朝鮮に来ていただいて、日本への帰国や旅券返納命令についての話し合いをしました。山中さんとはこの時が初対面でした。
*「かりの会」帰国支援センター http://www.karihayuku.ecnet.jp/
・9月には、弁護士のミシマ?さんと話合い、「これは行政命令ですから、従わなくてはいけません」とおっしゃって、11月に山中さんとミシマ?さんが外務省に行きました。そこで私たちの出入国の便宜を図ってもらえるようやりとりをお願いしました。「いろいろ言われているが、事実はこうですから」と帰国を含めて話合ってくださいました。外務省はその時「はい、わかりました」と、具体的な指示などはしなかったそうです。それなのに返納手続きをしている最中に私は国際指名手配されてしまいました。これは考えてみると、その頃核問題でアメリカとの関係が影響していると思われます。米朝間でこの問題が大きくなってしまいましたから。
・私たちが帰国すると「ただでは済まないぞ!」「北の工作員だろう!」というような偏見があったと思います。私たちを弾圧するという・・・。
・2004年8月に旅券を返納しました。返納が遅れた理由は何度も説明しましたように、帰国が遅れたからです。
続きはしばらくお待ちください。
*あおいのママはこの問題に関してあまり詳しくありません。(勉強不足で申し訳ありません)重大な間違い等ありましたら、問い合わせにて教えていただけるとありがたいです。
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